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奈落の麗姫(うるわしひめ)編
第十一話「鉄の棺桶」後編
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ブゥオォォォーーーーン!!
一帯に濛々と舞い上がった砂塵を容易く霧散させる豪槍の一振りは――
「ぎゃ!」「ぐはぁぁ!!」
その矛先を我が臨海軍に変えて大いに振るわれていた!
「いざ!いざ!臨海の英雄王!我が前に出よ!臆したかぁっ!!」
巨大扇風機の様相で強烈無比な刃風を巻き起こし、並み居る臨海兵を薙ぎ倒すっ!
「おおおおおおおおっ!!」
真に比肩する者が見当たら無い当代きっての大英雄”木場 武春”!
「ぎゃぁぁ!」「ひっ!駄目だ……」「こ、こんな化物」
その武勇の前には数の優位など皆無に等しく!唯々浮き足立つ臨海兵士達!
「なにを躊躇う必要があるか!”匹夫の蛮勇”相手に隊列を乱すな、目的は変わらない!前にのみに活路があると心得よっ!」
とても最終防衛ラインを守る側とは思えない、あまりにも攻撃的な木場 武春とその騎馬部隊の壁に向けて――
臨海軍前衛部隊隊長である宗三 壱は、折れかけた麾下の兵達が心を再び強引に奮い立たせて、当初の目論見通り数に飽かせて蹴散らそうとする。
「おおおぅっ!!」
ブゥオォォォーーーーン!!
「ぐはぁぁ!!」「うわぁぁ!」
ズバァァーーーー!!
「ぎゃひ!」「がはっ!」
それでも……
その”大英雄”は、正面から切り崩すにはあまりにも困難な相手であった。
「くっ!常識の無い……」
これには流石の宗三 壱も対応に苦慮して弱音が零れた。
本来ならば、こういった無類の”武”を誇る手合いは、この様に数で包囲して対処するのが唯一にして最善の対処法であるのだが……
如何せん対象が”志那野の咲き誇る武神”までとなると矢張り一筋縄ではいかない!
「変わらずかよ、”最強無敗”の称号は伊達じゃないってか?……ちっ!」
普段の鈴原 最嘉ならば戦の最中であったとしても、
――”敵ながら天晴れだ!!”
と、称えてしまうほどの武士ぶりである。
だが、現在の状況ではそんな余裕の欠片も無い!
ワァァッ!ワァァッ!
「み、右から……い、いえっ!左からも!?」
「て、敵部隊が押し寄せてっ!来ますっ!」
――そうだ……
現在、俺達臨海軍は完全に新政・天都原軍の包囲下にある。
突撃の先頭部隊をあの化物に良い様に抑えられ、詰まった後続の部隊は密集状態……
ここまでですっかり左右挟撃の準備を調えた新政・天都原軍は、重装歩兵に守られた後列からは矢の雨を、前列からは長槍隊による苛烈な刺突という遠中両距離の攻撃を巧みに織り交ぜた猛攻にて一気に左右から押し潰しに掛かって来たのだ!!
ワァァッ!ワァァッ!
ワァァッ!ワァァッ!
ギギィィーーン!ギギィィーーン!
重厚な攻撃陣で迫る新政・天都原が鉄の壁に徐々に磨り潰され、押し出される様に前に出るしか無い我が軍……
「憤っ!」
ギギィィーーン!
「ぎゃぁ!」「ぐわぁぁ!」
「勢っ!」
ブゥオォォォーーーーン
「ぐはっ!」「やめ……」
だが前方は文字通り死地だ。
先ほどまでの自ら選択した突撃とは違い、鉄兵団という敵の手によって人造的に作り上げられし隘路から小分けに押し出される状況では、”最強無敗”率いる鯱の顎へと呑み込まれる雑魚そのものに等しい。
「あの……暗黒姫め」
自軍の兵力消費を最小に、最大限相手に打撃を与える――
それは、細い路地に誘い込んで広い出口付近に展開した伏兵で叩くのが最良の手段の一つだろう。
それが成れば……
たとえ倍する兵を用意されたとしても、敵方が一度に戦える兵数は少数だから包囲して順次撃破、つまりは各個撃破の形になり難なく殲滅できる!
それを踏まえ、彼の暗黒姫、京極 陽子が用意したのは――
包囲する重厚な陣形の圧力で恰も路地を形成した様に進路を狭め、前方で待ち構える破格の精鋭部隊へ向け、臨海軍を無理矢理小分けに押し出して各個撃破戦法を成立させるという神機妙算の陣形。
「くっ!この広い戦場で隘路を作り出し見え見えの少数精鋭部隊を伏兵同然に仕立て上げる理不尽な戦術……ほんと性格に可愛げがないな、魔女め!」
俺は後方部隊の位置から自軍の窮地をそう認識しつつも、宗三 壱ほどの将帥でさえ満足に対応出来ないこの状況に……
彼の美姫に対し、大した負け惜しみさえ出せずにいた。
「これならペリカを前衛部隊にしておけば……いや……」
ならばと――
この馬鹿げた包囲陣の要となっている木場 武春を一騎打ちにて打ち破るしか!
と、一瞬だけ後悔が俺の頭を過るも……
確かに”大英雄”に単騎で対抗出来得る存在は、現状の我が戦力では長州門の焔姫たるペリカ・ルシアノ=ニトゥくらいしかいないだろう。
――だが、それでは……
抑もが俺の編成ミスだったのかと、一瞬考えはしたが直ぐに思い直していた。
――そう、それだと……
「いっくよぉぉっ!」
ドドドドドッ!
「遅れるなぁ!この一撃こそが勝利への一手だ!」
ドドドドドッ!
両側面から敵兵の壁に圧迫され続ける我が臨海軍、その遙か後方から――
「ぐわぁぁ!」「ぎゃひっぃ!」「う、後ろ!?」
いつの間にか壁を大きく廻り込んでいた新たな敵部隊が臨海軍最後方へと襲いかかるっ!
「あはははっ!どっかぁぁーーん!」
ギギィィーーン!
「撃ち払います!」
ドスゥゥ!
三堂 三奈と六王 六実が率いる強襲部隊……
彼女らは我が臨海軍の残った唯一の後方退路を閉ざすように、完全包囲網の総仕上げに取り掛かっていたのだ。
「……そう……だ」
陽子の目的が……
圧倒的優勢、殲滅の危機に追い込んでの降伏狙いなら、当然こういう処置にでるだろう。
――だからこそ俺は、こういう編成で挑んだのだ!
ドドォォーーーーン!
「ぎゃっ!」「なっ!?」
無防備な後方から勢い込んで襲いかかる新政・天都原軍の、その隊列の一帯が砂塵と共に不意に”塊”で吹き飛ばされるっ!
「落ち着きなさい我が兵士達。戦場では後ろも前もないでしょう?我が覇道を阻む障壁は全て薙ぎ払うだけ、違うかしら?」
少し癖のある燃えるような深紅の髪の、絶対的な自信を常備する石榴の唇が、混乱犇めく戦場でさえもが日常という笑みでそう言い放った。
長州門が誇る”紅蓮の焔姫”、”覇王姫”、ペリカ・ルシアノ=ニトゥ!
ズドォォーーーーン!!
「ぎゃひ!」「うぎゃぁぁ!」
右肩から指先までをすっかり覆う黒鉄色の籠手である”日輪黒籠手”が再度、新政・天都原兵を”塊”で吹き飛ばす!
「ふふ、焔よりも尚熱く燃える私を越えられる男が、最嘉以外でこの戦場に居るかしら?」
焔の闘姫神は通常を遙かに凌駕する巨大さと黒鉄の物々しさを激しく主張する雄雄しいまでの造形を誇る”覇者の拳”を再び振り上げていた。
ギギィィーーン!ギギィィーーン!
「くっ!ここまで追い込んでも……抜けない!!」
「な……なんだこの密度は……」
またもう一方では完全に崩したと意気込んで押し寄せる新政・天都原部隊が、予想外の防御の堅さに二の足を踏んでいた。
「整えて、直ぐに次に備えます!重装歩兵隊を前面に、秩序を保ち役目を果たせば容易に抜かれる事はありません!」
盟友の反撃に即座に連動し、長距離攻撃部隊や背後からの攻撃を阻害し守りを鉄壁に再編する白い髪の智将!
僅かな碧い光りを宿した瞳以外は色を忘れたかの様な白い肌、白い髪の女性、長州門が両砦が一角、”白き砦”のアルトォーヌ・サレン=ロアノフ。
長州門が誇るペリカ・ルシアノ=ニトゥとアルトォーヌ・サレン=ロアノフ。
併せて一部隊の兵力しかない数で後背の猛攻を凌いで支え切るには、この二人の才覚しか無い!!
初戦の結果、全体兵力に劣ってしまった我が臨海軍の唯一勝利への要である”執拗な突撃”を可能にするためには、その間の防備を少数にて全う出来るだけの実力を後方部隊に用意する必要があったのだ。
――そうだ、陽子に勝つにはこの布陣しか無かった
――だが……
「りょ、領王閣下!!このままでは……」
――だからこそ、この状況にて俺は……
「完全に包囲され、も、もう……」
――故にこの窮地でさえ……
「領王閣下っ!もう各部隊が持ちませんっ!」
――この絶体絶命の窮地でさえ打つ手が……無い!!
「突撃の手を緩めるなっ!”志那野の武神”とて無尽蔵の体力を持ち合わせてはいない!」
最前線で必死に食い下がる壱……
「急所の防備のみに集中しなさいっ!遠距離の弓ではかすり傷よ、惑わされずに接近する長槍部隊の対処を優先!!」
中盤を必死に保つ真琴……
「新政・天都原軍は自ら業火に飛び込む罪人、分を知るが良いわっ!」
「密集!ペリカの背面に回らせない様に対処して下さい!」
そして、後方を死守するペリカとアルトォーヌ。
「りょ、領王閣下ぁっ!!」
――殲滅の危機から逃れられないこの状況でさえも……
「…………隊列を維持し、随時応戦」
「閣下っ!?」
俺は……この状況で打開策を持たない。
「く……左はもう持ちませ……ぐわ!」
「右も……もう……隊列が……」
――
「ぐうぅぅ!も、持ち堪え……」
「す、隙間を空けるな!一気に切り崩されるぞ!!」
突撃の頭を抑えられ、大兵力の包囲下にある現在の臨海軍の命運はもう……
――風前の灯火だった
ワァァッ!ワァァッ!ワァァッ!
それでも容赦なく、途切れること無く、押し寄せる兵士の波!
「放てっ!」
ヒュン!ヒュン!ヒュン!ヒュバッバッ!
「ぎゃっ!」「うわっ!」「ぐわぁぁ!」
「突き崩せっ!」
ドドドドドッ!ドドドドドッ!
前後左右!蟻の這い出る隙もない完璧な敵軍の包囲陣形は、ここぞと一気にその囲いを狭めつつ臨海軍を圧迫して磨り潰しに掛かっていた!
「真に……兵士の剣と槍という”鋼鉄の壁”で押し潰す”鉄の棺桶”……だな」
此処に至り、鈴原 最嘉の進退は完全に窮まっていた。
何度も言うが、”この状況”では勝機は存在しない。
一刻も早く全軍降伏の指示を出さなければ全滅。
一兵残らず完全に殲滅されるだろう。
総指揮官として、臨海国の最高責任者として俺の採るべき責任ある判断は当然……
――
―
「……どうやら勝ったわね」
絶世の美姫が有する暗黒の双瞳から強敵への光りは薄れ……
「最嘉なら……理解るでしょう?これ以上は要らぬ犠牲を増やすだけ、無意味で無価値な時間だわ」
同時に深淵の底に優しい光りが一瞬だけ淡く光って……
「責め手は完全に結果が出るまで緩めないこと、徹底させなさい」
続いて各指揮官に指示を出す、暗黒姫の深淵は直ぐに元の冷酷な闇に還る。
「……」
美姫の近くに控えた少女はそんな主君の反応を目にしてしまい、驚きでジトッとした三白眼の瞳をパチクリと瞬かせていた。
良く言えば大人しい感じの見た目、文化系女子。悪く言えば少々暗めの少女でお世辞にも感情が豊かとは言えない少女がこういう反応をするのは中々に珍しい。
京極 陽子の護衛として側近くに控える三白眼少女の名は四栞 四織。
年齢不詳だがどう見ても見た目は十代前半の少女は、”王族特別親衛隊”の四枚目にして大人しそうで無口な見た目に反して背筋が寒くなる様な殺気を纏う、懐に多数の凶器を隠し持った暗器使いであった。
「……」
少し間を置いて、四栞 四織は自分の先ほどの思い違いを確信していた。
――やはり”主君”にとって特別など存在しない……
主君の常に冷静で冷徹な暗黒色の双瞳が奥底に、少しだけ安堵の色が見えた気がしたのは……きっと自分の気のせいだったのだろうと。
「今回は貴女の出番は無さそうだわ、四織」
自分を凝視するジトッとした三白眼の視線を受けて、それが仕事の催促だと受け取ったのか、暗黒の美姫は少女にそう告げた。
そして再び表情をスッと引き締め――
自らが用意した砂塵舞う死地に常闇の視線を向け、陽子の紅い唇は小さく動いていた。
「終戦よ、最嘉」
――
―
「終戦じゃない……ぞ……未だ……陽子」
鈴原 最嘉は――
ワァァッ!ワァァッ!ワァァッ!
尋常ならざる劣勢の陣中で、負け惜しみとしてさえも贔屓目過ぎる言葉を口にする。
ワァァッ!ワァァッ!ワァァッ!
間断無く寄せ来る新政・天都原軍の猛攻!!
最早、降伏か全滅かの選択肢しか存在しないと思われた戦場に――
――クワァッ!
世間では凶兆の訪れを告げると云われる黒き翼が天空に舞う。
「あれ……は」
敵兵に圧迫される隊内にて、鈴原 真琴がいち早くそれを見つけて瞳を大きく見開いた。
――クワワワッ!!
血と鋼が入り乱れる極地と、それらを巻き上げる鉄臭い砂塵の天頂に――
「遂に……成したの……か?」
略半数が戦闘不能に陥った最前線の宗三 壱が天を仰ぐ。
――バサッ!バサッ!
衆生を見下ろし悠々と昊天へと至る”黒き翼の覇者”
――
「……」
「……」
「……」
血で血を洗う雄叫びと悲鳴、鉄の潰し合う雑音が占有する阿鼻叫喚の死地只中に、一瞬だけぽっかりと出来た空白の瞬間……
「……」
暗黒色の双瞳もまた、惹かれる様にそれを見上げていた。
「姫……様?」
口数少ないはずの三白眼少女がその違和感につい、主君の名を口にした時……
「…………最嘉」
美姫の美しき双瞳はなんとも表現できない感情で細められていた。
――
――バサササッ!
黒き翼は力尽きる寸前の我が臨海軍を見下ろす前方の尾宇美城、さらに後方から飛来し、そして……
――クワワワッ!!
遂には天守に舞い降りた。
「…………」
――この瞬間
――それは結実する
鈴原 最嘉は……
俺は……
「おおおおおおっ!!」
大きく拳を振り上げ!そして高らかに叫んだのだ!
「乾坤一擲っ!!絶望の盤面をひっくり返すのは、この鈴原 最嘉様だぁぁっ!!」
第十一話「鉄の棺桶」後編 END
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