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下天の幻器(うつわ)編
第十一話「密談」後編(改訂版)
しおりを挟む第十一話「密談」後編
――七峰の”神代”が最後の”魔眼の姫”だと?
俺の脳裏にはあの時の……
”六大国家会議”での”猫かぶり少女”の姿が浮かぶ。
――”あ、あ、あんたっ!もしかして、朔太郎くんにも”口付け”したんじゃないでしょうねっ!ああっ!この色魔!泥棒猫っ!猫女っ!なっなっ……にゃぁぁーーーっ!!”
ちょこんとした可愛らしい鼻と綻んだ桃の花のように淡い香りがしそうな優しい唇。
毛先をカールさせたショートボブが愛らしい容姿によく似合っていた少女。
大きめの潤んだ瞳は少し垂れぎみであり、そこから上目遣いに他人を伺う様子はなんとも男の保護的欲求がそそられる魅力がある……様に見えた、控えめで大人しげな少女の”地”は……
長州門が覇王姫、ペリカ・ルシアノ=ニトゥの俺に対する御乱行に錯乱して”にゃーー!!”とか意味不明に喚く、普段は”猫かぶり”の偽・幼気美少女巫女だった。
「…………」
目前でしたり顔な四角い眼の禿げ親父に向け、俺は静かに首を左右に振ってみせた。
「”アレ”は……無いな」
そして溜息交じりに呟く俺を、その禿げ親父は”かははっ!”と軽快に笑って捨てる。
「如何なる理由でか?あの美貌、癒やしという神秘の力、寧ろ”魔眼の姫”という神話の姫には最も近しい存在ではないか!」
「……」
この禿げ親父……
藤堂 日出衡は六花 蛍の余所行きの姿しか知らないのだろう。
それに取りあえずあの性格を置いてもだ、あの瞳は……
彼女の少し垂れぎみな薄い茶色の瞳は……
「”魔眼の姫”が双瞳は特別だ。俺は他の四人全てに会ったことがあるが、四人が四人とも常人とは比べものにならない魅惑の瞳を所持していた、それは文字通り”魔力”が宿った瞳と納得させられる宝石だ……」
――序列一位、”黄金の姫”である燐堂 雅彌の双瞳は……
澄んだ濡れ羽色の双瞳。
その宝石の中で波間に時折揺れるように顕現し黄金鏡の煌めきを魅せる、神々しいまでに神秘的で印象的な双瞳。
――序列二位、”黒真珠の姫”である京極 陽子が漆黒の双瞳は……
一言で言うなら”純粋なる闇”
恐ろしいまでに他人を惹きつける”奈落”に沈む暗黒の双瞳。
――序列三位、”紅玉の姫”であるペリカ・ルシアノ=ニトゥの双瞳は……
魅つめる悉くを焼き尽くしそうなほどに、
赤く紅く紅蓮く燃える紅玉石の双瞳。
――序列四位、”白金の姫”である久井瀬 雪白の双瞳は……
輝く銀河を再現したような白金の瞳。
それはまさに幾万の星の大河の双瞳。
――と、
恐らくは古の魔獣”邪眼魔獣”を起源とするだろう”魔眼の姫”達は、
文字通りその双瞳が人成らざる魔力を宿した魅惑の、
究極の美を内包する至高の宝石達なのだ!
――
「ところがだ、六花 蛍という少女の瞳は……どう見ても普通の瞳だった」
確かに”希に見る美少女”であり、その瞳も美しくはあったのだが……
抑も”魔眼の姫”の双瞳がそういうレベルでないのは一目で感じられるはずだ。
「成る程。御許が”彼の姫”を否定する論拠はそういう……」
「”魔眼の姫”の証明としてはこれ以上無い理由だ!」
俺はキッパリと言い放つ。
「くくくっ……まあ、一先ずは聞け、臨海王よ。そうだな、御許も識っていようが……この奥泉の成り立ちは――」
序列五位、”瑠璃の魔眼の姫の正体が”宗教国家”七峰”第十三代”神代”である少女、六花 蛍であると頑として譲らない藤堂 日出衡はそこから話し始めた。
――古の時代
”暁”本州の北方未開地に点在した夷狄討伐の勅命を受けた燐堂 珠生が異部族の尽くを平定し、帰順させた。
そして、征服した夷狄の遺恨を残さず彼の地を治める為に異部族の戦死者を一箇所に集めて弔ったのがこの”泉尊夷大寺院”建立のあらましだった。
泉尊夷大寺院……
つまりは此処。現在、目前の藤堂 日出衡が治める奥泉領の居城である。
一般的には”金色御殿”という俗称の方が有名な、この何代にも及んで執拗な蓄財をつぎ込み姿を変貌させた黄金郷は、そういう経緯から本来は宗教的意味合いが非常に色濃い、”暁”に点在する聖地の一つであると言える。
「この泉尊夷大寺院はな、暁を生んだとされる”国生みの神々”を奉る天都原国教と外来であるが二番目に古い仏教、そして旺帝が始祖の龍神王、さらには後発ではあるが信者の多い”七神信仰”の聖地でもあるのだ」
「…………」
神仏習合……
所謂、異なる神、仏という複数の信仰対象を折衷して融合調和する方式だ。
泉尊夷大寺院は元々、”暁”を治める天都原系の人種だけでなく、夷狄と呼ばれた異部族の魂を鎮魂するために建てられた寺院なのだ。
最終的には夷狄を天都原国教に改宗させる意味での建立だったのだろうが……暁古来の異部族にある信仰は想像以上に多彩であったらしい。
結局、遺恨を残さないという目的もある事から様々な宗教を混在させるという形式を採用して対応したというのが今日の結果から見れる実情だろう。
「つまりだ、この奥泉は宗教の集合地帯、年に何度も各宗教的儀式が行われ、その都度にその種の宗教的指導者が訪れる地でもある」
「……なるほど、宗教国家”七峰”の第十三代”神代”である少女、六花 蛍も当然に奥泉を訪れた事があると?」
俺はここまでの藤堂 日出衡の語りで、奴が話したい大方の内容を把握した。
「かははっ、如何にも!五年程前……あの娘が十四の時であったか?儂は”神代”直々に洗礼を受けたのだ」
――五年前か
俺が臨海の次期後継者になった、”嘉深の死”と同時期……か
「なるほど、それで面識が…………って?ちょっとまて!」
そこまで聞いて、俺は目前の禿げ親父をマジマジと見直す。
「日出衡、おま……いや、日出衡公。貴公は七神信仰者なのか?」
面食らってしまった俺の問いに、禿げ親父は四角い眼を細めて”かはは”と笑う。
「それは”よりけり”じゃ……かははっ!天都原国教、龍神信仰、仏門……そして七神、この藤堂 日出衡の信仰心はその時によりけりぞっ!」
「…………」
流石に俺は閉口する。
鈴原 最嘉も大概の無神論者で合理主義者だと自覚するが……
この”奥泉の奸雄”は論外のご都合主義者だ。
「かはははっ!なんて顔をしておる臨海王。この奥泉の地は神仏習合の地ぞ?その首魁が多様な価値観を常備するのは天命ぞ」
「…………そうか。いや、ならまあいい、それより」
――そんな適当で自分本位の天命があってたまるか!
と、俺は本心では呆れながらも話の続きを促した。
「応、そうであったな。その洗礼の儀式というのはな、七神の神代と向かい合って傅き、額に手を翳されて”ある種”の力を浴びるのだが……」
――”ある種”の力?
噂ほどでは俺も聞いたことがあるが……
七峰界隈では有名な、”治癒の巫女”が癒やしの能力の事だろう。
――どんな怪我も病魔も治癒する
七神信仰最高神たる”光輪神”の御業を体現する彼女、
六花 蛍が所持するという”神代の巫女”たる証といえる”奇蹟”である。
「その儀式の折だけは信者は神代と直接面会できる……彼の娘が能力を発揮する姿を直視できる」
「…………」
「その時のあの娘……いや、神代の姿は……」
――なんだ?この……
――藤堂 日出衡の魅入られた様な表情は……
それは凡そ、奥泉の奸雄と呼ばれるほどの曲者の顔では無くなっていた。
「…………」
「そうであるな……潤んだ瞳と綻んだ桃の花のような淡い香の可憐な少女。サラサラと煌めく栗色の髪がその愛らしい容姿によく似合っておった……」
――おいおい、オッサン……
その熱に浮かされて様な顔、思春期の男子中学生かよ?とツッコミたくなる。
「一見、どう見ても年端もいかぬ愛らしき少女であったが……」
「あったが?」
俺は正直、禿げ親父の意外すぎる反応に半ば呆れながらも聞く。
「うむ…………その少女が、そんな可愛らしい類いの存在で無いことを儂は瞬時に感じたのだ」
――っ!
一瞬で、
恋する中学生から百戦錬磨の古強者が面構えに戻る藤堂 日出衡。
「”では、始めます”とな……無表情なまま、そう呟いた少女は儂の額に触れた」
「……」
当時の様子を語り出す日出衡は、なにか鬼気迫る迫力があった。
「少女の白い指が我が額を薄らと伝い、そこから何か……解らない波が儂の全身に染みこむように……馴染んでくる」
「……」
「痛みとかでは無い……普通は経験することが無いだろう心地良さから来るだろう違和感に、翻弄される儂の視界には何時しか……」
「……」
「蒼い……深い深海へと続く、いずれ無へ至るだろう鮮やかな蒼……緩やかに死を連想させるそれは慈愛に満ちた蒼の世界が延々として広がっておったのだ」
「蒼の……世界?」
奸雄はゆっくり頷く。
「蒼……の瞳……いつの間にか儂の眼前には、そういう色に変貌した少女の双瞳が在ったのだ。そう……其れは確かに……瑠璃……瑠璃色の双瞳と称えられる魔の双瞳であった」
「…………」
未知の能力を発言した時に現れる魔眼……
最後の”魔眼の姫”はそういう種類と言うことか?
――しかし……治癒の異能……
確かに魔眼の能力は俺も過去に陽子で確認済みだが……
――俄に信じ難い
事実なら正に”神がかり”的な異能だ。
俺は藤堂 日出衡の話を一通り聞き終え、そして取りあえずは頷いた。
「わかった、一先ずはそれで納得しよう。事の真偽は何れ俺自身で確認する」
ほんの少し思考した後にそう答えた俺に、
禿げ親父は本当に愉しそうに口元を緩めて――
「かははっ!噂通り”喰わせ者”よな、臨海王!!良き哉!真に大事事は、真贋は自分以外の眼を信じては成らぬ!それは確かに真実ぞっ!」
「……」
――流石の忠言
天性の才能、本質を見抜く眼力を備えし藤堂 日出衡というところか。
「かははははっ……はは…………と、場も和んだところで、そろそろ本題に入っても良いか?儂は御許がこの奥泉に来訪した真の目的を所望ぞ。無論、破格の儲け話よな?」
「……」
――ほんと……流石だよ
この状況で更に此方の思惑を見抜いていたか。
――”東奥の奸雄”、藤堂 日出衡……御すのには少々、骨が折れるか
俺は平然を装い、頷いてから四角い眼を見据える。
「勿論だ。俺が提案するのは四カ国による……」
――
―
そして事が成り、”繁栄と快楽に塗れし始まりと終わりの都”を去った俺達。
――
ダダッ!ダダダッ!
朗報には未だ暫しかかりそうだと思考に耽っていた俺は……
「……」
再び響いた大地を蹴る蹄の音に現実に戻る。
ダダッ!ダ……
やがて我が臨海軍の兵が一騎、けたたましい馬の蹄の音と共に現れる。
「最嘉さま」
「ああ……」
冬の始まりを告げるともいえる今年一番の冷え込みの中、
奥泉からの帰路で岐羽嶌領の山中に留まり、”ある報告”を待っていた俺と側近の黒髪ショートカットの美少女は頷き合う。
ヒヒィィーーン!!
一人目の伝令兵が俺達の元を訪れてから数十分後。
「ほ、報告致しますっ!」
僅か数十人を引き連れて山中に陣取る俺の元に報告を入れる二人目の伝令兵は、またもや馬が完全に停止するのを待たずに飛び降りて慌ただしく俺の前に傅いた。
「大義です。続けなさい」
鈴原 真琴が俺に代わって兵士に促す。
――我が臨海兵士は皆、実に勤勉だ
――そして……その情報の重要度をよく理解している
「那古葉城の旺帝軍、甘城 寅保と合流を目指す奥泉軍と加藤 正成殿が率いる我が臨海援軍部隊が、この岐羽嶌領”芭島”で激突しましたが……奥泉軍は予定通り早々に奥泉方面へと敗走致しました!」
「そうか……で、奥泉の軍勢は如何ほどだった?」
「はっ!大凡三万もの大軍勢でありました!」
「…………」
――はは、”東奥の奸雄”……ここぞとばかりにかよ
兵力が多ければ、それだけその兵を養う補給部隊も大規模になる。
つまりはそれだけ我が臨海から受け渡される物資も大量に持ち帰れる。
”奥泉軍三万”対”臨海援軍一万”
――あの業突く張りの禿げ親父め!あまり戦力差があると怪しまれるだろうに……
今回は元赤目きっての猛将だった加藤 正成の大手柄と言う事でなんとか誤魔化せそうだが……危ない橋を渡らせるものだ。
俺は報告を聞き、一応は頷きながらも内心はヒヤヒヤものであった。
「受け渡す物資を多めに用意しておいて正解でしたね」
傍に控えた真琴が、色々察しながら俺の耳元でそう囁く。
「…………」
俺は傍らの側近をじっと見詰め……
――いつもの”軍服姿”
此所は戦場だから当たり前だが、
――勿体ない、もうちょっとあの姿を……
「最嘉さま?」
「いや……何でも無い」
黙ったままの俺に不思議そうな視線を向ける少女に短くそう応えてから、俺はその場の全員に指示を出す。
「直ちに加藤 正成の軍に合流する。その後に那古葉城を取り囲む久井瀬 雪白の陣へと参戦、全軍を以て那古葉、旺帝軍を蹴散らすぞっ!!」
――おおおおぅっ!!
そして俺の飛ばした檄に応じて士気も上がった一行は、一時中断していた進行を意気揚々と再開するのだった。
第十一話「密談」後編 END
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