神さまなんて大嫌い!

緑青あい

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汪楓白、最強の功力を発揮するの巻

其の壱

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 ……………………………………………………………………………

おい、邪魔だ! そこをどけ!」
「役立たずは引っこんでろよ!」
「一緒に吹っ飛ばされたいか!」
 怒り散らす隊員たち。
「おやぁ? どうやら、お目覚めのご様子ですぞい」
 目を細めて笑う醸玩じょうがん
「……先生?」
 眉をひそめるえん隊長。
 怪訝そうに見つめる一同の前へ、進み出た《汪楓白おうふうはく》は、穏やかな口調で云った。
「やめなさい、最早……あなたがたの敵う相手ではない」
「なんだと? 今、なんと云った!」
「腰抜けのクセに、巫山戯ふざけるな!」
「誰に向かって、口を利いてるんだ!」
地獄枘じごくほぞで、木端微塵にするぞ!」
 ますます憤る隊員たちに、楓白は淡々と、しかし威厳ある声音で、さらにこう告げた。
「相手が鬼神級である以上、人外の物に……いや、私に、まかせておきなさい」
 ハッと息を呑む燕隊長。隊員たちも仰天している。それもそのはず……楓白の姿は、声音は、所作ふるまいは、今までとまるでちがう。ちがいすぎる。
 怜悧で、静謐せいひつで、強靭で、何者にも屈せず、隷属せず、抑制できぬ、凄まじいまでの霊波を全身にまとっていたのだ。
「……先生!」
 恐る恐る口を開く燕隊長。
 彼が楓白に向ける眼差しは、今や尊崇の念に満ちあふれていた。
「やはり、そうでしたか……先生、あなたは……ああ!」
 長袍ちょうほうを透かして見えるのは、胸元に光り輝く聖なる右旋卍巴印うせんまんじどもえいん。額で開くは第三眼。
 背中を割って大きく開かれたのは、純白に煌めく翼。舞い上がる羽毛は雪のようだ。
 そして、神々しいまでに凛とした佇まい。端整で気品ある顔立ち。
 魅入られそうなほど壮麗な虹色の瞳。 男とは思えぬ柔和な体つき。
 放射状に差す後光は、あらゆる魔障ましょうを退散させる天帝御落胤てんていごらくいんの証。
 元結髷もとゆいまげは一瞬で解け、艶やかな黒髪が腰まであふれ、楓白青年をいよいよ女性のように美しく輝かせる。彼、いや……性別さえ超えた〝人外の物〟は、数々の困難に接して苦行を積み、さまざまな経験を通して成長し、《汪楓白》というさなぎから、ついに羽化したのだ。
 天上天下最強の戦士――【泰斗仙君たいとせんくん】として!
「「「泰斗仙君!!」」」
 一同が、声を震わせ叫んだ途端、まばゆい光が楓白から照射され、忌地いみち赤腐土あかふどを瞬時に浄化し始めた。雪におおわれたような、しかし温かみすら感じる大地へ、色を変える穢土。
 楓白は、虚空を蹴って、ヒラリと……そのまま宙へ舞い上がった。彼が触れ、彼が踏み、彼が息を吹きかけただけでも、そこはたちまち浄化され、白銀に煌めくのだ。
 ホンの寸刻前まで、野暮ったく、頼りなげな青年だった楓白に、今は誰もが見惚れ、魅せられていた。
 燕隊長が、感動に声を震わせながらも、部下たちへ説明する。
の者こそ、地上最強と謳われた仙族の始祖! 羽化登仙うかとうせんをも超えると云う、唯一無二の存在! もう、なにも心配ない……これで【鬼宿木おにのやどりぎ】は滅する! 趙劉晏ちょうりゅうあんも救われる!」
「先祖返り、か……なるほどねぇ」
 醸玩もニンマリ、ご満悦で楓白の麗姿を見やる。
『な、なんだ……アレは!?』
 最上忌地の中の【鬼宿木】も、楓白の変貌ぶりに気づき、驚愕している。
 それだけではない。純白の翼を羽ばたかせ、結界線を軽々超えて、飛来する楓白に、猛烈な危機感をいだいたらしく、核心部の楊榮寧ようえいねいは、あきらかに表情を強張らせたのだ。
【鬼宿木】の動揺を、如実に表している。
『シ、シロ……そうか、てめぇ、やっぱり……そうだったのか』
 三妖怪と【鬼宿木】の猛攻により、息も絶え絶えで地面に伏していた神々廻ししば道士は、自嘲気味に笑い、ようやく得心した。
 仙族の尊い血脈は、誕生・再生・転生を基軸とする。
 楓白が、あれだけ色々と傷つけられても、痛めつけられても、すぐに完治し、復元されたのは、そういうわけだったのだ。生の息吹を、誰よりもなによりも強く、内に秘める仙族の血統だからこそ、楓白という青年は、脆弱なようで、思いのほか、たくましかった。
 また、楓白の【本星名ほんしょうみょう】が読めなくなったのも、生命力を吸い取り、命令に従わせることができなくなったのも、彼の仙族としての血が、少しずつ、目覚め始めていたからだ。
『道理で……いじめ甲斐のある奴だと、思ったぜ……哈哈ハハ
 一方で【鬼宿木】は、楓白を結界内に侵入させまいと、木の根や枝葉、棘つき触手など、さまざまな凶器を用いて、進路を阻んだ。
 天女と見まがうほどに、美しく変貌した楓白は、しかしそんな攻撃など、最早ものともしなかった。魅惑的な彼が、微笑をたたえ、そっと手をかざしただけで、鬼業きごうの根は断たれ、枝は千切れ、刃のような葉は残らず枯れ落ちた。
 一足、二足、楓白が踏んだ穢土は、瞬く間に浄化され、白銀に煌めき、その聖光が消え去ったあとは、そこからたちどころに新緑が芽吹き、花が咲き乱れ、周囲に広がって往く。
 まさしく、誕生・再生・転生を司る仙族の始祖、【泰斗仙君】ならではの秘術だ。
「目を覚まして、蛇那じゃな
 猛毒の牙をむき、飛びかかって来る大蛇の鎌首を、楓白は優しく撫でた。途端に大蛇は大人しくなり、劇的に姿を変え、見る見る内に美少女へと変貌をとげ、地面に倒れこんだ。
「悪戯はここまでだよ、蒐影しゅうえい
 続く鬼武者でも、同じような現象が起きた。黒い巨神は、楓白の聖光に照らされた刹那、身を鎧う暗影から解放され、黒は黒でも人間大の姿まで縮小され、地面に落下、虚脱した。
「元の姿に戻ろうね、呀鳥あとり
 最後は、千刃翼せんばよくの怪鳥だ。楓白にいだかれるや否や、鋭利な凶刃はすべて抜け落ち、殺意も邪気も綺麗に消失し、あとには赤毛の精悍せいかんな男が、地面に横たわっているだけだった。
「うぅん……凄く疲れたぁ」
「眠い……猛烈に、眠いぞ」
「なんだか、体がだるいぜ」
 ぼんやりと、酔夢眼すいむまなこでつぶやく三妖怪。
 彼らを、慈愛に満ちた眼差しで見やり、楓白はさらに飛翔する。
 際限なく襲い来る棘つき枝の魔手を、そっとなし、踊るように舞い続ける楓白。
 彼が青白い光を放つ手で、足で、息吹で、触れた呪木の部分からは、禍々しい毒素が中和され、鬼業を孕んだ鋭い棘が剥落し、あっと云う間に枯れてしまう。【鬼宿木】が司るものは、死滅……ただ、それのみ。【泰斗仙君】とは対極にある。
 しかも、生死は表裏一体、背中合わせのようでいて、実は生の方が何倍も強い。
 死は必ず来る。だが本来、生には死を凌駕してあまりある膨大なエネルギーが、誰にでも、満ちあふれているはずなのだ。
 そんな「生」の体現者である【泰斗仙君】に、ただ滅するだけの【鬼宿木】が、敵うはずなどなかった。「死」から生まれ、「死」そのものである呪木は、たちまち樹冠を丸裸にされ、複雑な枝ぶりを落とされ、ついに女たちへ、子種を残すことすらできなかった。
 自分自身が、すでに滅し始めたのだから……。
『ヴオォオォォオォォォォォォォオォォォォォォォォォオッ!』
 壮絶きわまりない叫哭きょうこくが……いや、死声しせいが、上忌地全体へ木霊こだました。
 文字通り、女を食う鬼【食女鬼うかめおに】の死骸を苗床に育った【鬼宿木】は、楓白の放つ聖光に晒され、禍力かりきを失い、最早、立ち枯れ寸前であった。
 しかしこのままでは、囚われの女たちも、呪木と運命をともにする破目となる。楓白は、ようやくたどり着いた【鬼宿木】の核心部で、樹幹に喰われた女たちの頬を、一人ずつ優しく慰撫いぶし、そっと呼びかけた。
凛樺りんか琉樺耶るかや茉李まつり……そして、他の女性たちも、みんな起きて」
 楓白の声音は、玲瓏れいろうな水面に広がる波紋のようだ。女たちは、【鬼宿木】の忌まわしい呪縛から解き放たれ、次々と地面へ崩れ落ちて往った。
 女たちは全裸、汗まみれ、精も根も尽き果てた、といった感じだったが、皆、無傷で命に別状はなかった。
 楓白は微笑する。
 そして、呪木の最奥部、うろの中に閉じこめられた憐れな男に、楓白は手を伸ばした。
「さぁ、君もだよ、楊榮寧。君こそ、最も救われるべき人間なんだ」
『グウ……ハァ、ハァ……』
 楓白の言葉に驚愕し、顔を上げた榮寧は、目前の美青年を見つめ、再度問い返した。
 その声音は、呪木に操られていた時の獣声じゅうせいから、徐々に元の男声へと戻っていった。
「お、俺も……救われる? そんな、こと……ん」
 楓白は楊榮寧に口づけし、息吹を送りこむと、鬼業の毒素を完全に浄化し、洞の奥に幽閉された彼を、スルスルと引きずり出した。
 そうして、榮寧を地面に下ろした次の瞬間!
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