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第2話 リサ
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口を開いたまま兄を見つめるシンディ。妹のあまりの表情に思考が止まる兄ロイド。
他の面々もほぼ彼と同じ状態に陥っている中、シンディの世話係のネイシャは事態を察していた。ついに魔王の記憶が復活したのだ、と。
よりによってこのタイミングで、と。
そしてもう一人、シンディの奇行の原因に気付いた人物がいた。
リサ・ゼルぺリオ。シンディの母親。
リサには、特殊な事情があった。
◇
リサがまだ結婚する前、冒険者として活躍していた頃のこと。
「リサ。これから教える話は、人に言っちゃ駄目よ」
ある日、故郷に立ち寄ると、リサは一人で祖母に呼ばれ、こう切り出された。祖母の話は、人には前世というものがある、というものだった。
魂は転生する。肉体の死後、魂は時間を経て生まれ変わり、新たな生を得る。だから人にはそれぞれ、自分が生まれる前に過ごした過去がある、と。
祖母が「人に言っちゃ駄目」と言ったのは、この話が巷では異端とされるものだからだ。司祭たちが広めている話の中では、死者の魂はこの世とは別の場所で永遠を過ごし、この世には戻ってこないことになっている。
けれどリサは祖母の話に驚かなかった。思い当たる節があったからだ。
見たことないはずの光景、習ってもいない魔術。それらを何故か、知っていた。気味悪がられると思い、秘密にしていたが。
リサはさらに告げられた。祖父には別の世界で前世を過ごした記憶があったこと、祖父はその記憶にある知識を使って成功を果たしたこと、その祖父に言い寄る女が多くて苦労したこと、でも煮え切らない性格の祖父に自分から仕掛けて見事に射止めたことを。
こうして夜更けまで続く祖母の惚気話の中、意外な情報も聞くことになった。この家系には前世の記憶を蘇らせる者が多く、不思議なことに、縁を持つ人間にもそうした者が多い、と。
リサも祖母も知らなかったが、この家系は、かつて勇者と呼ばれた者に連なる家系だった。
やがてリサは最初の子であるロイドを産み、さらに数年後、ラセルを産むことになる。そして2人に前世を思い出す兆候が見られないことに退屈を覚え始めた頃、シンディが生まれた。
ネイシャがリサの前に現れたのは、その1年後。ネイシャは、自分を住み込みの使用人にして欲しい、シンディの世話係にして欲しい、と言ってきた。
このときリサは、シンディには何かがあると感じた。
ネイシャが自分を売り込むために「いざとなれば護衛もできます」と言って、空中に放り投げたリンゴを4つに切ったからだ。せめてナイフでも使えばいいものを、手刀で。当時12歳の少女が。
前世の記憶を持つ者は往々にしてやり過ぎることがある。祖母の言葉だった。
悪意はなさそうなので雇い入れ、「それ他の人の前でやっちゃ駄目よ」と言って聞かせた。
そしてロイドが19歳、ラセルが15歳の時に迎えた、シンディ7歳の誕生日。
「あああああーーーーーっ!?」
娘の叫び声で、娘に前世の記憶が目覚めたことを知る。
そういえばお婆ちゃん、お爺ちゃんが前世を思い出したときに突然叫び出した、って言ってたっけ。どこか冷静な頭でリサは思い出した。シンディのあまりに酷い表情に驚いて、すぐには出てこなかったが。
そのシンディは今、時が止まったかのようにロイドと見つめ合っている。そしてリサが思うに多分気づいているであろうネイシャは、まるで冷や汗をかいていそうな顔で焦っている。
この状況で、リサは……
面白そうなので、黙って見ていることにした。
そしてこの時、リサもネイシャもシンディも気付いていなかった。
この地をめぐる陰謀が渦を巻いていることに。
◇
一体、どれほどの時が経ったのじゃろう。儂は、もう長いこと固まったままのような気がする。
まあそんなに長い時間は経っておらぬのじゃろうが。いやそんなことより、一体どうすれば良いのか……
と、儂が必死に頭を働かせていると。
「お、おめでとうございます、シンディ様!」
ぱちぱちぱちぱち。
一人分の声と、一人分の拍手が聞こえた。
それをきっかけに儂がなんとか口だけ閉じて振り向くと、声と拍手の主はネイシャじゃった。ネイシャの顔は、下がりそうになる口角を表情筋の力で無理矢理引き上げておるかのように強張っておった。
ぱちぱちぱちぱち。
ぱちぱちぱちぱち。
その顔のまま、ネイシャは手を叩き続ける。
「シ、シンディ様、おめでとうございます」
「お、おめでとうございます」
ぱち、ぱち。
ぱちぱちぱちぱち。
その様子がいたたまれなくなったのか、ネイシャの上司に当たるメイド長のポーラ、後輩メイドのサティアが続いた。そして次兄ラセルが続き、他の家族や使用人も続いてゆく。
……これは、誤魔化せた、のか?
いや儂が誤魔化したわけではないし、何故か母親のリサだけは必死に何かを堪えておるように見えるが。
ま、まあ、不自然じゃったとしても、まさかそれで儂が前世の記憶を取り戻したなどとは思わぬじゃろう。
うん、大丈夫じゃ、大丈夫。
他の面々もほぼ彼と同じ状態に陥っている中、シンディの世話係のネイシャは事態を察していた。ついに魔王の記憶が復活したのだ、と。
よりによってこのタイミングで、と。
そしてもう一人、シンディの奇行の原因に気付いた人物がいた。
リサ・ゼルぺリオ。シンディの母親。
リサには、特殊な事情があった。
◇
リサがまだ結婚する前、冒険者として活躍していた頃のこと。
「リサ。これから教える話は、人に言っちゃ駄目よ」
ある日、故郷に立ち寄ると、リサは一人で祖母に呼ばれ、こう切り出された。祖母の話は、人には前世というものがある、というものだった。
魂は転生する。肉体の死後、魂は時間を経て生まれ変わり、新たな生を得る。だから人にはそれぞれ、自分が生まれる前に過ごした過去がある、と。
祖母が「人に言っちゃ駄目」と言ったのは、この話が巷では異端とされるものだからだ。司祭たちが広めている話の中では、死者の魂はこの世とは別の場所で永遠を過ごし、この世には戻ってこないことになっている。
けれどリサは祖母の話に驚かなかった。思い当たる節があったからだ。
見たことないはずの光景、習ってもいない魔術。それらを何故か、知っていた。気味悪がられると思い、秘密にしていたが。
リサはさらに告げられた。祖父には別の世界で前世を過ごした記憶があったこと、祖父はその記憶にある知識を使って成功を果たしたこと、その祖父に言い寄る女が多くて苦労したこと、でも煮え切らない性格の祖父に自分から仕掛けて見事に射止めたことを。
こうして夜更けまで続く祖母の惚気話の中、意外な情報も聞くことになった。この家系には前世の記憶を蘇らせる者が多く、不思議なことに、縁を持つ人間にもそうした者が多い、と。
リサも祖母も知らなかったが、この家系は、かつて勇者と呼ばれた者に連なる家系だった。
やがてリサは最初の子であるロイドを産み、さらに数年後、ラセルを産むことになる。そして2人に前世を思い出す兆候が見られないことに退屈を覚え始めた頃、シンディが生まれた。
ネイシャがリサの前に現れたのは、その1年後。ネイシャは、自分を住み込みの使用人にして欲しい、シンディの世話係にして欲しい、と言ってきた。
このときリサは、シンディには何かがあると感じた。
ネイシャが自分を売り込むために「いざとなれば護衛もできます」と言って、空中に放り投げたリンゴを4つに切ったからだ。せめてナイフでも使えばいいものを、手刀で。当時12歳の少女が。
前世の記憶を持つ者は往々にしてやり過ぎることがある。祖母の言葉だった。
悪意はなさそうなので雇い入れ、「それ他の人の前でやっちゃ駄目よ」と言って聞かせた。
そしてロイドが19歳、ラセルが15歳の時に迎えた、シンディ7歳の誕生日。
「あああああーーーーーっ!?」
娘の叫び声で、娘に前世の記憶が目覚めたことを知る。
そういえばお婆ちゃん、お爺ちゃんが前世を思い出したときに突然叫び出した、って言ってたっけ。どこか冷静な頭でリサは思い出した。シンディのあまりに酷い表情に驚いて、すぐには出てこなかったが。
そのシンディは今、時が止まったかのようにロイドと見つめ合っている。そしてリサが思うに多分気づいているであろうネイシャは、まるで冷や汗をかいていそうな顔で焦っている。
この状況で、リサは……
面白そうなので、黙って見ていることにした。
そしてこの時、リサもネイシャもシンディも気付いていなかった。
この地をめぐる陰謀が渦を巻いていることに。
◇
一体、どれほどの時が経ったのじゃろう。儂は、もう長いこと固まったままのような気がする。
まあそんなに長い時間は経っておらぬのじゃろうが。いやそんなことより、一体どうすれば良いのか……
と、儂が必死に頭を働かせていると。
「お、おめでとうございます、シンディ様!」
ぱちぱちぱちぱち。
一人分の声と、一人分の拍手が聞こえた。
それをきっかけに儂がなんとか口だけ閉じて振り向くと、声と拍手の主はネイシャじゃった。ネイシャの顔は、下がりそうになる口角を表情筋の力で無理矢理引き上げておるかのように強張っておった。
ぱちぱちぱちぱち。
ぱちぱちぱちぱち。
その顔のまま、ネイシャは手を叩き続ける。
「シ、シンディ様、おめでとうございます」
「お、おめでとうございます」
ぱち、ぱち。
ぱちぱちぱちぱち。
その様子がいたたまれなくなったのか、ネイシャの上司に当たるメイド長のポーラ、後輩メイドのサティアが続いた。そして次兄ラセルが続き、他の家族や使用人も続いてゆく。
……これは、誤魔化せた、のか?
いや儂が誤魔化したわけではないし、何故か母親のリサだけは必死に何かを堪えておるように見えるが。
ま、まあ、不自然じゃったとしても、まさかそれで儂が前世の記憶を取り戻したなどとは思わぬじゃろう。
うん、大丈夫じゃ、大丈夫。
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