神さまなんて大嫌い!

緑青あい

文字の大きさ
59 / 64
汪楓白、師父の恋路を応援するの巻

其の壱

しおりを挟む

 僕は、『早く! 早く!』と、呑気な神々廻ししば道士(と醸玩じょうがん)を急かした。
 何故だか、胸騒ぎが収まらない。不安と憂患にさいなまれ、仕方がない。
 どうしてだろう……例の忌地いみち事件のあとから、僕の勘は妙に当たるんだ。
 ところが……嫌な予感、的中!
「あ……雁萩太夫かりはぎだゆう
「おんや、まぁ……他の男に、落籍ひかされたか」
「そ、そんな! 紗耶さやさん!」
 なんと見世みせから、煌びやかな衣装に身をつつんだ、上臈じょうろうの男に手を引かれ、雁萩太夫が丁度、出て往くところだったのだ!
 ど、どど、どうして……なんでだよ、紗耶さん!
 彼女は、僕らに気づいても、平素まったくつれない態度で、別れの言葉を口にした。
「あら、あにさん。今日も早いのね。白菊なら、見世にいるわよ。じゃあ……さよなら」
 男に促され、紗耶さんは、どんどん見世から遠ざかって往く……と、その時!
「若君! 申しわけありません! なんとか、お嬢さまを、止めようとしたんですが……」
 裾を散らし、息を切らして、見世から飛び出して来たのは、白菊太夫だった。
「えぇえ!? 白菊太夫!? ど、どうして……若君って、この人のこと!?」と、僕に指を差された神々廻道士は、鬱陶しそうにその手を払いのけ、驚くべき事実を打ち明けた。
「うるせぇな。こいつは元々、趙家ちょうけの侍女だったんだよ」
 趙家の侍女!?
 あんたの愛娼だったんじゃないの!?
 さらに、醸玩が云いそえる。
「雁萩太夫を見守らせるため……つまり、おかしな客から身を挺して守らせるため、この見世に送りこんどいたんだよな。まったく、侍女どのの苦労も知らんと、可哀そうに……」
 はぁ!? なんだってぇ!? それじゃあ、今までのは全部、演技だったってこと!?
「いえ、私は、その……ワリと、こういうことが、好きな方で……男性客相手に愉しむこともできて、しかもお金までもらえるなんて、一石二鳥……じゃなく! どうしましょう、若君! 昨夜、〝あの男〟がやって来て、莫大な身請け金を、全額支払ってしまったんです! やはり前々から、お嬢さまに目をつけていたようで……本当に、申しわけあり…」
 以前の軽薄で、蓮っ葉な感じは、どこへやら……今は(元)高家の侍女らしく、礼儀正しい所作と口調で、本当の主人である若君・趙劉晏ちょうりゅうあんへ、己の非を詫びる白菊さんだった。
 こうして見ると、白菊さんも、なかなか……いや!
 今は、それどころじゃないだろ、楓白ふうはく
「云いわけはいい。奴の身許は?」
 冷淡な口調で、詰問する神々廻道士だ。
「それが、その……噂が気になり、密かに調べたところ、宮内大臣くないだいじんの、子息らしく……いつも数名の武官だけ連れ、お忍び風で、見世を訪れるのです……お嬢さまも、最初の内は、断り続けていたんですが……何故か今度ばかりは、身請け話をこばまず……ああして……」
「宮内大臣!? それじゃあ、あいつの父親って……師父しふたち三人の、いわば天敵!?」
 いよいよ驚倒する僕。
 だが、神々廻道士は、思いがけない反応を示したのだ。
「ふん……よかったじゃねぇか」
「はぁ!?」
 よかった? なにが、よかったって?  
 この人、一体、なにを云って……、
「過去はどうあれ、宮内大臣の子息ともなりゃあ、金も権力も思いのままだ。あいつも贅沢三昧に暮らせるし、ようやく幸せになれるんだ。めでたし、めでたしってなぁ。哈哈哈ハハハ
 な、ん、だ、と!?
 さすがの僕も、どたまに来たぞ!
 だから、思いっきり、神々廻道士を怒鳴りつけてやった!
「師父! 莫迦ばかなこと、云わないでください! これでいいわけ、ないでしょう!」
 白菊さんも、必死で食い下がった。
 己の身を遊女にやつしてまで、憎まれ役を引き受けてまで、懸命に守り続けて来た紗耶さんを、横から敵にかっさらわれたんじゃあ、今までの苦労がまったく報われないよな!
「そうです、若君! お嬢さまは、今でもあなたさまのことを、想っております! 早く追いかけて、宮内大臣の莫迦息子から、取り返しましょう! さもないと、お嬢さまは!」
 その上、白菊さんは、もっと恐ろしいことを考えに入れていた。意味深に言葉を切る。
「なんだよ、そんな必死こいて……まさか、あいつが宮内大臣に、仇討ちでも……」
「そうだとしたら、追いかけますか、師父!」
 僕も、紗耶さんの心中に、ようやく気づき、神々廻道士をけしかけた。
 しかし――、
「べつに……俺さまには、もう関係ねぇな」
――ピキ――ンッ!
 僕は、完全にキレた。
「あんた、見損なったよ! 僕より、よっぽど腰抜けじゃないか!」
「なんだと、シロ! もう一回……」
「何度だって云ってやる! あんたはただ、紗耶さんに拒否されるのが、怖いだけの腰抜けなんだろ! なぁにが神々廻道士だ! えらそうな名前つけたって、結局は惚れた女一人幸せにできない、腰抜け腑抜けの、大莫迦野郎じゃないか! 僕を嘲笑える立場かよ!」
 もう、怒りが止まらなかった。
「万一、彼女が宮内大臣の元で事件を起こし、死ぬようなことになったら、僕は一生、あんたを許さないぞ! 軽蔑してやる! いや、その前に……僕が紗耶さんを助けるんだ!」
 そう云って、駆け出そうとした僕の肩をつかみ、乱暴に引き倒すと、神々廻道士が、代わって紗耶さんの元へ走った。丁度、裏路地で待っていた、家臣らしき四人の男に手を貸され、宮内大臣の子息と、紗耶さんは、立派な四頭牽きの馬車に、乗りこむところだった。
「待て!」
 そこへ、ズカズカと近づいた神々廻道士。
 有無を云わさず、振り向いた子息の凡庸ぼんような顔を、渾身の力で殴打した。
「ぐはぁっ!」
劉哥りゅうあにさん!?」
「「「「た、太子たいしさま!!」」」」
 子息……いや、太子は往来まで吹っ飛ばされ、車力夫の荷車にぶつかり、水溜まりへ突っこんだ挙句、農夫の牛に踏まれて、前後不覚となった。
 ちょっと……やりすぎかなぁ?
 家臣四人は、慌てふためき、太子を助けに向かう。
 紗耶さんは、唖然として、神々廻道士を見つめている。
 神々廻道士は、そんな紗耶さんに歩み寄り、初めて、彼女の本名を呼んだ。
「雁萩太夫……いいや、紗耶!」
 吃驚びっくりして、目を丸くする紗耶さんの手を取り、神々廻道士は云った。
「俺と、一緒に来い」
 さらに、云いつのる。
「薄汚い廟で、妖怪どもと一緒に、貧乏暮らしさせてやる!」
 うぅむ……一応、あれでも、結婚申しこみのつもりなんだろうな。神々廻道士としては。
 だけど、上忌地での一件以来、鬼去酒きこしゅを必要としなくなった彼の目は、真剣そのものだった。無論、酒気など一切、含まれていない。完全にシラフの、神々廻道士の言葉である。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

彼の巨大な体に覆われ、満たされ、貪られた——一晩中

桜井ベアトリクス
恋愛
妹を救出するため、一ヶ月かけて死の山脈を越え、影の沼地を泳ぎ、マンティコアとポーカー勝負までした私、ローズ。 やっと辿り着いた先で見たのは——フェイ王の膝の上で甘える妹の姿。 「助けなんていらないわよ?」 は? しかも運命の光が私と巨漢戦士マキシマスの間で光って、「お前は俺のものだ」宣言。 「片手だけなら……」そう妥協したのに、ワイン一杯で理性が飛んだ。 彼の心臓の音を聞いた瞬間、私から飛びついて、その夜、彼のベッドで戦士のものになった。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

処理中です...