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リズウェンには頭が上がらない
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テントに近づく気配がしたかと思うと外から声をかけられる。
「そろそろ明日に備えたいんですけど、お話は終わりましたかー?」
第七師団の副師団長ジルベルトの声だ。
「あぁ、済んだ」
リルが天幕の隙間から覗いたかと思えば、
「ああああああああぁぁぁっ!」
リルの上げた大声に俺はビクッと身体が反応し、座っていた折りたたみ椅子からルスト共々少しだけ浮いた。
「煩い、バカ犬」
ルストが視線だけをリルに向けて顔をしかめた。
「なんで?! ルストに戻っているの?! なんで抱っこなんて羨ましいことされてんの?! バレたら追い出されちゃうんでしょ!? ヤダヤダヤダ! ベルと離れるのなんてヤダ! 我慢はいっぱいしたでしょ! ずっと、ずっと、してたでしょ! それなのに、それなのにっ、うっ、うわーんっ!」
大きな図体をして、崩れ落ちるように泣くリルに、ルストを膝から下ろし慌てて駆け寄る。
「リル、リル、落ち着けっ! 大丈夫だ! 俺がリルを引き取る事になったんだ」
「ぐすっ、本当に? ベルと一緒にいられるの?」
見た目とチグハグな言動で、ぐずぐずと鼻を鳴らすリルに取り出したハンカチを鼻に押し当てる。
ハンカチを押し当てられ嬉しそうな表情をするリルに俺は微笑ましい気持ちになった。
「バカ犬はお留守番ですよ。掃除でもして綺麗に保つよう精進なさい。そうしたら、いつかクラウ師団長が迎えに来ますよ」
仁王立ちをして胸の前で腕を組むルストはまるで女王様のようだ。
「わかった!」
素直に頷くリルに俺が言うよりも早く、ジルベルトが鋭く話に切り込んできた。
「リル、真に受けてはいけません! 遠征中なんだから、明日は別の場所にいるんですよ! 貴方ルスト・ケルマですよね。あちらこちらで情報収集や暗殺稼業をしていると、それはもう有名です。クラウ師団長やリルを丸め込んでも僕は騙されませんよ!」
チャラ男だがデキる男なので頑張ってルストに騙すようなことはいけないと一言、言って欲しい。
「とかなんとか言ってぇ、クラウ師団長を信じているんですよねぇ? 大好きですもんねぇ? しかも第七師団のジルベルト・ブルーム副師団長様は兼任で第六……」
「わー! わー! わー! なんてこと言っちゃってんですかね?! この人はっ! 他人の家の内部に干渉してぶっちゃけるのやめてくださいよっ! とーっても迷惑ですぅーー! この人、適当なこと言って、本当に怖いんですけどっ!?」
ルストの方が言葉巧みだったようだ。
「すまんな。俺が好きなのはリズウェンなんだ。ジルベルトの気持ちは嬉しいが、受けることはできない。ところで、俺にも内緒にしていることがあるのか……?」
「なに真面目に受け取っているんですか?! しかも、なんで僕が恋愛的な意味合いでクラウ師団長に振られなきゃいけないんですかねっ?! そもそもそんな気持ちはこれっぽっちもありませんからっ! あと、秘密の一つや二つあって当然なんですよ? クラウ師団長だって、毎日、何回自慰したかなんてこと申告しますか、しないでしょ?」
「……しない」
言っている例えが卑猥な気もするが仲間内だからこそなのだろう。
「ほらほら、私はクラウ師団長に抱っこされるので忙しいんですよ。そのまま一緒に寝るので邪魔しないでくださいな」
「ずるい! ルストひどい! 僕もベルと一緒に寝るからっ!」
「定員オーバーですね。仕方がないからそこの地面で寝るならここに居るのを許して差し上げます」
「わかった!」
「……クラウ師団長、僕疲れたので隣のテントで休みますね。くれぐれもバロル師団長に顔向けできないことはしないでくださいよ。信じてますからね」
とぼとぼと疲れた顔をしてジルベルトはテントから出ていった。
混沌とした雰囲気に俺はため息をつきたくなる。
「このテントは作戦会議室を兼ねた俺の寝る場所なんだ。リルもルストも、任務中は特別扱いはしないと言っただろう? さっさと自分たちのテントに戻れ」
足下の地面に寝ようとしていたリルと、ハーバー改め、ルストに告げる。
「それに俺はリズウェンが好きなんだ」
左手の薬指に嵌った黒い指輪を見せながら二人に伝えた。
「貴方を見ていましたから存じておりますとも。その指輪、私も欲しかったです……」
ほぅ、とため息をつきながらルストはうっとりと指輪を見つめる。
「ベルが誰を好きでも僕はベルが好きっ!」
「リル……俺もリルが可愛いっ! いい子は早く寝るんだぞ?」
「わかった!」
頷いていると、そこにスッと手紙が舞い降りてきた。
目の前に浮かぶ手紙を受け取り開けば美しい文字で、
『この家でひとり、どう過ごせと?』
という一文だった。
「リズからだ……」
嬉しさに涙が出そうだった。
離れたばかりだというのに、ひと月くらい離れているような気持ちになる。
リズウェンもひとりでは、何をしていいかわからないという寂しい気持ちを表現した一文なのだろう。
一刻も早く帰りたいが遠征は始まったばかりだ。
リルとルストがシンプルな手紙を覗き込んでいた。
「ベルのお家にいるの?」
「そうだ。俺の帰りを待ってくれている」
そう思うだけで、心がほっこりと安らいだ気持ちになる。リズウェンパワーだろうか。
「クラウ師団長。ずっと貴方を見ていて思ったのですけどね。置き去りにされた家で日々誰もいない場所に戻るって相当ですよ。好きでもなければ、留守を預かるなんて面倒なことはしないと思うんですよ」
「それは、リズが俺のことを好きという証明になるということか!?」
「そう思いたいお気持ちはわかります。ですが、現実を見たほうがいいと思うんです。バロル師団長は、クラウ師団長をぶん殴るために、あえて家で待っているとしか思えないんですよねぇ」
ハーバーに化けながら不吉なことをルストは言った。
そんなバイオレンスな出来ごとが待ち受けているなんて嫌だ。そんなことが起きる前にリズウェンの誤解を解きたい。
──そうだ! 手紙の返事を書かねば!
ゴソゴソと詰め込んできた袋を開けて紙と羽根ペンとインクを取り出す。
隣ではルストが再びハーバーに変装をしているのを見て、ふと思った。
「ちなみに、ラズロ・ハーバー本人はどこへ行ったんだ?」
「私も彼には二年前からいろいろとお世話になっていたので、緩やかな病死にでもと思ったんですがね。毒になれているというか、やたら元気なので半年前に田舎へ退場してもらいました」
そう言ってルストはさっさとテントから出て行き、リルは何度も振り返りながら出ていった。
貴族と違って毒に慣れている一般兵なんてそもそもいない。俺だって伯爵家で初めて身体を毒に慣らすということを知ったのだ。
リルの面倒を見ていた人物だし、ラズロ・ハーバーも得体の知れない危険人物なのかもしれない。──本当に田舎に退場なんてしたのか?
ふわふわで優しそうだからと言って、見た目で人を判断してはいけないという教訓かもしれない。リルを見ているとよくわかる。
それに、ちゃんとリルに教えれば俺を襲うことも無くなるはずだ。欲求は訓練など肉体を酷使することで発散してもらおう。
気を取り直して、簡易テーブルに置かれた手紙へと向き直る。紺のインクにペン先をつけ、インクを吸ったところで紙に文字を書いていく。
思いのほか気持ちを言葉にして書いていくことができた。
リズウェンを想いつつ書いていたら、枚数は数十枚になってしまったが後悔はしていない。
きっと想いは伝わると信じて、隣のテントで熟睡をしていたジルベルトを無理やり起こし、手紙を飛ばしてもらった。
朝起きたらアソコが引き攣れることもなく元に戻っていた。石化が解けたらしい。
薬を服用していたからか、やる気のない相棒を朝から見てしまい切なくなった。
しかし、リズウェンに俺の想いが充分に伝わったのだと思えばやはり嬉しい。
数十枚に及ぶ謝罪文を書いて本当に良かったと思う。
「そろそろ明日に備えたいんですけど、お話は終わりましたかー?」
第七師団の副師団長ジルベルトの声だ。
「あぁ、済んだ」
リルが天幕の隙間から覗いたかと思えば、
「ああああああああぁぁぁっ!」
リルの上げた大声に俺はビクッと身体が反応し、座っていた折りたたみ椅子からルスト共々少しだけ浮いた。
「煩い、バカ犬」
ルストが視線だけをリルに向けて顔をしかめた。
「なんで?! ルストに戻っているの?! なんで抱っこなんて羨ましいことされてんの?! バレたら追い出されちゃうんでしょ!? ヤダヤダヤダ! ベルと離れるのなんてヤダ! 我慢はいっぱいしたでしょ! ずっと、ずっと、してたでしょ! それなのに、それなのにっ、うっ、うわーんっ!」
大きな図体をして、崩れ落ちるように泣くリルに、ルストを膝から下ろし慌てて駆け寄る。
「リル、リル、落ち着けっ! 大丈夫だ! 俺がリルを引き取る事になったんだ」
「ぐすっ、本当に? ベルと一緒にいられるの?」
見た目とチグハグな言動で、ぐずぐずと鼻を鳴らすリルに取り出したハンカチを鼻に押し当てる。
ハンカチを押し当てられ嬉しそうな表情をするリルに俺は微笑ましい気持ちになった。
「バカ犬はお留守番ですよ。掃除でもして綺麗に保つよう精進なさい。そうしたら、いつかクラウ師団長が迎えに来ますよ」
仁王立ちをして胸の前で腕を組むルストはまるで女王様のようだ。
「わかった!」
素直に頷くリルに俺が言うよりも早く、ジルベルトが鋭く話に切り込んできた。
「リル、真に受けてはいけません! 遠征中なんだから、明日は別の場所にいるんですよ! 貴方ルスト・ケルマですよね。あちらこちらで情報収集や暗殺稼業をしていると、それはもう有名です。クラウ師団長やリルを丸め込んでも僕は騙されませんよ!」
チャラ男だがデキる男なので頑張ってルストに騙すようなことはいけないと一言、言って欲しい。
「とかなんとか言ってぇ、クラウ師団長を信じているんですよねぇ? 大好きですもんねぇ? しかも第七師団のジルベルト・ブルーム副師団長様は兼任で第六……」
「わー! わー! わー! なんてこと言っちゃってんですかね?! この人はっ! 他人の家の内部に干渉してぶっちゃけるのやめてくださいよっ! とーっても迷惑ですぅーー! この人、適当なこと言って、本当に怖いんですけどっ!?」
ルストの方が言葉巧みだったようだ。
「すまんな。俺が好きなのはリズウェンなんだ。ジルベルトの気持ちは嬉しいが、受けることはできない。ところで、俺にも内緒にしていることがあるのか……?」
「なに真面目に受け取っているんですか?! しかも、なんで僕が恋愛的な意味合いでクラウ師団長に振られなきゃいけないんですかねっ?! そもそもそんな気持ちはこれっぽっちもありませんからっ! あと、秘密の一つや二つあって当然なんですよ? クラウ師団長だって、毎日、何回自慰したかなんてこと申告しますか、しないでしょ?」
「……しない」
言っている例えが卑猥な気もするが仲間内だからこそなのだろう。
「ほらほら、私はクラウ師団長に抱っこされるので忙しいんですよ。そのまま一緒に寝るので邪魔しないでくださいな」
「ずるい! ルストひどい! 僕もベルと一緒に寝るからっ!」
「定員オーバーですね。仕方がないからそこの地面で寝るならここに居るのを許して差し上げます」
「わかった!」
「……クラウ師団長、僕疲れたので隣のテントで休みますね。くれぐれもバロル師団長に顔向けできないことはしないでくださいよ。信じてますからね」
とぼとぼと疲れた顔をしてジルベルトはテントから出ていった。
混沌とした雰囲気に俺はため息をつきたくなる。
「このテントは作戦会議室を兼ねた俺の寝る場所なんだ。リルもルストも、任務中は特別扱いはしないと言っただろう? さっさと自分たちのテントに戻れ」
足下の地面に寝ようとしていたリルと、ハーバー改め、ルストに告げる。
「それに俺はリズウェンが好きなんだ」
左手の薬指に嵌った黒い指輪を見せながら二人に伝えた。
「貴方を見ていましたから存じておりますとも。その指輪、私も欲しかったです……」
ほぅ、とため息をつきながらルストはうっとりと指輪を見つめる。
「ベルが誰を好きでも僕はベルが好きっ!」
「リル……俺もリルが可愛いっ! いい子は早く寝るんだぞ?」
「わかった!」
頷いていると、そこにスッと手紙が舞い降りてきた。
目の前に浮かぶ手紙を受け取り開けば美しい文字で、
『この家でひとり、どう過ごせと?』
という一文だった。
「リズからだ……」
嬉しさに涙が出そうだった。
離れたばかりだというのに、ひと月くらい離れているような気持ちになる。
リズウェンもひとりでは、何をしていいかわからないという寂しい気持ちを表現した一文なのだろう。
一刻も早く帰りたいが遠征は始まったばかりだ。
リルとルストがシンプルな手紙を覗き込んでいた。
「ベルのお家にいるの?」
「そうだ。俺の帰りを待ってくれている」
そう思うだけで、心がほっこりと安らいだ気持ちになる。リズウェンパワーだろうか。
「クラウ師団長。ずっと貴方を見ていて思ったのですけどね。置き去りにされた家で日々誰もいない場所に戻るって相当ですよ。好きでもなければ、留守を預かるなんて面倒なことはしないと思うんですよ」
「それは、リズが俺のことを好きという証明になるということか!?」
「そう思いたいお気持ちはわかります。ですが、現実を見たほうがいいと思うんです。バロル師団長は、クラウ師団長をぶん殴るために、あえて家で待っているとしか思えないんですよねぇ」
ハーバーに化けながら不吉なことをルストは言った。
そんなバイオレンスな出来ごとが待ち受けているなんて嫌だ。そんなことが起きる前にリズウェンの誤解を解きたい。
──そうだ! 手紙の返事を書かねば!
ゴソゴソと詰め込んできた袋を開けて紙と羽根ペンとインクを取り出す。
隣ではルストが再びハーバーに変装をしているのを見て、ふと思った。
「ちなみに、ラズロ・ハーバー本人はどこへ行ったんだ?」
「私も彼には二年前からいろいろとお世話になっていたので、緩やかな病死にでもと思ったんですがね。毒になれているというか、やたら元気なので半年前に田舎へ退場してもらいました」
そう言ってルストはさっさとテントから出て行き、リルは何度も振り返りながら出ていった。
貴族と違って毒に慣れている一般兵なんてそもそもいない。俺だって伯爵家で初めて身体を毒に慣らすということを知ったのだ。
リルの面倒を見ていた人物だし、ラズロ・ハーバーも得体の知れない危険人物なのかもしれない。──本当に田舎に退場なんてしたのか?
ふわふわで優しそうだからと言って、見た目で人を判断してはいけないという教訓かもしれない。リルを見ているとよくわかる。
それに、ちゃんとリルに教えれば俺を襲うことも無くなるはずだ。欲求は訓練など肉体を酷使することで発散してもらおう。
気を取り直して、簡易テーブルに置かれた手紙へと向き直る。紺のインクにペン先をつけ、インクを吸ったところで紙に文字を書いていく。
思いのほか気持ちを言葉にして書いていくことができた。
リズウェンを想いつつ書いていたら、枚数は数十枚になってしまったが後悔はしていない。
きっと想いは伝わると信じて、隣のテントで熟睡をしていたジルベルトを無理やり起こし、手紙を飛ばしてもらった。
朝起きたらアソコが引き攣れることもなく元に戻っていた。石化が解けたらしい。
薬を服用していたからか、やる気のない相棒を朝から見てしまい切なくなった。
しかし、リズウェンに俺の想いが充分に伝わったのだと思えばやはり嬉しい。
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