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回想(5):リズウェンside
しおりを挟むここは第七師団の南棟のはずで、数歩進んだ先で拉致されるというのはどういう事なのか。
叔父の職場でこんな状況になり情けなくなった。
「ふぅーん、叔父ねぇ、師団長に媚び売って股開いている綺麗どころだろ? 身内なら知っているんだろうけどな。アンタも綺麗なんじゃないか? 顔を見せてみろよ」
フードを乱雑に捲り上げられ、視界が広がった。見たくもないやさぐれた男の顔までが見える。こんな輩に叔父を馬鹿にされる覚えはない。
両手を拘束され集中できない状況では魔術も行使できず、悔しさに唇を噛み締める。
それに、こんな下品な男を第七師団に入れるなど人選を間違えているとしか思えない。
「イイねぇ。お綺麗な顔の怯えた表情はそそる」
両腕をまとめて拘束されたままローブの前開きのボタンをひとつひとつはずされる。ニヤニヤと笑う男に吐き気がした。
衣服をはいで何をするつもりなのか検討もつかない。身体を切り刻むような殺人犯なのだろうか。
顔にかかる生温い息を感じて気持ちの悪さに震えが走る。
そこにコンコンとドアを叩く音が聞こえた。
男もそれに合わせてボタンをはずす手が止まり、その手で口を押さえられる。男の意識がドアへと向けられる。
静寂が室内に広がる。
再びドアを叩く音がしたかと思えば、反対側にある窓が割れて何者かが入ってきた。
ドアに気を取られていた男は反対側から現れた人物に反応ができず、あっという間に自分の上から姿を消す。
男の身体が吹き飛び、ズドンと派手な音をさせて壁に穴を開けた。パラパラと壁の破片が気絶した男の上にかかる。
そこに居たのは数分前に別れた叔父だった。
伸びた男を冷ややかに見下ろす叔父は、いつもの阿呆な男には見えない。
叔父の恐ろしいまでの強さに気取られ、隊服を頭にすっぽりと被せられるまで隣に誰かがいることに気づかなかった。
「怖かったねぇ、ぐす……」
は?
メソメソと男は泣いているようだった。しかもどこかで聞いたことがある声だ。
襲った男を怖がっているのか、窓から入ってきた叔父を怖がっているのか、それとも、そのどちらでもあるのか。
「甥っ子のリジーに手を出そうなんて、死ぬよね。死ぬしかないよね。ねぇ、どう思う?」
気絶している男を叔父が足蹴にしている。
「瞬殺するのはやめましょう! 殺したら裁くこともできません。裁かなくても死ぬよりも酷い目に合わせましょうよっ、ぐすっ」
恐ろしいことを泣きながら言う男の声に覚えがある。
あの畑に案内をしてくれたヘタレの青年だ。
襲われた自分よりも先に泣くとは、やはりヘタレだと思う。
しかし、自分の為に泣いてくれるのはなんともむず痒い。
ぐずぐずと鼻を鳴らす青年を泣き止ますにはどうしたら良いのかという気持ちになる。
ベッドに腰を掛けて叔父と話している青年を慰めようとしがみつく。
「ううっ、こ、怖かったんだよねっ」
青年の身体に腕を回すとギュッと抱きしめ返された。頭からすっぽりと隊服が被されているので顔は見えないが、やはりあのヘタレの青年である事は間違いない。
青年が自分よりもガタガタと震えているので、しっかりしなければという気持ちが強くなり、少しづつ落ち着きが戻ってくる。
人のことなのに、泣いてしまうような優しい青年のことが気になった。
むしろ年上の青年が可哀そうで可愛いく思える。不思議な気持ちだ。
青年の背中をポンポンと撫でるとほぅっと、青年はため息をもらす。
震えも収まり、頭に擦り寄ってくる行動はやはり可愛らしい。
「なんで、リジーになぐさめられてるの? 反対でしょ?! しかも、まだ泣いてるしっ!」
叔父が傍まで来たようで叫ぶ声が聞こえる。
「だ、だって、普通は泣き叫びますよね?! あんな変態に恐ろしいことされて、それにこんなに小さいのに、がっ、我慢するなんてっ、うっ、ぐすっ」
ポタポタと被せられた隊服に雫の落ちる音がする。その雫の音がする度、胸に沁みてキュンとする。
この青年を守って甘やかしたい。
心の中が塗り替えられるように、色づいていく。
しかし、こんな弱い自分では彼を守ることすらできない。こんな細い腕では剣も振れないし、甘やかすことなど到底無理な話だ。
この青年を手に入れるためには、どうしたらいいのか、青年にしがみつきながら最善を考える。
「リジー、ごめんね。送ってあげればよかった」
青年から離れたくはなかったが、叔父も泣きそうな声をしているため、断腸の思いで彼の身体に回していた腕を離す。
「いえ、断ったのは私です。しかし、こんなに第七師団が落ちぶれているとは思いもよらず油断しました」
「ぐっ、なにも反論できないっ! クーちゃん、ラズと一緒に悪者は一掃しようねっ! とりあえず、リジーを返してっ!」
「悪者一掃の件は承知致しました。ですが、なんか離れがたくて……子どもの体温が高いからかな??」
青年からしてみれば私など子どもの範囲なのだろう。少しムッとした。
「ダメダメダメ! こんな可愛い甥っ子を第七師団の狼に手を出されちゃうなんて、本当に死にたくなる! ダメだからっ! クーちゃんが、師団長レベルにならないと考えてもやらないんだからっ!」
「それはちょっと……。師団長を倒せる気がしない……」
怯むような声に、ヘタレめと詰りたくなる。それなら私が迎えに行くしかない。
「んふふふ、ラズは強くて可愛いくて、もう本当にぜーんぶ食べちゃうくらいだからね」
「……そういう生々しい話はやめてください。リジーくんにも俺にもいやらしい話の免疫はないんです! な、ないよね?!」
「ありません」
「ほらっ!」
「ほら、じゃないでしょー、早くリジーを返しなさいよ」
「リジーくんの叔父さんはアホみたいに強いけど、リジーくんは無理しなくていいんだからね」
「私なりに頑張ろうと思います。貴方も死なないでくださいね。応援していますから」
「リジーくんっ!」
再び二人で抱擁する。叔父によって強引に引き離され邸まで送ってもらった。
青年の顔は結局わからずじまいで、知っているのはクーちゃんという愛称のみ。叔父に聞いてもいいが、なんとなく自分で見つけたい。
頭から被っていた青年の隊服は後日叔父の手によって返却された。
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