シンゴニウム

古葉レイ

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シンゴニウム・30

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「葛城、今日の夜もするよねえ? しちゃうよねえ? 一緒にイけなかったし」

 相原に言われて俺は考える。

 ちょっとセックスし過ぎな気がする。相原は元気過ぎるのだ。しかし男の体力は限界だ。俺はしばし考えて、愛おしい彼女の潤んだ瞳に断る言葉を探して、しかし負けた。

 解っています。君に、付き合うと決めたのは俺ですから。

「相原が嫌じゃなければ」
「ふはは、今日は寝かせないぞう? 今度こそ中で出す? 君の子供なら産んでもいいからね。どうしよう、そういうのって滅茶苦茶幸せじゃない?」

 幸せですが、大変なんです。
 俺の苦悩は、たぶん彼女にはわからない。ここらへんは分からなくていいと思う。そこは男が背負い込む部分、だと思う。

「私が家に居ても君が頑張っていると思えば全然いい。結婚とか子供って人生の墓場だと思ってたよ。あはは、何だ、ちゃんと幸せ感じられる私って普通じゃない?」

 相原お手製の晩飯を前に、彼女の言葉は躍っている。俺はそんな彼女の言葉を聞きながら、相槌を打ちつつ飯を食う。

「結婚して子供産んで、お婆ちゃんになる?」
「その時すべてに君が居るなら、楽しいに違いない。うん、幸せ」

 そして告げられるプロポーズのような言葉が、嬉しいんだか恥ずかしいんだか。相原は小躍りしそうな勢いで夢を語り出している。

「私の土は君だったか。ふわふわしてたたんぽぽの綿毛は、君の上に落ちたんだね。そうか、そうなんだね。あとはしっかり花が咲くか、枯れるかだね?」
「詩人さん、勝手に納得しないで頂きたいんですが」
「あ、嫌だった? 私じゃダメ?」

 飯を食いながら、彼女に自分じゃダメかと言われても困る。「相原、飯食えって」と促すが、彼女の高揚したテンションは一向に下がる気配がない。

「どうしよう、別れるかもしれないという想像をしていないんだけど。相思相愛だと思ってるんだけど」
「そりゃ相愛ですけども」

 嫌ではないので余計に困る。相原のテンションは俺へのテンションへと繋がってくるので、心が痛いのなんのって。俺も相原と結婚したいっての。

「馬鹿。そうじゃなくて今出来たら、それこそいろいろできなくなるだろ。大学もどうするとか、いろいろあるだろ」
「それでもいいと思うけど」
「二人でもっといろいろしたいんじゃないのか? バイクは? 海は? それこそあの、結婚とか、妊婦姿でウェディング着るの?」
「む、確かにそうね。残念、もう少し先か」

 相原のテンションがおかしくなっている。俺もつい結婚の二文字が出たが、相原にスルーされた。そもそも結婚するとか、何か告白とかプロポーズとかすっとばしている。

 いや、今日プロポーズされたのか?

「葛城っ、ねえ?」
「んなっ、おい」

 湯気立つ飯を余所に、相原が俺の腕の中に飛びこんできて、膝の上に座ってくる。ここまではしゃぐ彼女の熱を胸板で感じながら、俺は瞼を閉じた。

 俺、こんなに幸せでいいのだろうか。

 彼女の世界は幸せに満ちていた。その中に入った俺は、文字通り幸せで、毎日大変で、日々いろいろ知って、経験して大人になっていく。そうして今までやってきて、まだまだ先の話をする。未来の、もっと遠い先の話を共にして。

 俺も変わらなければならない。

 捨てられないように頑張るのではなくて。
 一緒に居て誇れるように頑張りたい。前向きに、少しでも進みたい。

「いろいろ頑張ろうね、葛城!」
「おう、よろしくな、相原」

 相原に頷きながら、俺は元気な同居草を一瞥する。

『シンゴニウムの花言葉はね、喜びって言うんです』

 それは贈られた友人からの言葉だ。花や草が好きだった、一人のクラスメイトから貰った植物。過去の記憶を想いつつ、受け渡しの際に触れた手が、やたらと温かかった事を思い出す。そう、相原の手のように。

『喜び。葛城君にとっての喜びって何だろうって思うよ。最近』

 当時、仲が良かったクラスメイトの言葉だ。学校の校舎の裏にある庭園は小さくて、園芸同好会の部室のような場所だった。たった二人の同好会。一人はそいつで、もう一人は俺だった。俺は名を貸しただけの幽霊部員だった。

『どうか葛城君が、そうあってね』

 静かに語った彼女は今、元気だろうか。彼女は病気がちで出席日数が足りず、二年の時に留年した。俺が三年になり、彼女は二年のままで、それでも話をして、一年間、だらだらと過ごした記憶がある。そうして卒業を迎えた俺は、後輩として残る彼女を置いて、卒業証書をもらったのだ。

 彼女は元気にしているだろうか。

 今会ったら、もう少しちゃんと話が出来るかもしれない。そんな事を思う。大変だなとしか言わなかった自分を思い出す。

 園芸部の彼女がくれた花というにはやや緑の強い、草。

 忘れていた過去を思い出した。『どうしてこれを俺にくれるんだ?』そう問うた俺に、『あげたいから、じゃダメかな?』と彼女は言った。彼女はもしかすると、俺に何かを告げたかったのかもしれない。それを解っていて、俺はそれ以上聞かなかった気がする。自分は卒業するから。あの子は残るから。

 聞きたかったけれど、聞くべきじゃないと思ったんだ。

 気持ちを、想いを、彼女は告げられなかったのだろうか。それともただ、花を育てる楽しさを俺に教えたかったのか。

 人生はわからない事だらけだ。けれど知って分かる事、なおわからない事、たくさんあって、それを知って、見て、俺らは次へ進んでいく。

「どうした? 葛城」

 ふいに相原に呼ばれ、俺は視界を彼女に戻す。目の前に、彼女の唇があった。超至近距離の接近に、キスをせがまれて何もしなかった男の姿を知る。慌てて、キスをする。

「考え事?」
「ちょっとね」

 相原に見透かされ、俺は「ごめん」と謝罪した。彼女は首を振り、俺に甘え尽くしてくる。飯を食わせてくれと思いながら、俺は箸を置いて、彼女の背を抱きしめた。

「シンゴニウムに、ちゃんと水をやろうと思ってさ。もっともこっちは、今からかな?」
「あら、それは素敵ね。でもちょっとご飯が先で、むぐ」

 相原を抱きしめ押し倒しながら、俺はそんな彼女の唇を、そっと別の唇で塞いだ。

 シンゴニウムの花言葉、喜び。

 相原にとっての俺が、そうであれるように。

 背伸びしてでも頑張ろうと、心に決めた。


<終わり>
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