シンゴニウム

古葉レイ

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シンゴニウム・2

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「暑いしね。放っといたら干からびちゃうよ、この子」

 汗ばんだ髪を搔き上げる相原が、神妙な面持ちで俺の同居人、いや同居草たるシンゴニウムゴールドを凝視している。その草は俺が高校の頃、卒業の祝いとして後輩から貰ったものなのだが、なかなかの生命力で二年経った今も健在である。

 そもそも相原は垂れていると言うが、今も葉を床へと向けているだけで微塵にも枯れてはおらず、カーテンの隙間から漏れる光に向かって元気に下がっている。

 そのしぶとさは俺も見習うべきものがある、なんて昔は思った気がする。どう見習うかは謎だし、今はそれどころではない。

『頑張って』

 静かに告げられ、手渡された時に添えられた言葉が脳裏に過る。耳に残る大人しげな声。俺は何て返したか。俺も薄情だ。思い返そうとしても記憶が戻らない。
 ふっ。俺は失笑を噛み殺す。思い出なんてそんなものか。自分の記憶力の無さを棚に上げ、思い出と誤魔化した。

「それにしてもよくそんな葉っぱの名前が分かるな」
「実は薬草学に詳しいの」
「それは凄いな。相原がまさかそんな植物通だったなんて初耳だ」
「はは、実は嘘。ここに書いてある」
「そういえばそうだった」

 相原との問答、失笑混じりに会話が心地良い。部屋に漂う女の香りが、逢瀬の記憶を呼び覚ます。相原の匂いは甘い癖にやたらと濃くて、まるで濃密な白桃のようだ。更に相原のタフさはアウトドアスポーツにより磨かれていて、インドア派である俺が肉体的に負けて休憩を願い出たのが今である。

 もしあのまま逢瀬をし続けていたら、今頃どうなっていたことか。腰が壊れたな、絶対。とはいえ一時間の休憩としっかり時間まで告げられているので、次の行為は確定だ。

 嬉しい反面、ムードが足りないと思うのは贅沢だろうか。俺らの男女の行為は、仲良くするための手段の一部と化している。仲良くする為の一つのスポーツ、とでも言えばいいだろうか。少し言い過ぎだが。

「最近水をやってなかったな」
「可哀そうに。男って自分のものにすると途端に水あげなくなるっていうもんね。あれって本当なのね」
「ぐ」

 相原の落胆混じりの台詞はワザとらしくて心に痛い。人差し指を胸元に当て、もう片方の指が自身の太ももの内側を撫でる仕草が怪し過ぎる。「あと何分かな?」と問われ、明らかな挑発に胸が苦しいのは俺のせいか。枯れてない、枯れてなどいない。シンゴニウムの頭の下がり具合に自分のアレを連想し掛けて、首を振ったら笑われた。

「俺は違うよ」
「でも水、あげなかったんでしょう?」

 俺の言い訳を相原が蹴とばした。くすくすと、鈴が転がるような笑い声に、俺は落胆を模して苦笑う。全く、何て恐ろしい会話だろうか。

 ことわざ的には、釣った魚に餌をやらないの類だろう。しかし相原の言葉は、花に水をやらないという事実ではなく、それを男女のあれに例えられている。確かに俗に言う男でそういう事は稀に、いやよく聞く。今の俺に当てはまらないはずなのだが、それがいつまで続くのかという問いも混ざっている。

 冗談キツイです。

「大丈夫だよ。こいつ、今も別に元気だし」
「今のところはね。どう思う? シンちゃん」
「変な名前を付けるなよ。分身みたいで嫌だ」

 不機嫌を装いながら、俺は身を傾けて相原に寄る。相原が俺へと顔を向けてきて、「踏まれてもへこたれない? そっくりじゃない」と意味不明に言う。

 つぅと、相原の指が俺の腕に触れてくる。鼻腔に届くのは煙草の匂いと、香水の香り。ニコチンと香水と、彼女自身の体臭が混じる何とも相原らしい匂いが背筋まで通り抜けてきて、胸を擽る感覚が全身を駆け巡る。化粧は最低限、けれど大人の女の独特な魅力を醸し出している。この香りに最近、俺の匂いが混ざっていると彼女が言ったのにはもっと驚きだが。

 しゅると相原の肌が俺に擦り寄ってくる。彼女が俺に背を預けてきて、それを抱き留める形。体温が触れあい、気持ちが増した。

 相原の体温を全身で感じながら、悦に入る。傾けられて掛かる彼女の体重が心地よい。相原の、唇が笑んだ。

「お熱い潤いを貰えるかしら?」
「sure(もちろん)」

 相原の五指がぐいと俺の背中に伸びてきて、絹指の腹が背を浅く搔く。身長差に俺が腰を曲げて、彼女が背伸びする。煙草が細指に挟まれ離れ、互いの唇の距離が詰まる。唯一伸長だけは勝っている。唇の温度を唇で測り、僅かに漏れる息遣いが部屋に響く。舌は遠慮気味に、添えるように当てて、できる限り撫でるように唇を塞ぐ。

 静かに丁寧に、綿を抓むように柔く吸う。

「キス、うまくなったね」
「まだまだ、全然。キスでイカせてみろ、だろ?」
「また昔の話を。実際、いきなりじゃ無理だと思うけど、んっ」

 相原の失笑を唇で塞ぐと、すぐに離れた。焦らない。次いで相原が失笑して、「強く」と要求が来た。「もっと」険の強い言葉で告げられて気合を入れる。明らかな挑発にざわつくのは不安だからだ。もっと、彼女を愛したい。

「んあっ、えぅ」

 強めの口づけに甘音が零れ、唇が離れると共に理性の崩壊が始まっていく。俺の大切な彼女の口元が、愛する煙草に塞がれ、コンロの火が止められた。肩を寄せ合い台所に並び、彼女の唇が煙草のフィルターを摘む。煙草の先端がちりちりと強さを増し、吐かれた煙が台所の換気扇へと消えていく。

 何とも扇情的な光景だった。

《続く》

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