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第一話・彼と私
「うー、くるしい」
八方を人に囲まれて、視界は色とりどりの衣服で満たされていた。通学電車の中で、私は制服をしわくちゃにされながら、私はろくに動けない状態で身じろぎ、息を吐く。
信号機トラブルで、電車が遅延したらしい。そのせいで電車は間引きされ、田舎電車なで本数も都会に比べて圧倒的に少ないせいで、乗車率はいつもの五割増しだ。こんな混雑に、私は慣れていない。
「ひとがぎゅうぎゅうすぎる」
肺が圧迫されて真剣に息苦しい。頭上を見ても吊革がない上に身動きも取れない。私は自分ではそう思っていないのだけれど、行動がワンテンポ遅いらしく、吊革も他の人に取られてしまい掴めていない状態だ。ただでさえ重い鞄を両手に持ち、電車が急停止しないことを必死に祈るしかない状態だった。
とりあえず、息が苦しくて辛くて、涙まで出そうになって、
「大丈夫か?」
次の弱音を吐こうとしていたところで、真横から声がした。私はその声につられて顔を向ける。そこにあるのは、同じ制服を着た男子だった。
「辛い。無理。気絶しそう」
「そうだろうな」
顔を見ると知り合いだった。ただし友達ではない。同じクラスの男子で、ぱっと名前が思い出せない。入学してまだ一か月も経っておらず、ただ同じクラスだという事だけはわかったので、少し安堵できた。彼がぐいと寄ってきて、私の肺が少し楽になる。
「男子恐怖症とかある? 汚らわしいとか」
「兄が居るから別に」
いきなりわけのわからないクラスメートの問いに、私は今の状況を忘れて返答をする。彼は右手に本、左手に自分の鞄を持っていた。こんな状態で読書とか。
「……別に?」
「平気」
私の一言に、彼は特に笑顔になるわけでもなく頷いたかと思うと、右手の本をブレザーのポケットに収めて、私の手から鞄を奪い去った。泥棒かと思った。
右手、左手に鞄を持った彼は、「俺も妹が三人居る」と告げた。彼と兄との雰囲気が被る。なんか今、確実に妹扱いされている。少し腹立たしく、少しほっとした。
そんな私たちが乗る電車が、ふいにぐわんと揺れた。
「っ、きゃ」
体が揺れて後方から押され、前につんのめる。明らかに私は悪くない。ただ私は、彼の腹部に、顔からごんと、ぶつかった。見事に、彼の胸板に顔をうずめた。
「……大丈夫か?」
「鼻が、痛い」
私の苦悩に、彼は笑うでもなく真顔だった。「鼻が赤いぞ」「だから痛かったの!」と不満を言う。見上げた彼の瞳はやはり妹を見るような目で、異性の女子が触れたというより、妹がじゃれてきたような、『なんでもない』顔だった。
「なんか優しい言葉はないわけ?」
「だから大丈夫かって聞いたろ」
「そうでしたでもなんか笑ってるし!」
彼が困り顔を見せる中、私は唇を尖らせて不満を言う。なんだこれは。
ただ彼は何か、自分の兄を連想させるような雰囲気だったから、今のこの状況に、少しの羞恥心もわかなかった自分が不思議だった。面白い。
ふんわりと、彼からせっけんのような香りが漂っている。それも手伝って、彼の傍に居ることに不快さがない。不思議だ。
気が付くと、彼の手が私の横にあった。鞄を使って、私の空間を守ってくれている。なんというか、器用な奴だ。とはいえ支えはなく、やはり足元がふらついてしまう。
「制服でも掴んでたら? 吊革ないし、鼻潰れるし」
「はいはいそうさせてもらいます。またぶつかったら痛いしね!」
彼に告げられ、私はやたら喋りながら、何の抵抗もなく彼の制服の裾を掴む。気が付くと彼の傍に寄っていて、どこか抱きしめられているような錯覚を覚える。でも手は触れていない。朝から何とも、変な状態になっていた。
その後、何度か電車が揺れたけれど、彼にぶつかることで立ち止まった。対して彼は、吊革を持ってもいないのに動かなかった。何だか気持ち悪いくらいに、吊革も持っていないくせに動かないのが不思議だった。
「何で動かないの?」
「体幹鍛えてるから」
「え、筋肉馬鹿だったの?」
「馬鹿言うなよ」
今まで話をしたこともない彼と、私は旧知の友のように語り合う。あっという間に時間が過ぎた。十五分近くの電車内で、語り合ったのは小声で、けれど私の口はなぜか止まらなかった。
そうして流れるように電車を降りてからも、彼はなぜか、私の鞄を持ち続けた。それは気遣いというより、間違いなく私を『妹扱い』したからだと断言する。
「鞄返してよ!」
「早くしないと遅刻するぞ。走れ!」
「いや電車遅延だから平気だし!」
半ば強引に走らされ、私は門の前でようやく鞄を返された。そうして靴箱で履き替えてみると、彼は居なくなっていた。
どこに隠れたのかと探すこと三十秒、先生に「早く入れよ」と背中を押され、セクハラだなんて思いながら仕方なく教室に行く。そうして彼は大丈夫だろうかと心配してみると、私より早く着席していた彼が居た。
「……はあ?」
彼の背中を見た瞬間、一気に腹が立った。玄関で置いて行かれたことにようやく気付いて、私はチャイムが鳴る中、彼のもとに向かっていく。
「落川、おはよー」
「おはよ」
友達の挨拶も軽くスルーして、チャイムと同時に教室に入れた私は、こちらを見もせず本を読んでいる彼に歩み寄る。先生はまだこない。私は彼の前に立ち、睨みつける。彼は顔をあげない。咳ばらいをする。彼はこちらを見なかった。
いつもそうだ、彼はいつだって無言で本を読んでいる。思い出した、彼は本好き、美濃巧(みのうたくみ)だ。
「何で一人で教室行くかな!」
私の苛立ちを隠さない一言に、彼はゆっくりと顔を持ち上げてくる。そこにあるのは、呆れ顔だった。
「いや、そこは別行動だろ」
「最後で気を使うなばか!」
半ば無茶苦茶な文句に、彼は少し迷惑そうな顔をして、「すみませんでした」と謝罪をくれた。
そうしたところで先生が入ってきて、私は慌てて自分の席に着席した。そうして冷静になってきた頭でもって、その後、自分の我儘な台詞を思い出して、しばらく机から頭を持ち上げられなくなった。
これが私の、彼との最初。
私の学生生活を、いや青春という名の時間を濃密に、波乱に満ちた日々に変えてくれた馬鹿野郎との一場面。
《続く》
八方を人に囲まれて、視界は色とりどりの衣服で満たされていた。通学電車の中で、私は制服をしわくちゃにされながら、私はろくに動けない状態で身じろぎ、息を吐く。
信号機トラブルで、電車が遅延したらしい。そのせいで電車は間引きされ、田舎電車なで本数も都会に比べて圧倒的に少ないせいで、乗車率はいつもの五割増しだ。こんな混雑に、私は慣れていない。
「ひとがぎゅうぎゅうすぎる」
肺が圧迫されて真剣に息苦しい。頭上を見ても吊革がない上に身動きも取れない。私は自分ではそう思っていないのだけれど、行動がワンテンポ遅いらしく、吊革も他の人に取られてしまい掴めていない状態だ。ただでさえ重い鞄を両手に持ち、電車が急停止しないことを必死に祈るしかない状態だった。
とりあえず、息が苦しくて辛くて、涙まで出そうになって、
「大丈夫か?」
次の弱音を吐こうとしていたところで、真横から声がした。私はその声につられて顔を向ける。そこにあるのは、同じ制服を着た男子だった。
「辛い。無理。気絶しそう」
「そうだろうな」
顔を見ると知り合いだった。ただし友達ではない。同じクラスの男子で、ぱっと名前が思い出せない。入学してまだ一か月も経っておらず、ただ同じクラスだという事だけはわかったので、少し安堵できた。彼がぐいと寄ってきて、私の肺が少し楽になる。
「男子恐怖症とかある? 汚らわしいとか」
「兄が居るから別に」
いきなりわけのわからないクラスメートの問いに、私は今の状況を忘れて返答をする。彼は右手に本、左手に自分の鞄を持っていた。こんな状態で読書とか。
「……別に?」
「平気」
私の一言に、彼は特に笑顔になるわけでもなく頷いたかと思うと、右手の本をブレザーのポケットに収めて、私の手から鞄を奪い去った。泥棒かと思った。
右手、左手に鞄を持った彼は、「俺も妹が三人居る」と告げた。彼と兄との雰囲気が被る。なんか今、確実に妹扱いされている。少し腹立たしく、少しほっとした。
そんな私たちが乗る電車が、ふいにぐわんと揺れた。
「っ、きゃ」
体が揺れて後方から押され、前につんのめる。明らかに私は悪くない。ただ私は、彼の腹部に、顔からごんと、ぶつかった。見事に、彼の胸板に顔をうずめた。
「……大丈夫か?」
「鼻が、痛い」
私の苦悩に、彼は笑うでもなく真顔だった。「鼻が赤いぞ」「だから痛かったの!」と不満を言う。見上げた彼の瞳はやはり妹を見るような目で、異性の女子が触れたというより、妹がじゃれてきたような、『なんでもない』顔だった。
「なんか優しい言葉はないわけ?」
「だから大丈夫かって聞いたろ」
「そうでしたでもなんか笑ってるし!」
彼が困り顔を見せる中、私は唇を尖らせて不満を言う。なんだこれは。
ただ彼は何か、自分の兄を連想させるような雰囲気だったから、今のこの状況に、少しの羞恥心もわかなかった自分が不思議だった。面白い。
ふんわりと、彼からせっけんのような香りが漂っている。それも手伝って、彼の傍に居ることに不快さがない。不思議だ。
気が付くと、彼の手が私の横にあった。鞄を使って、私の空間を守ってくれている。なんというか、器用な奴だ。とはいえ支えはなく、やはり足元がふらついてしまう。
「制服でも掴んでたら? 吊革ないし、鼻潰れるし」
「はいはいそうさせてもらいます。またぶつかったら痛いしね!」
彼に告げられ、私はやたら喋りながら、何の抵抗もなく彼の制服の裾を掴む。気が付くと彼の傍に寄っていて、どこか抱きしめられているような錯覚を覚える。でも手は触れていない。朝から何とも、変な状態になっていた。
その後、何度か電車が揺れたけれど、彼にぶつかることで立ち止まった。対して彼は、吊革を持ってもいないのに動かなかった。何だか気持ち悪いくらいに、吊革も持っていないくせに動かないのが不思議だった。
「何で動かないの?」
「体幹鍛えてるから」
「え、筋肉馬鹿だったの?」
「馬鹿言うなよ」
今まで話をしたこともない彼と、私は旧知の友のように語り合う。あっという間に時間が過ぎた。十五分近くの電車内で、語り合ったのは小声で、けれど私の口はなぜか止まらなかった。
そうして流れるように電車を降りてからも、彼はなぜか、私の鞄を持ち続けた。それは気遣いというより、間違いなく私を『妹扱い』したからだと断言する。
「鞄返してよ!」
「早くしないと遅刻するぞ。走れ!」
「いや電車遅延だから平気だし!」
半ば強引に走らされ、私は門の前でようやく鞄を返された。そうして靴箱で履き替えてみると、彼は居なくなっていた。
どこに隠れたのかと探すこと三十秒、先生に「早く入れよ」と背中を押され、セクハラだなんて思いながら仕方なく教室に行く。そうして彼は大丈夫だろうかと心配してみると、私より早く着席していた彼が居た。
「……はあ?」
彼の背中を見た瞬間、一気に腹が立った。玄関で置いて行かれたことにようやく気付いて、私はチャイムが鳴る中、彼のもとに向かっていく。
「落川、おはよー」
「おはよ」
友達の挨拶も軽くスルーして、チャイムと同時に教室に入れた私は、こちらを見もせず本を読んでいる彼に歩み寄る。先生はまだこない。私は彼の前に立ち、睨みつける。彼は顔をあげない。咳ばらいをする。彼はこちらを見なかった。
いつもそうだ、彼はいつだって無言で本を読んでいる。思い出した、彼は本好き、美濃巧(みのうたくみ)だ。
「何で一人で教室行くかな!」
私の苛立ちを隠さない一言に、彼はゆっくりと顔を持ち上げてくる。そこにあるのは、呆れ顔だった。
「いや、そこは別行動だろ」
「最後で気を使うなばか!」
半ば無茶苦茶な文句に、彼は少し迷惑そうな顔をして、「すみませんでした」と謝罪をくれた。
そうしたところで先生が入ってきて、私は慌てて自分の席に着席した。そうして冷静になってきた頭でもって、その後、自分の我儘な台詞を思い出して、しばらく机から頭を持ち上げられなくなった。
これが私の、彼との最初。
私の学生生活を、いや青春という名の時間を濃密に、波乱に満ちた日々に変えてくれた馬鹿野郎との一場面。
《続く》
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