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下天の幻器(うつわ)編
第十九話「評定は踊る、然れど……」(改訂版)
しおりを挟む第十九話「評定は踊る、然れど……」
旺帝領、那古葉の領都である”境会”に聳え立つ……
――天下の那古葉城!
守護するのはこの地の領主で在り、旺帝王たる燐堂 天成の信任厚き将軍”甘城 寅保”だ。
この国を東の最強国たらしめた将帥の頂点たる”旺帝二十四将”
それを前身とする”旺帝八竜”の一竜にして古参の宿将である彼が敵を迎え撃つ大要塞は、今や七万八千五百の大兵力に達していた。
――対して
その正門前平原に巨大な堀を挟んで対峙する形で展開する”軍団”は……
鉄板仕込みの大盾と、同じく鉄が不断に付加された重装備の鎧を足の先から頭の頂辺まで装備した重装歩兵部隊、
その総数は大凡五千。
シュオォーーン!
シュオォーーン!
更に鉄甲兵士群に紛れて明らかに”人影”とは違う得体の知れない人型の影が百機ほど。
二メートルはあろう見上げる高さのズングリムックリとした白銀の体躯は、人なら関節に当たる部分の隙間などからピコピコと何色もの光を明滅させ、奇妙な音を漏れさせていた。
キュイィーーン
頭部らしき部位に二つの円形状の、双眼に似たレンズを赤く光らせる異形。
曾ての”旺帝二十四将”に最年少で名を連ねた”独眼竜”穂邑 鋼が生み出した”機械化兵”は、正真正銘の鋼の怪物だった。
シュオォーーン!
シュオォーーン!
戦国世界では近代国家世界で確立されている既存の技術は成立しない。
――それが神の定めし常識ならば……と、
”確立されている既存の技術でなければ戦国世界でも存在できるはずだ!”
そういうネジの飛んだ発想で奇跡を実現してしまった独りの男の手により、基礎原理から完全に創出された……
”穂邑 鋼の独自開発技術体系”
――機械化兵。BTーRTー06、通称”鋼の猫”
量産機で廉価バージョンだがそれなりだぞ、と本人が大胆にも嘯く超兵器だ!
それはまさに、”神の理”という箱庭の範疇でまんまと”全知全能”を出し抜いた……既にひとつの文明ともいえる偉業であった。
――
―
「しかし難攻不落の”黄金の鯱”とは、よく言ったモノだな……」
平原に展開された鉄甲兵士軍団の中央後方にて指揮を執る偽眼鏡の男は、聳え立つ絶望の壁を見上げながら溜息交じりに零す。
「でだ、その”那古葉城”相手に、俺の”機械化兵団”五千と借り受けた加藤 正成殿の兵一万で正面から踏ん張れとはなぁ?」
名目的には攻撃側連合軍の総大将たる正統・旺帝、穂邑 鋼が率いる機械化兵団が五千。
その副将として、臨海軍から加藤 正成が率いる騎兵、歩兵混成部隊一万。
その二部隊が城正面で攻城戦を仕掛け、更に左翼部隊に正統・旺帝軍一万三千と右翼部隊に臨海軍一万、そして予備兵力として後方にて臨海軍五千が布陣している。
つまり、ここ那古葉城での総戦力は――
攻める正統・旺帝、臨海連合軍が四万三千。
守る旺帝軍が七万八千五百。
という事になっていた。
それは、三倍の兵力ではびくともせず、五倍する兵力であっても優に半年は持ち堪える鉄壁の大城と噂される那古葉城攻略には、かなり心許ない戦力であった。
「”其の下は城を攻む”……って言いますからねぇ、はぁぁっ」
本当に嫌そうにそう溜息交じりに返す、”独眼竜”の傍に馬を並べた小太り眼鏡の男。
――”其の下は城を攻む”
用意周到、強固に固められた城を攻めるのは困難で最も効率が悪く、成せても被害が大きい。
古から攻城戦は下策中の下策であるという用兵の常識だ。
「鈴原君の命令だし、やるしかないって言ってもなぁ、あれはやっぱり……なぁぁ」
この文句の多い小太り眼鏡男は……
――臨海軍の宗三 壱、曰く
才能は認めるが軍人としては慎重に期過ぎ、精気の無さも顕著な男。
――そして臨海王、鈴原 最嘉が評するは
やる気無しで超堅実、動もすれば”面倒くさがりで無気力な臆病者”
と散々であるが、それでもその二人が共に抱く共通の認識は……
人物は兎も角、頗る有能であるということは間違い無い!だ。
そういう内谷 高史という小太り眼鏡は、只今は連合軍総大将である穂邑 鋼の傍らに控える参謀役であった。
「その鈴原と……例の南阿の別働隊の状況は?」
「既に発ちましたよ。広小路砦と御園砦は境会からそう遠くないですから、軍の速度でも二日とかからないッスね」
ここまでで既によく知ったネガティブ思想の参謀に対し、”それはそうと”と切り替えた穂邑 鋼が問いかけを受け、そのネガティブ参謀、内谷 高史が即答する。
「そうか、なら俺たちも役割を……」
――難攻不落の”黄金の鯱”
――鉄壁の”那古葉城”
「…………」
「穂邑さ……ん?」
途中で黙り込む総大将に参謀は訝しい視線を向けていた。
「いや、飽く迄で相手にするのは打って出てきた旺帝軍のみだ。で、打って出て来ないなら”ちょっかい”を出して出て来させる……それくらいなら何とか凌いで見せてやるってな」
正直、困難極まる分担場所……
しかしその事実に反し、”独眼竜”が偽眼鏡の下の生きた左目はそれでも愉しそうに光っていた。
「うぅ……前から思ってたんスけど、穂邑さんと鈴原君ってちょっと似てるよね?」
呆れた顔で内谷 高史が言う。
「俺と鈴原が?」
穂邑 鋼は意外そうな顔をしていた。
「その根拠の無い”はた迷惑な自信”とか、博打打ちの如き危険極まりない大胆不敵さとか」
「そうか?…………それは光栄だな」
対して、暫し思考した後、穂邑 鋼はどう受け取ったのか僅かに口元を緩める。
「おっと、その賛辞は取りあえず置いておいて……そろそろその”ちょっかい”とやらを出すか!」
シャラン!
そして、あまり使い慣れていなさそうな剣を抜き、掲げたかと思うと
「前進っ!」
城前攻撃隊、全軍に城攻めの号令を下した!
「い、いや、褒めてないッスよ!ぜんぜんっ!」
それを受け、文句を漏らしながらも内谷 高史は作戦行動指示に入ったのだった。
――
対する那古葉城の旺帝軍……
「城正面、敵軍が動き出しましたっ!!」
物見兵からの合図にその場の諸将の顔が見る見る強張った。
「相手の動きをつぶさに監視、射程に入ってくるなら城壁上にて飛び道具で対応だ!同時に各部署の指揮官に伝達、迂闊に出撃るなと!」
城主、甘城 寅保が直ぐさま全軍にそう命令を下し、そして司令室に居並ぶ諸将の顔を見比べる。
「ふぅ……む……愈々ですな」
「あの”独眼竜”穂邑 鋼の”機械化兵団”と……」
一様に渋い顔つきの諸将を見れば、五千の機械化兵団……
いや、正確には彼が創造した”機械化兵”という脅威は百体ほどだが、だがそれでもその抜きん出た異質な実力が旺帝諸将には行き渡っているのがわかる。
「筆頭参謀、真仲 幸之丞。お主の見解を諸将に述べよ!」
その空気を否と感じたのだろう。
総大将である甘城 寅保はそう命じた。
「…………然らば」
名門、諸将が居並ぶ司令室で――
好意的ばかりとは言えない視線を一身に浴びながらも、それを一向に気にせぬ飄々とした男が指名を受けてスッと席を立つ。
「まぁ、ですねぇ……最も勝利に近い方法をと言うのであれば、城守備部隊を一万ほど残して残り全軍で打って出るのが間違い無いと思うのですが……」
先程まで頬被りを被って煤だらけだったとは思えない、すっかりと綺麗に身支度を調えた中年の男はそう切り出す。
「相手はあの”独眼竜”だぞっ!あの常識外の”機械化兵”を知らぬ訳ではあるまいっ!」
「素人が!天下の堅城たるこの那古葉の城を擁して尚、万に一つの危険を冒す必要があるかっ!」
――が、諸将の反応は芳しくなかった。
敵は四万三千。
対して味方は七万八千五百。
ほぼ倍する兵力を以てして、尚且つ強固な城を擁しているという圧倒的有利な状況だ。
城に集う諸将には守勢に固執する空気が蔓延していた。
「ふぅぅ」
そして真仲 幸之丞は端からこの空気を感じ取っていた。
臨海の”終の天使”こと、久井瀬 雪白の軍勢に――
領内の重要拠点、真隅田、瀬陶、安成と……那古葉の領都”境会”周辺を瞬く間に制圧された事が尾を引いているのだ。
最強国たる旺帝領が、同じ大国の天都原でも無い小国の連合軍に領土を侵された。
更に敵方には、旺帝軍の頂点だった二十四将にさえ名を連ねていた”穂邑 鋼”という存在……
絶対的な城ならばこそ、篭もりたくなるのも無理からずと言ったところだろう。
人知れず溜息を吐いた男は続ける。
「今までの結果はですなぁ、那古葉国境に隣接する小国群”程度”や、過去に追いやった雅彌姫様の軍”如き”にと……攻め込まれることなど微塵も考えず備えを怠り、各地の連携を疎かにしていた結果ですよ。まぁ確かに敵将が此方の予想以上に優れていたのも事実ですが、その”終の天使”も既に戦場には居ない事ですし……」
真仲 幸之丞は現状況を冷静に分析して説いたつもりであったが……
「貴様っ!天成王の政策を失敗と罵るかっ!」
「真仲 幸之丞っ!!確かお主は五年前は雅彌様の陣営に身を置いた井田垣 信方の家臣であったな!?天成様に弓引く性根は変わっておらぬということかよっ!」
その冷静な分析が仇となった。
「……」
真仲 幸之丞は事実を述べただけであっただが……
敢えて言わなくて良い真実もあるだろう。
その権力下で為政者への正確な評価など、余程出来た人物か熟成された政治体系でないと難しいうえに、元は敵方だった彼の立場なら尚のことだ。
「落ち着け諸将よ!真仲の進言にて木場 武春を速やかに志那野から呼び戻す事が出来き、そしてそれが功を奏して広小路砦では快勝できたのだ。この那古葉の守備固めに多大なる貢献をしたのも筆頭参謀の手腕の賜である!ここは過去のことは水に流し、今は団結する時ぞ!」
「それは……」
「ぬぅぅ……」
総大将である甘城 寅保の一喝で、ざわめき立った場は取りあえず収まった。
取りあえずではあるが……
「身に余る評価を頂き光栄です」
真仲 幸之丞も間髪を入れず頭を下げて殊勝さをアピールしつつこの場をやり過ごす。
「だがな、筆頭参謀よ。矢張り白兵戦は上策では無い。それでは此方の被害も大きすぎるのだ」
――とはいえ
甘城 寅保も城を前面に押し出した戦術を基本的には”是”と考えているようで、真仲 幸之丞の下げた頭にそう付け足した。
「甘城様……」
総大将の意を受け、旺帝諸将に睨まれながらも視線をゆっくり上げる真仲 幸之丞。
「守備に優れる”黄金の鯱”を有する我が旺帝軍ではありますが、兵力と士気に勝る戦でただ指をくわえていては敵の跳梁を許すことになります。まして大軍であるが故に籠城戦の如き戦い方は兵糧の蓄えも……」
それでも尚、持論を曲げない真仲 幸之丞の瞳は殊勝な態度とは別人の様に研ぎ澄まされていた。
「貴様、まだそのような愚策をっ!」
「貴様如きが総大将たる甘城様に異を唱えるなど!」
再び再燃する真仲に対する諸将の悪感情に……
「兵糧と言えば……この戦が始まる前から敵が密かに画策していたという我が領土周辺地域での食料物資の買い占め阻止、それと開戦後の兵站の確保と、既に貴公が敵の謀略を尽く看破して潰したと聞いておるが?」
――っ!?
非効率に燃える場を収めるためだろう、ここに来て甘城 寅保が初めて開示した情報に、彼に不満をぶつけていた諸将の顔色がサッと変わる。
”こ、この男は!そんなことまで手を尽くしていたのか!?”
――と
”敵の計略を事前に察知し、既にそこまで手を打っていたのか!?”
――と
先の広小路砦での作戦立案だけで無く、そんな所にまで眼を光らせていたとは……
誰の目にも明らかな、この場に居合わせる旺帝軍のどの将軍よりも功績を上げている男に、これ以上如何な文句を言えるのか……
「……」
「……」
いつの間にか諸将は渋い顔で押し黙ってしまっていた。
「籠城戦に対する兵糧の蓄えも、主のお陰でこの那古葉の城は八万近くの大軍を擁しても尚充分な食料を確保しているではないか?それでも……」
「それでもです。完璧にとは押さえられておりません。敵の策の巧妙さと迅速さ故に近隣の食料物資の調達は予定の七割ほどを確保したまで……また兵站は確保しておりますが、それも広小路砦と御園砦を確保し続けられているという前提条件が在ってこそであります」
兵力で勝るという利点を生かし、多少の犠牲を出そうとも飽く迄も短期決戦を主張する真仲 幸之丞は実は内心少々後悔していた。
彼が戦を優位に進めるため骨を折って動いた結果――
それが諸将の安心感となり、無難な籠城戦という消極的な流れを作りだしてしまった。
「…………ふむ」
自らが大抜擢した筆頭参謀がここまで拘る積極的戦術に、総大将たる甘城 寅保も少し思案を始める。
――未だ籠城するには問題無い備蓄の食料
だがそれも当初の七割、完璧では無い。
――補給路の確保
そのために要となる両砦……
特に広小路砦を守護するのは、あの木場 武春だという安心感はある。
だが戦に絶対は無い。
――なんにせよ、相手は策士として名を馳せる臨海王、鈴原 最嘉だ
「……」
「……」
思案を始める上官を前に、真仲 幸之丞も正直なところ……
現在のこの状況なら”負け”は一割も無いと思っている。
それでも戦というのはどうなるか終わってみるまでわからない。
彼は自身の波瀾万丈な人生経験からそれを識るが故、その”万に一つ”を無くすために万全を尽くすのだ。
「ふむ、確かに。この”境会”が東西にある二砦、”広小路”と”御園”は堅守したが、那古葉領全体を見れば……真隅田、瀬陶、安成と各地を敵軍に抑えられたままで、これでは本国の援軍到来で勝利してもあまり誇れたものではない……か」
甘城 寅保も長年の戦場人生でそれを身に刻み、また根っからの武人である気質から本心では華々しい戦を望んでいた。
――だが、それでも……
難攻不落の”黄金の鯱”
鉄壁の”那古葉城”
この優位を捨ててまで早期決戦に持ち込む思い切りに至るほどの、そんなリスクを冒す意味までは見いだせないでいた。
「では、先ずは三日……それまでは城を以て敵に当たり、攻め来る敵に臨機応変に対処する。その後、敵の力を充分に見極めた後に改めて打って出て、場合によっては”二砦”からの援軍を用いて一気に包囲殲滅するというのはどうですか?」
城主と筆頭参謀が睨めっこする間に突如割って入ったのは、ひとりの比較的若い将だった。
「ぬ……新多か」
甘城 寅保はその若い将をそう呼んだ。
「なるほど!!それならば敵の実力を量りつつ優位に戦を始められ、敵兵力を効率良く削れますな!」
「籠城で敵軍をこの境会に引きつけ、”二砦”から包囲殲滅というのも実に理に適っております!!これは……流石は次代の”八竜”と呼び名高い秋山 新多殿だっ!」
若き将の提案に場の将達は大いに感心し一気に活気付く。
――旺帝家臣団の中に在って名門である秋山家
「ふっ」
その若き当主たる秋山 新多は、自身の提案を称える諸将の賛辞の中で誇らしげに胸を張る。
そして諸将が諸手を挙げて賛同するこの案……
どちらにしろ勝ち戦が間違いないならば、やはり被害は最小限に留めたいという考えは無理からぬことであろうという希望にも一致する。
――ふぅ……
唯独り、筆頭参謀たる真仲 幸之丞だけは心中で深い溜息を吐いていた。
とはいえ。
――もうここまでだろうと
実のところ、幸之丞も強攻策をこれ以上ゴリ押しできるほど自身の策が説得力を持たない事を知っていた。
「大方の意見は、この那古葉の城を用いた守戦の様だが……どうだ?筆頭参謀よ」
そして、総大将である甘城 寅保が作戦統括責任者たる幸之丞に最終的な意見を問う。
一見……
いや、実際にも旺帝軍が圧倒的優勢であるが……
その優位と鉄壁の城が、寧ろそ戦の選択肢を至極自然に狭めている。
万に一つという敵の奇策に備えるために冒す危険など、最強国旺帝の猛者共であっても選択べるわけもない。
実際、それを警戒する真仲 幸之丞でさえも、先ほどまで自らが進言していた作戦の正当性を確信しきれずに現状を呑んだのだ。
――予測可能な手堅い戦術を取る敵相手には奇策を仕込み易い……
戦況の不利さえ利用し、ほとんど存在しない可能性を生み出す地均しとする。
――”鈴原 最嘉”
――”王覇の英雄”とは実に侮り難いっ!
ぶるっと身震いした真仲 幸之丞は、人知れず心中を引き締めていた。
「解りました。ならば……」
そうして真仲 幸之丞もその作戦方針のもと、現在考え得る最善の策を諸将に提示するのだった。
第十九話「評定は踊る、然れど……」 END
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