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下天の幻器(うつわ)編
第十八話「子供(ガキ)」後編(改訂版)
しおりを挟む第十八話「子供」後編
「はい、我が君!」
直ぐさま――
天幕の外に少女の影が映り、
バサッ
そして返事から間を置くことなく、きっちりとした美しい一礼をしてから天幕に入ってくる黒髪ショートカットの美少女。
「っ!?」
それを見ていた子供、伊馬狩 猪親は……
今さっきまで青ざめていた顔色を何故か瞬時に朱色に染めて呆ける。
――これは……
至極単純な反応を受け流し、再び深く椅子に坐している俺の側に淀みない所作で歩み寄る美少女は、
「鈴原 真琴、御前に!」
そのまま傅いて深く頭を下げる。
――実に”真琴”然としているな……うん
対して子供の猪親は……
「……う……はぁ……」
相変わらず呆けた間抜け面にて、真琴を憚ることない視線で追っていた。
――わかりやすいなぁ、この”ませ子供”……
俺はそんな感想を抱きながらも、
「真琴、報告だ」
座ったまま、指先の腹を上に向けてチョイチョイと二、三度……
軽く曲げて傅いた少女に促した。
「…………はい、最嘉さま」
俺の態度で全てを察したショートカットの美少女は、コクリと頷いてそっと立ち上がる。
――
そして、座した俺の側に立つ穂邑 鋼とは反対側の横に周り、細い腰を僅かに折り曲げて俺の耳元に瑞々しい唇を寄せた。
「ご報告申し上げます……と……あと……それから……」
寄せられたお互いの顔の距離はかなり近く――
「う!……うぅ……」
それを目の当たりにした伊馬狩 猪親は、わかり易すぎる顔で困惑していた。
――やはりな……
どうやらこの猪親という子供は、真琴に一目惚れでもした様子だ。
「…………そうか、なるほど」
その間も、ボソボソと俺にだけ聞こえるように告げる彼女の報告内容を一頻り聞く俺。
そう、俺が先程示した指の合図は、極秘の報告――
つまり”内緒話”のサインであったのだ。
「……うぅ……く……」
わりと長い間、俺と真琴が密着するような体勢で居るのを隠すこと無い敵意剥き出しの視線で睨む青臭い子供。
――しかし、生意気にも一人前にそういう男の顔をするのか
密かに子供の反応を観察していた俺は、先ほどからの鬱憤が少なからず消化不良であったこともあり……
「ふふん」
態と見せつけるように、腰を屈めて寄り添う少女の細いウエストに手を絡めた。
「…………ぁ」
不意打ちに思わず小さい声を上げる黒髪ショートカットの美少女。
俺は構うことなく真琴の腰を更に抱き寄せ、顔をより近くに寄せて彼女の可愛らしい耳元に囁いた。
「………で………だ…………あとは……」
「は、はい……はい」
そして、突然の俺の奇行にも全く抵抗せずに身を委ねる真琴。
「う……うぅ」
その光景を目の当たりにし、悔しそうに唇を噛む猪親。
――自身さえ守れない子供が百年早いんだよ
俺は少しスッキリとしていた。
「はい、はい……そのように……」
ボソボソと彼女の耳元で指示を出し、真琴は若干頬を赤らめているものの、律儀にもその都度頷いて従順に応えていた。
「……以上だ、後は任せた」
「はい……畏まりました……我が……君」
そして最後の部分だけは皆に聞こえるようにそう言う俺に、腰から手が離れて解放されたはずのショートカット美少女は”ぽぅ……”と立ち尽くしたままだ。
「……真琴?」
惚けた様な状態の少女に俺は再び声を掛ける。
「あ、いえ!……た、確かに、はい!承りました!この鈴原 真琴にお任せ下さい!」
途端に潤んだ大きめの瞳をサッと業務用に切り替え、少しばかり名残惜しそうに見ながらも彼女は一礼して俺から離れる。
「ああ、頼む」
まぁ取りあえず事は済んだと、俺が再び伊馬狩 猪親を見ると……
「ぐっ……ぬぬぬっ!!」
案の定というか、全く予想通りというか、子供は顔面を真っ赤に沸騰させてギリギリと聞こえてくるような歯ぎしりをしていた。
――わかりやす過ぎて……逆に笑えるなぁ
俺の細やかな腹いせは完全に目論見通り相手に精神的ダメージを与えていたのだ。
まぁ、正直……真琴を出汁にとは、ちょっとばかり質が悪いが……
なんというか、気持ちが収まらなかったのだからこれくらい仕方が無い。
俺は心の中で大人げない自分をそう自己弁護する。
「どっちが子供だよ……まったく」
傍らでは子供染みた優越感で内心ほくそ笑む俺を見透かした偽眼鏡男が、本当に呆れた顔でそう呟いていた。
「では、伊馬狩 猪親様。これより先はこの鈴原 真琴がご案内致しますので、此方へ……」
そして真琴は先ほど出した俺の指示通り、子供に声をかけて、南阿のバカ若様と立派な髭の家臣を連れて天幕外へと歩き出す。
「あ、はい!?ま、真琴……さん?……こ、この南阿の英雄、伊馬狩 春親が一子、猪親が来たからにはもう、だ、大丈夫ですよ!臨海の……真琴の窮地はこの私が……」
さっきまでの腰抜けで駄々っ子な姿はどこへやら。
現金にもそういう不相応な台詞を吐き、嬉々とその後に付いて出る伊馬狩 猪親。
「では、鈴原 最嘉様。後ほど……くれぐれもお約束忘れ無きよう」
そして、その子供には勿体ない有能な家臣である有馬 道己は、俺に頭を下げてから未熟で不出来な主君に続いて退出したのだった。
――
「ふぅ」
予期せぬ訪問者を適当に見送った俺の横で、その場に残った穂邑 鋼は溜息を吐く。
――大人気ない俺と……
――まんま子供の猪親の低レベルな攻防に呆れたってか?
今さっきの態度を自分自身で十二分に分析出来ている俺は……
「穂邑、お前は正面だ」
これ以上解りきった小言のような事を言われては面倒臭いと、偽眼鏡男を早々に追い払うことにした。
「臨海から加藤 正成の軍一万と参謀に内谷 高史を貸してやるから、精々あの”那古葉城”攻略に勤しめ」
俺は穂邑 鋼にそう指示すると、そのまま直ぐに行けと視線で促す。
「ああ、わかった…………ええと……あのな……」
「?」
だが穂邑は俺の指示に頷きながらも、何故か未だ何か言いたそうに突っ立っている。
――察しが悪い方じゃないと思っていたが?
首をかしげる俺に……
「す、鈴原。お前の心情は察するが、さっきも言ったように”終の天使”を取り返す方法はある……だから今は、お前には酷だが、あれだ……戦に集中を……」
「…………」
――そういうことかよ、
――このお節介……
俺は――
思っていたよりも世話焼きで、見た目よりもずっと人情的なこの偽眼鏡男の好意が、
「勿論、その時は経験者である俺も全力でサポートする!必ず……」
――ちっ
ちょいとばかり鬱陶しくなって……なんというか……
「…………」
――早々に追い払おう!
そういう結論に至る。
「さっきの真琴の報告だがな」
「ん?あ、あぁ……」
急に話題を変えられキョトンとする浪花節な独眼竜、穂邑 鋼。
「お前等と真琴が遭遇した場所の直ぐ近くの木に、自らの武器でグルグル巻きに絡まって動けない馬鹿な蛇女を放置してきたそうだ」
「…………」
俺の話を聞いて、穂邑 鋼は見る間に残念な表情になり――
「はぁ、あの……バカ娘」
ついさっきとは違う種類の溜息を吐く。
「わかった」
そして穂邑は、改めて作戦は了解だと頷いてから、なんだか重い足取りで天幕を後にして行った。
「…………」
――やっと……
――やっと”独り”に戻れたか
俺はそう安堵しながらも、
「……」
実はさっきまでと……
穂邑 鋼が訪ねてくる前とは全く違う自分になっていることを認識している。
「……ちっ」
ほんと、お節介な”偽眼鏡くん”だ。
俺は軽く頭を振って、面倒見の良い経験者とやらを思考から振り払う。
「しかし……真琴にああまで言わせるとは、吾田 真那?だったか……意外と恐ろしい女だなぁ」
そして先ほど穂邑に言った内容通り――
真琴の報告で、吾田 真那は最後は大木の傍で調子に乗って双頭蛇牙とかいうワイヤーロープのような武器を振り回し絡まって自爆したそうなんだが……
真琴が言うには、そうでも無いと勝敗は結構微妙だったという。
個人的な戦闘力だけで限定すれば、現在の臨海軍内では俺や雪白、それから最近加わった宮郷 弥代……
それに筆頭家臣の比堅 廉高と、後は花房 清奈に次ぐ実力を所持するのが鈴原 真琴だ。
――その真琴とほぼ互角……
これは俺の完全な勘だが、”独眼竜”……穂邑 鋼も多分……
あの機械化兵、”機械化兵団”以外にも未だ隠し球を所持しているだろう。
――”正統・旺帝”……か
嘗て謀反で追いやられた燐堂家の正統なるお姫様一派……
どう見ても辺境の小勢力と、一見弱小に見えるが中々どうして結構な戦力だ。
「……」
だが――
敵にするならかなり厄介であるが、味方である以上は心強い!
とはいえ――
今現在の臨海軍戦力の予期せぬ減退に頭を悩ませる状況は変わらない。
――”終の天使”、久井瀬 雪白……
”俺に”とって彼女の抜けた穴は大きすぎる。
抑も当初の予定を大幅に下方修正しなければならなくなった現状の総合戦力に果たして小手先の作戦修正が利くものだろうか?
――いや、もっと核心に触れるならば……
曾て最強の海洋国家だった南阿が誇る小幅轟島の要塞、
海上にそそり立つ黒き鋼鉄の壁、堅き黒甲羅を纏う大蟹、”蟹甲楼”
彼の難攻不落要塞を真正面から打ち破ったのは、後にも先にも当時の天都原軍総参謀長閣下であった神算鬼謀の才媛、”無垢なる深淵”たる京極 陽子だけだ。
その大要塞と比肩しうる”黄金の鯱”――
此の地の那古葉城!!
――そう、要は……
”ペテン師”鈴原 最嘉”如きに”無垢なる深淵”京極 陽子ばりの神策が創造出来うるか否か?
――そういう解に辿り着く
「…………」
俺はいつしか堅く握りしめた両の拳のままで、ゆっくりと立ち上がっていた。
――
「サイカくん?マコトちゃんから私を呼んでるって聞いたけどぉ?」
ちょうどその瞬間だった。
天幕の外から聞き慣れた気怠げ女の声が聞こえる。
「……」
――出来るか?
……だと?
――いいや!”ヤル”んだよっ!!
鈴原 最嘉はいつだって、そうして前に進んできただろうにっ!!
その声で気持ちを切り替え、自らに潜む弱音をねじ伏せる俺。
「……サイカくん?」
返事がない事を不振に思ったのだろう、その気怠げ女……
宮郷 弥代が再度声をかけて来た。
「弥代、お前にも作戦を伝える」
俺は天幕外で不審に思っているだろう相手に、その理由を別段説明するでもなく……
――バサッ!
そう言うと自らも外に向かった。
「……」
陣幕と戦場を遮るたった一枚の布を勢いよく捲り上げ、俺は差し込んだ光りに眼を細める。
――大きな……穴……か
「雪白の事は戦力的にも、”俺の心”にとっても……」
「……ええと?サイカくん?」
いきなり呼びつけておいて、やっと姿を現したかと思うと今度は意味の繋がらない謎台詞を口にする俺。
宮郷 弥代は少々怪訝そうな表情で立っていた。
「……」
長く艶やかな黒髪を後ろで束ねたポニーテールとやや垂れ気味の瞳、それに朱く薄い唇の終始気怠そうな雰囲気を纏った美女……
女としては背が高く、良く実った双房とキュッと締まった腰。
張りのある臀部からスラリと伸びた白い足を所々銀色の部分鎧で防護した、機動力に偏った兵装の女戦士は身の丈近い深紅の弓を手に立っていたのだ。
この……
――宮郷の紅の射手、宮郷 弥代
そして、
――”機械化兵団”を率いる独眼竜、穂邑 鋼
更には、
急遽、参戦した嘗ての”南阿三傑”筆頭の有馬 道己と剣の工房を加えた白閃隊。
我が臨海の鈴原 真琴は言うに及ばず……
仕上げに、世間ではいつの間にか”王覇の英雄”なんてご大層な称号で呼ばれる俺……
”ペテン師”鈴原 最嘉と……
――なに、こっちも必要な””手駒”が揃ったじゃないか!
「準備は……整った」
「サイカくん?」
やはり独り意味不明な言葉を吐く俺に、変わらず弥代は戸惑った視線を向けていた。
「いや、何でも無い。詳しい説明は道中する……出撃るぞっ!」
こうして鈴原 最嘉は――
東の最強国家”旺帝”が誇る、難攻不落の”黄金の鯱”
那古葉城攻城戦第二幕の幕を開けたのだった!
第十八話「子供」後編 END
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