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下天の幻器(うつわ)編

第十八話「子供(ガキ)」中編(改訂版)

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 第十八話「子供ガキ」中編

 「独眼竜!?ま、まさか……まさか!旺帝おうてい二十四将に最年少でなったという……」

 ――んん?

 伊馬狩いまそかり 猪親いのちかは、どうやら俺の口走った”独眼竜”という単語……

 いや、その人物に目を奪われているようだった。

 「穂邑ほむら はがね……現在いまの僕と一歳しか変わらない十四歳で最強国旺帝おうていの二十四将に選ばれた名将……貴方が」

 先ほどまでの怒りをすっかり置いてきぼりに、座した俺の隣に立ったにせ眼鏡男を羨望の眼差しにて見入る伊馬狩いまそかり 猪親いのちか

 「……」

 俺を見る目とはエライ違いだ。

 それだけ十二歳で軍籍に身を置いてから僅か二年足らずで”旺帝おうてい二十四将”に選ばれし偉才、かつて”独眼竜”の異名で知られた隻眼の穂邑ほむら はがねはこの少年の憧れなのだろうが……

 ――ちっ!俺の軍歴も似たようなもんだぞ……

 どうでも良いが、それでもなんだか納得がいかない。

 「まぁいい、それよりも俺が手を貸す道理が無いのは変わらないぞ!」

 俺は目前の子供ガキはもう無視して、その後ろに控える髭の将を見ながら言う。

 「無論”手ぶら”ではありませぬ。聞けば現在いま臨海りんかいは窮地であるとか?ならば我が主君が引き連れて来た精鋭が役立つかと」

 「お、おい!?道己どうこ!どういう……」

 ――成る程、そうきたか

 臨海りんかいの庇護を求めて俺を頼って来たというが、その割に臨海りんかい本拠地である九郎江くろうえで待つことなく、わざわざ戦場ここにまで出張って来たのはそういう魂胆が……

 ――やはり古狸、いや流石、”南阿なんあ三傑”筆頭の肩書きは伊達じゃないということだ

 あの”南阿なんあの英雄”伊馬狩いまそかり 春親はるちかが重宝がったわけだと、俺は感心する。

 「道己どうこっ!!そんな話は聞いてない!なぜ僕がこのペテン師のために戦わないと……」

 しかし――

 当のこの猪親ガキは、南阿なんあの知恵袋がはかりごとを察してもいない。

 「なんだ?南阿なんあのお坊ちゃんは戦が怖いのか?」

 「な、なにっ!?また侮辱するかっ!」

 ――おお、レスポンス良いなぁ!

 部下に怒っていても、俺の茶々には即座に反応する伊馬狩いまそかり 猪親いのちか

 「ええ、ゴホン」

 多感な子供ガキで遊ぶという、俺のあまり褒められたものではない行動と、そこからまたも下らぬ争いが再燃しかねない怪しい雰囲気を懸念して、整った髭の男は咳払いでそれを未然に食い止め、そしてこれ以上脱線しないうちにと言うように口を開いた。

 「我らが引き連れてきたのは若輩で新兵ばかりなれど、”剣の工房こうぼう”の猛者達二十八人、そして白閃びゃくせん隊の生き残り総勢二百五十九人。いずれもそこいらの雑兵とは比べものにならぬと自負しますが?」

 「…………ほぅ」

 ――”白閃びゃくせん隊”

 ――”剣の工房こうぼう

 その単語を聞いた俺は興味と同時に心がチクリと痛む。

 白閃びゃくせん隊は、かつて”彼女”が南阿なんあで指揮していた隊、

 剣の工房こうぼうは、その”彼女”が育った極秘の訓練機関。

 ――”彼女”……

 ――そう、久井瀬くいぜ 雪白ゆきしろの……

 「道己どうこっ!僕の許可無く勝手に話を進めるな!だいたい敵はあの旺帝おうてい軍だぞ?それを……僕は初陣もあんなで、戦場なんてまだっ!」

 一旦抑えたはずの感傷に再びドップリと浸るつもりはないが……

 少しばかり心を波打たせたのは確かな俺の鼓膜を子供ガキの雑音が無神経に叩く!

 「……」

 どうやらこの反応を見る限り、伊馬狩いまそかり 猪親いのちか初陣デビューは散々だったようだ。

 「確か猪親いのちか殿は十三歳と聞いたが……俺も、この鈴原も、その歳には一軍の将として幾多の戦場を経験していたよ、習うより慣れろ、世の中そんなもんだ」

 尻込みする猪親いのちかに、穂邑ほむらは諭すようにそう言うと俺に視線を投げた。

 「……」

 だが――

 先に耳に入った二つの単語が少なからず心を乱していた俺は、こんな子供をフォローする気も起こらず、”穂邑の気遣いそれ”を無視する。

 「くっ!」

 無言の俺の態度が自身を見下したと取ったのか、猪親いのちか穂邑ほむらと俺を交互に見て悔しそうに俯いていた。

 ――戦は怖い、怖いが……

 憧れる旺帝おうていの”独眼竜”に諭され、嫌っている臨海りんかいの”ペテン師”に馬鹿にされてはと、

 多分、猪親ガキ子供ガキなりに葛藤しているのだろう。

 「…………その軍だが、有馬ありま、お前が率いるなら考えてやっても良い」

 だが俺は、そんな甘ちゃんの思考が結論に至るのを気長に待ってやるほど暇ではない。

 「な、南阿なんあの代表は僕だっ!!大英雄!伊馬狩いまそかり 春親はるちかの血を引くこの猪親いのちかだ!」

 「…………」

 ――臆病な癖にそういうところは引かないのか……面倒臭いな

 自身を無視して頭越しに交渉を続けられる事に激しい反発を見せる子供ガキ

 「お前みたいな雑魚の子供ガキに任せられるか」

 「なっ!この!誰が子供ガキだ!」

 「この場に素人のお子様はお前一人きりしかいないだろ?」

 「ぐっぬぅぅう!なら僕……私が率いるっ!!」

 「無理だな」

 再び始まる低次元な言い合い。

 無論、相手が子供なのはもう承知なのだから、俺の方が随分と大人げないのだが……

 「私は南阿なんあの大英雄、伊馬狩いまそかり 春親はるちかの嫡子!伊馬狩いまそかり 猪親いのちかだっ!!戦なんて簡単だ!白閃びゃくせん隊なんてたかが女の”純白の連なる刃ホーリーブレイド”ごときでも率いられた小隊だと聞くぞっ!!」

 「!?」

 ――たかが?

 ――ごとき……だと?

 それでもその時、自分の大人げなさを十分承知でありながらも、俺は少々感情的になっていたのだろう。

 かつ雪白ゆきしろを”ただの剣を振るう人形”と呼び捨て、

 何年も縛り付けて挙げ句使い捨てにしようとした南阿なんあの支配者……

 その男の馬鹿息子によるこの台詞せりふに……

 直前に雪白ゆきしろを失ったことも合わさっていた俺は――

 「…………ほぅ……たかが……ね」

 タイミング最悪な一言は、くすぶった俺の怒りに再点火するのに充分だった。

 「す、鈴原様っ!!」

 唯ならぬ異変を察知した有馬ありま 道己どうこ強張こわばった顔で咄嗟に主君の前に出て……

 「ひっ!!」

 その伊馬狩いまそかり 猪親いのちかは素人でもわかる殺気に青い顔で一歩下がる。

 「…………はぁ、”この場にお子様は一人きりしかいない”そう言ったのは鈴原おまえだったよな?」

 ――っ!

 だが間一髪……

 俺の傍らに立ったにせ眼鏡男が放った一言のおかげで、俺はギリギリ一線を越えずに済んでいた。

 「…………ちっ」

 ――感情を制御できぬ”お子様”

 ――そうだ、俺は……

 自身でも抑えきれぬ衝動に腰を数センチ浮かせ、愛刀”小烏こがらす丸”に手を添えていたのだ。

 「たく……鈴原おまえは普段はヘラヘラしてるのに中身はホント恐ろしい男だよな?」

 場のなんともいえぬ緊張感を払拭するように、穂邑ほむら はがねはわざと場違いな軽い声と共に俺の肩をポンと叩いた。

 「だよな?」

 椅子から腰を浮かした凶相な俺の顔を、緊張感の無い笑みで見下ろす傍らに立ったにせ眼鏡男。

 「……」

 ――ちっ、年上の経験談かよ

 それは確かに多少の役には立つみたいだ。

 俺はこの先達せんだつに、一応は感謝していた。

 「…………表面ガワと中身にいつわり有りなのは穂邑おまえの方だろうが」

 が、内心危ういところだったと安堵の息を吐きながらも、天邪鬼な俺は負けじと軽口を返しながら再び尻を椅子に据える。

 「はは、”包装紙パッケージ詐欺”なのはお互い様か?」

 それを受けた穂邑ほむらは軽く笑うと、眼鏡のブリッジ部分をクイと指で直した。

 ――ふん……にせ眼鏡

 目前の伊馬狩いまそかり 猪親いのちかは未だ青ざめた顔で立ち尽くしていたが、その前に庇うように出ていた有馬ありま 道己どうこは一連のこの成り行きを見届け、安堵した表情で再び後ろに下がって控える。

 「そうだな……南阿なんあ軍の指揮官はまぁ良い、人選は”南阿の者達おまえら”に任せる」

 まぁ、く考えれば……

 取りあえず”誰が”指揮官だろうが、この有馬ありま 道己どうこが補佐に付けば問題ないだろう。

 要は俺の指示を忠実に実行出来る能力があればそれで良い。

 「……」

 言葉に頷く整った髭の男を確認した後――

 俺は再び数秒で心を落ち着け、そして一度周りを再確認してから――

 「………………真琴まこと、居るな?」

 気配から――

 天幕外に控えているはずであろう、腹心の少女の名を呼んでいた。

 第十八話「子供ガキ」中編 END
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