ヘタレな師団長様は麗しの花をひっそり愛でる

野犬 猫兄

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信用とは耐えて勝ち取るもの

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 目指していた一軒家は白い煉瓦の外壁で、草木に囲まれた可愛らしい二階建ての石造りの家だ。

 リズウェンと一緒に住むならこんな家がいいなどと、師団長に昇進した際、重量級の想いを抱えながら購入した家である。

 ある程度の広さはあるが二人で住めればいいという想定のもと選別していた為、部屋数はそれなりしかない。

「うぅ、みず、水が……のみたい…です」

「もうしばらくの辛抱だからな」

 酔いに効く解毒薬があったはずだ。それを飲めばじきに回復するだろう。

 入り口に辿り着き手を入り口にかざすと魔力反応が返ってきて、勝手に入り口が解錠する。

 魔力を照合し合致する事で、その家のセキュリティが解除され、入り口が解錠する仕組みだ。

 魔導具は高価なものが多く、防衛手段としても快適な空間を維持させるためにも必要不可欠なものである。

「大丈夫か?」

 狭いホールを抜けてリビングへと急ぐ。

「う、うぅ…ベル、私は死ぬのでしょか……」

「死なない! 死なないからなっ?! 悪酔いしているだけだから、縁起でもないこと言うな!」

 気持ち的に弱っているリズウェンをソファーに降ろして、水と解毒薬を用意する。

「ほら、飲めるか? 飲めば気持ちの悪さも消えるはずだ」

「……それ、ものすごーく……苦いやつ…です…よね?」

 包みを見たリズウェンのテンションがさらに下がった。

 とりあえず、水の入ったカップは受け取ってくれてコクコクと飲んでいる。

 解毒薬だからか、リズウェンも飲んだことはあるのだろう。苦いから飲みにくいと感じているのかもしれない。

 粉末だし水と一緒に喉の奥に流し込むだけだ。

 後味に多少痺れを覚えるかもしれないが、それもわずかな間だけ。

「飲めばすぐに良くなるから。ほら、口を開けて」

 右手には開けた包みを持ち準備は万端だ。

 それなのにリズウェンは口を閉じたまま、薬を睨んでいる。

 そんなに嫌なのかと悩んでいると、

「むかし、くすりを…盛られ…た事があり…まして」

「………は?」

「女性に襲われそうになって、あぶない…ところでしたが……様子を見に来た方に、助けていただき…ました。それ以来……くすりはちょっと…苦手です……」

 女性に襲われそうになっているリズウェンを助けたことは何度かあるが、俺もそのまま襲われそうになったので、人のことをとやかく言えない。

 視線を落とすリズウェンに、無理やり薬を飲ませるのも酷な気がしてくる。辛そうなリズウェンと解毒薬をみつめていると、

「だから、ベルが…口に含んだ薬であれば…飲み込む……ことができる…かも…しれません」

 と、真面目な顔を紅潮させながら言ってきた。酔いが回っているのだろうが、そこまで言われては拒否できるはずもなく頷く。

「わかった」

 ──毒味役か。それでいいならリズウェンも飲むってことだよな。ん?

 つまりはリズウェンの口に俺の口をつけるということで。

 俺の口から薬を流し込んだら、リズウェンがその薬を飲み込むってことで……。

 ボンッと音がしそうなほど顔が熱くなった。

 恋人みたいだとか、そんなことをリズウェンにしてしまっていいのだろうかとか、やましい気持ちももちろんある。

 けれど、それだけじゃなくて、

 ──俺はリズウェンに信用されている。

 と、いうことだ。

 嬉しくて嬉しくて、死にそうになる。

 貴族と平民だとか、高嶺の花だとか、リズウェンの気持ちだとか、たくさん考えなきゃいけない事はある。

 短い時間に会話ができるようになって、触れる事ができるようになって、笑顔で笑いかけてくれて。

 リズウェンに勇気をもらって、どんどん好きになって、際限なく好きが溢れてしまう。

 リズウェンから、空になったカップをもらい、サイドテーブルに用意していた水差しから水を注ぐ。

 だけど。

 ──薬を流し込んだあとは?

 そんなことをしたら止められないかもしれない。

 そこで信用を失うのは嫌なのに、リズウェンに対する重過ぎるほどの欲が含まれていることを自分自身が一番よくわかっている。

「リズ、口を開けて」

 それでも、リズウェンの望みは俺の望みだ。

 その想いを盾にする訳ではなくて、俺が欲望に支配されないよう耐え抜けばいい。

 薬を含むとじわりと苦さが口に広がる。そこに水を流し入れリズウェンの薄く開かれた唇に口づける。

「んっ」

 リズウェンのなんとも言えない鼻から抜ける艶のある声にドキリとする。

 少しづつ流し込むが、苦いのか舌で押し戻そうとしてくる。

 それを窘めるように優しく舌で舌の根をなでる。

 口の中で水が温くなり、甘さが混じりだす。

 生理的な涙がリズウェンの瞳を潤ませる。

 口の中の薬がお互いの口内を行き来し、少しづつリズウェンの喉奥に流し込まれていく。

「んんっ」

 その間に舌を絡めれば、苦そうな表情に甘さが加わる。

 頑張って薬を飲み込むリズウェンは健気で、可愛くて、艶っぽくて、俺の箍を無理やりはずさせようとしてくる。

「リズ、リズ、もう薬はないよ」

 舌を吸って薬がないことを知らせる。眠そうにしているリズウェンはぼんやりと俺を見ている。

「はふっ……えぇ」

 リズウェンの口の端から零れた雫を指で拭き取ったが、服にまで零れていたらしい。

 着替えは俺のシャツを用意して渡した。

 何とか耐えた。耐え抜いた。

 ホッとする。

 股関がなんだか違和感があるが、とりあえずはリズウェンの着替えが済んだらベッドに押し込もう。

 水のカップを片付けながら、明日の朝は魔物討伐のために遠征で夜明け前に集合だ。

 だから、ソファーで仮眠して出かければいい。

 リズウェンにはしばらく会えないが、この甘い気持ちを持って行けるのかと思うと嬉しくて仮眠もできるかわからない。

 もしかしたらそれは、人助け的な意味合いで、今後何も無いのかもしれない。

 だけれど、リズウェンに信用されていることは、とても誇らしい気持ちにさせてくれる。

 家の防衛機能にリズウェンを登録し、施錠と解錠を可能にする。俺がいなかったら家から出ることもできないからだ。

 もともとリズウェンが来ることなど想定していなかったから、本人を登録できたことに歓びが湧き上がり心が躍る。

 ──はぁ、リズのあの顔は反則的に可愛いかった。

 よく耐えたと本気で思う。

 登録も終え、リビングに戻るとリズウェンが裸の上に俺のシャツを着ようと奮闘していたらしい。

 らしいというのは、ボタンをかけるのを道半ばで諦めソファーに突っ伏している姿だからだ。

  際どいところが見えそうで見えない、この生殺し感。そこでようやく俺の股間がおかしいことに気づいた。

 一部が石化していた。

 ──なるほど、だから違和感が……。

 俺は本当に貴方に信用されているんでしょうか?
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