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和議の条件2

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 翌日。再び三家にて話し合いが行われていた。

「武田との和議を模索するのなら、北信濃の領界を決めねばなりますまい」

 直江景綱の言葉に、義信が頷いた。

 元々、上杉との諍いの発端は北信濃の領有権を巡る争いにある。

 どちらがどこまで北信濃を持つか。

 これを決めなくては和議が進まず、同盟の話も踏み込めないと言えた。

「当家からは申すことはないな。現状追認でいいだろう」

 義信の申し出に、案の定、直江景綱の表情が強張った。

「……お待ちくだされ。此度の和議を持ちかけたのは他ならぬ武田様……であれば、まずは武田様が歩み寄るのが筋というものではありませぬか?」

 直江景綱の言い分にも説得力があった。

 あくまで、今回の話は武田が持ち掛けた以上、上杉は受ける立場に他ならない。

 であれば、武田が譲歩するのが当然。

 それが上杉側の認識であった。

「なるほど、お主の言い分も一理ある」

「では……」

「だが呑めん」

 直江景綱が目を剥いた。

「当家は上杉と北条の和議のため、上野の領地も差し出した。……それなのに、北信濃も上杉が奪うのでは、いささか取りすぎであろう」

「上野は当家と北条の和議のお話……。此度の上杉武田の和議には関係ございますまい……。第一、我らも重臣の子息を出すと申したではありませぬか」

「それでも、だ。我らが上杉と北条の和議に骨を折ったことには変わりあるまい……。それとも、直江殿は先の話し合いをなかったことにして、北条との和議を蒸し返されるおつもりか?」

 直江景綱が押し黙る。

 これには先ほどまで蚊帳の外だった板部岡江雪斎が反応した。

「それは聞き捨てなりませんなあ。先の話はすでに殿にお話しし、当家も上杉と和議を結ぶことで話が進んでおります。それを今さら蒸し返されては、こちらも困ってしまいますなぁ」

 板部岡江雪斎の援護もあり、直江景綱の顔が渋る。

 北条との和睦交渉で武田が口を挟んだのは、北条に貸しを作るためだったか……。

「……ですが、北信濃から春日山までは目と鼻の先。武田様が北信濃を手放さぬ限り、和議は実現しますまい」

「では、北信濃二郡を上杉家に割譲し、海津城を破却する。……これならいかがか?」

 北信濃全域ではないものの、一応は北信濃の土地が手に入るのだ。

 結果として武田の勢力を上越から遠ざけることはできる。

 また、海津城がなくなれば、万が一武田と敵対した時に北信濃の制圧が容易になるだろう。

 ……落とし所としては妥当なところか。

「……いいでしょう。加えて、越中ほか北陸はこちらの領分とし、武田様は一切の手出し無用としていただきたい」

 これまで武田と上杉で争う中で、飛騨や越中は両家の緩衝地帯となっていた。

 たびたび武田と上杉の代理戦争が行なわれてきたが、武田が飛騨を獲ったため、必然的に次の代理戦争の舞台は越中ということになりかねない。

 武田の北陸撤退ということは、こうした代理戦争を降りて、越中ほか能登や加賀も上杉の領域としたい思惑があった。

 義信は少し考えて、

「それは構わんが、それでは上杉殿も困ると思うぞ」

「……どういうことですかな?」

「当家が一向宗に影響力を持つことは知っていよう?」

 直江景綱が頷く。

 武田信玄の正室、三条夫人は本願寺顕如の正室、如春尼の実の姉である。

 そのため、信玄と顕如は義兄弟の間柄であった。

「当家が北陸に不可侵となれば、いかにして一向宗と話をつけるおつもりか?」

「武田殿に頼らずとも、公方様なり朝廷に頼み申すことができましょう」

「はたして、そんな悠長なことをしている余裕がありますかな?」

「……何が言いたいのですか?」

「同盟ならずとも、和議が成った暁には、当家はすぐに上洛できる。その時、上杉殿はいかがなさるおつもりか。よもや、『一向宗と和議を結ぶべく交渉していたため、上洛には手を貸せぬ』とでも申すつもりか。
 それに、こちらは北陸に手出しできずとも、一向宗の総本山である石山本願寺に掛け合うことができる。……この意味がわからぬわけではあるまい」

 直江景綱が押し黙る。

 そんなことをしては、幕府再興した際に上杉の影響力を幕府に残せなくなってしまう。

 上洛か。北陸の覇権か。

 悩んだ末、直江景綱が義信を睨みつけた。

「……わかった。北陸の不可侵は取り下げよう。……ただし、武田家が越中を領有しないこと。これだけは譲れぬ」

 越中まで武田家に奪われては、上杉は南と西が武田家と接することになってしまう。

 そうなれば、上杉家の本拠地である上越が武田家におびやかされる恐れがあった。

 武田との和睦の条件に、北信濃二郡の割譲と海津城の破却、越中の非領有。

 ……落とし所としては上出来だ。

「あいわかった。その条件で和議を呑もう」

 こうして、武田と上杉の和議が成立するのだった。
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