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汪楓白、師父の恋路を応援するの巻
其の壱
しおりを挟む僕は、『早く! 早く!』と、呑気な神々廻道士(と醸玩)を急かした。
何故だか、胸騒ぎが収まらない。不安と憂患にさいなまれ、仕方がない。
どうしてだろう……例の忌地事件のあとから、僕の勘は妙に当たるんだ。
ところが……嫌な予感、的中!
「あ……雁萩太夫」
「おんや、まぁ……他の男に、落籍されたか」
「そ、そんな! 紗耶さん!」
なんと見世から、煌びやかな衣装に身をつつんだ、上臈の男に手を引かれ、雁萩太夫が丁度、出て往くところだったのだ!
ど、どど、どうして……なんでだよ、紗耶さん!
彼女は、僕らに気づいても、平素まったくつれない態度で、別れの言葉を口にした。
「あら、哥さん。今日も早いのね。白菊なら、見世にいるわよ。じゃあ……さよなら」
男に促され、紗耶さんは、どんどん見世から遠ざかって往く……と、その時!
「若君! 申しわけありません! なんとか、お嬢さまを、止めようとしたんですが……」
裾を散らし、息を切らして、見世から飛び出して来たのは、白菊太夫だった。
「えぇえ!? 白菊太夫!? ど、どうして……若君って、この人のこと!?」と、僕に指を差された神々廻道士は、鬱陶しそうにその手を払いのけ、驚くべき事実を打ち明けた。
「うるせぇな。こいつは元々、趙家の侍女だったんだよ」
趙家の侍女!?
あんたの愛娼だったんじゃないの!?
さらに、醸玩が云いそえる。
「雁萩太夫を見守らせるため……つまり、おかしな客から身を挺して守らせるため、この見世に送りこんどいたんだよな。まったく、侍女どのの苦労も知らんと、可哀そうに……」
はぁ!? なんだってぇ!? それじゃあ、今までのは全部、演技だったってこと!?
「いえ、私は、その……ワリと、こういうことが、好きな方で……男性客相手に愉しむこともできて、しかもお金までもらえるなんて、一石二鳥……じゃなく! どうしましょう、若君! 昨夜、〝あの男〟がやって来て、莫大な身請け金を、全額支払ってしまったんです! やはり前々から、お嬢さまに目をつけていたようで……本当に、申しわけあり…」
以前の軽薄で、蓮っ葉な感じは、どこへやら……今は(元)高家の侍女らしく、礼儀正しい所作と口調で、本当の主人である若君・趙劉晏へ、己の非を詫びる白菊さんだった。
こうして見ると、白菊さんも、なかなか……いや!
今は、それどころじゃないだろ、楓白!
「云いわけはいい。奴の身許は?」
冷淡な口調で、詰問する神々廻道士だ。
「それが、その……噂が気になり、密かに調べたところ、宮内大臣の、子息らしく……いつも数名の武官だけ連れ、お忍び風で、見世を訪れるのです……お嬢さまも、最初の内は、断り続けていたんですが……何故か今度ばかりは、身請け話をこばまず……ああして……」
「宮内大臣!? それじゃあ、あいつの父親って……師父たち三人の、いわば天敵!?」
いよいよ驚倒する僕。
だが、神々廻道士は、思いがけない反応を示したのだ。
「ふん……よかったじゃねぇか」
「はぁ!?」
よかった? なにが、よかったって?
この人、一体、なにを云って……、
「過去はどうあれ、宮内大臣の子息ともなりゃあ、金も権力も思いのままだ。あいつも贅沢三昧に暮らせるし、ようやく幸せになれるんだ。めでたし、めでたしってなぁ。哈哈哈」
な、ん、だ、と!?
さすがの僕も、どたまに来たぞ!
だから、思いっきり、神々廻道士を怒鳴りつけてやった!
「師父! 莫迦なこと、云わないでください! これでいいわけ、ないでしょう!」
白菊さんも、必死で食い下がった。
己の身を遊女にやつしてまで、憎まれ役を引き受けてまで、懸命に守り続けて来た紗耶さんを、横から敵にかっさらわれたんじゃあ、今までの苦労がまったく報われないよな!
「そうです、若君! お嬢さまは、今でもあなたさまのことを、想っております! 早く追いかけて、宮内大臣の莫迦息子から、取り返しましょう! さもないと、お嬢さまは!」
その上、白菊さんは、もっと恐ろしいことを考えに入れていた。意味深に言葉を切る。
「なんだよ、そんな必死こいて……まさか、あいつが宮内大臣に、仇討ちでも……」
「そうだとしたら、追いかけますか、師父!」
僕も、紗耶さんの心中に、ようやく気づき、神々廻道士をけしかけた。
しかし――、
「べつに……俺さまには、もう関係ねぇな」
――ピキ――ンッ!
僕は、完全にキレた。
「あんた、見損なったよ! 僕より、よっぽど腰抜けじゃないか!」
「なんだと、シロ! もう一回……」
「何度だって云ってやる! あんたはただ、紗耶さんに拒否されるのが、怖いだけの腰抜けなんだろ! なぁにが神々廻道士だ! えらそうな名前つけたって、結局は惚れた女一人幸せにできない、腰抜け腑抜けの、大莫迦野郎じゃないか! 僕を嘲笑える立場かよ!」
もう、怒りが止まらなかった。
「万一、彼女が宮内大臣の元で事件を起こし、死ぬようなことになったら、僕は一生、あんたを許さないぞ! 軽蔑してやる! いや、その前に……僕が紗耶さんを助けるんだ!」
そう云って、駆け出そうとした僕の肩をつかみ、乱暴に引き倒すと、神々廻道士が、代わって紗耶さんの元へ走った。丁度、裏路地で待っていた、家臣らしき四人の男に手を貸され、宮内大臣の子息と、紗耶さんは、立派な四頭牽きの馬車に、乗りこむところだった。
「待て!」
そこへ、ズカズカと近づいた神々廻道士。
有無を云わさず、振り向いた子息の凡庸な顔を、渾身の力で殴打した。
「ぐはぁっ!」
「劉哥さん!?」
「「「「た、太子さま!!」」」」
子息……いや、太子は往来まで吹っ飛ばされ、車力夫の荷車にぶつかり、水溜まりへ突っこんだ挙句、農夫の牛に踏まれて、前後不覚となった。
ちょっと……やりすぎかなぁ?
家臣四人は、慌てふためき、太子を助けに向かう。
紗耶さんは、唖然として、神々廻道士を見つめている。
神々廻道士は、そんな紗耶さんに歩み寄り、初めて、彼女の本名を呼んだ。
「雁萩太夫……いいや、紗耶!」
吃驚して、目を丸くする紗耶さんの手を取り、神々廻道士は云った。
「俺と、一緒に来い」
さらに、云いつのる。
「薄汚い廟で、妖怪どもと一緒に、貧乏暮らしさせてやる!」
うぅむ……一応、あれでも、結婚申しこみのつもりなんだろうな。神々廻道士としては。
だけど、上忌地での一件以来、鬼去酒を必要としなくなった彼の目は、真剣そのものだった。無論、酒気など一切、含まれていない。完全にシラフの、神々廻道士の言葉である。
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