アンダードッグ・ギルド

緑青あい

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【昨日の友は今日も友】

『5』

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「あ、あの~~」
 ここで、辛抱たまらず口をはさんだのは、蚊帳の外に出されたギンフだった。
「「「あぁ!?」」」
「いや、すんません……ところで、そちらのベッピンさんは、どちらさんで?」
「無論、私の恋人です」と、即答するタッシェル。お前、少しは身のほどを知れ!
「いえ、ザックさんの従妹です」
 お? アフェリエラも、タッシェルのあつかいが、わかって来たじゃないか。
 今のは、ナイスな返しだったぜ。けど……ちょいとばかし、この場はまずいな。
「へぇ! ザックの旦那に、こんな美人の親類がいたなんて、初耳……アレ? ちょっと待てよ? ザックの旦那は、確か捨て子で、孤児院育ちだったはずじゃあ……アレレ?」
 その言葉を聞くなり、ナナシが俺を見て、息を呑むのがわかった。
「私の従妹だよ。見栄張って、馬鹿だね、ザック」
 いや、俺はなにも言ってねぇし……だが、ラルゥも上手く、話しを逸らしてくれたぜ。
「ああ、ラルゥさんの……道理で! 綺麗どこは、やっぱ似るんでやすねぇ!」
 あ……そう言やぁ、ギンフの奴、ラルゥに密かな、恋心をいだいてるんだったっけな。
 ラルゥは、あからさまに迷惑そうな顔してるけど、おかまいなしですり寄ってるぜ。
「とにかくだ。俺たちは犯人じゃねぇし、真犯人を捕まえるためにも、情報が欲しいんだ。協力してくれよ、ギンフ。ピエロのチコって奴を、探してるんだ。まぁ、今回の件とは直接、関係はねぇんだけど、色々と複雑な事情があってな。いずれは事件解決につながるはずなんだ。だから、頼む! この通りだ! 俺たちを、見捨てないでくれ! ギンフ!」
 そう言いながら俺たちは、バスタードソードを、クレイモアを、メイスを、クロスボウを、ランスを、ウィップを、ギンフの首元に突きつけた。
 早い話が、こりゃあ脅しだな。
 しかし、ギンフは俺のセリフを聞き、なにか重大なことに気づいたようだ。
 顔面蒼白で、ガタガタと震え、目をしばたかせながらも、奇妙な言葉をつぶやいた。
「ピエロのチコ……まさか、テルセロのことか? だから、あいつ……」
「テルセロ? お前……ピエロのチコを、知ってるのか!?」
「知ってるも、なにも、あいつは俺と同じゾラ人で、幼馴染み……痛っ!」
「あ、すまん。興奮して、切っ先が刺さった」
「ちょっと、ラルゥさん。気をつけてくださいよ。いくら相手があなたでも、怒りますよ」
 もっと怒れ、ギンフ。今のは絶対、ワザとだぞ。その上、首筋の出血量も半端じゃねぇ。
「それにしても、こんな好都合な展開って、あるのか?」
「恐らく創造主が、面倒臭くなったんでしょうね」
「創造主って、誰でちか?」
「カリダ神だろ。そういうことにしておいてだな、ギンフ!」
「は、はい!」
「チコは、今どこだ?」
「それは、言えないっす」
「なんで!」
「本人たっての希望ですし、保安院からもお達しが……」
「なにぃ!? バティックの野郎! すっとぼけやがって! ピエロのチコの情報を、得てやがったのか! ん? でも……待てよ? チコは今度の事件とは、関係ないはずじゃ」
 首をかしげる俺の耳元で、アフェリエラが恐る恐るささやいた。
「いえ、そうとも限りません。例の、サーカス団の者たち……もしかしたら」
「それじゃあ、あいつらが真犯人だって疑いも!?」
「し――っ、この場で第三者に話すのは、賢明ではありません。まだ、なんの確証もないのですから……取りあえず、今夜はもう引き上げませんか? あの方も、迷惑そうですし」
 ギンフは、本当に心底、迷惑そうな表情で、俺たちのヒソヒソ話を聞いている。
「ああ、いいんだよ、アフェリエラ。気を使わなくたって。いつも俺たちが、あいつに迷惑かけられてんだから。けど……確かに、この場は一旦、引き下がった方が得策かもな」
 俺も得心し、アフェリエラの勧めに従った。
「そうだのう。あやつの態度、死んでも口を割らんと言っとるようだし、安宿でも取るか」
「待て、ゴーネルス。安宿など、気品に満ちた僕の性には合わないな」
「では、侯爵さま。どうぞ、路傍で野宿でも。但し、夜盗に襲われても、一人でなんとかしてくださいね。翌日、悲惨な死体を引き取りに行くのは、朝から気分が悪いですから」
「じ、冗談だ! 安宿でも、一晩くらいなら我慢してやる!」
「侯爵さま、内巻きパーマが、外巻きに跳ねちゃったでち。そんなに、怖いでちか?」
「さよう、さよう。みなも先刻、承知の通り、若は小便をちびると、必ずパーマが反転するという、不可思議な体質の持ち主。さぞや、お困りのことと存じます。ゆえに、替えのパンツも、すぐさまご用意いたしましょう。しかし、若もいい歳なのですから、そろそろ大人としての自覚を持ってください。お父上とて、さすがに〝仏の顔も一度きり〟ですぞ」
 三度だろ……また、馬鹿言ってやがるぜ。
「誰がちびるか、馬鹿者! これは、手品の一種だ! お前たちを、驚かそうと思っただけだ! 見ろ! 案の定、みながみな、驚いているではないか! まったく、能無しどもめ!」
 ダルティフ……手品って、その言いわけは、さすがに苦しすぎるぞ。
 すると――、
「「「おい、馬鹿侯爵!! 誰に向かって、口利いてんだ!?」」」
 みんなから一斉に恫喝され、ダルティフは震え上がった。いつものエラそうな口調も所作も忘れ、精一杯下手に出る情けなさ……こいつ、妾腹とはいえ、本当に侯爵家の御曹司か?
「えぇと……誰でしょう、ね。ハハ、ハハハ」
 ぎこちない笑顔、汗ばんだもみ手で、みんなの機嫌を取ろうとする。ああ、情けなや。
 その時、ラルゥがあることに気づき、周囲を見回した。
「それより、ギンフはどこ行ったんだ?」
「もう、裏口から中へ、入ってしまいましたよ?」と、アフェリエラ。
「なに? 逃げやがったか……畜生!」
 俺は腹立ちまぎれに、奴が寸前まで座っていた空き樽を、思いきり蹴飛ばした。
 いっ……いてぇ――っ!
 思いのほか、固くて頑丈だった!
 それでも俺は、激痛を悟られまいと、にじみ出る涙を素早くぬぐい、靴の中で腫れ上がる足の指へ、気をやらないよう必死で努めた。
 そんな折、タッシェルが、こうつぶやいた。
「それにしても、妙ですね。あのニセサーカス団が真犯人だとして、また首都で事件が起きたということは……どうやら、ピエロのチコが、すべての鍵をにぎっていそうですね」
「ま、まったくだ。タッシェルにしては、だ、妥当な推察じゃねぇか」
 俺は、片足でヨロヨロとタッシェルに近づき、奴の肩を叩くフリして、しがみついた。
 とにかく、これじゃあ、痛みで言葉をつむぐのも、ままならないぞ!
「あの、それで……これからどうするのですか?」
 不安そうな眼差しで、俺たちの顔を見回すのはアフェリエラだ。これに仲間が即答する。
「食う」と、ラルゥ。
「寝る」と、オッサン。
「遊ぶ」と、チェル。
「あのな、こ、この場合『遊ぶ』は、なしだろ、絶対」
 俺は肩を落とし、無邪気なチェルの頭を、軽く小突いた。チェルは、ペロッと舌を出し、可愛らしく笑っている。
 けど今だけは笑い返せねぇよ。疲労もかなり、溜まって来たしな。
 なにより足先が、めっちゃ痛ぇ――っ! だんだん靴が、きつくなって来たみたいだ!
 だけど、まだ仲間にはバレてねぇようだ。それだけが、救いだな(こんな失態、知られたが最後……無慈悲な連中に、どんだけ馬鹿にされるか、わかったモンじゃねぇからな)。
「さてと……なんにせよ、ピエロ探しの前に、今夜は安宿探しだね」
 賛成! 賛成! 大賛成!
 早いトコ、靴を脱ぎてぇよ!
 そんなワケで俺たちは、ラルゥの提案に乗っかり、レンガ造りの二階建て自警団屯所から、ゆっくりと立ち去った。
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