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『難破船』
其の壱
しおりを挟む〈何故、こんな目に遭わねばならないの!?〉
せまい船倉に閉じこめられた娘たちは、誰もがそう嘆いていた。
いずれも歳は十七、八。色白で目鼻立ちの整った、美形ぞろいである。
それぞれが別の場所で、黒尽くめの怪士集団に拉致されて、気づけば帆船の中だった。
異国へ向かう洋上、波間を漂う彼女たちの運命は、すでに決まりきっていた。
奴隷として、異邦人に売られるのだ。
娘たちは青ざめ憔悴し、絶望に心を蝕まれていった。
監禁されてから、早三日。質素だが、三度の食事は与えられる。
釣灯篭ひとつの、薄暗い船倉の隅には、糞尿用の桶も用意されていた。
娘たちは、外部の様子を知ることも叶わず、陽光を浴びることも許されず、潮騒のかすかな波音を聞きながら、ひがな一日、ぼんやりと過ごすことしかできなかった。
その時、天井部の羽目板が開き、吊階段が降ろされた。
風になびく、大きな帆が垣間見える。やはりここは、帆船の中なのだと思い知る。
季節は初夏……まぶしい陽光が、燦々と降り注ぐ。まだ、明るい真昼なのだと判る。
さわやかな潮風が吹きこむ。外の空気を吸える、わずかな時間である。
そして、囚われの娘たちにとって、恐怖の時間でもあった。
「喂、『牡丹屋』の佳澄! お前の番だぜ! 早く上がって来い! 可愛がって姦る!」
革衣で身をつつんだ海賊は、日に一度、必ず娘を一人、船倉から連れ出した。
そしてその娘が、二度と戻って来ることはなかったのだ。
「あ、ああっ……そんな、嫌っ! どうか、お許しください! 他のことなら、なんでもします! お金なら、父母がいくらでも払います! お願いだから、見逃してください!」
藤紫に紅殻染めの襦裙をまとった清楚な娘、華細工『牡丹屋』の佳澄は、両掌を合わせ必死に懇願した。暗い船倉を見下ろす蓬髪の男は、口元に卑猥な笑みを浮かべ、娘を急かす。
「早く来るんだ! 手間をかけさせやがると、海に放りこんで、鱶の餌にしちまうぞ!」
佳澄は震え上がり、周りの娘たちにしがみつき、泣きわめいて助けをもとめたが、所詮は無駄なあがきだった。下手にかばい立てすれば、今度は自分が犠牲になってしまうのだ。
娘たちは心を鬼にして、佳澄を突き放した。
そうこうする間に、屈強な髭面男が、吊階段を降りて来た。娘たちが逃げ惑う中、凶悪な海賊は、佳澄の頬を二つ三つ叩き、黙らせると、肩に担いで、甲板へと戻って往った。
直後、羽目板は、乱暴にバタンと閉じられ、船倉を再び陰鬱な闇がつつんだ。誰かのすすり泣きが聞こえる。これで、残ったのはあと七人……元々いた娘の数は、十人だった。
たった三日間の航海中に、もう三人が生贄にされてしまった。
連れ出された佳澄が、男たちからどんな辱めを受けているのか。
また、欲望の餌食にされたあと、どんな運命が待ちかまえているのか。
想像しただけでも、背筋が凍りつく思いだった。
「きっと皆、殺されるんだわ……あの野卑な海賊どもに嬲られて、玩具にされた挙句、海へ放りこまれるのよ!」
「もうこれ以上、堪えられない! 頭がおかしくなりそうよ!」
「陵辱して殺した挙句、生き残った娘たちは、異国へ売り飛ばされるのよ! 海賊の次は、見たこともない異国人の男たちに、蹂躙されるんだわ! ああっ、そんなの嫌よぉお!」
「いっそ、死んでしまった方がマシだわ……あんな奴らに、汚されるくらいなら!」
「恋人がいるのよ! 結婚が、決まってたのよぉ! お金ならあげるから、解放してぇ!」
娘たちは、一斉に号泣し始めた。
いずれも良家や大店の、なに不自由ないお嬢さま育ちである。
それが、発狂寸前まで追いつめられていた。
「好い加減にしなさい! ここでいくら泣いたって、わめいたって、どうにもならないでしょう! 気をしっかり持つのよ! 皆で力を合わせて、命懸けで奴らと闘うのよ!」
突如立ち上がり、娘たちを力強く叱咤したのは、紙問屋『草々堂』の《千尋》だった。
浅葱七宝繋ぎに、高価な華籠織襦裙で、長身をつつんだ美少女は、残る六人の娘たちを見やり、闘志をむき出しにした。勢いに押され、泣き声は一瞬収まったが、娘たちの不安は到底ぬぐえない。逆に、怒りの矛先を千尋へ向け、ますますわめき散らすばかりだった。
「一体、どうしろというの! 海賊が上に、何人いるかも判らないのよ! 女の非力であらがえる相手じゃないわ!」
「下手に逆らえば、どんな酷い目に遭わされるか……怖いわ!」
「連れ出された娘たちが、戻らないのは何故だと思う? 奴らに、嬲り殺されたからよ!」
「女七人で叛乱を起こし、成功すると本気で思っているの? だとしたら、大莫迦だわ!」
「死ぬのは嫌よ! でも……このまま、奴らの好き勝手に貪られるのは、もっと嫌だわ!」
「そうね、でも私は……千尋姉さんの意見も、尤もだと思うわ……だって、大人しく云いなりになったって、助かる見こみは皆無……私たちの命運は、奴らの気分次第なのよ?」
最後にこう云ったのは、油問屋『旺璽堂』の娘《梨緒》だった。
十六歳と一番若く、美しさでも群を抜いていた。
同じ女性でさえ、見惚れてしまうほど容姿端麗で、神々しいぐらいの美貌を誇る娘だ。
「梨緒、あなたは賢い娘だわ。それに、他の女とちがって、勇気もある。若いのに立派ね」
千尋に褒められ、梨緒は、いささか気恥ずかしそうだった。梨緒は、この船倉に監禁された当初から、草々堂の千尋を、誰よりも頼もしく思い、心のよりどころにしていた。
「とにかく、次の犠牲者は決して出さないわよ! 皆も協力して頂戴! もし、失敗したら、私が責任を取って犠牲になる! だから、お願い……非力な女なら、なおのこと、助け合わなきゃ奴らは倒せない! ここで死を待つしかないのよ! それでもいいの!?」
千尋の諄々たる説得に、娘たちの心は揺らぎ始めた。おびえながら、死を待つより、戦って殺された方が、いくらかマシだろう……確かに、皆も内心では、そう考えていた。
だが実際に、決行となると、恐怖が先立ってしまうのだ。
「だけど千尋さん……絶対に上手く往く、という保障でもあるの?」
「大人しくしてれば、助かる、という保障の方が、圧倒的に少ないわね」
絶望の淵に立たされ、恐怖と不安で疲弊する娘たちを口説くため、彼女はさらに続けた。
「大丈夫よ、まかせて! この三日間、寝ずに考えた作戦があるの! あとは、皆の協力が必要なのよ! お願い! これ以上、犠牲を出したくないのよ! だって明日は、あなたかもしれない! いえ、私かもしれない! 危険は皆、同じなのよ! だったら……」
「ならば、その作戦とやらを、まずは聞いてみようじゃないの! 返事は、そのあとよ!」
「いいわ……皆も、集まって!」
だが、その時であった。
ゴゴオォオォォォォォウウンッ……凄まじい轟音を響かせ、船体に衝撃が走った。
「「「きゃあぁぁぁあぁぁぁぁぁあっ!!」」」
突然、かたむき始めた帆船……船倉には、あっと云う間に海水が流れこみ、娘たちは一方向へ総崩れになり、けたたましい悲鳴を上げた。灯火は一瞬で消え、闇と海流にもまれ、娘たちは必死でもがく。すると、天井の羽目板が開き、かすかな光が差しこんで来た。
娘たちは、その光を目指し、懸命に泳いだ。但し、泳げない者は、憐れ……船倉の壁に空いた大穴から、たちまち海へ吸いこまれ……一人、また一人と、姿を消していった。
一体、なにが起こったのか。船が座礁したのである。
そして、ここからが、本当の地獄の始まりであった。
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