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義信入府
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氏真が今川家の菩提寺である増善寺に幽閉されると、義信が駿府に入府した。
武田家臣団を引き連れて駿府館にやってくると、今川家臣たちが門の前で待っていた。
「出迎え、ご苦労である」
門をくぐる義信の後ろには、飯富虎昌、馬場信春、飯富昌景、長坂昌国と続いていく。
武田の重臣たちが無遠慮に駿府館に足を踏み入れるのを見て、今川家臣がつぶやいた。
「……なんというか、変わったのだな。氏真様の時代から……」
「ああ。わかってはいたが、これから今川は義信様の傀儡となるのか……」
「あんな方でも、いなくなると寂しいものだなぁ……」
氏真を想い、今川家臣がしみじみと呟くのだった。
評定の間に入ると、義信が上座に腰を下ろした。
周囲に武田家臣たちを侍らせているせいか、今川家臣たちはなんとも言えない疎外感を感じていた。
(まるで今川の主になったような振る舞いだ……)
(仕方ねェさ。氏真様が頼りにならねェ以上、義信様に頼るしかねェんだから……)
上座に着いた義信が、今川家の家臣一同を見回した。
「此度の追放劇、お主らも苦渋の決断だったと思う……。しかし、これも今川家を思ってのこと……。これ以上、責めはすまい」
ここにいる誰もがツッコミたい気持ちを堪えて、義信の次の言葉を待った。
「とはいえ、当主がいなくてはまとまるものも纏まらぬ。形だけとはいえ、主を担ぐ必要があるのだろう……。
そこで次の今川家当主には、ぜひ私の息子をとの誘いを受けた。……間違いないな?」
義信が確認をとると、岡部元信が頷いた。
「はっ。新たな今川家当主に相応しいのは、若君の御子をおいて他にはいないかと……!」
わざとらしいやりとりではあったが、これも形式上必要なやりとりに違いない。
あくまでも、義信が自らの子を押しつけたのではなく、今川家臣に請われて子を差し出した。
そういうテイを取ることで、今川家を乗っ取る体裁を整えていた。
「…………あいわかった。それでは、亡き義元公の息女との間に産まれた太郎を氏真の養子とし、新たに今川を継がせることとしよう」
「ははぁ! ありがたき幸せ!」
岡部元信が大げさに頭を下げると、それに倣って今川家臣たちも頭を下げるのだった。
家臣たちの造反により強制的に隠居させられると、氏真は半ば幽閉生活を余儀なくされていた。
「元信め……。私を幽閉しおって……ただでは済まさぬぞ……!」
歯噛みする氏真であったが、家臣の配慮で正室の蔵春院も氏真と同じく寺での生活を送ることとなっていた。
「今川の当主の座を追われたが、私の隣にはお前がいる……それだけが唯一の救いだ」
「まあ、お前様ったら……」
蔵春院が氏真の肩にそっと頭を乗せる。
大名だった頃は、こうしてゆっくり二人でいられる時間がなかなかとれなかった。
しかし今は違う。
政務に追われることもなくなったため、いくらでも一緒にいることができる。
これまでの時間を取り戻すように氏真と蔵春院が浸っていると、どこからか小坊主が現れた。
「氏真様、このようなものが届きましたぞ」
渡されたものを見て、氏真が目を剥いた。
「酒に米、魚まで……!」
「まあ……いったい誰が……」
酒と一緒に添えられていた文を見つけると、氏真が目を通した。
「これは……元信からか……!」
曰く、
『強引に隠居させたが、それがしの今川家を想う気持ちに、一片の曇りはない。決してみじめな生活を送らせるつもりはないので安心してほしい』
とのことだった。
「元信……!」
氏真が感極まった様子で文を握り締める。
今の自分には何も返してやれないというのに、未だに自分を慕ってくれる者がいる。
それでだけで、氏真の心を熱くさせるには十分だった。
氏真が感傷に浸っていると、今度は住職が現れた。
「氏真様、客人がお見えになっております」
「……なに?」
現れたのは、氏真の祖父にして、武田信玄の父。今は駿河に追放された元大名の武田信虎だった。
「爺様……。義信に言われて、私の様子を見に来たのですか?」
「何をバカなことを言っておる」
「では、いったい……」
「儂はただ、かわいい孫に会いに来たまでよ。……それとも、孫と遊ぶのに、理由が必要か?」
信虎に尋ねられ氏真が首を振った。
信虎が氏真の隣に腰を下ろす。
「さて、何をしよう。連歌か? 蹴鞠か? フフフ、儂も隠居中の身……。腕を磨く暇は十分にあったぞ。どちらか好きな方を選ぶがよい」
「……では、蹴鞠をしましょう。爺様相手とはいえ、容赦しませぬぞ」
鞠を持ち出すと、氏真が高く蹴り上げた。
信虎と蹴鞠に興じる氏真を見て、蔵春院が頬を綻ばせるのだった。
武田家臣団を引き連れて駿府館にやってくると、今川家臣たちが門の前で待っていた。
「出迎え、ご苦労である」
門をくぐる義信の後ろには、飯富虎昌、馬場信春、飯富昌景、長坂昌国と続いていく。
武田の重臣たちが無遠慮に駿府館に足を踏み入れるのを見て、今川家臣がつぶやいた。
「……なんというか、変わったのだな。氏真様の時代から……」
「ああ。わかってはいたが、これから今川は義信様の傀儡となるのか……」
「あんな方でも、いなくなると寂しいものだなぁ……」
氏真を想い、今川家臣がしみじみと呟くのだった。
評定の間に入ると、義信が上座に腰を下ろした。
周囲に武田家臣たちを侍らせているせいか、今川家臣たちはなんとも言えない疎外感を感じていた。
(まるで今川の主になったような振る舞いだ……)
(仕方ねェさ。氏真様が頼りにならねェ以上、義信様に頼るしかねェんだから……)
上座に着いた義信が、今川家の家臣一同を見回した。
「此度の追放劇、お主らも苦渋の決断だったと思う……。しかし、これも今川家を思ってのこと……。これ以上、責めはすまい」
ここにいる誰もがツッコミたい気持ちを堪えて、義信の次の言葉を待った。
「とはいえ、当主がいなくてはまとまるものも纏まらぬ。形だけとはいえ、主を担ぐ必要があるのだろう……。
そこで次の今川家当主には、ぜひ私の息子をとの誘いを受けた。……間違いないな?」
義信が確認をとると、岡部元信が頷いた。
「はっ。新たな今川家当主に相応しいのは、若君の御子をおいて他にはいないかと……!」
わざとらしいやりとりではあったが、これも形式上必要なやりとりに違いない。
あくまでも、義信が自らの子を押しつけたのではなく、今川家臣に請われて子を差し出した。
そういうテイを取ることで、今川家を乗っ取る体裁を整えていた。
「…………あいわかった。それでは、亡き義元公の息女との間に産まれた太郎を氏真の養子とし、新たに今川を継がせることとしよう」
「ははぁ! ありがたき幸せ!」
岡部元信が大げさに頭を下げると、それに倣って今川家臣たちも頭を下げるのだった。
家臣たちの造反により強制的に隠居させられると、氏真は半ば幽閉生活を余儀なくされていた。
「元信め……。私を幽閉しおって……ただでは済まさぬぞ……!」
歯噛みする氏真であったが、家臣の配慮で正室の蔵春院も氏真と同じく寺での生活を送ることとなっていた。
「今川の当主の座を追われたが、私の隣にはお前がいる……それだけが唯一の救いだ」
「まあ、お前様ったら……」
蔵春院が氏真の肩にそっと頭を乗せる。
大名だった頃は、こうしてゆっくり二人でいられる時間がなかなかとれなかった。
しかし今は違う。
政務に追われることもなくなったため、いくらでも一緒にいることができる。
これまでの時間を取り戻すように氏真と蔵春院が浸っていると、どこからか小坊主が現れた。
「氏真様、このようなものが届きましたぞ」
渡されたものを見て、氏真が目を剥いた。
「酒に米、魚まで……!」
「まあ……いったい誰が……」
酒と一緒に添えられていた文を見つけると、氏真が目を通した。
「これは……元信からか……!」
曰く、
『強引に隠居させたが、それがしの今川家を想う気持ちに、一片の曇りはない。決してみじめな生活を送らせるつもりはないので安心してほしい』
とのことだった。
「元信……!」
氏真が感極まった様子で文を握り締める。
今の自分には何も返してやれないというのに、未だに自分を慕ってくれる者がいる。
それでだけで、氏真の心を熱くさせるには十分だった。
氏真が感傷に浸っていると、今度は住職が現れた。
「氏真様、客人がお見えになっております」
「……なに?」
現れたのは、氏真の祖父にして、武田信玄の父。今は駿河に追放された元大名の武田信虎だった。
「爺様……。義信に言われて、私の様子を見に来たのですか?」
「何をバカなことを言っておる」
「では、いったい……」
「儂はただ、かわいい孫に会いに来たまでよ。……それとも、孫と遊ぶのに、理由が必要か?」
信虎に尋ねられ氏真が首を振った。
信虎が氏真の隣に腰を下ろす。
「さて、何をしよう。連歌か? 蹴鞠か? フフフ、儂も隠居中の身……。腕を磨く暇は十分にあったぞ。どちらか好きな方を選ぶがよい」
「……では、蹴鞠をしましょう。爺様相手とはいえ、容赦しませぬぞ」
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