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下天の幻器(うつわ)編
第三十二話「黄雀」前編
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「”陸狗”の廣崎城が落ちたのか?」
那古葉の地に張った自陣にて、俺は副官である鈴原 真琴からその報告を聞いた。
「はい、旺帝領、陸狗領主である難武 蔵人は南方の不来方城まで撤退をしたそうです」
「……」
――”暁”本州最北端に位置する旺帝領土”陸狗領”
海を挟んだ北の大地、”北来”を統一した”可夢偉”連合部族王の紗句遮允による侵攻を防ぐ最前線でもあるこの要衝の領主は難武 蔵人という人物であった。
「攻め手は勿論、紗句遮允だよな?」
俺の一応の確認に副官の少女は頷く。
――なんというか……
鈴原 最嘉は今回、旺帝との”那古葉決戦”のために敵本国からの援軍をできる限り阻止出来るよう、兵力分断を狙って最北の覇者である”可夢偉”連合部族王、紗句遮允を利用する算段で色々と策を仕込んであったのだが、蓋を開けてみれば、早々にこの結果だ。
――しかし如何な”王狼”とて、最強国”旺帝”の領土をこうも易く蹂躙出来るとは……
北の島に点在する数多の狩猟民族を統一した若き王、紗句遮允。
”暁”最大の勢力を誇る旺帝軍の侵攻に対し北の地を一歩も踏ませぬ戦術と統率力、群を抜いた将才の紗句遮允は、有能なる人材を多数抱える強大国”旺帝”にして”王狼”と呼ばしめる程の人物である。
今回、俺は前述の目的の為に、その”王狼”が動きやすいように北の侵攻に控え常備している旺帝最強、志那野の”咲き誇る武神”木場 武春を此方に釘付けにしていた。
実際のところ旺帝本国も、我が臨海と正統・旺帝連合軍の那古葉侵攻に気を取られていただろうし、勿論それは俺の策の内であったのだが……
――それにしても出来すぎだ!
「花房 清奈は未だ紗句遮允と直接的な接触はしていない、そうだな?」
「はい、清奈さんも直属の”蜻蛉”も現地での下準備は進んでいたそうですが……」
――成る程な、やはり俺の策は半ばだったという訳だ
俺は真琴から確認を取って確信する。
「つまり……臨海以外の、”何処か”他の勢力が介入している」
そう、如何な”王狼”とて、最強国である旺帝領土をこうもアッサリと切り取れる訳がないのだ。
――となれば……
俺が数で圧倒する旺帝本軍を北の防衛戦に釘付けにするため、色々と水面下で準備してきた策を凌駕するスピードで、尚且つこれほどの成果を上げる”何者か”が裏に存在すると言うことになる。
「最嘉さま……」
心配そうに俺に向ける少女の大きめの瞳に俺はフッと笑う。
「まぁ、結果オーライだろう」
この状況では旺帝本拠地からこの”那古葉”への援軍は難しいだろうし、支城である”広小路”と”御園”の両砦は既に焼き払った。
敵援軍が行軍の導線を断ったからには、旺帝に帰属する他の小勢力は支援したくてもどうすることも出来ないだろう。
――そう、紛れもなく、状況的には”上々”なのだ
「正体不明勢力に感謝だなぁ」
「”正体不明”……ですか?」
開き直って”ハハハッ”と笑う俺に、少女の視線は微妙だった。
――まぁな、ほんと……
そして、副官の少女が向ける視線の意味を十分解っている俺は、心中で叫んでいた。
――”今回は”何を企んでいるんだ!京極 陽子っ!!
「”あの女”は……油断できません」
目前の黒髪ショートカットの美少女がそれを察した様に睨む。
「そ、そうか?……だな……」
彼女が睨んでいるのは俺と言うより、その向こう……
俺の思考の先に居るだろう、暗黒のお姫様だ。
――新政・天都原の京極 陽子
この俺をまんまと出し抜くこれ程の手並みは、先ず彼女とみて間違い無い。
そしてこれまでの経験から、如何に同盟関係とは言え、今回の横槍が必ずしも好意的な支援であるとは言えない。
毎度毎度、鈴原 最嘉の上を行く手並みと、散々に利用するやり方に俺も流石に何も感じないわけでは無いが……
「…………」
脳裏にいつも通り、意地悪く微笑んだ陽子の姿が浮かぶ。
腰まで届く降ろされた緑の黒髪はゆるやかにウェーブがかかって輝き、白く透き通った肌と対照的な艶やかな紅い唇の……
”奈落”の双瞳を所持する超が幾つも並ぶ美少女。
”古の魔眼姫”、その”序列二位”黒真珠”にして”新政・天都原が”無垢なる深淵”。
――紫梗宮 京極 陽子
「…………」
そうだ。無論なにも感じないわけでは無いが……
――文句を言うにも陽は俺にとって可愛すぎる女なのだっ!!
――ち、ちきしょーーうぅっ!!
「…………最嘉さま」
「うっ!?」
俺の心中をどこまで見透かしているのか解らない真琴の冷たい視線で俺は現実に戻る。
「と、…………そ、それより現在は”那古葉城”攻略だ!!」
俺はわざとらしく話題を変えた。
「さい……」
「失礼致します。お呼びだと、南阿の伊馬狩 猪親とその家臣、有馬 道己、罷り越しました」
まだ何か言いたそうな真琴の言葉を上書きするように、天幕の外から声が響く。
「助かっ……いや、よく来た!入れ」
正に渡りに船と!俺は間髪を入れず外で待つ者達に入幕を許可し、それを受けた副官の少女は渋々と可愛らしい口を噤んで坐した俺の横に立って控えるしか選択肢がなくなる。
――なんとか凌いだ……ふぅ
バサッ!
直ぐに入口の幕が上げられ、一人の風格在る髭の武将と少年が入幕する。
「………………………………伊馬狩……猪親…………ご用と……聞いた」
そしてそのまま俺の前にドサリと投げやりに座った少女と見紛う容姿の美少年は、居心地悪そうに視線を逸らしがちにして名乗り、
「……」
続いてその少年の後ろに控えて膝を落とした将は、変わって礼儀正しい綺麗な所作で頭を下げる。
――わかりやすいなぁ、少年……
心情がそのまま態度に出る猪親に、俺は思わずニヤニヤとしてしまいそうになるが、何時ぞやの二の舞は不毛だと、思い直し意識して顔を引き締めてから言葉を発した。
「猪親殿、此度の御園砦での槍働き真に見事であった。流石は“南阿の英雄”と称えられし伊馬狩 春親王の血を引く若獅子だ」
「…………」
しかし俺の少しばかり持ち上げた言葉にも、当の子供は不満げな表情で視線を合わせない。
「これは有り難きお言葉。我が主君も感激のあまり直ぐに言葉にならない様子、代わってこの有馬 道己がお礼申し上げます」
「そうか。ならば良いが、貴殿達をここに呼んだのは……」
相も変わらずそつがない有馬 道己のフォローに、俺は頷きつつも次の言葉を発しようとしたが……
「ハッキリと言うたらどうじゃ臨海王っ!僕じゃ無くてこの道己が見事じゃとっ!」
子供……伊馬狩 猪親は俺と有馬の会話を遮って喚く。
「猪親様、その様な事はありませんぞ。それに部下の手柄は主の”功績”でもありま……」
「僕は何もしちょらんっ!!砦の包囲は道己が!脱出兵への追い打ちは白閃隊の生き残り共らが全部やったがじゃっ!!」
「…………」
――一応、”神輿”の自覚はあるのか
俺はふぅと溜息を吐き、そして傍らに置いていた布製の長袋に入ったあるモノを投げた。
ガシァァッ!
長袋は子供が座る地面のすぐ前に落ちる。
「なっ!?なんの……」
――なんのつもりだ?
いきなり目前に何かを投げつけられ、伊馬狩 猪親はそう言いたいのだろう。
「褒美だ。貴殿の刀は戦で折れたって聞いたからな」
「なっ!」
俺の答えに、猪親はここに来て初めて俺の顔を正面から視線を合わせ、そして勢いよく立ち上がる。
「ど、どこまで人を小馬鹿に!……ぼ、僕が……僕が……て、敵を前に無様を晒したって……皮肉を……」
――うわぁ、メチャ捻くれてるなぁ
俺はそんな感想を抱きつつ思春期全開の少年に問う。
「無様?それはもしかして”漏らした”ことか?」
「なっ!!」
そして俺の身も蓋もない言い様に、目前の子供の耳は見る見る真っ赤に染まった。
「そんな恥じる事かねぇ?生まれて初めて死にかけたんならそのくらい普通だろ?寧ろ首が繋がってるんだから、その程度の些細なことで……」
「き、貴様に何がわかるがじゃ……剣も……知略も……全部生まれ持った貴様に……そ、それに僕を助けたからって……やっぱり口先だけのガキだとバ、バカにして……」
一気に羞恥に染まった顔を伏せ、地面とガッツリにらめっこ状態になる少年。
――うわ……やらかした?俺?
最近の若者はナイーブだから気をつけないと……と、そういう俺も高々、十八歳の若輩者だけど。
「…………」
――兎に角、この状況はなんとかしないと不味い……
俺が伊馬狩 猪親をここに呼んだのは他に重要な用件があったからで、前回の轍を踏むためじゃない!
「…………猪親様」
だが俺の思いとは別に、俯いてガックリと肩を落とす猪親の哀れな姿は、長年仕える有馬 道己さえもが掛ける言葉を選べない状態だった。
第三十二話「黄雀」前編 END
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