神さまなんて大嫌い!

緑青あい

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汪楓白、最愛の妻に逃げられるの巻

其の弐

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 彼が指差す先には、玲那れいな嬢……でなく、怪しい風体の男が一人、円卓席に座っていた。
 店の片隅の薄暗い卓上には、空のお銚子が何本も転がっていて、男が相当の大酒呑みだと物語っていた。しかも空席に、ドンと置かれた大刀……反りのきつい偃月刀えんげつとうのようだ。
「どうしたんだい、彩雲さいうん君。あの男が、気になるのかい?」
 佳山かいざん君も、男の存在に目を留め、不可解そうに眉をひそめている。
「まさか……手配書が出された、凶悪なお尋ね者だとか?」
 燎仙りょうせん君も、男の異相に不安を感じ、小声で戦々恐々と問いかける。
「いや、そういうワケじゃないけど……でも、どっかで見たような顔だな。それに、あの殺気は、尋常じゃないぜ。なんだか、物凄く嫌な予感がするよ。憂患であって欲しいけど」
 僕も、三人のやり取りが気になり、あらためて階下の男へ視線をやった。
 うわぁ……酷い格好だな。荒れ放題の乱髪に、伸び放題の髭、服装も、一応は道服らしいけど、あちこち破れて穴だらけ。しかも埃っぽい。所謂いわゆる、物乞い道士なんだろうなぁ。
 ここの店主、客の身なりにはうるさいのに、よくあんなのを入れたなぁ。
 その上、あんなに呑んだくれて……酒代、払えるんだろうか。
 結構、高いんだぞ? まぁ、それ相応に酒肴は美味いけどね。
「お? 玲那嬢が、奴に呼ばれて近づいてくぞ?」と、欄干から身を乗り出す佳山君。
「ますます嫌な予感がして来たぞ? 大丈夫か?」と、不安げな表情で見守る彩雲君。
「これだけ人目があるんだし、無茶はできないさ」と、肴をつまみ呑気に笑う燎仙君。
 だが……まさに、その刹那、事件は起きたのだ!
「お客さま、ご注文ですか?」
ああ……お前の首をもらおうか」
「え? なんですって?」
 男は突然、大刀を鞘から抜き払い、目にも止まらぬ早業で、なんと……玲那の首を刎ねたのだ。おびただしい血飛沫をまき散らし、勢いよく吹っ飛ぶ美少女の頭部……みんなの視線は男の凶行に釘づけ。そして一瞬の間を置き、店中の客が、けたたましい悲鳴を上げた。
「きゃあぁあぁぁぁぁあっ!」
「う、うぅ……嘘だろぉおっ!?」
「嫌ぁあぁぁあっ! 玲那ぁあぁぁあっ!」
「ひっ……ひぃぃいっ! 人殺しぃいぃぃぃいっ!」
「だ、誰か……早く、お役人をぉおっ!」
「なんてこった……うっぷ、おげぇえぇぇえっ!」
 誰も彼もみな、顔面蒼白、唖然悄然……店内、震天動地の大騒ぎだ。
 かく云う僕も、気分が……おぇえっ、は、吐きそう!
 とんでもないもの、見ちゃったよぉ!
 なのに、犯人の男と来たら、平然とした態度で酒を呑み、玲那の遺骸を見下ろしている。
「大変だ……と、とにかく、奴を捕まえなくちゃ!」
 彩雲君は、持ち前の正義感と、役職上の責任感に突き動かされ、猛然と立ち上がった。
 それを、僕も含めた友人たちが、必死に押し止める。
「危ない! やめとけよ、彩雲君!」
「そうだ! あいつ、完全にイカレてるよ!」
「だけど、僕はこれでも、中央治安部隊の捕吏だからね! 見過ごすワケには……」
「だからって、一人で立ち向うのは、いくらなでも無謀だよ!」
 すると、僕らの背後から忍び寄った人影が、いさかいを手で制した。
「お待ちください、お客さまがた!」
 小太り、福相、ちょび髭、壮年……僕らは、この男の顔を、よく見知っていた。
「あ、あんたは……店主の!」
 そう……ここ『金玉飯店きんぎょくはんてん』の店主に相違ない。ところが店主は、自分の店で殺人が起きたというのに、しかも殺されたのは、店の売れっ娘従業員だったというのに、ヤケに落ち着いた声音で、こんなことを頼むのだ。とくに、治安部隊の捕吏ほりである、彩雲君に向けて。
「はい……どうか、もうしばらく、静かに様子を、見守ってくださいませ!」
「でも、玲那嬢が、殺されたんだよ!? あんた、それでも……」
 彩雲君は、声を荒げ、店主を叱責する。直後、とんでもない答えが返って来た。
「判っております。あれは……私が依頼したのです」
「「「「はぁ!? なんだってぇ!?」」」」
 あまりに信じがたい店主のセリフに、僕らは悲鳴に近い声をそろえた。
 まさか……こいつが、あの男に、人殺しを頼んだだって!?
 人は見かけによらないと云うが、本当だな……このオヤジ、いい歳こいて、きっとあの娘に邪恋をいだき、云い寄ったものの、すでに婚約者がいた彼女に冷たくあしらわれ、カッとなって殺意を……おっと、いかん! ついつい話を作りこんでしまう……僕の悪癖だ。
 そうこうする内にも、彩雲君は激昂し、店主の胸ぐらをつかんでは、威喝している。
「どういうつもりだ! 貴様……事と次第によっては、殺人の共犯で捕縛するぞ!」
 これに慌てた店主、息ができず、苦しげにうめきながらも、辛うじて言葉をつむぎ出す。
 太く短い指で、階下を指差しながら……。
「いえ、とんでもない誤解です! これは、決して〝殺人〟などではない! ほ、ほら! みなさま、どうかアレをご覧ください! あの光景をご覧になれば、一目瞭然でしょう!」
 その時、またしても……いや、先刻より、もと凄まじい悲鳴が店中にとどろき渡った。
「「「「なっ……なんだ、アレは!?」」」」
 僕らは再び、声をそろえ、以後……衝撃のあまり絶句した。
 啊、天帝君てんていぎみ! 信じられない!
 僕らが、そこに見た光景とは、言語に絶する奇々怪々なものだった。
 首を刎ねられ、絶命したと思われた玲那嬢の遺骸が、むっくりと起き上がり……それだけでも充分、驚愕して卒倒ものなのに、なんと首の斬り口から、巨大な白蛇がヌラヌラと、這い出して来たのだ。そうして、深紅の邪眼をギラつかせ、出現した巨大白蛇が、完全に玲那の体から脱皮すると、彼女の体は、まるで砂のように崩壊したのだ。その上、男に大刀で斬り飛ばされ、壁際に転がる玲那の頭部が、ケタケタと不気味な笑い声を発したのだ。
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