神さまなんて大嫌い!

緑青あい

文字の大きさ
1 / 64
汪楓白、最愛の妻に逃げられるの巻

其の壱

しおりを挟む

『旦那さま、私……強い殿方が好きなの。あなた、ご存知でしょう?』
――うん、勿論だよ、凛樺りんか。だから僕も、強くなろうと努力して来たんだ。
『だけど結局、あなたには無理だった……いつまで経っても、あなたは弱くて情けない夫』
――そんな……僕は僕なりに、君にふさわしくあろうと、頑張って来たんだよ?
『私が掏摸すりの被害に遭っても、あなたは犯人を、捕まえようともせず……』
――仕方なかったんだ! 相手は匕首あいくちを持ってたし、深追いするのは危険だと……。
『私が化他繰けたぐり(ヤクザ)にからまれても、あなたはヘラヘラ笑って見てるだけ……』
――ちがうよ! 熱くなって挑発に乗るより、なんとか場を収める方が得策だと……。
『私が転んで怪我をした時でさえ、あなたは少しも労わってくれないし……』
――そうじゃない! 抱き上げて運ぼうとしたんだが、その……意外と重くて……。
『とにかく! 私、もう決めたの。あなたより、もっと強くてたくましい殿方と夫婦になり、今度こそ幸せになるって……そして、ついに見つけたのよ。私の理想通りの殿方を』
――ま、まさか……僕と別れるって云うつもりじゃ……。
『あら、察しがいいのね。そうよ。もう、あなたとは暮らせない。この人と出て往くわ』
――ちょ、ちょっと待ってくれ! 誰なんだ、そいつは!
『この人は、宮廷武官の《楊榮寧ようえいねい》さま。私の、運命の相手なのよ』
――そ、そんな! いきなり絶縁状なんて、あんまりじゃないか! 凛樺! お願いだから、もう一度、考えなおしてくれよ! 僕は君のことを……心から愛しているんだよ!?
『そのセリフ、もう聞き飽きたわ』
哈哈ハハ、悪いが凛樺さんは頂いて往くよ。君も男なら、潔く身を引くことだね』
『さぁ、榮寧さま。こんな負け犬の顔は、もう見たくないわ……往きましょう』
『そうだな。この無様な泣きっ面を見てると、イライラしてくる』
『さよなら、楓白ふうはくさま』
『さよなら、負け犬君』
――嫌だ! 待ってくれ、凛樺! 後生だから、戻って来てくれぇえぇぇぇえっ!

「……楓白君! しっかりしろよ!」
 うぅん……誰だ? 僕の肩を、乱暴に揺さぶるのは……放っておいてくれよ。邪魔をしないでくれよ。もう少しで、凛樺を取り戻せそうなんだ。彼女に手が、届きそうなんだ。
「可哀そうに……こんなにうなされて……」
「楓白君! 起きろ! 目を覚ますんだ!」
 今度は、背中を叩いてる……耳まで引っ張って……痛い! 痛いってば……あれ?
「へ……ここはどこ? 今はいつ? 僕は誰?」
 頭が、ボ――ッとする。目が、チカチカする。なにがなんだか、全然わからないよ……一体、どうなってるんだ? 本当に、冗談抜きで、ここはどこ? 今はいつ? 僕は誰?
「ここは【住劫楽土じゅうこうらくど】首都『天凱府てんがいふ』の金玉飯店きんぎょくはんてん・上客間」
「今は《千歳帝せんざいてい阿沙陀あしゃだ》統治世、戊辰暦十八年の胠月廿日きょげつはつか
「君は都で近頃、頭角を現して来た青年文士《汪楓白おうふうはく》だろ」
 住劫楽土……戊辰暦……汪楓白? それに、困惑したような顔が三つ、僕を見ている。
「じゃあ、君たちは?」
「「「あのね、楓白君!! 好い加減にしたまえ!!」」」
 ハッ……そうだ! ようやく思い出したぞ! 僕は、凛樺に逃げられた傷心から立ちなおれず、友人たちに慰めてもらってたんだっけ……この、往きつけの店『金玉飯店』で!
 吹き抜けの回廊で煌々と瞬く釣灯篭、美々しい天女の絵が描かれた天井、階下で開かれる盛大な酒宴、豪奢な店内を忙しなく往きかう給仕たち、どんちゃん騒ぎの好きな常連客。
 哈哈……道理で、明かりがまぶしいはずだよ。天凱府の北方・多聞区たもんく、外堀【勢至門町せいしもんちょう】でも、ワリと有名な高級店だからな。金玉飯店は……そして今、二階上客間の、朱塗り円卓を囲み、座っている面々こそ、僕の友人。
 右隣にいるのが、画人の《夙佳山しゅくかいざん》で、左隣にいるのが、治安部隊捕吏ほりの《董彩雲とうさいうん》だ。
 それから、真正面にいるのが、療養院の見習い典薬医てんやくい秦燎仙しんりょうせん》……みんな、僕と同じ【劫族こうぞく】出身、勢至門町『仁王頭宿におうずじゅく』界隈で育ち、劫初内志学館ごうしょだいしがくかんで、ともに学んだ幼馴染みだモンな。いかん、いかん。こんなことまで忘れてしまうほど、悪酔いするなんて……ホント、どうかしてるよ。三人とも、忙しい中、僕のために、集まってくれたってのにな。
「ごめん……佳山君、彩雲君、燎仙君……」と、泪目で、心底すまなそうに謝る僕の肩を、今度は優しく叩き、または背中をさすり、にっこりと微笑みかけ、三人は口々に云った。
「いや、わかればいいんだよ、楓白君」
「こっちこそ、怒鳴って悪かったね」
「僕らの仲で、気を使わないでくれよ」
 うう、優しい言葉が、胸にしみる……それに比べて、凛樺は何故、あんなにも僕に冷たいんだ……夫婦生活の間も、彼女が優しくしてくれたことなんて、数えるほどしかなかったよな……贈り物をした時とか、僕が文士として名を上げ始めた時とか……挙句の果てが、余所よそに男を作って、駆け落ち同然に、家を出て往くなんて……ああ、あんまりじゃないか!
 しかも去り際、僕を悪しざまに罵って……あいつと二人で、笑い者にして……クソッ!
「だけど……どうしてだぁ! 凛樺ぁあぁぁぁあっ!」
 うわぁ――っ! やっぱり、あきらめきれないよぉ――っ! 思い出すたび、苦しいんだよぉ――っ! 畜生っ……あの野郎! 高名な武術家だか、なんだか知らないが、よくも僕の妻を……絶対に許せない! なのに、腕っぷしじゃあ、敵わないんだよぉ――っ!
「楓白君! 静かに……落ち着いて!」
「そんな大声出して……みんな見てるよ!」
「頼むから、もう泣かないでくれって!」
 周囲から、強烈な視線を感じる。噂話や、笑い声も聞こえる。
 だけど、どうだっていいんだ! 変人あつかいされたって、かまうモンか!
 凛樺のいない余生なんて、もう……意味がないんだ!
 とは云え、友人に迷惑をかけるのは、さすがにまずいかな……呆れて、ため息ついてるし、彼らにまで愛想尽かしされたら、人生真っ暗闇だ……少し、落ち着こう。ふぅ――。
 すると、そんな僕の変化に気づいたのか、三人はまた明るい顔で、話を逸らしてくれた。
「それよりさ……ほら、見てご覧よ! あの姑娘クーニャン、可愛いだろ?」
「最近、この店に入った給仕で、名前は《玲那れいな》って云うんだ!」
「あの姑娘目当てで店に通い出した客も、かなり多いらしいよ?」
 佳山君が指差す先を見ると、階下の宴席で、甲斐甲斐しく、客に酌をして回っている十八くらいの娘がいた。小綺麗な身なりで、桃割ももわれに結った黒髪には、珊瑚のかんざしを挿している。
 酔っぱらい客に、尻を触られても、嫌な顔ひとつせず、上手くあしらっている。
「だから?」
 それでも、この時の僕は、彼らの云わんとすることが理解できず、問い返す始末だった。
「もう、妻女殿が出てって半月だぜ? 少しはさ……目先を変えてみなよ、楓白君!」
「なにも、凛樺さんだけが、女じゃないだろ? 他に、いくらでもいるじゃないか!」
「そうそう! たとえば、あの玲那嬢なんてどうだい? 可愛い上に、性格もいい!」
「うん、可愛い……」
 友人たちの云う通りだ。
 大きな碧色の瞳、透けるような白皙はくせき、小ぶりだが形のよい朱唇。
 可愛い。確かに可愛い。
「「「そうだろ?」」」
(((よかった。これでようやく、肩の荷が下りる)))
「でも……」
 僕は、彼らの内心の安堵など、まったく知らず、またしても自分を憐れみ、泣き伏した。
「凛樺に敵う女なんて、いるワケないじゃないかぁあぁぁあっ!」
 我ながら、女々しくて、情けなくて、往生際が悪すぎるとは思うけど、どうしてもダメなんだ! 凛樺は僕の命、唯一の生き甲斐なんだ! 厳格な彼女の両親を、結局は説き伏せられず、恨まれ、親戚連中からも猛反対されて、ついには総スカンを喰らい、そんな幾多の困難を押しきってまでつらぬいた、究極の純愛なんだ! いつも内向的で気弱な僕が、全身全霊をこめて想いを告白した初めての人……つまり、僕の人生のすべてだったんだ!
「まぁ、性格はとにかく、凛樺さんは、確かに凄い美人だったよな」
「啊……楓白君には、勿体ないくらい、魅力的ではあったよ」
「そもそも、なんで彼女、楓白君と結婚する気になったんだろうねぇ」
 友人たちは顔を見合わせ、ヒソヒソ声で、こんなことをささやいている。
 そこは、余計なお世話だ! きっと、僕の情熱に心を打たれたんだ……と、思いたい。
「「「……うぅん、謎だ……」」」
 結局、三人は答えを導き出せず、腕組みし、思案顔で、首をかしげている。
 なんて失礼な話だ! それじゃあ、僕に、なんの取り柄もないみたいじゃないか!
 ……まぁ、確かに、顔立ちは十人並みと云えば、それなりな気もするが、結局のところは凡庸ぼんよう、性格は慎重と云えば、それなりな気もするが、結局のところ気弱……詩作や文筆以外で、他に、どんな取り柄があるかって聞かれたら、すぐには答えられないけど……。
 啊……余計に、落ちこんで来たぞ。こんなだから、凛樺にも逃げられたんだろうな。
 だが、その時だった。前述の通り、刑部省ぎょうぶしょう配下の【中央治安部隊】で、捕吏をしている彩雲君が、なにか不穏な気配を察知したらしく、真剣な眼差しで再び階下をのぞきこんだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

彼の巨大な体に覆われ、満たされ、貪られた——一晩中

桜井ベアトリクス
恋愛
妹を救出するため、一ヶ月かけて死の山脈を越え、影の沼地を泳ぎ、マンティコアとポーカー勝負までした私、ローズ。 やっと辿り着いた先で見たのは——フェイ王の膝の上で甘える妹の姿。 「助けなんていらないわよ?」 は? しかも運命の光が私と巨漢戦士マキシマスの間で光って、「お前は俺のものだ」宣言。 「片手だけなら……」そう妥協したのに、ワイン一杯で理性が飛んだ。 彼の心臓の音を聞いた瞬間、私から飛びついて、その夜、彼のベッドで戦士のものになった。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

処理中です...