23 / 30
6章 花子さんのいるトイレ
秘密の情報網
しおりを挟む
花子さんについては浅場先輩がまとめている怪異ファイル(と呼んでいるらしい)にも記録されていたけれど、あまり情報がなくてページに余白が目立っていた。前にも言ったとおり花子さんには「女の子の声がする」程度の噂しかなく、害もほとんどなかったので情報収集の必要性が低いと考えられていたのだろう。
「でもでも、最近の花子さんって過激派なんでしょ?」
そう、野々宮先輩の言う通りだ。とうとう人さらいまで始めてしまったわけだし。
「確かに学校で長い間語り継がれている怪異ではありますけど、証拠が残るような形での嫌がらせや直接被害に遭ったという話はつい最近ですね」
「何かきっかけがあった、ということかしら」
鈴原先輩は納得したように頷いている。相変わらず取り澄ました様子だけど、やっぱり真剣に話に乗ってくれていた。
「その可能性が高いかと」
「ふーん、じゃあここ最近女子トイレで変わったことがなかったか調べればいいのかな?」
野々宮先輩も、彼女なりに何かこの件に貢献できないか考えているようだった。確かに顔が広い彼女なら浅場先輩の目に留まらないような――直接怪異とは関係なくても何か繋がりがありそうな噂――を捕まえられるかもしれない。
「とりあえず、外に出て話を聞いてみまーす!」
言うが早いか野々宮先輩は席を立った。そのまま真っ直ぐ出入口に向かう。彼女を一人で行かせて大丈夫だろうか? 何せ放課後は“あいつら”の時間だ。思わず僕も腰を浮かせて野々宮先輩の背中を追いかけた。けれど廊下に出た僕を呼び止める人がいた。
「保科」
神木先輩だった。彼も野々宮先輩が心配になってついてきてくれたんだろうか。僕が振り返ると神木先輩は言いにくそうに言葉を濁した。
「その、さっきは助かった」
何のことだろう? 僕がきょとんとしていると神木先輩は頭を掻きながら言った。
「除霊っていうのは、強制的にその場所から霊を追い払うってことだ。そこに未練や無念があろうが関係ねぇ。霊の意志とは無関係にあの世へ送っちまう」
つまり霊からすれば、除霊はかなり乱暴な手段ということだ。無念を晴らす機会を無理やり奪われてしまうのだから。
「この間の蛇神みたいに、人を騙る目的でしゃしゃってくる動物霊はともかくな。花子ってやつも昔は人間だったはずだ」
……出来れば神木先輩も穏便な手段を取りたいということだろう。
「いいえ、むしろ僕の方が感謝しています。新人があんな大口を叩いたのにみなさん協力してくれてるんですから」
気をつけろよ。神木先輩のその言葉を背負って、僕は小走りに野々宮先輩の後を追った。けれど放課後の学校というのは情報を集めるのに向いていない。半分くらいの生徒は帰ってしまうし、まだ学校にいる生徒は部活に精を出している。文科系の部活はまだしも練習や試合をしている運動部には顔を出しづらい。
結局、生徒への聞き込みはそれほど実りがなかったけれど野々宮先輩は飄々としていた。「じゃあ、次行こっか」なんて明るく言う。けれど次の宛なんてあるんだろうか。すたすたと歩き始める先輩の後ろへついていくと、彼女は一階のとある部屋の前で立ち止まった。そしてキレイなL字ターンをする。僕が顔を上げるとドアの上には「用務員室」という札が下がっていた。
「佐々木のおじさーん、いるー?」
コンコンとドアをノックしながら控えめに呼びかける。ドアの向こうでバタバタと人の近づいてくる音がした。ガララと開けられたドアの向こうにいたのは白髪混じりの男性だった。六十歳ぐらいだろうか? けれど七十歳と言われればそう見えるし、五十歳と言われればそうとも思える。
佐々木のおじさんは笑って僕たちを招き入れてくれた。突然やってきたのにも関わらずお茶まで淹れてくれた。用務員室は結構広く、八畳くらいの部屋にテーブルとテレビがあって、その隣には小さな流しのついた台所があった。ここに住んでるんだろうか? 佐々木のおじさん――という用務員さん――が戸棚からお菓子を取り出そうとしている間、野々宮先輩は僕に耳打ちしてくれた。
「佐々木のおじさんはね、用務員さんなの。おじさんのお父さんもここの用務員をやってたんだって。だからこの学校の昔のことも結構詳しいんだよ」
佐々木のおじさんが出してくれたせんべいをかじりながら、先輩は本題を切り出した。
「あのさ、花子さんの噂って知ってる?」
ああ、と言いながら佐々木のおじさんはゆっくり頷いた。そう年というほどの年でもないだろうに動作が緩慢としていて喋り口ものんびりしている。けれどずっとにこにこしているから、見ていて和む思いのする人だった。
「そうねぇ。そう言って僕に『トイレを見てきてくれ』っていう生徒たちもいたねぇ。でもね、僕も親父もレイカンって奴がなかったのかなぁ。一度も花子さんを見たことはなかったんだけどね」
浅場先輩の調べ通り、花子さんの噂はかなり昔からあったらしい。佐々木のおじさんさんの口ぶりからすると、昔は噂程度の存在だったのは間違いないようだ。そして、彼はとても興味深い話をしてくれた。
「花子さんっていうのは君たちくらいの子どもの霊なんでしょう? かわいそうにねぇ。昔はこの辺りも水難が多くて柱を立てたりしたらしいけど、やっぱり子どもが亡くなるのは嫌なもんだね」
「柱を立てる?」
僕が疑問に思ったことを先輩が口にしてくれた。うんうん、と佐々木のおじさんは頷きながら
「人柱っていってね。城や橋を建てる時に生贄を差し出すんだ。そうすることで工事が無事に終わり、建物が災害で壊れたりしないと考えられたんだよ。昔もこの辺りは川が増水したりして大変だったんだね。そういうこともあったみたいだよ」
「人柱……」
野々宮先輩がつぶやくと、佐々木のおじさんはとても気の毒そうに眉をハの字にした。
「人柱になるのは平民だけど特に女の子が多かったみたいね。美しく年ごろの娘の方がいいとされていて……。恐ろしいことだねぇ。だからよく探してみるといいよ。この辺りには人柱になった人の魂を鎮めるための祠があちこちにあるからね」
これは耳よりな情報かもしれない。僕と先輩は佐々木のおじさんにお礼を言って用務員室を後にした。「またいつでもおいで」と言ってくれた気のいいおじさんに僕はもう一度会釈をした。
「さっすが佐々木のおじさんだねー。なんでも知ってるんだから」
そう言いながら意気揚々と部室へ向かう野々宮先輩の後ろに続く。
「先輩はいつから佐々木のおじさんと知り合いなんですか?」
「えーっと、一年生の時かな。用務員室ってどんななんだろうって気になって、そっと中を覗いたらバレちゃって……」
僕も用務員室なんてものがあるのを知らなかった。外から見てもせいぜい倉庫のようなものだろうと思っていたけれど、アパートの一室みたいな場所で驚いた。
「でもああいう性格でしょ? 君も食べる? っておまんじゅう出してくれて」
それでもあんなに年の離れた人と友達のように仲良くできるのは野々宮先輩だからだろう。部室へ戻った僕たちはさっそく持ち帰った情報について共有した。かつてこの地域では若い娘を人柱にしていた、という話を。
「でもでも、最近の花子さんって過激派なんでしょ?」
そう、野々宮先輩の言う通りだ。とうとう人さらいまで始めてしまったわけだし。
「確かに学校で長い間語り継がれている怪異ではありますけど、証拠が残るような形での嫌がらせや直接被害に遭ったという話はつい最近ですね」
「何かきっかけがあった、ということかしら」
鈴原先輩は納得したように頷いている。相変わらず取り澄ました様子だけど、やっぱり真剣に話に乗ってくれていた。
「その可能性が高いかと」
「ふーん、じゃあここ最近女子トイレで変わったことがなかったか調べればいいのかな?」
野々宮先輩も、彼女なりに何かこの件に貢献できないか考えているようだった。確かに顔が広い彼女なら浅場先輩の目に留まらないような――直接怪異とは関係なくても何か繋がりがありそうな噂――を捕まえられるかもしれない。
「とりあえず、外に出て話を聞いてみまーす!」
言うが早いか野々宮先輩は席を立った。そのまま真っ直ぐ出入口に向かう。彼女を一人で行かせて大丈夫だろうか? 何せ放課後は“あいつら”の時間だ。思わず僕も腰を浮かせて野々宮先輩の背中を追いかけた。けれど廊下に出た僕を呼び止める人がいた。
「保科」
神木先輩だった。彼も野々宮先輩が心配になってついてきてくれたんだろうか。僕が振り返ると神木先輩は言いにくそうに言葉を濁した。
「その、さっきは助かった」
何のことだろう? 僕がきょとんとしていると神木先輩は頭を掻きながら言った。
「除霊っていうのは、強制的にその場所から霊を追い払うってことだ。そこに未練や無念があろうが関係ねぇ。霊の意志とは無関係にあの世へ送っちまう」
つまり霊からすれば、除霊はかなり乱暴な手段ということだ。無念を晴らす機会を無理やり奪われてしまうのだから。
「この間の蛇神みたいに、人を騙る目的でしゃしゃってくる動物霊はともかくな。花子ってやつも昔は人間だったはずだ」
……出来れば神木先輩も穏便な手段を取りたいということだろう。
「いいえ、むしろ僕の方が感謝しています。新人があんな大口を叩いたのにみなさん協力してくれてるんですから」
気をつけろよ。神木先輩のその言葉を背負って、僕は小走りに野々宮先輩の後を追った。けれど放課後の学校というのは情報を集めるのに向いていない。半分くらいの生徒は帰ってしまうし、まだ学校にいる生徒は部活に精を出している。文科系の部活はまだしも練習や試合をしている運動部には顔を出しづらい。
結局、生徒への聞き込みはそれほど実りがなかったけれど野々宮先輩は飄々としていた。「じゃあ、次行こっか」なんて明るく言う。けれど次の宛なんてあるんだろうか。すたすたと歩き始める先輩の後ろへついていくと、彼女は一階のとある部屋の前で立ち止まった。そしてキレイなL字ターンをする。僕が顔を上げるとドアの上には「用務員室」という札が下がっていた。
「佐々木のおじさーん、いるー?」
コンコンとドアをノックしながら控えめに呼びかける。ドアの向こうでバタバタと人の近づいてくる音がした。ガララと開けられたドアの向こうにいたのは白髪混じりの男性だった。六十歳ぐらいだろうか? けれど七十歳と言われればそう見えるし、五十歳と言われればそうとも思える。
佐々木のおじさんは笑って僕たちを招き入れてくれた。突然やってきたのにも関わらずお茶まで淹れてくれた。用務員室は結構広く、八畳くらいの部屋にテーブルとテレビがあって、その隣には小さな流しのついた台所があった。ここに住んでるんだろうか? 佐々木のおじさん――という用務員さん――が戸棚からお菓子を取り出そうとしている間、野々宮先輩は僕に耳打ちしてくれた。
「佐々木のおじさんはね、用務員さんなの。おじさんのお父さんもここの用務員をやってたんだって。だからこの学校の昔のことも結構詳しいんだよ」
佐々木のおじさんが出してくれたせんべいをかじりながら、先輩は本題を切り出した。
「あのさ、花子さんの噂って知ってる?」
ああ、と言いながら佐々木のおじさんはゆっくり頷いた。そう年というほどの年でもないだろうに動作が緩慢としていて喋り口ものんびりしている。けれどずっとにこにこしているから、見ていて和む思いのする人だった。
「そうねぇ。そう言って僕に『トイレを見てきてくれ』っていう生徒たちもいたねぇ。でもね、僕も親父もレイカンって奴がなかったのかなぁ。一度も花子さんを見たことはなかったんだけどね」
浅場先輩の調べ通り、花子さんの噂はかなり昔からあったらしい。佐々木のおじさんさんの口ぶりからすると、昔は噂程度の存在だったのは間違いないようだ。そして、彼はとても興味深い話をしてくれた。
「花子さんっていうのは君たちくらいの子どもの霊なんでしょう? かわいそうにねぇ。昔はこの辺りも水難が多くて柱を立てたりしたらしいけど、やっぱり子どもが亡くなるのは嫌なもんだね」
「柱を立てる?」
僕が疑問に思ったことを先輩が口にしてくれた。うんうん、と佐々木のおじさんは頷きながら
「人柱っていってね。城や橋を建てる時に生贄を差し出すんだ。そうすることで工事が無事に終わり、建物が災害で壊れたりしないと考えられたんだよ。昔もこの辺りは川が増水したりして大変だったんだね。そういうこともあったみたいだよ」
「人柱……」
野々宮先輩がつぶやくと、佐々木のおじさんはとても気の毒そうに眉をハの字にした。
「人柱になるのは平民だけど特に女の子が多かったみたいね。美しく年ごろの娘の方がいいとされていて……。恐ろしいことだねぇ。だからよく探してみるといいよ。この辺りには人柱になった人の魂を鎮めるための祠があちこちにあるからね」
これは耳よりな情報かもしれない。僕と先輩は佐々木のおじさんにお礼を言って用務員室を後にした。「またいつでもおいで」と言ってくれた気のいいおじさんに僕はもう一度会釈をした。
「さっすが佐々木のおじさんだねー。なんでも知ってるんだから」
そう言いながら意気揚々と部室へ向かう野々宮先輩の後ろに続く。
「先輩はいつから佐々木のおじさんと知り合いなんですか?」
「えーっと、一年生の時かな。用務員室ってどんななんだろうって気になって、そっと中を覗いたらバレちゃって……」
僕も用務員室なんてものがあるのを知らなかった。外から見てもせいぜい倉庫のようなものだろうと思っていたけれど、アパートの一室みたいな場所で驚いた。
「でもああいう性格でしょ? 君も食べる? っておまんじゅう出してくれて」
それでもあんなに年の離れた人と友達のように仲良くできるのは野々宮先輩だからだろう。部室へ戻った僕たちはさっそく持ち帰った情報について共有した。かつてこの地域では若い娘を人柱にしていた、という話を。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる