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『決別・後編』
其の参
しおりを挟む「以前もお話しましたが、お尋ね者の吹き溜まりである『夜盗市』へ逃げこんだ【降魔十二道士】は、あそこの化他繰り連中に、苛烈な私刑を受けて殺されたのです。しかし何故、やって来て間もない【降魔教】の使徒を……しかも、罪人からは常に一目置かれる、狂信者の筆頭を、住民たちは残忍な手段で殺害したのか……実は、勘ちがいだったのです。本当に殺したかった相手は、降魔道士に化け、夜盗市で蛮行を繰り返した、ニセ信者十二人。そやつらこそ、あなたの兄上も含めた、当事の十二門附人だったのです」
「そ、そんな……莫迦な!」
衝撃的な実兄の過去に、瑞茅は凍りついた。
兄《瑞樹》とは、歳が離れていたこともあり、ともに長く暮らした記憶はない。しかし、門司社勤めの合間を縫って、実家に戻った際の兄は、優しく生真面目な印象が強かった。
ゆえに、琉蹟の調査報告は信じがたく、瑞茅は戦慄のあまり、ワナワナと腰砕けになってしまった。凶賽が手を差し伸べ、そんな瑞茅の細身を抱き止めた。
凶賽は、今にも泣き出しそうな瑞茅を憐れみ、逆に顔色ひとつ変えず、淡々と語る琉蹟を睨んで、狂犬さながらに吠え立てた。
「巫山戯るな、この大法螺吹きめ! 瑞樹の旦那はなぁ! そりゃあ、ちっとは乱暴なところもあったが、義侠心にあふれ、正義感が強くて、曲がったことが大嫌ぇな御人だったぜ! 長年、ここの顔役を勤めてる俺だからこそ、判るんだ! そんな瑞樹の旦那に、人を騙して、陥れるような汚ぇ真似が、できるはずねぇんだよ! このイカサマ野郎! 役立たずの唐変木がぁ!」
「これ、凶賽! ひかえるのじゃ! 六官殿の説明を、もう少し黙って聞きなさい!」
庚仙和尚に厳しくたしなめられた凶賽は、憤懣やる方ない表情で、不承不承黙った。
琉蹟は、門司に軽く目礼し、話の先を続けた。
「門附人には、夏至と冬至の二度、十五日間の休暇が与えられておりますな。今年の冬至は失踪事件のせいで例外的に、休暇は返上となったようですが……問題の事件は、十年前の夏至に起こりました。実は犯人には、美しい妹がありましてね。それが父親の通夜の席から、忽然と失踪してしまったのです。悲しみのあまり、なかば正気を失って、フラフラと町へさまよい出してしまったのですな。だが、如何せん、たどり着いた場所が悪かった。『夜盗市』です。そこには、ニセ降魔道士に化け、思いきり破目を外して休暇を愉しもうと、放埓三昧にふるまう、十二門附人も居合わせたのですよ。ここから先は……大変、申し上げにくいのですがね……彼らはその娘を拉致し、旧釈迦門楼閣……この前、生首九つが並べられていた、まさにあの場所です。あそこへ、わずか十六歳の少女を監禁しては……十二日間にも及び、淫行の限りを尽くしたのです。彼女が、珍しい『泪麻』の持ち主で、かつ正気を失っているのをいいことにね。犯人《忌告げの如風》が、十二門附人を次々と毒殺した動機は……つまり、愛する妹のための、復讐です」
瑞茅は、落雷を受けたような衝撃にしびれて、絶句した。
頭が真っ白にはじけ、琉蹟の言葉も嚥下できない。
周囲の物音さえ遠ざかり、意識は白濁。猛烈な吐き気に襲われて、到頭うずくまった。
庚仙和尚も、息子同然に可愛がっていた瑞樹の行状に、「おおっ!」と顔をおおい、嗚咽をもらした。凶賽と、子分二人も、呆然自失である。
ただ、『黒姫狂女』の瞳にだけ、なにかドス黒い感情がよぎった。
指先が震え、唇が開く。
そんな彼女の異変にも、男たちは、おのおのの驚愕を胸に収めるのが精一杯で、まだ気づかない。琉蹟もとくに気に留めず、調査結果を総括した。
「不運な娘です。父親の葬儀でひび割れた心を、今度は罪人街で、十二門附人の無慈悲な行為により、打ち砕かれてしまった……喪服姿のまま、十二日間も嬲り者にした挙句、彼らは最期、口封じのために、少女を大河へ投げ捨てたというのだから……やりきれません。その娘、色白く端整で、黒髪は細波立ち、朱の眦が妖艶な、美しい手弱女だったようです」
『黒姫狂女』の体は、痛ましいほどに震え出した。
一点を凝視し、喪服の裾をにぎりしめる。
「名は《七生》と申しましてね……ああ、生きていれば丁度、そこにおわす女性ぐらいの歳ですかな。おや、あれは喪服ですねぇ。今日は、あちらさまの、ご葬儀だったのですか?」
「嫌ああぁぁぁああぁぁぁぁぁぁあっ!」
琉蹟が、なにげなく指差した途端、『黒姫狂女』は、凄まじい絶叫を放ち、暴れ出した。
驚倒する男たちを尻目に、長屋の門扉を押し破って、『黒姫狂女』は斎庭に転がり出た。
「お、喂! まさか、あの女が!」
「待てよ! どうしちまったんだ、姐さん!」
「とにかく……捕まえようぜ、親分!」
斎庭から、一散に逃げ去る狂女を、凶賽と子分二人も慌てて追いかけた。
琉蹟も、うずくまる瑞茅の腕をつかみ、強引に斎庭へ連れ出した。
「我々も追いかけましょう! どうやら、私の睨んだ通り、勢至門町の『黒姫狂女』こそ、死んだはずの《七生》に、相違なかったようだ!」
琉蹟の言葉に、瑞茅は愕然と目を瞠った。
「では、あなたは、彼女のこともすべて調べた上で、今日ここへ? なんて非道い人だ!」
瑞茅は激怒し、琉蹟の手をぞんざいに振り払った。
兄《瑞樹》の罪深い過去を知らされ、気持ちの整理がはかどらず、どうしてよいか判らず、悶々と苦しんでいる最中の瑞茅なのだ。しかし琉蹟はひるまない。
再び瑞茅の腕をつかみ、正門へ走りながら、重要な問題点を指摘した。
「あのような狂女が、六斎日以外は、どこでどうやって暮らしているのか……気にかかりませんか!? 一人きりとは、いささか考えがたい!」
「それじゃあ……まさか、犯人と一緒に!?」
「それを調べるため、こうして追いかけているのです! さぁ瑞茅殿、急ぎましょう!」
「は、はい!」
〈犯人にたどり着ける!〉――その思いが、瑞茅の懊悩を断ち切った。とにかく、今は琉蹟に従うべきだろう。門下をくぐった瑞茅は、琉蹟に馬上へと引き上げられた。
鞭を入れるや、勢いよく疾駆する栗毛の駿馬。
振り落とされぬよう、瑞茅は六官の背に、しっかりとしがみついた。
夕闇に染まる町並み、寒風に粉雪が舞い、石畳の参道はうっすらと白くおおわれ始めた。
「凶賽殿! お先に失礼するよ!」
侠客三人の俊足とて、さすがに馬とは競い合えない。
冬枯れの木立を颯爽と駆け抜ける、琉蹟のセリフに押され、凶賽親分は足をすべらせた。
「ああっ! ずるいぜ、旦那がたぁ!」
「ちょっと……大丈夫ですか、親分!」
「あん畜生っ! 人を出し抜きやがって!」
派手に転んで、雪まみれの赤毛侠客は、ますます負けん気を発揮して、疾風怒濤の猛追を開始する。子分二人は呆れつつも、頑健な凶賽親分のあとに続き、山手道をひた走った。
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