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終止符

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 徳川家康率いる織田軍の猛攻を前に、飯富虎昌は最前線で槍を振るっていた。

「者ども、一兵たりとも抜かせるでないぞ!」

 襲いかかる雑兵を斬り伏せ、槍を叩きつける。

「お館様が信長を討つまで、死ぬ気で守り通すのだ!」

「「「オオオオ!!!!」」」

 配下の赤備えを鼓舞しながら槍働きをするも、さすがに動きすぎた。

 槍を杖代わりに息を整える。

 やはり、年には勝てぬか……。

 自嘲する飯富虎昌に織田軍の雑兵が迫るのだった。





 離反した国衆や逃亡した兵の全容を把握すると、信長はすぐさま計画を練り直した。

(こちらの兵は1万8000、家康ところは……まあ、8000か9000くらいはあるだろ)

 武田軍との兵力差は縮まったが、こちらは挟撃をする側なのだ。

 であれば、戦略的にはこちらが優位を取れているはずだ。

「殿、既に徳川殿は武田軍と一戦交えているとのこと!」

 ……勝機は今しかないか。

 信長は家臣や兵を見回し、声を張り上げた。

「皆に告ぐ。……これより武田義信の首をとる!」

「「「オオオオオオ!!!!」」」

「全軍、かかれぇ!」

 信長が檄を飛ばすと、織田兵たちが攻撃を始めるのだった。





 織田軍本隊が全軍で武田軍に攻撃を始めたとの報は、すぐさま義信の元に伝えられた。

「現在、曽根虎盛殿、長坂昌国殿、雨宮家次殿が応戦しているとのこと。兵数で劣っているものの、織田軍を押し返しております」

「そうか」

 本陣の背後を強襲されている中、虎昌や義信を信じてよく戦ってくれているらしい。

「……時に、織田の雑兵たちは知っているのかな。美濃衆が撤退したことは……」

「は……?」

「どういうことにございますか……?」

 小姓たちが「何を言っているのか」といった様子で首を傾げる。

 そんな中、調略から戻った真田昌幸が義信の前に膝ついた。

「お館様、これを……」

 昌幸から渡されたのは、稲葉一鉄や安藤守就ら美濃衆の旗だった。





 織田軍の猛攻に曝されながらも戦線を保つ武田軍を見て、信長は感嘆の声をもらした。

「挟撃されているというのに、おくびにも出さないか……。さすがは武田だな」

 とはいえ、お互い兵の体力は無限ではない。

 こちらはどうにか士気を保っているものの、それは相手も同じことだ。

(どこかで戦列を突破か、あるいは家康が武田の本陣を崩してくれれば……)

 どこかで綻びを見せてくれれば、それだけでこちらの士気が上がり、武田の士気を落とすことができる。

 さて、どうしたものか……。

 信長が思案していると、物見の者が息を切らしてやってきた。

「殿、大変にございます!」

「どうした」

「離反した美濃勢が、武田軍に加わったとのこと! 」

「なんだと!?」





 木下秀吉が武田の予備兵を率いて織田への攻撃に加わった。

(ごめん、信長様!)

 武田の予備兵に美濃衆の旗を持たせ、武田軍に寝返ったと偽装して出陣させたのだ。

 この機を見逃さず、前線で指揮をとる曽根虎盛が声を張り上げた。

「織田兵が浮足立っている! 今ぞ! 攻めかかれぇ!」





 武田に加わったという美濃衆を見て、信長はぽつりとつぶやいた。

「違う。あれはニセモノだ」

「なっ……」

「よく見ろ。槍の長さが違う。美濃衆の槍はうちと同じ長さにさせた。……だったら寝返ったやつらもうちと同じ長さの槍を持っていないとおかしいだろ」

「なるほど……」

「たしかに……」

 美濃衆寝返りは敵の罠であると告げるべく、小姓たちはすぐさま織田軍の各将の元へ急ぐのだった。





「美濃衆寝返りは偽りであったか……」

 小姓の報告に、丹羽長秀が小さくつぶやく。

「しかし、見てみよ。当家の兵を……」

 丹羽長秀の指す先。
 戦列に外れたところで織田軍の雑兵たちが小さくぼやいていた。

「そういえば、美濃のやつらいつの間にか消えていたよな……」

「あいつら、負け戦と悟って逃げ出したのか……?」

「こうしちゃいられねぇ。オレたちも……」

 兵たちがそそくさと戦いから離れていく。

 それを見て、丹羽長秀が渋い顔をした。

「敵の狙いは我らを惑わすことにあらず。美濃衆がいなくなったことを雑兵たちに悟らせ、兵の士気を挫くことが目的よ」



 一人が逃げ出し、二人が逃げ出し、砂城が崩れていくように織田軍の崩壊が始まった。

 背を向け潰走する織田軍に武田軍の追撃が始まると、織田と武田の戦に決着がつくのだった。





 織田軍に勝利すると、義信は勝鬨をあげた。

「エイエイ」

「「「オー!!!!」」」

 家臣に織田軍の追撃を命じる中、本陣の後方から赤備えの一人が義信の前に現れた。

「お館様、大変にございます! 飯富殿が……」



 義信が急いで駆けつけると、小姓たちの手当てを受けながら飯富虎昌がぐったりと倒れていた。

 深手を負ったのか、血の気が引いた顔で義信を見上げる。

「お館様……申し訳ございませぬ……お見苦しいところを……」

「いい、喋るな! 傷が深い。……お前たち、早く手当てを」

 義信に命じられ、小姓の手当てする手が早くなる。

 飯富虎昌が首を振った。

「……儂はもう長くはありませぬ」

じい……」

「最期に、若の顔が見られて、じいは……」

 飯富虎昌の手から力が抜ける。

「おい、逝くな、爺! 私を置いて逝くなっ! 爺っ……!」

 冷たくなっていく飯富虎昌の手を、義信はいつまでも握っているのだった。
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