42 / 82
帰国
しおりを挟む
武田、織田、両軍が撤退して、二月が経過した。
織田家としては、義信の攻めとった飛騨、信玄が奪った美濃岩村城の領有を認める形で和睦しようとしていたが、これに義信が待ったをかけた。
「いま和睦を結んだところで、どのみちすぐに矛を交えることとなろう。
ここは一つ、信長に選んで貰おうか。
武田に屈するか、命を賭して抗うか……」
義信が提示した和睦の条件は、以下の通りであった。
武田家が飛騨、美濃東部の領有を認めること。
信長は隠居し、家督を次男信雄に譲ること。
信雄は武田の姫と婚儀を結ぶこと。
幼い信雄の後見人を義信とすること。
これらを条件とし、義信は和睦を提案した。
義信の提示した条件に、案の定、織田家臣たちは激怒した。
「これでは、織田を武田の傀儡にすると言ってるようなものではないか!」
「かような話、認められるはずがない!」
その一方で、織田家に与したばかりの美濃衆の反応は冷ややかであった。
斎藤龍興を見限り織田信長に鞍替えをしたものの、元より織田家譜代の家臣ではないのだ。
当然、信長に対する忠誠が高いはずもなく、今回の和睦交渉も静観を決め込んでいた。
熱くなる譜代の家臣と様子見の美濃衆。
織田家臣団が混沌とする中、信長が口を開いた。
「おれバカだから難しいことわかんねぇんだけどさ~。いま武田に屈したら、遅かれ早かれ殺されるんじゃねぇの?」
「……と、おっしゃいますと……?」
「気づいていたか? 先の飛騨での戦、武田の先鋒が駿河の国衆だったことを……」
義信は織田が鉄砲を多く用いる軍であることを知っていた。
鉄砲を使えば、当然死傷者も増えるため、最前線では貴賎に問わず多くの者が鉛弾に倒れたという。
それがわかった上で、義信はわざと駿河衆を先鋒に配置したのだ。
「知っているか? 此度の戦で断絶した駿河の国衆も少なくないことを……。断絶した家が治めていた土地は、まるまる武田の直轄地にされたらしいぞ」
徳川家康をはじめ、織田家臣たちが息を呑んだ。
「武田義信は手段を選ばない男だ。いま当家が武田に屈したところで、滅ぶのが早いか遅いかの差にすぎぬ……。
それなら、死に物狂いで抗った方が得だろ」
信長の檄に、譜代を問わず家臣たちが力強く頷いた。
……もっとも、先鋒は駿河衆が多かったのは間違いないが、断絶も直轄地云々も信長の憶測にすぎないのだが。
帰国の途上、岩村城に向かう兵とすれ違うと、飯富虎昌がぽつりとこぼした。
「飛騨攻めの遠征に赴いたはずが、結果的に東美濃の要衝を奪えるとは……」
「いや、豊かな西美濃を奪えなくては意味がない。東美濃を奪ったところで、ほとんど山でしかないからな」
感慨深いといった様子の飯富虎昌に、義信が釘を差した。
とはいえ、岩村城を奪えたことで、美濃攻略の足掛かりが掴めたのは確かだ。
甲斐に戻ると、義信は改めて信玄に礼を述べにやってきた。
「此度の侵攻、ありがとうございました。父上のおかげで首の皮一枚繋がりました」
「なに……これくらい、どうということはないわい……。それより、どういうことじゃ。越後の長尾に援軍を頼んだというのは……!」
信玄と謙信の対立は根深い。
それゆえ、謙信が上杉姓を譲られたのちも、信玄は旧姓の長尾と呼んでいた。
「公方様にお願いして、一筆したためて頂きました。公方様からのお願いとあらば、上杉とて無下にはできますまい」
「しかし……」
「考えてもみてください。上杉に飛騨を守らせたおかげで、武田は美濃侵攻の足掛かりを得られたのです。これを祝わずしてどうするのですか」
信玄がううむと唸った。
義信の言葉は理に適っている。適っているのだが、上杉とは長年敵対してきたのだ。
それだけに、やはり素直に喜べないものかあった。
「それでは、私はこれにて……」
義信が腰を浮かすと、信玄が呼び止めた。
「なんじゃ。せっかく久しぶりに戻ったのじゃ。もっとゆっくりしていけばよかろう」
「お気持ちは嬉しいのですが、これから大仕事が待っておりますゆえ……」
「大仕事?」
「武田、上杉、北条で三国同盟を結んでこようかと……」
「なんじゃと!?」
織田家としては、義信の攻めとった飛騨、信玄が奪った美濃岩村城の領有を認める形で和睦しようとしていたが、これに義信が待ったをかけた。
「いま和睦を結んだところで、どのみちすぐに矛を交えることとなろう。
ここは一つ、信長に選んで貰おうか。
武田に屈するか、命を賭して抗うか……」
義信が提示した和睦の条件は、以下の通りであった。
武田家が飛騨、美濃東部の領有を認めること。
信長は隠居し、家督を次男信雄に譲ること。
信雄は武田の姫と婚儀を結ぶこと。
幼い信雄の後見人を義信とすること。
これらを条件とし、義信は和睦を提案した。
義信の提示した条件に、案の定、織田家臣たちは激怒した。
「これでは、織田を武田の傀儡にすると言ってるようなものではないか!」
「かような話、認められるはずがない!」
その一方で、織田家に与したばかりの美濃衆の反応は冷ややかであった。
斎藤龍興を見限り織田信長に鞍替えをしたものの、元より織田家譜代の家臣ではないのだ。
当然、信長に対する忠誠が高いはずもなく、今回の和睦交渉も静観を決め込んでいた。
熱くなる譜代の家臣と様子見の美濃衆。
織田家臣団が混沌とする中、信長が口を開いた。
「おれバカだから難しいことわかんねぇんだけどさ~。いま武田に屈したら、遅かれ早かれ殺されるんじゃねぇの?」
「……と、おっしゃいますと……?」
「気づいていたか? 先の飛騨での戦、武田の先鋒が駿河の国衆だったことを……」
義信は織田が鉄砲を多く用いる軍であることを知っていた。
鉄砲を使えば、当然死傷者も増えるため、最前線では貴賎に問わず多くの者が鉛弾に倒れたという。
それがわかった上で、義信はわざと駿河衆を先鋒に配置したのだ。
「知っているか? 此度の戦で断絶した駿河の国衆も少なくないことを……。断絶した家が治めていた土地は、まるまる武田の直轄地にされたらしいぞ」
徳川家康をはじめ、織田家臣たちが息を呑んだ。
「武田義信は手段を選ばない男だ。いま当家が武田に屈したところで、滅ぶのが早いか遅いかの差にすぎぬ……。
それなら、死に物狂いで抗った方が得だろ」
信長の檄に、譜代を問わず家臣たちが力強く頷いた。
……もっとも、先鋒は駿河衆が多かったのは間違いないが、断絶も直轄地云々も信長の憶測にすぎないのだが。
帰国の途上、岩村城に向かう兵とすれ違うと、飯富虎昌がぽつりとこぼした。
「飛騨攻めの遠征に赴いたはずが、結果的に東美濃の要衝を奪えるとは……」
「いや、豊かな西美濃を奪えなくては意味がない。東美濃を奪ったところで、ほとんど山でしかないからな」
感慨深いといった様子の飯富虎昌に、義信が釘を差した。
とはいえ、岩村城を奪えたことで、美濃攻略の足掛かりが掴めたのは確かだ。
甲斐に戻ると、義信は改めて信玄に礼を述べにやってきた。
「此度の侵攻、ありがとうございました。父上のおかげで首の皮一枚繋がりました」
「なに……これくらい、どうということはないわい……。それより、どういうことじゃ。越後の長尾に援軍を頼んだというのは……!」
信玄と謙信の対立は根深い。
それゆえ、謙信が上杉姓を譲られたのちも、信玄は旧姓の長尾と呼んでいた。
「公方様にお願いして、一筆したためて頂きました。公方様からのお願いとあらば、上杉とて無下にはできますまい」
「しかし……」
「考えてもみてください。上杉に飛騨を守らせたおかげで、武田は美濃侵攻の足掛かりを得られたのです。これを祝わずしてどうするのですか」
信玄がううむと唸った。
義信の言葉は理に適っている。適っているのだが、上杉とは長年敵対してきたのだ。
それだけに、やはり素直に喜べないものかあった。
「それでは、私はこれにて……」
義信が腰を浮かすと、信玄が呼び止めた。
「なんじゃ。せっかく久しぶりに戻ったのじゃ。もっとゆっくりしていけばよかろう」
「お気持ちは嬉しいのですが、これから大仕事が待っておりますゆえ……」
「大仕事?」
「武田、上杉、北条で三国同盟を結んでこようかと……」
「なんじゃと!?」
5
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記
糸冬
歴史・時代
開戦劈頭の真珠湾攻撃にて、日本海軍は第三次攻撃によって港湾施設と燃料タンクを破壊し、さらには米空母「エンタープライズ」を撃沈する上々の滑り出しを見せた。
それから半年が経った昭和十七年(一九四二年)六月。三菱長崎造船所第三ドックに、一隻のフネが傷ついた船体を横たえていた。
かつて、「太平洋の女王」と称された、海軍輸送船「浅間丸」である。
ドーリットル空襲によってディーゼル機関を損傷した「浅間丸」は、史実においては船体が旧式化したため凍結された計画を復活させ、特設航空母艦として蘇ろうとしていたのだった。
※過去作「炎立つ真珠湾」と世界観を共有した内容となります。
本能寺からの決死の脱出 ~尾張の大うつけ 織田信長 天下を統一す~
bekichi
歴史・時代
戦国時代の日本を背景に、織田信長の若き日の物語を語る。荒れ狂う風が尾張の大地を駆け巡る中、夜空の星々はこれから繰り広げられる壮絶な戦いの予兆のように輝いている。この混沌とした時代において、信長はまだ無名であったが、彼の野望はやがて天下を揺るがすことになる。信長は、父・信秀の治世に疑問を持ちながらも、独自の力を蓄え、異なる理想を追求し、反逆者とみなされることもあれば期待の星と讃えられることもあった。彼の目標は、乱世を統一し平和な時代を創ることにあった。物語は信長の足跡を追い、若き日の友情、父との確執、大名との駆け引きを描く。信長の人生は、斎藤道三、明智光秀、羽柴秀吉、徳川家康、伊達政宗といった時代の英傑たちとの交流とともに、一つの大きな物語を形成する。この物語は、信長の未知なる野望の軌跡を描くものである。
大東亜戦争を有利に
ゆみすけ
歴史・時代
日本は大東亜戦争に負けた、完敗であった。 そこから架空戦記なるものが増殖する。 しかしおもしろくない、つまらない。 であるから自分なりに無双日本軍を架空戦記に参戦させました。 主観満載のラノベ戦記ですから、ご感弁を
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる