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王覇の道編
第十三話「暗躍する怪老」前編(改訂版)
しおりを挟む第十三話「暗躍する怪老」前編
――赤目領都”小津”
赤目四十八家を束ねる御三家の筆頭、鵜貝 孫六の居城”小津城”に主立った面々が集っていた。
御三家が一つ、東雲 百道。
同じく御三家が一つ、富士林 景清。
そして赤目四十八家のうち、三十を超す各家の当主達……
大凡、現状で集結できる赤目の主要人物達が、鵜貝 孫六の招集に応え、領都”小津”に一堂に会していた。
「既に”戸羽口”で東雲殿の家臣、千賀 千手が、”嶌麻”で富士林殿の家臣、望月 不動丸が打ち倒され、我らが同胞赤目四十八家の一つ、荷内 志朗殿の”枝瀬城”も陥落したとか……」
「荷内殿は敵に降伏し、御三家ご自慢の猛将、”雨の千手”も”鉄岩の不動丸”も臨海軍の虜囚となったと聞き及んでおる、更には戸羽城、鍬音城とういう主城も次々と攻略され、臨海軍はこの領都”小津”に迫る勢いというが如何にっ!」
四十八家の代表達が、ここまで戦の指揮を執ってきた御三家の面々に激しく詰め寄る。
「…………大したことでは無い。抑も”枝瀬”の荷内 志朗は仏門に帰依し、我らが赤目の方針である”七峰”との共闘に難色を示していた人物だ、戦力としてはそれほど期待も信頼もしていなかった」
集まった諸将の追求に、上座に座した御三家の一人である富士林 景清が答えるが……
「ほほぅ!臨海から我が領土への要衝である”枝瀬城”の陥落が大したことではないと?織り込み済みだとでも?それは頼もしい限りだが、では今後どういった策があるか是非お聞かせ願いたいものだ、我らが盟主の一人、富士林 景清殿よ!」
即座に多羅尾 光俊なる人物が反論する。
「そう殺気立つな、光俊殿……確かに”枝瀬城”陥落は痛手であるが、まだ戦は続いている、ここで仲間内の責任を追及するよりも、この赤目、いや戦国乱世きっての知恵者、鵜貝 孫六殿の策に期待しようではないか」
「東雲殿、その名軍師、鵜貝 孫六殿の策が尽く看破され、我らが自慢の暗殺部隊も全滅させられたと拙僧は聞き及んでおるが?」
同じ御三家の富士林 景清を庇う東雲 百道の言に、今度は杉谷 善十坊という男が噛みつく。
「……ぬぅ」
「……ふん」
御三家とそれ以外の四十八家の面々が睨み合う構図。
そこに一人の男が立ち上がった。
「貴殿ら、少し口が過ぎるのではないか……」
男の名は加藤 正興。
四十八家の一家で、武門の誉れ高い男であるが、中々に人柄も出来た人物であった。
「今回の度重なる敗戦は何も御三家の方々の責任ばかりではあるまい。なにより臨海軍の……鈴原 最嘉なる人物が我らの予想を超える優れた人物であったと……」
殺伐とした場の空気を配慮してか、抑え気味の声で双方を取りなすように諭す加藤 正興。
「だまれっ!加藤 正興!貴様は裏切り者である荷内 志朗と同様の仏徒であろうっ!」
だがそれを足蹴にし、それどころか仲裁を買って出た加藤 正興本人を直接中傷する多羅尾 光俊という男。
「光俊殿、確かに私は仏徒ではあるが、我が故国に二心など微塵も無い」
「ふん、口ではなんとでも言えよう、噂では裏で臨海に通じているとも聞くぞ!臨海にすり寄った那伽領主の根来寺 顕成とも昵懇だと聞く、弟が先の枝瀬攻防戦に参加したが、あっさりと敗北したのも実は貴殿の謀のひとつか!?」
「なっ!なんだとっ!聞き捨てならんぞ、その言葉!わが家名ばかりか、弟の正成の武名をも貶める発言、取り消さぬとあればっ……!」
基本的には温厚な正興も、多羅尾 光俊の行き過ぎた暴言に流石に頭に血が上り、床に置いた刀の柄に手をかけた。
――だんっ!
「!?」
「っ……」
床板を強く叩く音が響き、一同の視線は音の方向……
上座の御三家の中心に座する長い白髭を蓄えた老人に注がれた。
「……鵜貝……殿」
「孫六殿……くっ」
言い争って頭に血の上っていた二人はその老人の背後に立つ黒い影に、黒装束の合間から鈍く光る鋭い眼光の男に、思わず息を呑み込んで固まった。
――恐ろしい殺気……
忍びの頭領が集まるこの場でも群を抜く殺気。
それがその黒装束の男から発せられていたのだ。
「落ち着かれよ、諸将よ……」
白髪頭を後ろで結わえた長い髭の老人がゆっくりと言葉を発し、その途端に老人の背後に控えた黒装束の男からも殺気は霧散する。
――
そしてそこに集う赤目の頭領達は一気に肺から安堵の息を吐いた。
「光俊も正興も矛を収めい、我らは同胞ぞ……」
――ゾクリッ!
人生経験をそのまま刻んだしわくちゃ顔の、窪んだ眼光がヤケに鋭く光る老獪。
赤目が誇る四十八家、各家の諸将が安堵したのも束の間、今度は戦国の謀将、赤目の妖怪、鵜貝 孫六の存在に一瞬で心胆を寒からしめた。
「あの童の戦術が一時とはいえ儂の策を超えたのは確かじゃ……カカッ……ほんに、あのハナタレ小僧がの……」
鵜貝 孫六は乾いた唇を開いて楽しげに笑う。
「う、鵜貝殿……笑ってばかりもおられないですぞ、現実には……」
「落ち着くが良い百道よ、御三家ともあろうものが……確かに”枝瀬”の戦は中々のものであったが、抑も一戦場での勝利などものの数では無い。我が赤目の策は既に完成に向けて動いておる」
老人は、同じ御三家として並び立つ東雲家当主、東雲 百道を軽く諫めた。
枯れ枝のような痩せた体躯と自らの波乱の人生を刻んだかのような多くの深い溝に覆われた顔……
しかしその中でギョロリと光る眼光は、その老人を見た目の齢ほどに衰えを感じさせていない。
「……で、では、鵜貝殿には策があると?」
今までも幾多の困難を退け、赤目を支え続けた偉大な謀略士、”赤目の妖怪”は健在であると……東雲 百道は内心では確信しながら、言葉で確認をとる。
「カカッ、戦というのは大きな目で眺めてこそじゃ、童は未だそこには至っておらぬ、惜しいかな、あの才気……じゃが戦とは斯くも厳しいものよ……カカカッ」
ガッ!
赤目の妖怪は、その呼び名に相応しい不適な笑い顔を浮かべたまま、杖を支えにゆっくりとその場から立ち上がった。
「諸将よ、儂はこの”小津”を放棄して”那原”に向かう。無論、鵜貝の手勢も引き連れてじゃ」
――ザワッ!
諸将がその真意を読み取れずに場はざわめき立ち……
「この赤目が領都”小津”を一戦も交えずに明け渡すと!?」
「いや……それは……鵜貝殿……」
聞いた東雲 百道も富士林 景清も、御三家の他の二人は老人が放った途方も無い言にそれだけ返すのがやっとだった。
「カカッ、左様、左様……”放棄”とはそう言う事じゃろう?」
しかし老人は二人の反応など何処吹く風と笑い飛ばす。
――ガタガタッ!
「し、信じられぬ!戦わずして降伏とは……怖じ気づいたといわれるのか!ご老体!」
「臨海ごとき雑駁の下風に立つことは断じて受け入れられんっ!!」
もう我慢できぬとばかりに、杉谷 善十坊と多羅尾 光俊の両名が勢いよく立ち上がった。
――!!
ガタッ!ガタタッ!
同時に、触発された諸将の殆どが立ち上がる。
ザワザワッ!
中には、先に立ち上がった二人に感化されて熱り立ち、刀を手にする者さえ多数いる始末で、場は騒然となっていた。
「…………」
当の老人……鵜貝 孫六の前には、いつの間にか例の黒装束の男が主を庇うように存在し、冷たい目で諸将を見据えていた。
「お、落ち着かれよ、各々方、鵜貝殿が策の話はまだ途中だ……」
「座れ!座らぬか!」
東雲 百道、富士林 景清の二人は、なんとか言葉を駆使してその場を収めようと躍起になる。
「途中と……ではお聞きするが、赤目随一の城、堅牢な小津城を放棄して領内の東の外れも外れ、僻地の”那原”何ぞ小城で軍を再編成する意味は在りや?」
「然り!臨海軍は荷内 志朗の”枝瀬城”を手中に収めた後、戸羽城、鍬音城とういう主城を次々と攻略し今も尚、この領都”小津”に迫っている。かの勢いは本物と言えるだろう……ならばここは、赤目随一であるこの小津城で迎え撃つのが常道ではないのかっ!」
御三家の言葉を受けても依然立ったままの杉谷 善十坊と多羅尾 光俊は、赤目四十八家の中でもきっての武闘派二人は……まるで諸将を代表するかのような自信満々の態度で矛を収めるつもりは毛頭無いようだった。
「鵜貝殿……」
泣きつくような情けない顔で老人を見る他の御三家二人の視線に、老人はやれやれとため息をつく。
「主等は別に共に行動する必要は無い、この策は我ら鵜貝だけで十分じゃろう……じきに臨海軍を消滅させてやるから、主等は自領で守りを固めて経過を見守っておればよいのじゃ」
――っ!!
そして老人が口にしたのは、更にあり得ない発言……
この期に及んで鵜貝だけで臨海を相手にすると。
諸将にとってその言葉は俄に信じがたい内容であったが、その老人のあまりにも堂々とした態度に、頭に血の上った杉谷 善十坊と多羅尾 光俊さえ一時黙り込む。
「し、暫し……若輩なる我にも解るようご指南頂きたい……鵜貝殿は、それで勝機があると?我ら他の四十八家の力は必要が無いと仰るのか?」
赤目主家の中でも穏健派の加藤 正興でさえ、この言には不満を抑えきれないようで、口調こそ杉谷、多羅尾、両名よりも丁寧ではあるが同様の疑問をぶつけていた。
「…………」
そして、その加藤 正興の、出来るだけ穏やかに、これ以上波風を立てぬように最大限配慮した言い方に、流石の老人も何か想うところがあったのか、静かに頷いた後、再び口を開いた。
「これは儂とした事が言葉足らずだったようじゃ……赤目の諸将は此所までの戦で皆疲弊していよう、ならばこそ、ここは自領の守りに専念してもらい、臨海は比較的被害の少なかった我が鵜貝の手勢で引き受けようというわけじゃよ」
「…………」
「…………」
うって変わって、赤目諸将を気遣う発言をする老人の言葉に、各家の代表は戸惑いがちに顔を見合わせる。
「しかし、それでは鵜貝殿の負担が……釈迦に説法とは存じますが、鵜貝殿とはいえど、臨海は侮りがたい相手ですぞ」
加藤 正興が武人らしい考え方で、そう言って食い下がるが……
「なに、これも我が兵法のうちじゃよ……カカッ、奴らをこの赤目の最深、深淵の底まで引きずり込んで……」
――っ!
老人の深い溝の奥で眼が光り、諸将は思わず息をのむ!
「二度と這い上がれぬ闇に落としてやろうぞ……」
――
―
後はもう簡単だった。
赤目きっての謀将、鵜貝 孫六が”取って置きの策”があるという。
誰もが認める鵜貝家当主、鵜貝 孫六。
曾ての実績と、それに裏付けされた頭脳、なにより軍議でのあの迫力……
そして、臨海軍の鈴原 最嘉という男に、ここまで散々な目に遭ってきた赤目の諸将にとっては、最早、彼の者と渡り合えるのは赤目には鵜貝 孫六しか居ないと認めざるを得ないという事実。
以上の事から、逆らうことが出来る者などもう居るはずも無かった。
第十三話「暗躍する怪老」前編 END
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