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汪楓白、男色の危機に晒されるの巻
其の参
しおりを挟む「おや、どうしました?」
「あ、あの……すみませんが、厠をお借りしても……」
「判りました。すぐ誰かに案内させましょう」
「い、いえ……教えて、頂ければ、一人で、いけます、から……」
は、早くしてくれぇ! 今までとは比較になんないくらい、凄い便意なんだよぉ!
お腹も、パンパンにふくれて来ちゃったし……ひぇえっ、なんて不格好!
「ここは入り組んでいて、迷いやすい。一人で動き回るのは、大変です」
「あっは、それは、ご親切に……でも、急いで、もらえると、ありがた……い!」
僕は腹をよじり、肛門を手で押さえ、脂汗をかいて、足踏みした。ねぇ! この状態なの! 気づいてるんでしょ? 早くったら、早くして! それとも、ワザと焦らしてる?
「それに、軍部の主要拠点ですので、無闇に立ち入られては、都合が悪い場所もある」
「あっ……そ、そ……れ、は……たい、へ、んんっ!」
だぁあっ! 説明なんか、どうでもいい!
僕はじっとしておれず、腹と尻を押さえたまま、執務室を飛び出そうとした。この人の前で、漏らすのだけは嫌だ! せめて、外へ……だけど、もう、間に合わないぃいっ!
「あっ……あぁあっ! だ、ダメだ! 出る! 漏れちゃう!」
情けない悲鳴を上げる僕に、瞠目した燕隊長。
「え? そんなに、切迫してらした? いや……ちがう、この妖気は……よもや!」
すると燕隊長は、僕の目前へと回りこみ、大きくふくれ上がった腹部を一瞥……直後!
「先生、失礼!」
――ドカッ!
「ふぐぅっ……」
極限まで我慢していた腹へ、燕隊長から情け容赦ない一撃を喰らって、僕は前かがみにうずくまった。
直後、僕の肛門をなにか異物が通過し、腹部の膨満感は一気に消え去った。
お腹の出っ張りも、元通りに引っこんだ。ふぅ、すっきり……じゃない!
あぁあっ、ついにやっちまったぁ!
よりにもよって、百鬼討伐隊本陣の、隊長の執務室で、僕の作品の愛好者と判った途端に、大便を漏らすなんて、最低最悪じゃないかぁ!
もう嫌だ、消えてしまいたい……と、泪で顔をゆがめ、頭をかかえながら、僕は、恐る恐る自分の足元後方へ、視線をやった。
そこに、僕が見た黒いかたまりとは、勿論!
「うん……?」
うん〇だと思った人、不正解。何者かの足でした。よかった、漏らしてないみたい!
ん? それじゃあ……この足は誰の足? ヤケに立派な深沓をはいてるけど……え?
「貴様……どうやって、牢を出た!」
「いやぁ、尻を出たのさ。この子の」
聞き覚えのある声音、口調……と、云うことは!
「まさか……不潔で好色なおじさん!?」
ではなかった。
僕の背後に突如、出現したのは、例の不潔で好色なおじさんでなく、総髪に浅葱色の水干姿の、凛々しくも見目麗しい美青年であった。
誰なの!? 本当に、あんた誰なの!?
「牢内は、あんまり居心地が悪くてね。そろそろ、おいとまさせてもらうことにしたよ」
総髪の美青年は、泪目で振り仰ぐ僕の肩を軽く叩き、意味深な目配せをした。
「巫山戯るな! そんな勝手は絶対に許さん!」
「啊、心配無用だよ。今の密談は、決して他言しないから」
「黙れ! 牢内に戻らぬなら、この場で処刑してやる!」
燕隊長は、段平刀を抜き、総髪の美青年へ、すかさず斬りかかった。
美青年は、僕の体を楯にして、鋭い切っ先をかわす。
燕隊長の殺意は、僕の鼻先一寸のところで、辛うじて急停止する。僕は慌てて、右側へ移動し、二人の争いから逃れようとしたが、無駄だった。
美青年も僕と一緒に右側へ移動し、隠し持っていた匕首を、僕の脇の下から、燕隊長めがけて繰り出したのだ。互いの凶器が、僕の体スレスレに交わり、激しい火花を散らす。
ひぃ――っ! 好い加減にしてくれ!
僕を巻きこむなぁ――っ!
「討伐隊員を愚弄し、狼藉を働いた邪鬼! そんな奴を、先生は何故かばうのですか!」
「それは勿論、私と彼が割りない仲だからだよ。すぐに私を、受け容れてくれたものね」
「ちょっと! 莫迦なこと云わないでくれよ! いつ僕が、あんたを……うひゃあっ!」
耳障りな刃音を執務室一杯に響かせて、繰り広げられる奇妙な剣劇。
燕隊長の段平刀が、僕の袖口をつらぬけば、総髪美青年の匕首が、僕の元結髷を殺ぐ。
燕隊長の段平刀が、僕の長袍を斬り裂けば、総髪美青年の匕首が、僕の肩を傷つける。
一対一の死闘に、はさまれた格好の部外者(僕)が、何故か一番、被害をこうむっている。前を向いても後ろを見ても、怒気を満々と湛えた眼差しは、僕の顔にすえられている。
いつの間にか僕は、あちこち傷だらけ、髪はほどけてザンバラ、衣装もズタズタ、顔面蒼白で……だから、なんで!? なんで!?
なんで、こうなっちゃうのさぁ――っ!
「おのれぇ! 我が同朋のみならず、先生の操まで奪ったのか! もう断じて許せん!」
「哈哈哈! 彼……とっても可愛いお尻だったよ、隊長さん! うらやましいだろぉ!」
「ぬわっ……誤解です、燕隊長……ってか、お願いだから、僕を巻きこまないでくれ!」
僕は嫌ってほど命の危険を感じ、今すぐ両者間から、逃げ出したい気持ちで一杯だった。
なのに、二人とも……そうは、させてくれないんだよぉ――っ!
頼むから、別のところでやってくれぇ――っ!
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