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汪楓白、道士を志すも挫折するの巻
其の壱
しおりを挟む住劫楽土において、道士とは古来より廟に住み、邪鬼祓い、悪霊祓い、果ては妖怪退治などを生業とし、人々の幸魂を願い、世の信望を集め、畏敬の念をいだかれる……そんな、偉大な存在であった。長年の苦行や荒行で、人並み外れた功力、霊力を持し、武術に長け、道士によっては、典薬医術、加持祈祷を行う神通力までそなえ、迷える人々に生きる道を説き、常に自戒し、とにかく……道教を奉ずる以上、身も心も強くあらねばならない。
仙道を志す者なら、なおさらだ。
などと、知ったかぶりかましたけど、結局は全部、古書で読んだ知識なんだよね。
なんにせよ、道士=凄い人……ってことくらいは、誰でも判る。
だから、僕も道士になる!
これが、僕の一大決心だ!
まぁ……「愛する妻を奪い返したいから」って理由は、かなり不純でお粗末だけど。
そして今、僕は道士になるための一歩を、意気揚々と踏み出した。
ここは、勢至門町『八椚宿』外れにある『熾火里』……かなり、うら寂しい場所だ。
竹林に囲まれ、人家は離れ、鳥の声と、笹の葉のざわめきしか、聞こえて来ない。
本当に、こんなところに、あるのだろうか……《神々廻道士》の廟は。
そう……僕は、神々廻道士に弟子入りすると、決めたのだ。
友人たちが止めるのも聞かず、劫初内詰め文官としての仕事も、急病を装い一時離職し、文筆業も休止してまで、凛樺のため、楊榮寧を倒すため、強い男になると心に誓ったのだ。
でも、さすがに不安になって来たぞ……知り合いから聞いた神々廻道士の廟の在り処は、確かに、この辺りでまちがいないはずなのに……それらしき建物が、まったく見当たらない。どこかで道をまちがえたんだろうか。僕はもう一度、地図を確認し、後ろを振り返った。けれどそこには、今歩いて来た一本道と、颯々たる冷たい風が吹き荒んでいるだけ。
困ったな……もうすぐ、火点し頃だってのに、どうしたらいいんだろう。
「なにか、お困りですか?」
「ふぇっ……はい!?」
突然、背後からかかった声に、僕は飛び上がるほど吃驚仰天した。恐る恐る振り向けば、そこには唐輪髷の美少女が、無印の弓張提灯をたずさえ、佇んでいた。よかった……物の怪かと思ったけど、人間だ。でも……正直、心臓が、止まるかと思ったよ。ふぅ――っ!
「驚かせて申しわけありません……だけど、実は私も、声をかけるのが怖かったんです」
美少女は顔を赤らめ、うつむきがちにつぶやく。そりゃあ、そうだろう。
逆の立場だったなら、僕は絶対、声をかけないだろうな。無視するよ。身を隠すよ。
こんな山奥の、人気のない竹林で、しかも怪しい男に……ん? それじゃあ、この娘はなんで、僕に声をかけたんだろう。そもそも、この娘の気配を、全然、感じなかったぞ?
提灯の明かりにだって、今の今まで気づかなかった。なんだか途轍もなく嫌な予感……すると美少女は、僕の懸念を察したのか、恥じらう様子で微笑み、ためらいがちに云った。
「私……くわしくは申し上げられませんが、色々と深い事情があって、これから、この先の廟に住む、《神々廻道士》さまを、訪ねる途中なのです。そうしたら、前方にあなたの姿が見えて……私、なんだか怖くなって、一度は提灯の明かりを消し、近くに身を隠して、様子をうかがっていたんです。そうしたら、どうやらあなたは、道に迷って困窮しておられるだけのようだと、気づきましたので……思いきって、声をかけてみようかと……」と、小さな声で説明する美少女。僕は彼女のセリフの前半部分に食いつき、後半は、ほとんど聞いていなかった。ついつい相手の気持ちも考えず、ズイと歩み寄り、声高に問いかける。
「お嬢さん! 神々廻道士の廟へ、往く途中なんですか!?」
「は、はい……そうでございます」
美少女はおびえ、一歩、二歩…...いや、三歩は後退した。
僕は、ハッとして、美少女から距離を置いた。
「啊、ごめんなさい。おどかしてしまったみたいだね……僕は汪楓白。実は僕も、神々廻道士さまの廟へ、向かう途中だったんだよ。だけど、君の云う通り、道に迷ってしまって、かなり困ってたんだ。あの……それで、どうだろう。僕を、廟まで一緒に、連れて往ってくれないかな? 無論、君の事情とやらには一切、触れないし、変な真似もしないから」
なんか気恥ずかしいセリフだけど、この娘を不安にさせないためだ。仕方ないよな。
「……判りました。それでは、ご一緒しましょう。私は《茅娜》と申します。どうぞよろしくね、楓白さま」と、美少女《茅娜》は、一瞬の間を空けたのち、にっこりと微笑んだ。
それにしても、可愛い娘だな。色白で、小柄で、瞳は大きくて、黒髪は艶やかで……って、別に、変な気を起こしたワケじゃないぞ? 僕はあくまで、凛樺一筋なんだからね!
ただ……こんな魅力的な美少女が、たった一人で、薄暗い竹林を抜けて、道士の廟へ向かうなんて、よほど思いつめた事情があるにちがいないな。凄く気にはなるけど……触れないと約束したからには、守らなくちゃね。こういう場合、信用は第一だから……うん。
しこうして、僕と茅娜は、一緒に竹林の中の細道を、歩き始めた。
空にはもう、満月が浮かんでいる。今宵は、赤い凶兆の忌月……鬼灯夜か。
どうも不吉だな……神々廻道士は僕のこと、受け入れてくれるだろうか。
いや、たとえ、なんと云われようと、追い返されようと、僕は絶対に退かないぞ!
そんな風に、一人メラメラ闘志を燃やしながら、茅娜と連れ立って歩いている内、ついに目的の廟が見えて来た。それは丁度、竹林を抜けた途端、僕らの目に飛びこんで来た。
門がまえこそ立派だが、ヒビと穴だらけの築地塀に囲まれ、屋根瓦は一部崩落し、庭は芒や雑草でボウボウ、石灯籠に火は灯っているものの、青白い鬼火のようで、どこか薄気味悪い。こんなところに、本当に人が住んでいるのだろうか。云っちゃ悪いが、まるでボロ屋だ。廃屋だ。とても道士の暮らす廟とは思えない。僕は、いよいよ不安になって来た。
「ねぇ、茅娜さん……本当に、ここが神々廻道士の廟なの?」
「えぇ、そうです。確かに、この外観では、疑いたくなる気持ちも当然ですわ。でも、ご心配なく。すぐに判りますから……こんばんわ、夜分遅く畏れ入ります。私、茅娜です」
そう云って、朱塗りの門扉を、トントンと叩く茅娜だ。
すると、寸刻後……ギギィ――ッと、嫌な軋音を立てて、門扉が少しだけ開いた。
その隙間から、まだ歳若い男が、胡乱な眼差しで、こちらを睨んでいる。【緋幣族(赤毛で好戦的な長命種族)】の血を引いているのだろうか……燃え立つような赤毛と小麦色の肌を持し、精悍な顔立ちをした大柄な男だ。ちなみに歳は、十八、九といったところ。
「あなた……啊、そうか。約束の人だね。そちらは、お連れさん?」
「はい、もう宵口ですし、女の一人歩きは不安だったので……途中、知り合いになりましたこちらさまに、同道をお願いしたんです。こちらさまも、ここに御用だそうで……ね?」
親切な茅娜の説明を聞くや、男は僕の方をチラリと一瞥し、軽くうなずいた。
「あ、あの、僕は神々廻道士さまに、弟子入り……」
「取りあえず、入りなさい。この辺りは、夜間になると物騒だからね」
男は、焦って先走る僕の言葉をさえぎり、門扉をさらに開けて手招いた。
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