恋とレシーブと

古葉レイ

文字の大きさ
12 / 17

恋とレシーブと12

しおりを挟む

「私はでも、下手だから」
「上手い下手じゃないよ」

 葉山君が歩き出して、私もそれに続く。彼は少し不機嫌だった

「こんなになるまで一生懸命練習している安藤が、止めたいなんて言っても全力で止めるね。実際、止めたわけだけど」

 葉山君の言葉はとても嬉しかった。けれどやっぱり迷惑を抱えるという気持ちが拭えない。私の苦悩に、葉山君は少し押し黙る。私は無言に負けて「一人で練習する方法を教えて」と頼み込む。
 葉山君はやっぱり無言で私を見つめてくる。

「壁を相手にボールを打てば、一人でも練習できる。でも……」

 葉山君はボールをぽん、と私に投げ放ってくる。私は慎重にそれを受け、打ち返す。思いのほか綺麗に、葉山君の方に返る。確かに試合でなければ、思う通りのところに返るようになってきた。

 でも私が出るのは試合なのだ。

「でも……相手がいた方がいいと思う。そもそも安藤の場合、ただの緊張だから。よくある事だから、そんなの」
「どうやったら緊張しなくなるかな」
「違うよ、緊張していいんだよ」

 緊張をほぐす方法を聞こうとしたら、していいと来て驚いた。葉山君は静かに、『緊張した方がいい』と告げた。

「緊張しても動けるようになればいいんだって。緊張感ないと動けないから、実際。気が抜けたらあっという間に点差開いて終わるから」

 指の間でバレーボールをくるくると回しながら、葉山君が告げた。緊張していい、とそう言われたら急に肩の力が抜けた。いつも、緊張しないようにしようと頑張っていた。

 なんだ、していいんだ、そう思った。

「勝とうぜ、安藤。正直、滝より頼りにしてるんだから」

 葉山君がしれっとお世辞を言ってきて、私は思わず笑ってしまう。ふと体育館の時計を見ると、授業まであと五分に迫っていた。私たちは慌てて体育館を出る。

「嘘だぁ」
「俺、バレーに関しては嘘つかないから」
「本心は言わないけど?」
「うん。バレー部がやる気見せたらみんな引くでしょう? ってやばい、安藤! 時間!」
「わ、急がなきゃ!」

 葉山君の素直な言葉は簡素で、けれど私の胸にずしんと響く、素敵で愉快な声だった。そこでふと、葉山君がいつの間にか私の事を『さんづけ』しなくなっている事に気付いた。

 気付いて、だけどそれが妙に嬉しくて、私はつい、口元を緩ませた。

 〇〇〇

 球技大会、バレー、バスケ、サッカーの三種類に散った面々は、朝の会を終えてからそれぞれの場所へと集合した。
 私たちバレー組は、外の運動場での集合だ。周囲を見れば一年から三年が居た。学年対抗ではないらしい。

「おお、様になってるね」
「みんなたった二週間でここまで上達するかってくらいにうまくなったな」

 葉山君はあいかわらずみんなを褒める。トス回しをしながらウォーミングアップをしつつ、みんなの状態をチェックしている。葉山君はいつも通りだった。そのいつも通りが、みんなから硬さを取っていく。

「毎日試合してたしな」
「うんうん。案外楽しいよね、バレーって」

 ボールが返せるようになってくると、バレーは思っていた以上に面白くなってきた。私のところにボールが来ても、ミスの率は少し減った。緊張はした。でも身体が動くようになった。もちろん下手なのでちゃんと返らないことも多い。でもそれは葉山君が拾ってくれるので、問題ないと割り切るようになった。

 私はただ、自分の手が届く範囲に来たボールを上に上げればいいのだ。それが私の、できる事だ。

「それに、みんなバレー部とも試合できるくらいに、上手いから」

 実は最後の日曜日、葉山君の誘いで実際にバレー部のみんなと試合もした。聞いた話では葉山君の元中学校のバレー部メンバーだそうで、もちろん相手は遊びだったろうけれど、葉山君が先生に頼んでオッケーをもらって、学校のコートで試合をした。

 そうしてやったバレーは、負けたけれど面白かった。

「はいはい、円陣組もう」
「バレー部かよ」
「まぁまぁ。こういうのは気分だからさ」

 葉山君が少し照れ臭そうに、けれど真剣な面持ちでみんなを集める。みんなも今更、葉山君のこの情熱思考についていけないわけがない。全員、腕を伸ばして簡単な円陣を組んだ。
 思ったよりも、このメンバーは良いメンバーだと、改めて思った。

「この二週間、楽しかった」

 葉山君の言葉が全員の心に火をつける。うん、楽しかった。これが終わっても、たまにバレーをしてもいいかもしれないと思うくらいに、私はバレーが好きになった。

「さあ、今日も楽しもう。これで最後だ。そして、せっかくだから勝とう。目指せ、優勝!」

 ほんわかとした空気が、一瞬だけ張り詰めたような緊張感を宿す。葉山君の笑みが全員を見渡してくる。それぞれの目を見つめて、もう一度頷いた。

「バレー部の俺が保障する。みんなうまい。だから、勝とう」

 葉山君の言葉が何より誇りだった。見れば全員の顔に緊張感と、やる気に満ちている。

「作戦とかあるのか?」
「サーブを丁寧に、くらいだよ。俺がトスを上げるから、無理せず相手に返す。昼休みの時みたいに無理にスパイクはしなくていいから」
「えー、面白いのに」

 滝君が少し不満そうな顔をする。それを見た葉山君が「そうだな、うん」と何かに納得した。「さっきのなし」と言葉を訂正する。
 
「さっきのは忘れて。とにかく滝、やりたかったらスパイクしてもいい。練習したから、大丈夫だ。緊張しても体は覚えている。この二週間、やった練習を体はちゃんと覚えている。だから、今は楽しもう」

 葉山君の一言に、全員が頷いた。腕に痣を作った数日、その集大成を見せる時。緊張はする。それでいいと、葉山君は言った。

「たかが球技大会だ。真剣にやらなくても、誰も怒らない。でも練習してきた自分はそれを見ている。せっかく頑張ったんだ。だから、今できる全力を出そう」

 全員がコートに入る。ルール的にローテーションというものはないそうなので、私は左後方の端に居る。葉山君は真ん中の後方、それぞれがそれぞれの位置に居る。全員が身体を伸ばして、動けるように準備する。相手はだらだらとした動きで、緊張感はない。でも逆に言うと、やる気も薄い。

「大丈夫、零したら俺が拾う。だから、みんな楽しもう」

 ぴっ。審判役の先生の笛の音が鳴る。相手は同じ一年生、三組のメンバーだ。私たちは静かに腰を落とし、相手のサーブを待つ。ボールがぽんと打たれ、コートの上を過ぎる。第一球がコートに向かい、葉山君の丁寧なレシーブの、とんっ、と静かで柔らかな音が、試合開始のゴングとなった。

「ないす!」
「うまい! 滝っ! 飛べ!」
「矢川ナイス根性!」
「ないっさ!」
「いぇい!!」

 葉山君の言葉が全員の動きを柔らかくさせた。緊張しようにも葉山君がいつもみたいに声を上げて褒めて、笑い、激励してくれる。まるで昼休みの試合のような緊張感の中、私達は、余裕で一セットを取り、勝利した。

〈続く〉
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...