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……犬でしょ??

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「クラウ師団長。なんですか? その荷物を背負った大きな犬は」

 ジルベルトが開口一番に問う。

「フェンリルだぞ。自分の服を背負っているだけだ」

 彼は人間に戻ることなく犬の姿のままだ。

 ちなみに、犬ではなく、フェンリルという種族だという。獣人なのか幻獣なのかわからない。

「何言ってんですか。犬は服なんて着ないでしょう? 家出してきたような情けない格好になっちゃってますねぇ。普通フェンリルって、孤高の生き物ですよね? 金の眼に銀色の被毛を持ち、幻獣に準じるような不思議生物らしいです。そこらへんにいるはずないでしょ? なんでその犬をそんな大層な生き物だと思っているんだか知りませんけど、勝手に生き物を拾ってきちゃダメですよ」

 野営地に戻った俺はすぐにジルベルトに諭されていた。フェンリルだと信じてくれない。

「犬じゃなくて、既に第七師団の新人で登録されているんだ。名前はリル」

 リルという名前だと聞いた。俺は毛玉と呼んでいたから誰かに名前をつけてもらったのだろう。

 情けないことにリルが今まで何をしていたのかもわからない。

「え? うちの隊員?! ……人型になれるフェンリル?? ……目も毛並みも真っ黒ですけど?」

「俺のせいで黒くなった……と思う」

「それで、その新人だという犬を飼うおつもりなんですか?」

 その言葉を聞いたリルは喜びを押さえずにわふわふ言いながら、俺の周りをグルグルと落ち着きなく歩く。話す気は無いらしい。

 その動きを目で追うジルベルトは、顎を擦りながら思案顔だ。

 ──犬を飼う……か。

 木々に囲まれた白い家。庭には花が咲き、そこに俺の麗しの花リズウェンと犬が待っている。──なんて癒される光景なんだ。

 ただ、リルは人間になれるし俺を襲ってきそうだから、さすがにないなと思う。儚い夢だった。

「いや、こいつの飼い主はそこにいるラズロ・ハーバーだ」

 空気となって後ろに控えていたハーバーは俺の背後からひょっこりと姿を現し敬礼をする。

「第七師団、第五中隊所属の工兵ラズロ・ハーバーであります。新人のお見苦しいところをお見せし大変申し訳ありません。今一度気を引き締め、教育に当たる所存です」

 少し驚いた顔をしたジルベルトは、ハーバーを見ながら溜め息をついた。当のハーバーはニコニコと笑顔をジルベルトに向けている。

「……教育って。むしろこの人たち本当にうちの隊員なんですか?」

 ジルベルトは疑うような目でリルとハーバーを見比べている。

「人型のリルはともかく、ハーバーは見たことがある。雰囲気は以前と違うが……。それにリルの入隊書の確認はしたと思うんだ」


 獣人が悪いとは思わないが記載があれば、はずしていた。

 以前、獣人の国の斥候がアンシェント王国の一部を情報操作しようとして捕えられるという事態があった。だから、警戒をしているのだ。

 そこに声を上げる者がいた。

「彼の入隊書は私が記載しました。獣人が登録をしてはいけないという規定はなかったと思います。入隊書にも小さくて見えないかもしれませんが獣人という記載はしてあります」

 サラッとハーバーが答える。

 規定に記載はないが、実質獣人の新人は取らないことになっている。暗黙の了解というやつだ。

「さ、詐欺ですよ! わからないように記載するなんて新手の詐欺グループですよ! ……騙されてます! 僕たち騙されていたんですよ! でも、隙のあったクラウ師団長もどうかと思います!」

 ──なんと言う濡れ衣だ! 一緒に入隊書を確認した仲だというのに!

 最近幸せなことばかり続いていたから気が緩んでいるのかもしれない。

「二人は第七師団の隊員でもあり現在任務中だ。特別扱いをするつもりはないが、遂行に支障をきたすようであれば改めて処遇を考える。このまま遠征に連れていくつもりでいるが、依存はないか?」

 リルの存在を忘れていたわけではないが、そばに居ることにも気づいてやれずにいた。申し訳ないやら情けないやらで、気持ち的にもぐちゃぐちゃだ。

 リルが俺の命の恩人であることは確かなのだ。

 俺を探すリルの手伝いをして入隊書まで準備してくれた飼い主のハーバーには、感謝をしている。

 しかし、俺を慕って師団にまで入隊してきたのは会いたいという気持ちだけだったのだろうか?

 城下町で出会えば済むことだったのではないかと思うのだ。だから、何かしら俺の中で引っかかるものがある。

 だからと言って、今辞めさせて放り出すような恩知らずなことはしたくない。

「うっ、ぇー、えぇ。クラウ師団長が良しとするなら、それで構いません。ただ、仕事以外のところでは色々と関わってきますよね。かなり面倒な部類の方々ですよ? 僕の仕事が増えないか心配になっちゃう……。いえ、こちらの話です。どう言った事情の恩人なのか聞きたいところではあるのですが、さすがにプライベートな事柄なので我慢します」

 不本意だと言わんばかりの態度だが、否定はされなかったので良かった。人の気持ちに踏み込まず配慮ができるところも好感が持てる。さすがはデキる男ジルベルト。

 そこに空気を読まない男がひとり。髪の毛ふわふわのハーバーだ。

「知りたいですよね? 知りたいですよね! それでは、僭越ながら私からご説明致します。こちらにいらっしゃるクラウ師団長とその昔、心を通わせたバカ犬との感動の再会を先ほど果たされまして、私はその橋渡し役という所でしょうか? 語るも涙、聞くも涙の美しくも残酷な日々のお話……は伺っておりませんが、そこは想像で補完させて頂きました。ですので、今しばらく絆の再確認はいかがかと……!」

 ──勝手に情報漏洩しやがった! 興奮しているのかキャラもなんか違うし?! しかも、俺が言っていたこと以上に詳しい! というか、二人きりにしないで?! リルの信用度はマイナスからのスタートなんだ! 襲ってきたらどうしていいのかわからないっ! 属性が闇の絶影はリルには無効化されて効かないんだからなっ?!

 俺の怯えた心を読んだように、ハーバーが頷く。

「大丈夫です。お二人になんてさせません。私もその美しい感動の再会に空気となって傍らにおります。何十年も経つのにクラウ師団長を慕う気持ちが薄れることも無く、このバカ犬は探し求めておりました。絆という目に見えない形をどのようにして作り上げたのか私は知りたいのです」

 優しげな風貌の男は穏やかな表情をして言い切った。

 ──綺麗にまとめているが、それを人は出歯亀というんだぞ? 過去を覗こうとする変態なんだ。わかって言っているのか? しかも、バカ犬って呼んでいるが俺の命の恩人なので、もう少し敬意を持って呼んでくれてもいいと思うんだがな?

「では、僕も」

 ──ジルベルト、お前もか!

 結局誰も欠けることなく昔話に立ち会うことになり、食事当番の隊員が作った夕食を師団長用の大きなテント内で取りながら話すこととなった。
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