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汪楓白、道士を志すも挫折するの巻
其の弐
しおりを挟む啊、思い出したぞ。この男……白蛇退治の騒ぎがあった晩、『金玉飯店』の外に待機していて、大八車で酒樽を運んで往った、あの弟子だ。笠に隠れて顔はよく見えなかったが、背格好がそっくりだ。そうと判った途端、僕はようやく不安から解放された。見てくれこそ酷いが、やっぱりここが神々廻道士の廟で、まちがいないんだ。疑ってごめんよ、茅娜。
「往きましょう、楓白さま」
「うん、ありがとう、茅娜さん」
僕は、茅娜と男に促され、朱色の門扉から、廟内へ足を踏み入れた。
うわぁ……内部は、思った以上に酷い! 荒れ放題の庭は、朽木と濁った泉水と古井戸が、得体の知れない巨大な虫を寄せ、異様な雰囲気をかもし出してるし、玉砂利はズゾッ、ズゾッ……と、歩くたび耳障りな音を立てるし、本殿入口に吊るされた提灯二つには、何故か「悉皆」「成仏」の文字が記されてるし……その本殿も、いざ入って見て驚いたよ!
だって、あちこち蜘蛛の巣だらけ! 壁は剥落してヒビだらけ! 質素な家具はどれも埃まみれ! 床板には割れた硝子や食器類が散乱し、足の踏み場もないんだもの! 一体、いつ掃除したの!? ……ってか、これはやっぱり、廃墟だ! 生活感が、まるでない!
「あの……随分と、変わった、内装、ですね……」
僕は、呆然と佇立したまま、惨憺たる室内を見回した。広間の奥の聖域内陣には、立派な祭壇が設けられ、天帝《摩伽大神》の神体画も掲げられ、黒光る位牌が並べられ、沢山の五色札が貼られ、さまざまな幣帛が飾られ、線香が紫煙をくゆらせている。ああいうところは、確かにそれらしいけど……でも、なんか釈然としない。腑に落ちない。得心が往かない。とにかく汚すぎる……そんな僕の思惑を察したのか、赤毛男が振り向いて云った。
「はっきり、仰ってかまいませんよ。〝なんて汚いボロ屋だ〟って」
赤毛の男はニコリともせず、口調はとても冷ややかだった。なんだか不愉快な態度だが、いや……兄弟子になるかもしれない相手だ。ここは我慢して、上手く取り入っておかねば。
「いいえ! お仕事が忙しくて、なかなか手が回らないんでしょうねぇ……哈哈」
僕は、男の機嫌を損ねぬよう、言葉を慎重に選び、作り笑いでお愛想を云った。
「驚いたでしょう……いつ来ても、こんな感じなんですよ、ここ」
茅娜が、戸惑う僕に、そっと耳打ちする。「へぇ、そう……」と、相槌を打とうとして、僕はまたしてもギョッとなった。彼女の瞳が、深紅に染まり、妖しく煌めいていたからだ。
僕は……僕は……この目を、この邪眼を、確かに見たことがある!
しかも……しかも……赤毛の男は、口の端に、不気味な笑みを湛えている!
逃げなければ……今すぐに、ここから逃げなければ……僕の直感が、そう告げていた!
そこで僕は、切迫する危機感におびえ、ゆっくりとあとずさり、二人に気づかれぬよう入口へ近づいた。だって、赤毛男も、美少女も、尋常でない殺気を漂わせ始めたし、なにより足元を見れば影がない! 絶対、人間ではないよ! きっと、妖怪のたぐいなんだ!
「あら……どうしたんです、楓白さま?」
「つぅかさ……もう、気づいちゃってんじゃね?」
「そうかしら、嫌だ……つまんな――い! もう少し、遊ばせてよね!」
「だったら俺たちも、くだらねぇ演戯、続ける意味ねぇよな」
唐突に、態度を豹変させ、砕けた口調でしゃべり出す茅娜と赤毛男。さらに――、
『啊、あとは血肉を、喰らうのみだ……』
『骨まで、しゃぶりつくして殺るぜ……』
『そして、魂は……泥梨へ逆堕とす……』
二重に響く不気味な獣声が、二つ……でなく、三つ……僕は震撼し、目を見開いた。
「まさか……そ、そんな……うわぁあぁぁぁあっ!」
パチパチと火花を散らす赤毛、ピキピキとヒビの入る鱗肌、ニヤリ嗤う獰悪な醜貌。
次の瞬間、赤毛男の両腕は、深紅の大翼と化し、茅娜の下半身は、グニャリとゆがんで、巨大な白蛇と化したのだ! そう……茅娜の正体に至っては、『金玉飯店』で神々廻道士に退治されたはずの、巨大白蛇だったのだ! いや、多分……同類の妖怪なのだろう!
なにはともあれ、ヤバイ! ヤバすぎるって!
こいつらが襲って来る前に、僕自身が腰を抜かす前に……早く逃げるんだ、楓白!
「……それじゃあ、またの機会に出なおしますんで、どうも~~」
こんな時まで律儀な僕は、丁寧にお辞儀してからクルリと踵を返し、一直線に廟の入口目指し、駆け出した。当然のことながら、二人はあとを追いかけて来る……と思っていた。
ところが――、
「へ!?」
二人は、その場を微動だにしない。
何故なら、僕が二人の前に戻ったからだ。
僕は、きちんと背筋を伸ばし、二人に最敬礼する。
し、信じられない! 一体、なにがどうなっているんだ!?
「か、体が、勝手に……ま、待て! 僕は、もう、帰りたいんだ! なんで……ぐっ!」
僕は、近くに倒れていた円卓と、汚い椅子を起こし、ストンと腰を下ろした。
折角、あつらえたばかりの長袍の袖口で、円卓上の埃を拭き、二人を手招きする。
そうして寄って来た二人に、両手を差し出し、満面の笑みを浮かべる。
『右腕は、俺が頂く』
『じゃ、私は左腕ね』
赤毛男と茅娜は、僕が笑顔で差し出す腕をつかみ、匂いを嗅いだり、なめたりし始める。
やっぱり、食べる気満々だ! 僕は体を円卓にあずけ、ニコニコしながら、こう云った。
「どうぞ、美味しく召し上がれ」
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