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汪楓白、忌地で人外の者を見るの巻
其の四
しおりを挟む『ぐおぉおぉぉおぉぉぉぉぉぉおっ!』
「し、神々廻道士!?」
凄まじいまでの気焔を吐いて、上忌地と最上忌地の境界線めがけ、走り出した神々廻道士に、僕は驚倒し、目を見開いた。
人喰い呪木相手に、いくらなんでも、無謀すぎるよ!
けれど人間離れした跳躍力で、天高く伸び上がる鬼業の根の壁を、ヒラリと飛び越えた神々廻道士は、なおも執拗に迫り来る枝葉の魔手を、偃月刀で斬り払い、さらに突進する。
そうする内に、神々廻道士の姿が、徐々に変形し始めた。
ザワザワと乱れた髪は黄金に変じ、大きく瞠られた目は柘榴状の複眼に変じ、精悍だがしなやかな体躯は骨格が異形の物に変じ、道服は裂け、頭頂部から鋭い一角まで突出する。
そう、そこにいるのは最早、人間ではなかった。
「おっ……鬼!?」――である。
呆然自失でつぶやいた僕……燕隊長は、ため息まじりにうなずいた。厳しい眼差しを神々廻道士に向けたまま、背後に居並ぶ隊員たちが、どよめくのを手で制し、燕隊長は云った。
「あれこそ、奴の本性……神々廻道士こと、趙劉晏の真の姿だ!」
燕隊長のセリフで、僕を始め、討伐隊の一同にも激震が走った。
「神々廻道士は……お、鬼だったんですか!?」
「厳密に云えば〝半鬼人〟です。奴は自ら望んで、邪鬼の憑坐となったのです」
自ら望んで、憑坐に、だって!?
僕の頭は、いよいよ混乱し、真っ白になりかけた。
しかし、辛うじて意識をつなぎ止め、言葉をしぼり出す。
「な、何故です! なんのために、そんな……」
僕の疑念を払拭するため、燕隊長は穏やかな口調で告げた。
「先程、本陣の執務室で、ご説明したでしょう」
――劉晏の父は、六官巡察使(朝廷密使)という役職を利用して、紗耶の父を讒訴しました。それは神祇府からの命令で、政敵・宮内大臣を潰すためだったのですが、結局……宮内大臣へ捜査の手が届く前に、紗耶の父はすべての汚職贈賄罪を着せられ、処罰される破目に……私の父・左右衛大臣が、最終的にその役目を担い、宮内大臣附き少傳に……妹のような存在だった幼馴染みの父に、死罪を与えたのです。父は旧友の死に自責の念を感じ、翌年には職を辞しました。今は隠居生活です。そして、劉晏の父も……彼の場合、苦しみは私の父より、もっともっと深かったのでしょう。紗耶の父の、七七日の忌明けを待たず、自害して果てました。それからですよ、劉晏が変わってしまったのは……自らを苦しめるように、酒に溺れ、暴力的になり、他者から恨みを買うような真似を平気でし、劫初内を飛び出して……一度は道士の道を志したものの長続きせず、ついには鬼神に魂を売り渡し、半鬼人となってしまったのはね。今にして思えば多分、紗耶とその両親に対する罪滅ぼしのつもりで、あんな莫迦な真似をしたのでしょうな。鬼神にそそのかされるまま、酒蟲を身に入れ、絶えず鬼去酒を呑み続けるなんて、自殺行為もいいところです。でも、そうまでして自己破壊に向かうなんて、実にあいつらしい莫迦さ加減だと、私は思います――
「まったく……莫迦な奴でしょう。本当に、救いようのない莫迦だ」
そうつぶやく燕隊長は、確かに先刻、執務室で僕の疑問に、すでに答えていてくれた。
それをあらためて思い返し、僕は愕然となったのだ。
「僕……半信半疑でした。だって、彼は……いつも一杯加減で、本心を語らないから……」
すると燕隊長は、語気を荒げ、苦しげに顔をゆがめ、つらい心情を吐き出した。
「私だって、本当は判っていたのだ。奴が金に執着し、図太く三妖怪を利用し、ああまでしてムチャを繰り返す理由は、すべて紗耶のためだと……しかし、私にも立場がある!」
そんな燕隊長の思いを、助長するかの如く、僕の真後ろから、こんな声が聞こえて来た。
「そう……奴さんの真の目的は、雁萩太夫……いや、紗耶の身請け金集めだよ。実はもう、全額そろってるんだ。それで毎度毎度、儂が大尽客になりすまし、神々廻道士の代わりに、身請けに往くんだがな……どういうワケか、あの女子、首を縦に振らん。儂は変化に長けとるゆえ、さまざまな顔形で試してみたが、どれもお気に召さんらしい。無駄骨だったよ」
聞き覚えのある声……いきなり治った腹痛……スッキリ感……まさか、まさか!?
振り向いた僕は、そこに予想通りの人物……いや、妖怪を見つけ、腰砕けになった。
「げげっ! 不潔で好色な……じゃない、醸玩さん! どうして、ここに!? ……ってか、今また僕の中から、現れませんでした!? なんか、酷い体調不良が治っちゃったんですけど……まさか、あんたが、僕の中にいたせい!? それで、気分が悪かったの!?」
「ご名答。実に住み心地のよい尻だな。永住させてもらおうか」
ぐひひ、と……垢染みた貧相な顔に、不気味な笑みをたたえる醸玩だ。
き、気色悪ぅ……僕は悪寒に震えた。
「冗談じゃない! ちょっと、燕隊長! なにを笑ってるんですか! ハッ……まさか!」
「こいつはね、私があえて奴に近づけ、素行を探らせていた【百鬼討伐隊】の密偵なのですよ、先生。奴はすっかり、信用しきっているみたいですが、本当の雇い主は私なのです」
燕隊長が明かした真実は、僕を完膚なきまでに叩きのめした。
「それじゃあ、全部、承知済みで……哈哈、哈……なんて、こったよ」
気が抜けて、地べたに座りこむ僕。
燕隊長は、そんな僕の肩をつかみ、ささやいた。
「先生まで騙して、申しわけない。しかし、先生だって、我々を騙しておられる」
「だから、さっきから一体、なんのことですか! 人外の物とか、騙すとか!」
奥歯にもののはさまったような云い方に、僕は憤慨し、燕隊長へ喰ってかかった。
「ヤレヤレ、まだとぼける気ですか」
「あのね! 勿体ぶるのは、好い加減……」
「それにしても……劉晏め、だいぶ苦戦しているな」
「ええ……三妖怪まで、敵に回してしまいましたからね」
燕隊長は、僕の怒りなど、どこ吹く風で、完全無視。かたわらの副長と、会話し始める。
「ちょっと! 話を逸らさないで……うわっ!」
またぞろ、燕隊長に詰め寄ろうとした僕の足元へ、【鬼宿木】の千切れた枝先が刺さったのは、その時だ。
結界内に目を転じれば、いよいよ戦況は凄まじいことになっていた。
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