死に際を共に行く

古葉レイ

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死に際を共に行く5

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「お前の取り分はしかし一割あるのだろう? 何をするんだ?」
「目ざといね。裏でちょっとあるんだよ。ただ表立ってはなし」

 清十郎の注意力は不愉快な程に凄まじい。ほんの数分前に見せられた作戦を一瞬で読み、理解し、不明点を攫う。その用心差は驚嘆に値する。
 しかし、ちょっと神経質。

「何もしないのに金をとる気か、って?」
「いや。むしろ過剰な報酬を貰うのは嫌いだろうからな。気になっただけだ」

 彼はちゃんとリリィを知っている。それを当然のように清十郎が呟いてくる。リリィは肩を竦めて拳銃をホルスターに収めた。
 彼の手が杯を傾ける。リリィも杯を傾ける。

「まあね。でも本作戦には参加できない。状況が一瞬で変化する中で、即判断、技能性が要求され過ぎる。当人の技術に頼るところが多いのは無理だね。何より不確定要素が強すぎて、現場の判断に頼るところが多すぎる」
「何でもこなすスーパーウーマンが弱気だな」

 ここに来て、清十郎のリリィに対する扱いが憎い。頬を赤らめ、リリィは歯を食いしばる。清十郎は気にしていない。この馬鹿男め。

「今回みたいな任務はさすがにどれも無理だよ。一人一人がエキスパートでないとねぇ。運転手はヒューズが担当する。この道を時速六十キロですれ違って、車間をほぼ一センチ程度に縮めるなんて僕には無理」
「安全暴走者のヒューズか。あの一キロ十万の男を使うとは、依頼主も太っ腹だな」

 それだけ確実に殺して欲しい、って事なんだけどね、とリリィは告げない。清十郎も気付いているのだろうが、それ以上は告げない。清十郎はまどろんでいる。これから殺す相手の事を思って、ではない。

 わずかに目線が落ちていて、リリィを見ていない。そこに写るのは果たして、誰なのか。それを知らない、リリィでもない。

「ところで萌香さんとは会ってるの?」
「いきなりその話を振るな。知っているだろう?」

 清十郎が言葉を零す。その気持ちはわずかにざわついていて、彼らしい落ち着きが一瞬にして砕けている。男の腕に抱かれている彼女を想っているのだろうか。清十郎が死んだと思った彼女は、二年の間に結婚し、所帯を持った。

 清十郎はしかし生きていて、裏の世界の住人となり、けれどようやく表の世界に立ち戻る事が出来た。数多くの血を浴びて、彼はようやく彼女の前に立った。

 そして、自分の元から去った事を知った。

 そんな彼女をリリィは思う。彼女は苦しかったに違いない。想い続けた人が死んだ。そう聞かされて、それでも彼を待ったに違いない。彼女の行動はリリィが調べている。清十郎が殺されたと聞かされても、彼は生きていると周りに言い続けた。

 死体が出なかったのが証拠だと、そう彼女は言った。それは紛れもない事実だ。清十郎は瀕死の状態で、それでも刀を握り続けた。相手が幽霊で、自分の手には届かない相手であろうと足掻き続けた。だから、彼は死ななかった。

 それを信じた彼女は、信じ過ぎ、不安から心を崩壊させた。

 リリィは静かに瞼を閉じる。彼女は何を想っただろうか。それくらいで心を壊すなんて弱すぎると思う。彼に何を想っていたのだろうか。そうして再開した時、清十郎を少しも思い出せない、そんな彼女を見た清十郎の心は、壊れかけた。

 彼は笑い、泣いて、自分の腹に刃を突き立てた。内臓を曝け出し、またも瀕死の状態に陥っていた。リリィがそれを見つけなければ、彼は出血多量で死んでいたはずだ。野良猫のように、路上でぽつんと、野良猫のように死んだはずだ。

 彼女を失ったと知り、自らを殺そうとした彼が意識を取り戻した時、居たのは一人の女性だった。成り代わりもないのに、彼は彼女の、名を呼んだ。

「……萌香」
「安部くん。ごめんね」

 部屋に静かな声がした。そんな哀れな彼を救いたい。そう思ったのがリリィの最初だった。哀れだと思った。可哀そうだと素直に思った。だからリリィは、彼女の代わりとなり、静かに瞼を開けた。目の前で、今にも消え入りそうな清十郎が、愛しい女性を前に怯えていた。

 記憶は過去と、今が交差する。

 部屋には清十郎と、彼が愛した女性、萌香が居た。

「安部くん。私を許して」

 彼女は静かに声を零す。それは戯言だと分かっていた。傷が癒え、刀を携えた清十郎は静かに立っていた。リリィはそれでも言いたかった。

 目の前の清十郎は怯えていた。けれどすぐに心を持ち直す。明らかに、知っている。気付いている。当たり前だと分かっていても、リリィはそれを、萌香に成るのを辞さない。

「あいつは俺の事を『くん』とは呼ばんよ。今は、『さん』だ」
「安部さん。私を、抱いて」

 部屋の中で、制服を着た彼女が願う。清十郎の下唇が噛み締められる。明らかに辛そうだった。ざまあみろと思った。そのまま抱いてみろ。無茶苦茶にしてみろ。泣きわめいて殺したいなら、殺してもいい。そう思って、彼女は笑って、

「私を、ころして?」
「リリィ。やめろ」

 静かに重い、苦渋の声がした。リリィの心に振りかかる声。萌香の唇がわずかに緩んだ。

「あいお」

 萌香が静かに返事した。途端にどくんと心臓が打つ。リリィの身体からわずかな発光。そもそも制服を着ているので、萌香に化けたところですぐばれるのだけれど、と思いながら、リリィは静かに変化を解いた。

 変化を解いて、元のリリィに戻った後、見た光景は清十郎の苛立ち顔だった。ああ、怒らせた。そう思った。彼が唯一怒るのは、萌香が絡む時。

 そんな彼を見ながら、リリィは小さく溜息を吐いた。

 何だ、殺されなかったか、と。

 また死ねなかったか。そう思った。

《続く》
 
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