神さまなんて大嫌い!

緑青あい

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汪楓白、忌地で人外の者を見るの巻

其の五

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『往生際が悪い野郎だ! 好い加減、女どもを放しやがれ!』
 鬼と化した神々廻ししば道士が、偃月刀えんげつとう片手に、ドスの効いた胴間声どうまごえで叫ぶ。
『こやつらは大事な生餌いきえだ。死ぬまで精を吸い尽くしてやるわ……だが、どうしても欲しいと云うのなら、愛液の質が悪いスベタを、二三匹、くれてやる。ありがたく受け取れ』
 呪木と化した楊榮寧ようえいねいが、耳障りな獣声じゅうせいで【鬼宿木おにのやどりぎ】の思惑を代弁する。
 すると、先刻、僕らの目前で痴態をさらした女性も含め、いずれも美貌だが愛液の質が悪い(って、なに!?)三人が、枝ぶりでうろからつかみ出され、四肢を卑猥に緊縛されたまま、神々廻道士の鬼体へ叩きつけられそうになった。まさしく【鬼宿木】の操り人形と化した女性たちは、完全に常軌を逸し、嬌声を上げて、神々廻道士へ取りすがろうとする。
「精をぉ、精をぉ……早く、くださりませぇ!」
「お願い! もっと、もっと、気持ちよくしてぇ!」
「あなたのモノで、深く私をつらぬいてぇ!」
『くぅっ……やめろ、邪魔するな! どけぇ!』
 神々廻道士は、執拗にまとわりつく裸の女性たちを、突き放そうと必死だ。
 しかし女性たちも必死で、男の精をもとめ交合をねだり、裸体を妖しくうごめかし、豊満な胸や腰を、神々廻道士の鬼体にすりつけ、彼の敏感な部分をなめ回し、甘噛みする。
 彼女たちが、神々廻道士の下半身に手を伸ばすと、彼は一瞬、くっと顔をしかめた。
 凄い光景……腰が抜けそう! あんな美女三人に、あんな激しく責められたら、普通の男なら、とっくに陥落してるはずだ! それを抑えこむ、神々廻道士の精神力も凄い!
 そうこうする内にも、【鬼宿木】と三妖怪の攻撃は、一向に止まらない。最早、死んでもかまわぬと、女性たちを人身御供にして、ひるんだ神々廻道士へ、一斉に襲いかかる。
『あぁあっ……畜生! 世話かけさせやがって!』
 神々廻道士は、女性たちを傷つけまいと、まず彼女らの体を縛める鬼業きごうの根を、断ち斬ろうとした。刹那、女性たちは本性を現した。
 とがった角と、鋭い牙を出し、神々廻道士の体へ噛みついたのだ。
 無惨にも、彼の体の肉を喰いちぎる。
 どうやら女性たちは、【鬼宿木】が作り出した、本当の『木偶でく人形』だったらしい。神々廻道士は、苦痛にうめいた。
『畜生っ……よくも、卑怯な手で騙してくれたな!』
哈哈哈哈哈ハハハハハ……命終までの寸刻、私の木偶に精々可愛がってもらえ。私も、可愛い妻たちを、思う存分可愛がってやろう。もう、人間の男など、相手にできなくなるほどにな』
 その途端、洞の中の女性たちのあえぎ声も、一段と強まった。
「「「はぁあっ……××××……んぐっ……××××!!!」」」
 もう、口に出すのもはばかられるような、とんでもないセリフを云い放っている。
「限界だな。手を貸してやれ。地獄枘じごくほぞ、発射準備。狙いは木偶だ」
 ここに来てようやく、えん隊長も重い腰を上げてくれた。すかさず、【百鬼討伐隊ひゃっきとうばつたい】の隊員が、命令に従い『地獄枘』をかまえる。
 あれ? もしかして、あのどこぞの村での鬼憑き騒ぎの時、神々廻道士が用いた地獄枘って、討伐隊から(というより燕隊長から)盗んだ物なんじゃ……などと、僕が疑念をいだいている隙に、鬼の捕縛用巨大もり『地獄枘』が、物凄い砲声を立てて発射された。
 狙い目は完璧で、神々廻道士にからみついていた木偶女たちを、一瞬で貫通。粉々に破壊した。ところが、助けられた当の神々廻道士は、まさしく鬼の形相で燕隊長に怒声を飛ばした。
『チッ! 誰がてめぇに手助けなんか、頼んだよ! 黙って見物してやがれ!』
 いや、神々廻道士ってば! それはないでしょう! 助けてくれた恩人に対して、そんな不遜な云い方……でも、燕隊長はフッと鼻で笑い、小声で「承知した」とつぶやいた。
「え、燕隊長!? 今の、冗談でしょ!? だって、鬼退治は護国団の務め……」
 まさか、本当に本気で、神々廻道士を見捨てるの!? そんなに、恨んでるの!?
「いいえ、先生。これに関しては奴の務めなのです。余計な手出しをした私が愚かだった。あとは静かに見守りましょう。もっとも、あなたには、それ以外できないでしょうがね」
 嫌味たっぷりに云われ、僕は、はらわたが煮えくり返るようだったが、確かにその通りだ。
 今の非力な僕に、一体なにができるって云うんだよ!
ああ、面倒臭ぇ! 好い加減、くたばりやがれ!』
 その時、神々廻道士の叫び声が響き、僕はハタと我に返った。
 神々廻道士は、偃月刀で、執拗に攻め来る棘だらけの枝ぶりを、紙一重でかわし、幾度も斬り裂き、叩き落とし、なんとか【鬼宿木】の核心へ近づこうと、躍起になっている。
 それを邪魔するのが、よりによって三妖怪である。今まで神々廻道士に隷属して来た蛇那じゃな蒐影しゅうえい呀鳥あとりは、今まで以上に強まったそれぞれの特性を活かし、〝ご主人さま〟へ容赦なく猛攻を仕掛けている。
 蛇那が、神々廻道士の体に巻きつき、猛毒の牙で咬みつけば、蒐影は、変幻自在の巨体でもって、神々廻道士の顔面を殴打する。呀鳥は、千の刃翼はよくで斬りかかり、神々廻道士の体を傷だらけにし……とにかく、この三妖怪の相手をするだけでも、神々廻道士は精一杯で、とても【鬼宿木】の中枢などへ、近づくことができないのだ。
『クソッ……目を覚ませ、蛇那! 蒐影! 呀鳥! それともこれは、俺さまが今まで酷使して来たことへの、意趣返しなのかよ! チッ……毒が、もう、効いてきやがった!』
 苦痛に顔をゆがめ、逼迫ひっぱくする神々廻道士だ。一方の三妖怪は――、
『『『シャァアァァァァァアッ!!!』』』
 自我だけでなく言葉さえ失ってしまったのか、三妖怪は同じような絶叫を放つばかりで、神々廻道士の問いかけにも、決して応じようとしない。
 最早、単なる殺意のかたまりだ。
 その上、攻撃をためらい、三妖怪に隙を見せた神々廻道士へ、【鬼宿木】の魔手が迫る。
『格下の邪鬼めが、この私に……【食女鬼うかめおに】の血肉と禍力かりきを得た私に、敵うと思ったか! つけ上がるなよ! 真の地獄へ叩き堕とす前に、たっぷりと生き地獄も味わわせてやる!』
『ぐあぁあぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁあっ!』
 四方八方から襲来した枝触手に囚われ、鋭利な棘を体中に刺され、神々廻道士は凄絶な悲鳴を上げた。今でこそ姿形は、恐ろしい鬼畜その物だが、元は確かに神々廻道士なのだ。
 僕も思わず驚倒し、悲鳴を上げていた。
「啊っ!?」
 だが、地面へ叩きつけられ、おびただしく吐血してなお、神々廻道士は闘志を抜かない。
 すぐさま立ち上がり、偃月刀で傷だらけの体を支え、【鬼宿木】の核を睨む。
 楊榮寧は、不敵な笑みを浮かべ、樹幹を躍動させる。
 途端に、凛樺りんかは身もだえ、琉樺耶るかやは小刻みに震え、茉李まつりはむせび泣いた。
「女たちに働きかけ、体液の精製を促しているな……劉晏りゅうあんがどんなに、枝葉を傷つけたところで、【鬼宿木】に弱る気配がないのは、そのためだ。常に女たちから、生命力の源である体液を、充填しているのだ。これでは到底、奴に勝ち目はないぞ。惨めな負け戦だ」
「そ、そんな……あんたたち、鬼退治専門護国団でしょう! さっきのセリフだって、きっと神々廻道士の強がりです! この際、私怨はのけといて、なんとかしてくださいよ!」
 ヤレヤレと肩をすくめる燕隊長や、ただ黙って見守るだけの隊員たちに、僕は激怒した。
『俺さまは、もうじき死ぬ……だが食女鬼! てめぇも、地獄へ道連れにしてやらぁ!』
 そうこうする間にも、神々廻道士は激語し、弱り切った体に鞭打って、再度、呪木の核心へ突貫とっかん攻撃を仕掛けた。神々廻道士の、こんなにも真剣で必死な姿を、僕は初めて見た。
 最早、捨て身……落命も覚悟の内なのだろう。
 啊、それにしても、なんて……なんて、壮絶きわまりない死闘だろうか!
 身の内に女性を蓄えた【鬼宿木】と、鬼畜に変態した神々廻道士の、まさに命を削り合うような激戦……そこへ大蛇に巨神に怪鳥の、三位一体攻撃が加わり、上忌地じょういみちの結界内は、文字通り修羅場と化したわけだ! あるいは、見るに堪えない地獄絵図とも、云えようか!
 呪木がのたうつたび、神隠しの森全体が激しい地鳴りに揺らぎ、空間がゆがむような波動に襲われ、禽獣や植物に影響を与え、結界の外で見守る僕らの足元まで、不安定にする。
 さらに、赤い地面を隆起させる。
 しかも、メリメリと亀裂を走らせる。
 そして、女性たちは絶頂を迎える。
 その都度、【鬼宿木】は禍力を強める。
 ここに来て、ついに燕隊長も覚悟を決めた。
「これ以上は待てん。我々の出番だな。このままでは女たちの身がもたん。【鬼宿木】に、いつ犯されてもおかしくない状態だ。それに、劉晏の身とて危うい。ただではすまんぞ」
「はい、燕隊長。【鬼宿木】の……しかも【食女鬼】の鬼業を持す化け物では、神々廻道士とて、いつ落命してもおかしくありません。逆に、ここまで、よく持ちこたえましたよ。もっとも、鬼業に依って死ぬことこそが、奴の本当の願いであるなら、話は別ですがね」
「奴の願い……かつて自分の父が、そうしたように……奴も鬼業を受けて死ぬという、最悪の自滅方法を取るわけか……だが、そうはさせん! 奴に罪業を与えられるのは、人間として罪を償わせることができるのは、この俺だけだ! 勝手には死なせんぞ、劉晏!」
 燕隊長は、うなるように云い、すぐさま背後にひかえる隊員たちへ、厳命をくだした。
「皆の衆! 再度、攻撃だ! まずは『地獄衲』の砲撃組! 狙うは【鬼宿木】の核……《楊榮寧》だ! 但し、囚われの女たちには、絶対に傷をつけるなよ!」
「「「「承知!!」」」」
 ただちに呼応し、迅速に動き出す隊員たち……僕は、僕は、本当に、なにもできないのか? 神々廻道士が、燕隊長が、みんなが一生懸命になっているのに、ただ見ているだけ?
 凛樺が、琉樺耶が、茉李が、死と隣合わせの危険にさらされているのに、三妖怪が自由を奪われ、鬼神の云いなりに虐使されているのに、楊榮寧とて、己の本意で呪木に捕りこまれたわけではないのに……誰一人、助けることもできず、指をくわえて見ているだけ?
 そうなのか、楓白ふうはく
 そんなのは、嫌だ!
 絶対に、絶対に……嫌だ!
 僕は、僕は……僕は!
 みんなを、ただみんなを、助けたい!
 たとえ、この身がどうなろうとも……命を落とすことになろうとも……。
 刹那、僕の頭の中で、なにかが真っ白にはじけた。
 そして、そこから先は、もう……記憶が、自我が、意識が……完全に、消滅した。
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