武田義信は謀略で天下取りを始めるようです ~信玄「今川攻めを命じたはずの義信が、勝手に徳川を攻めてるんだが???」~

田島はる

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重臣会議

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 東海一の弓取りと名高い今川義元が桶狭間の地に倒れて以降、今川家を巡る情勢は目まぐるしく変化していた。

 当主討ち死にによる代替わり。
 三河の国人領主、徳川家康の独立。
 亡き義元の敵討ち。

 今川家が問題の対応に追われる中、婚姻相手の武田家では外交政策の転換を迫られていた。

 永禄8年(1565年)、武田家重臣の集まる会議の席で、飯富虎昌が声を張り上げた。

「それがしは反対にございます! 義元公が討ち死にされたのをいいことに同盟を破棄して今川に攻め込むなど……。義にもとります! かようなことをしては、武田は信を失ってしまいますぞ!」

「飯富殿のおっしゃる通り。今川との同盟を破れば、当家の信用は地に落ちましょう……。北条とも手切れとなり、北の上杉、東の北条、南の今川と、周囲を敵に囲まれるかと……」

「我らは今川と婚姻を結ぶ間柄なれば、ここは今川を助け、氏真殿を盛り立てていくことこそ肝要に思えます」

 異を唱える重臣たちを、信玄がジロリと睨みつける。

「……では、我らは今川の若造という足枷を抱えたまま、天下を目指せと言うのか?」

「そ、そのような言い方は……」

「戦国乱世の泳ぎ方も知らぬ者に足を掬われては、こちらも沈んでしまおう。
 東海の雄、今川は当代で滅ぶ。……それだけのことよ」

 飯富虎昌をはじめ、親今川派の重臣たちが言葉を失った。

 そんな中、親今川派の筆頭、武田義信が前に出た。

「お待ちください、父上!」

「なんと言われようと、我が意志は変わらん。義信、貴様が義元を慕い、今川に肩入れするのもわかる。しかし、これも武田の繁栄を思えばこそ……。今は飲み込めずとも、じきにわかる日が来るであろう……」

 信玄の言葉を遮って、義信が口を開いた。

「此度の今川攻め、この義信におまかせください!」

「なぬ!?」

 予期せぬ申し出に、信玄が目を見開いた。

 信玄だけではない。飫富虎昌をはじめ、武田の重臣たちが一様に目を丸くする。

「は……!?」

「なんと……!」

 一同が言葉を失う中、信玄が思わず聞き返した。

「その言葉、まことか……!? 義理堅いお主のこと……てっきり今川に肩入れするものかと……」

「今川を思うそれがしの心に、一片の揺らぎはございません」

「ならば……」

「なればこそ! 義元公亡き今川が衰えるは必定……。今川の跡継ぎたる氏真殿も未だ義元公の弔い合戦さえできない有り様……。
 これでは三河のみならず遠江、駿河を失うのも目に見えております。我らが手を下さずとも、徳川なり織田に滅ぼされることでしょう。
 なれば、それがしが自ら引導を渡してみせるまでのこと……」

「おお……」

 義信の決意表明に感じ入ったのか、信玄が感嘆の声を漏らした。

「よう申した! それでこそ武田の跡取りよ!」

「つきましては、高遠城及び伊那の地を頂きたく……」

「むぅ……」

 高遠城は南信濃の要衝で、伊那の地を治める要衝である。

 また、南信濃最大の平野である伊那を丸々治めさせろというのは、いささか大きな賭けだと言えた。

 しかし、義信が自ら今川を攻めると言ったのだ。

 すなわち、家中の親今川派をまとめ上げ、今川を攻め落としてみせると宣言しているに等しい。

 ……伊那の税収を甲斐に充てられなくなるのは大きい。だが、伊那だけで今川を手中に収められるのなら、悪い話ではない。

 しばしの間逡巡すると、信玄は静かに頷いた。

「……よかろう。義信よ、これよりお主を高遠城主に任ずる」

「ははっ、父上のご期待、必ずや応えてご覧いれましょう」

 自身の申し出が受け要られ、義信は深々と頭を下げるのだった。





「しかし、まさか義信が自ら今川攻めを買って出るとはな……」

 会議を思い返し、信玄がしみじみと感じ入る。

 私情を殺し、お家の繁栄を第一に行動する。

 そうして、信玄は信濃を手中に収め、武田家を日ノ本有数の大大名に押し上げたのだ。

 そして、嫡男である義信もまた、信玄と同じ志を持ち、武田家の版図を広げようとしている。

「フフフ……。あやつが儂の跡を継ぎ、次代の武田を担うのも、そう遠くはないかもしれんな……」

 信玄が悦に浸っていると、小姓がやってきた。

「申し上げます! 若君が高遠城より出陣いたしました!」

「おお、早いな。もう今川を攻めるのか」

 高遠城を拠点に伊那の地を与えて、わずか二月あまり。

 だというのに、もう国衆を束ねて戦に臨むとは……。

 さすがは義信。次代の武田を背負うだけのことはある。

「して、義信はどこへ攻め込んだ。駿河か? 遠江か?」

「いえ、それが……」





 三河、徳川領長篠。

 菅沼正貞の守る長篠城に向け、四割菱の家紋が掲げられた旗が悠然とたなびいた。

 間違いない。武田家が攻めてきたのだ。

「た、大変だ──」

 見張りをしていた城兵が報告に行くのと同時に、義信率いる武田軍の攻撃が始まるのだった。





「義信が三河に攻め込んだじゃと!?」

「はっ……」

「なんということを……」

 予想だにしない報告に信玄が頭を抱えた。

 現在、武田家は織田との同盟締結を進める一方で、徳川とは今川領分割に向け秘密協定の協議を行なっている。

 義信もそれは知っているはずだが、まさか協定を結ぼうとしている最中に攻め込むとは……。

「義信め……何を考えておるのだ……」
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