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下天の幻器(うつわ)編

第十二話「砦の武神」(改訂版)

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 第十二話「砦の武神」

 旺帝おうてい領、那古葉なごはの領都である境会さかえには難攻不落と謳われる”黄金のさかまた”……

 ――那古葉なごは城がそびえ立つ!

 言うまでも無く東の最強国にとって”那古葉なごは”は領土の西側を支える最重要拠点だ。

 その難攻不落の城をもってして”正統・旺帝おうてい”と”臨海りんかい”の連合軍を迎え撃つのは、猛将、旺帝おうてい八竜が一竜、甘城あまぎ 寅保ともやす

 武名高き老練の宿将は”旺帝おうてい八竜”の前身である”二十四将”にも名を連ねた堂々たる将軍であった。

 生粋の名将だけに与えられし”旺帝二十四将”の称号を冠する将軍。

 その中でも旺帝おうていを代表する屋台骨を形成した四天王の一角であった宿将。

 進軍跡に無類の屍山を築いたと云う”魔人”と恐れられし伊武いぶ 兵衛ひょうえと並び立ったその将は、暴風あらしを彷彿させる苛烈さと地震なえの如き衝撃で戦場を震撼させた”巨獣きょじゅう”として近隣諸国から恐れられていた。

 そして……

 その”甘城あまぎ 寅保ともやす”が五万もの大兵力を従えくだんの大要塞で正統・旺帝おうてい臨海りんかいの連合軍を用意周到迎え撃つという。

 また、それとは別に旺帝おうてい本国からの援軍数万も既に本城を支える各地の砦へと配置されたという……

 ――

 「だーかーらぁっ!大兵力を擁した那古葉なごは城を攻撃するのは絶対ムリムリ!!死にに行く様なものだってばぁ……」

 那古葉なごは攻略に入ってから、真隅田ますみだ瀬陶せとう安成あんじょうと各地を制圧した正統・旺帝おうてい臨海りんかい連合軍の参謀役である小太り眼鏡の青年は、何度も何度も上官をそう説得してきたが……

 「待っていても城は落とせない、時間が経つともっと敵が増えてくるから!」

 臨海りんかい軍を率いる司令官、久井瀬くいぜ 雪白ゆきしろはそう言って聞く耳持たずに席を立つ。

 カタッ

 彼女は壁に立てかけてあった、精巧な飾り細工の施された白漆の鞘が艶っぽく輝く純白の佳人……愛刀”白鷺しらさぎ”を手に取る。

 「ちょっ!まって!……って!わ、わかった!わかりましたって!!」

 小太り眼鏡の参謀役、内谷うちや 高史たかふみは唾を飛ばしながら必死に先走る上官の抑え役に徹していたがそれもここまで――

 臨海りんかい軍側の現場司令官たる美少女はもう僅かの時間さえ戦場を放置する気は無いようだ。

 ――強大国の名将が何万もの兵力を擁して守る天下の大要塞”那古葉なごは城”

 彼女の参謀である内谷うちや 高史たかふみが必死で止めるのも道理であったが……

 同時に此所ここ旺帝おうてい領土内。

 すなわち、敵の勢力圏内にて……

 時間をかけるほどに不利になって行くのも自明の理であった。

 現に、この状況を続けている間に敵方へ駆けつけた援軍で那古葉なごは軍の兵力は当初の五万から十万近くに膨れ上がっていたのだ。

 ――対して

 ”正統・旺帝、臨海連合軍こちら”の戦力は開戦当初と変わらず……四万八千ほど。

 その内訳は……

 同盟国の加勢という形で出兵した臨海りんかい軍が三万。

 そもそものこの戦の主役である正統・旺帝おうてい軍が一万八千。

 主役が脇役より小勢というのはなんとも格好のつかない話であるが、正統・旺帝おうていの統治者である”黄金竜姫”、燐堂りんどう 雅彌みやびが治める恵千えち領は辺境の小勢力であるから、現在はその兵力が精一杯だった。

 現状の兵力不足は如何ともし難いが、既に伝令にて状況打破のため臨海りんかい赤目あかめ領から更なる援軍が出されたという報は入っている。

 ――けどなぁ……時間をかければかけるほど明らかに敵軍がより兵力を充実させるだろうし……

 この時の内谷うちや 高史たかふみには、このまま城を前に陣取って居ても、思い切って仕掛けたとしても……

 勝てる未来は全く見えなかったのだ。

 「じゃ、じゃあさ、久井瀬くいぜさん!那古葉なごは城じゃなくて敵の援軍が到着したという支城的役割を担っている”砦”……取りあえずそこを攻撃して潰すのはどうかなぁ?」

 そういう考えからも、内谷うちや 高史たかふみはなんとか打開策……

 いや、妥協案を同級生でこの戦国世界では上官である白金プラチナの美少女に提案していた。

 「…………」

 美しく輝く星の銀河を煌めかせながら、小首を傾げて暫し考える美少女。

 「お……おぉ!」

 ――や、やっぱ久井瀬くいぜさん、メチャクチャ美少女だよなぁっ!

 白金プラチナの騎士姫、久井瀬くいぜ 雪白ゆきしろの輝くほどの容姿は内谷うちや 高史たかふみでなくとも見蕩みとれて当然だろう。

 「……ん……具体的には?ウッチー」

 そしてその美少女が、桜色の可愛らしい唇から放った問いかけにウッチーこと内谷うちや 高史たかふみは少々”デレ”ながら答えていた。

 「て、敵援軍が配備されたのは”境会さかえ”東西にある二箇所……”広小路ひろこうじ”と”御園みその”で……そのどちらもが那古葉なごは城に対する補給線、情報収集拠点という戦術的役割を果たしてるんだけど……」

 「……」

 自身の副官、参謀であるウッチーこと内谷うちや 高史たかふみの進言を、普段は中々見せない真剣な眼差しで聞く雪白ゆきしろ

 「そ、そこを二つとも……ええと、奪取?できれば、那古葉なごは城の情報収集能力を著しく落とせるし、物資の搬入や兵の移動、連携……つ、つまり色々と今後の本丸攻略が楽になるはずだから……」

 説明中もジッと美しい白金プラチナ双瞳ひとみに見詰められてつい”しどろもどろ”になる参謀。

 「………ん………うん……」

 そして内谷うちや 高史たかふみの提案を、特に”那古葉城ほんまる”攻略が楽になるという部分に銀河の双瞳ひとみを輝かせた純白しろい美少女はコクリと頷く。

 「えっとぉ、”広小路ひろこうじ”と”御園みその”に配置された敵兵は、旺帝おうてい本国から到着した援軍三万を分割配備した状況で……各砦にはおおよそ一万ずつだと……そ、それから、それぞれの砦を守っている将軍は広小路ひろこうじ砦が三枝さえぐさ 昌守まさもり御園みその砦が多田ただ 三八さんぱちという将軍らしくて、あと……ええと」

 八万近くの兵力を蓄えるに至った難攻不落城に無謀な特攻をされるよりは遙かにマシだと、急遽代案を出した参謀、内谷うちや 高史たかふみだが……

 ――これはこれで結構イケるかも?

 目前の美少女が真摯に自分の意見に耳を傾け、可愛らしくあごをコクリコクリと縦に頷かせて見せる明るい表情に、ついつい舞い上がってしまっている小太り男は、喋りながらも自らが急遽用意した苦し紛れだったはずの提案が意外と妙策ではと考え始める。

 ――”お前の上官になる久井瀬くいぜ 雪白ゆきしろは紛れもなくとんでもない逸材だぞ、ウッチー”

 それは鈴原すずはら 最嘉さいかの言葉だった。

 普段は天然系のお嬢様である彼女は、戦場では一転、意外すぎるほど効率的に思考して動く。

 また、コミュニケーションの苦手さも、持ち前の希なる美貌とズバ抜けた剣技という魅力カリスマもって帳消しにし、配下を高いレベルで統率する事が出来る逸材である。

 彼女の副官の任を命じられてから今に至るまで、

 内谷うちや 高史たかふみが見立てた”久井瀬 雪白かのじょ”の人物評もまた、主君のそれと同じで相違はなかった。

 ――だが……

 将のタイプ的に明らかに”突撃”や”制圧”などという攻撃的な戦法を得意とする久井瀬くいぜ 雪白ゆきしろは、それに見合った思考に傾く傾向もある。

 そして今回……

 どうも今回ばかりは、それを割り引いても異様に”かかり気味”だと感じる点もあるのだ。

 「…………」

そんな”白金プラチナの騎士姫”が無茶に突き合わされること無く、また那古葉なごはの攻略を少しでも進めたいだろう久井瀬くいぜ 雪白ゆきしろの方針にも合致する妙策。

 那古葉なごは城攻略自体は到底無理だとしても、主君である鈴原すずはら 最嘉さいかの援軍が到着するまでに敵をある程度削れる妙策ではないのか?と……

 彼は次第に考えを改め、この時、既に頭の中で更なる策の再構築を始めていたのだ。

 「ウッチー、それでいこう!直ぐに準備を!」

 輝く表情のお嬢様は内谷うちや 高史たかふみの話が途中にも構わず歩き出す。

 「へ?え?……あ、ちょっと!久井瀬くいぜさんっ!ああ!えっと!正統・旺帝おうてい穂邑ほむらさんにも意見を聞かないと!?ちょっとぉぉっ!!」

 ――

 ――そういった臨海りんかい軍内の経緯を経て、”那古葉なごは城攻略戦”は現在いまに至った

 そして舞台は領都”境会さかえ”の那古葉なごは城から十数キロ離れた”広小路ひろこうじ”砦に移る。



 ――巨城”那古葉なごは城”を支える支所の一つ、”広小路ひろこうじ”砦

 本来なら旺帝おうていの将、三枝さえぐさ 昌守まさもりが司令官として死守していた砦であるが……

 「おうっ!敵手がやっと姿を見せたというがどんな感じだ?」

 ――っ!?

 砦に設置された物見櫓ものみやぐらにひょっこりと顔を出した男に、そこで周辺警戒の任にあたっていた二人の兵士はビクリと背筋を反応させて振り返る。

 「はっ!一刻程前に彼方あちらにて陣を展開しておりますっ!」

 「兵力はおおよそ二万、騎兵中心に歩兵、弓兵が合わせて四割程の混成部隊です!」

 急に後ろから声をかけた男の正体を視認した見張り兵士達は、緊張にピンと背筋を伸ばして報告する。

 「ほぅ……で、敵連合軍大将は誰だ?」

 兵士達に問いかけた男は、がっちりとした肩幅に鍛えられた太い腕、そして厚い胸板のまこともって均整の取れた完成した肉体だった。

 「おう!おう!如何いかなる猛将が相手なのだ?」

 楽しそうに問いを続ける男の双眸は、意気がみなぎって自信に満ち、しっかりとした鼻筋の下にある大きめの口は常に屈託無く、まるで童子の如き純粋なる笑みを帯びている。

 陽とした風貌にして実に見事な男ぶり、

 三十歳そこそこの実に堂々としたその武人の正体は……

 ――志那野しなのの”咲き誇る武神”木場きば 武春たけはる

 最強国旺帝おうていに在って地上最強と名高い武将。

 ”旺帝おうてい八竜”が一竜にして旺帝おうてい最強の二武将のひとり!

 そう!

 百戦錬磨の”魔人”伊武いぶ 兵衛ひょうえと、最強無敗”咲き誇る武神”と称えられし木場きば 武春たけはるの双将は、戦国世界にいて一つの銘柄ブランドと云えるほどの将帥であったのだ。

 「…………」

 兵士の一人はその堂々とした武人、木場きば 武春たけはるの後方を……

 彼が登ってきただろう梯子はしごへと続くこの物見櫓ものみやぐらの狭い床穴と武人を見比べながら、微妙な表情を浮かべていた。

 「……う……ぷっ!……っ!!」

 そして突然堪えきれずに吹き出し、慌ててその口元を押さえる。

 この丈丈夫いじょうぶが見張り台に続く幅狭の梯子はしごを登って来たという事実。

 この堂々たる体躯を縮こませ、わざわざと小さな床穴を抜けて出てきたのかと思うと……

 楽しみを待ちきれないわらべのような行動に、戦場に居ながら不謹慎にも微妙な可笑しさが込み上げてきてしまったのだ。

 「ん?どうした、俺の顔に何かついているか?」

 「い、いえっ!あの……その……」

 ジッと自分を見る一人の兵士が視線を不思議に思った武春たけはるは尋ねるが、内心不謹慎な事を考えていた兵士はしどろもどろに口籠もる。

 「いえ!こ、此奴こいつも噂に高い木場きば様がこんな見張りの物見櫓ものみやぐらまでお運びされたのでつい、驚いてしまったのでしょう!!」

 その光景を見て、直ぐにもう一人の兵士が相方をフォローをする。

 この辺りの気の付き様と咄嗟の連携は――

 この兵士達の付き合いが長いと言う事が見て取れる。

 「ん?そうか……で、敵将は誰だ?」

 どちらにしても、堂々たる武人である木場きば 武春たけはるは、そういう些末事は全く気にしないで先程の質問を繰り返していた。

 「はい、旗印は臨海りんかい軍……そして率いる将軍は”久井瀬くいぜ 雪白ゆきしろ”で間違い無いかと思われます」

 ガッ!

 ――っ!

 途端に武春たけはるやぐらの欄干をガッシリとした両手で握り、上半身を大きく乗り出した。

 「おおおおっ!臨海りんかいの”終の天使ヴァイス・ヴァルキル”かぁっ!!おおおっ!それは良いなぁぁっ!」

 堂々たる武人……

 最強国”旺帝おうてい”に在っても最強の名を欲しいままにする名将、木場きば 武春たけはるは……

 まるで子供のように瞳をキラキラとさせて敵が陣取る平原を眺めていた!

 「木場きば……さま?」

 些末事を気にしないカラッとした性格の男も、”こと戦に関して”はこの通り……

 いや、そのまんまっ!

 それこそ天真爛漫な童子の如きだ!

 「喜べ兵士諸君っ!当たりだっ!この戦場は大当たりだっ!!はっはっはっ!俺は昔からくじ運は良い方だからなぁ!」

 そう言って兵士の肩をバンバンと叩く、気さくで豪胆な男は……

 陰謀渦巻く戦国の世に在ってまことに純粋なる武人と言えた。

 「その辺にしておけ、武春たけはる……兵士達も困惑しているでは無いか」

 ――!?

 そんな独りテンションが上がりまくる”純粋なる武人”に水を差したのは新たなる声……

 振り向いた兵士達が見たのは、風格ある初老の将の姿。

 「や、山県やまがた様!?」

 「は……はっ!」

 山県やまがた 源景もとかげ……旺帝おうてい重鎮の一人だった。

 兵士達は驚いて顔を見合わせ、そして直ぐに慌てて敬礼する!

 下級兵士が配置されるこんな物見櫓ものみやぐらに、旺帝おうてい軍随一の将たる木場きば 武春たけはるばかりか重鎮たる山県やまがた 源景もとかげまでもが現れたのだから、彼らが泡を食うのも無理は無かった。

 「おおっ叔父上っ!叔父上も此方こちらに来て確認されよ!まことに幸運な仕事場せんじょうだぞっ!」

 しかし軽く注意された本人は全く懲りる様子も無く、キラキラとさせた双眸を山県やまがた 源景もとかげに向け、更に乗り出しながら自身の隣である欄干部分をパンパンと叩いた。

 「まったく……相変わらず”武辺者ガキ”よな、武春たけはる

 その様子に呆れた様に笑った宿将は甥っ子によって指定された場所に行き、そして同じように敵軍の展開される平原を眺めていた。

 「うむ……確かにあれは臨海りんかい軍の旗、なれば将帥はかの”終の天使ヴァイス・ヴァルキル”であろうな」

 眼を細めて確認する源景もとかげに、武春たけはるは鍛えられた両腕を厚い胸板の前で組んで”うんうんと”頷いていた。

 「武春たけはるよ、貴様が強敵との戦を楽しむのは今に始まった事では無いが、あれはかつて”純白の連なる刃ホーリーブレイド”と恐れられし、元は南阿なんあの大層なる化物けものぞ?」

 ――

 傍で会話を聞く兵士二人はゴクリと唾を飲み込む。

 現在いまは亡き支篤しとくの覇者、最強の海洋国家であった”南阿なんあ”の秘密兵器……

 その脅威的な伝説は旺帝おうてい末端の兵士達にも充分に行き渡っていたのだ。

 ――しかし当の堂々たる武人は……

 「それは尚のこと楽しみであるなぁ、はははっ!!心配召さるな叔父上、この武春たけはる!花も実もあるおとこですぞっ!」

 実に明朗快活、豪快に笑い飛ばしたのだった。

 第十二話「砦の武神」END
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