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王覇の道編
第三十二話「計算と感情」前編(改訂版)
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第三十二話「計算と感情」前編
「反乱軍の指導者が判明しました!」
その報告に――
”ふむ”と相づちを打って男は顎髭を摩る。
「亀成 多絵……前日乃領主、亀成 弾正の娘です!そしてその下には日乃領全土から、特に覧津城の元兵士達が中心に集結を始め、現在の数はおよそ五百以上に達するかと!」
「その多絵なる人物を補佐すると見られる者達は何れも前の戦に敗れた後で消息を絶っていた日乃領内の将達かと思われます!」
――此所は臨海国、日乃領土内にある那知城の一室
「…………」
次々と入る報告に、一段高い城主の席に座した壮年の男は思案顔で自身の顎に生えた髭を摩っていた。
「矢張りそういう事か……だが亀成 弾正には幼いとは言え男子が居たはずだが?娘が旗印とはな……ふむ」
この日乃領内にある重要拠点、那知の地を臨海王である鈴原 最嘉に任せられた壮年の顎髭男の名は、草加 勘重郎。
より力のある者に従う戦国戦人のお手本のような人物と評される計算高い男だ。
「はい、名目上の旗頭は亀成 正五朗という弾正の息子ですが、未だ六歳という幼児ですので、姉の多絵が名代として此度の反乱の実質的な指導者になり戦場に立っている模様です!」
「ふむ……」
草加 勘重郎は思考する。
赤目領土内に侵攻した臨海軍。
そしてその地を制圧寸前で王自らが兵を返し、天都原で行われている彼の国の権力争いに参戦……
そのせいで赤目の地では相次ぐ反乱が起こり、臨海軍はそれを抑えるために手一杯になっている。
六大国家が参戦するという中央の大戦に介入する愚を犯す小国、臨海……
身の程知らずの愚行を犯した臨海王、鈴原 最嘉の命運も恐らく彼の地で尽きるだろう……と、そのような噂が広がり出し、臨海国内の様子はかなり不穏な雰囲気であった。
快進撃を続けて領土を拡大していった臨海国の原動力は王たる鈴原 最嘉の才能あってこそ。
そして臨海領土内には、それまでの戦いにて敗れた残党が未だ各地に燻っている。
「前日乃領主、亀成 弾正は領主時代の罪を裁かれ、今は獄中にある……元々人望の無い御仁であったが、残党共もそれ故に本人を救出するよりも、その子を立てた方が良いと判断したか?」
「は!そのようで……亀成 弾正は権力で不当に得た財も独り占めで、曾ての部下達にも評判が悪かったですし現在は救出も困難、さりとて対臨海の旗印としては前日乃領主という肩書きが分かりやすく……」
「ふむ……自明か、ならばその亀成 正五朗……いや、多絵なる人物は那知城主である”草加 勘重郎”になんと言って来ているのだ?」
草加 勘重郎は顎をさする手を止め、意味ありげな視線で目前の兵士達に問うた。
「は、はい……貴殿が臨海に降った経緯は捨て置く、過去の遺恨は容赦する故に此度こそは正義の為に日乃の武将として臣民に恥ずかしく無い振る舞いを……っ!?」
兵士が敵軍から送られた口上を述べている最中に、勘重郎はそっと右手の平を差し向けてその言葉を遮っていた。
「そうでは無い……俺が加担した場合どの程度の厚遇を以て迎えると言っていたのかを聞いておるのだ」
「っ!?」
兵士は思わずギョッと目を開く。
草加 勘重郎の言い様はこうだ。
――体裁はどうでも良い、交渉の要点だけ延べよ、と
それはなんともわかりやすい話ではないか。
この草加 勘重郎という男は、噂通り”利”でのみ動く計算高い男だと……
呆れた表情を必死に隠しながら、兵士はもう一度口を開いた。
「は!……亀成 多絵の使者はこうも申しました。今こちらに協力するなら、今まで通り那知城主としての地位を約束すると。そして、更に働き如何によっては新たな禄をも検討する用意があると」
「…………ふむ」
草加 勘重郎は兵士の言葉を興味深げに聞き入った後で、暫し考えるように顎髭を摩り深く二度ほど頷いた。
「なるほど相い判った……改めて此方の考えも固まった」
そうして、その顎髭男はニヤリと不敵な笑みを浮かべながらゆっくりと立ち上がった。
「か、勘重郎様!?」
城主の判断がどう定まったのか、それを理解出来ない部下の動揺した顔を壇上から見下ろし、顎髭男はキッパリと指示を出す。
「迅速に戦支度を始めよ!!この一戦、必要な戦と見た」
この瞬間、計算高いと呼ばれし男、草加 勘重郎の腹は完全に決まったのだった。
第三十二話「計算と感情」前編 END
「反乱軍の指導者が判明しました!」
その報告に――
”ふむ”と相づちを打って男は顎髭を摩る。
「亀成 多絵……前日乃領主、亀成 弾正の娘です!そしてその下には日乃領全土から、特に覧津城の元兵士達が中心に集結を始め、現在の数はおよそ五百以上に達するかと!」
「その多絵なる人物を補佐すると見られる者達は何れも前の戦に敗れた後で消息を絶っていた日乃領内の将達かと思われます!」
――此所は臨海国、日乃領土内にある那知城の一室
「…………」
次々と入る報告に、一段高い城主の席に座した壮年の男は思案顔で自身の顎に生えた髭を摩っていた。
「矢張りそういう事か……だが亀成 弾正には幼いとは言え男子が居たはずだが?娘が旗印とはな……ふむ」
この日乃領内にある重要拠点、那知の地を臨海王である鈴原 最嘉に任せられた壮年の顎髭男の名は、草加 勘重郎。
より力のある者に従う戦国戦人のお手本のような人物と評される計算高い男だ。
「はい、名目上の旗頭は亀成 正五朗という弾正の息子ですが、未だ六歳という幼児ですので、姉の多絵が名代として此度の反乱の実質的な指導者になり戦場に立っている模様です!」
「ふむ……」
草加 勘重郎は思考する。
赤目領土内に侵攻した臨海軍。
そしてその地を制圧寸前で王自らが兵を返し、天都原で行われている彼の国の権力争いに参戦……
そのせいで赤目の地では相次ぐ反乱が起こり、臨海軍はそれを抑えるために手一杯になっている。
六大国家が参戦するという中央の大戦に介入する愚を犯す小国、臨海……
身の程知らずの愚行を犯した臨海王、鈴原 最嘉の命運も恐らく彼の地で尽きるだろう……と、そのような噂が広がり出し、臨海国内の様子はかなり不穏な雰囲気であった。
快進撃を続けて領土を拡大していった臨海国の原動力は王たる鈴原 最嘉の才能あってこそ。
そして臨海領土内には、それまでの戦いにて敗れた残党が未だ各地に燻っている。
「前日乃領主、亀成 弾正は領主時代の罪を裁かれ、今は獄中にある……元々人望の無い御仁であったが、残党共もそれ故に本人を救出するよりも、その子を立てた方が良いと判断したか?」
「は!そのようで……亀成 弾正は権力で不当に得た財も独り占めで、曾ての部下達にも評判が悪かったですし現在は救出も困難、さりとて対臨海の旗印としては前日乃領主という肩書きが分かりやすく……」
「ふむ……自明か、ならばその亀成 正五朗……いや、多絵なる人物は那知城主である”草加 勘重郎”になんと言って来ているのだ?」
草加 勘重郎は顎をさする手を止め、意味ありげな視線で目前の兵士達に問うた。
「は、はい……貴殿が臨海に降った経緯は捨て置く、過去の遺恨は容赦する故に此度こそは正義の為に日乃の武将として臣民に恥ずかしく無い振る舞いを……っ!?」
兵士が敵軍から送られた口上を述べている最中に、勘重郎はそっと右手の平を差し向けてその言葉を遮っていた。
「そうでは無い……俺が加担した場合どの程度の厚遇を以て迎えると言っていたのかを聞いておるのだ」
「っ!?」
兵士は思わずギョッと目を開く。
草加 勘重郎の言い様はこうだ。
――体裁はどうでも良い、交渉の要点だけ延べよ、と
それはなんともわかりやすい話ではないか。
この草加 勘重郎という男は、噂通り”利”でのみ動く計算高い男だと……
呆れた表情を必死に隠しながら、兵士はもう一度口を開いた。
「は!……亀成 多絵の使者はこうも申しました。今こちらに協力するなら、今まで通り那知城主としての地位を約束すると。そして、更に働き如何によっては新たな禄をも検討する用意があると」
「…………ふむ」
草加 勘重郎は兵士の言葉を興味深げに聞き入った後で、暫し考えるように顎髭を摩り深く二度ほど頷いた。
「なるほど相い判った……改めて此方の考えも固まった」
そうして、その顎髭男はニヤリと不敵な笑みを浮かべながらゆっくりと立ち上がった。
「か、勘重郎様!?」
城主の判断がどう定まったのか、それを理解出来ない部下の動揺した顔を壇上から見下ろし、顎髭男はキッパリと指示を出す。
「迅速に戦支度を始めよ!!この一戦、必要な戦と見た」
この瞬間、計算高いと呼ばれし男、草加 勘重郎の腹は完全に決まったのだった。
第三十二話「計算と感情」前編 END
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