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汪楓白、最愛の妻に逃げられるの巻
其の参
しおりを挟む「うぎゃあぁあぁぁぁあっ!」
「ひ、ひぃいっ……妖怪だぁあぁぁぁあっ!」
「玲那ちゃんが……蛇に……う、嘘だぁあぁぁぁあっ!」
全長おおよそ二十尺、胴体部の太さは直径三尺、怪物級の長大さだ。
いや、多分、怪物なのだろう。あるいは鬼畜か、妖怪か……いずれにせよ、尋常でない。
当然、周囲の客は大混乱。恐怖のあまり、円卓をひっくり返し、茶碗や皿を割り、右往左往と逃げ惑い、互いにぶつかり合い、つまずいて倒れ……とにかく大変な騒ぎとなった。
屈強な店の用心棒が、事態を鎮め、客を外へ誘導せんとするも、なかなかはかどらない。
みんな、すっかり恐慌を来たしてしまい、用心棒や店主の声が、聞こえないのだ。
「ようやく、正体を現しやがったか……醜い蛇精め」
男は舌打ちし、豪快に酒盃をあおると、それを玲那の頭部めがけ、投げつけた。
酒盃は玲那の額で割れ、その美貌に傷をつけた。どうも、それが気に入らなかったようで、玲那……いや、白蛇は、ザックリと鋭い牙の並ぶ赤い口を開け、耳をつんざくほどの奇声を放つ。生首の目も、いつしか異様な深紅に染まり、男を憎々しげに睨みつけている。
そんな玲那の生首を、素早く呑みこんだ白蛇、尻尾を小刻みに振り、牙の先端から毒液をしたたらせ、男を威嚇する。だが、男は怖じけることなく、さらに戦意を高揚させた。
「美少女に化けて、店の客を誘い出し、喰らうつもりだったんだろうが、そうはさせん!」
しこうして、男は大刀をかまえ、白蛇の太い胴体部を、斬り裂こうとした。
けれど白蛇は、体を激しくうねらせ、主柱へぶつけ、店全体に激震を走らせた。しかも衝撃で、僕らの隣の円卓席で、震えていた客の男が、回廊の欄干から落下してしまった。
「うぎゃあぁあぁぁぁあっ!」
大刀を持った男は、客の危機に素早く気づき、大理石の床を蹴った。
「うぬっ……」
物凄い膂力と跳躍力で、男性客を抱きかかえると、円卓の上へ器用に着地し、彼を用心棒の方へ、乱暴に投げ飛ばす。というのも、背後から白蛇が、飛びかかって来たからだ。
「クソッ! 鬱陶しい野郎だ! 好い加減、くたばれ!」
『殺ァアァァァアッ!』
――ドドオォォォオンッ!
白蛇が鋭い奇声を吐き、尻尾を振り回した途端、周囲の客や円卓椅子、調度品などが一挙に薙ぎ倒され、撹拌され、支柱には、いよいよヒビが入り、店中は激しく鳴動した。
僕らも立っていられず転倒、なにかにつかまっていないと、体が浮遊してしまうほどの、凄まじい揺れに襲われたのだ。それでも男は、闘志を燃やし、果敢に白蛇へ挑み続けた。
毒々しい牙を紙一重でかわし、のたうつ胴体を器用に避けては、軽やかに舞う。
「……凄い……あいつ、たった一人で、あの怪物を、翻弄している!」
白蛇は重そうな鎌首をもたげ、懸命に男のあとを追っているが、どうしても追いつかない。男は壁板や支柱を足がかりに横っ飛びし、大刀を閃かせては、白蛇の固い表皮を幾度も斬りつけている。白くぬめった蛇紋が、流れ出る血と体液で、徐々に赤く染まり始める。
すると、なにかを思い出したらしく、彩雲君が目を見開き、唐突に叫んだ。
「啊! 思い出したぞ! あの男……そうだ、まちがいない! 《神々廻道士》だ!」
「「神々廻道士!? あの男が!?」」
佳山君と燎仙君も、その名に過剰なほどの反応を示した。そうして再度、男の見事な体さばきや、戦いぶりに視線をやる。でも、僕にはなんのことか、てんで判らず質問した。
「え? そんなに、有名な奴なのかい?」
「「「えぇ!? 楓白君、知らないの!?」」」
これは、友人たちの反響から鑑みて、どうやら、かなり間の抜けた質問だったようだ。
だが、そんな悠長なやり取りも、している場合ではなくなって来た。
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