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妖精のふ化
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無事、研究会とやらから妖精の卵を手に入れた、コビー。
代表とやらから貰ったマニュアルと一緒に、自分が住まわせて貰っている寮に帰ってきたわけなのだが----
「ふむふむ、なるほどなるほど」
とりあえず、コビーはマニュアルの熟読から始めた。
普段はマニュアル熟読するタイプではないが、今回は命を扱うもの。
暇つぶしとは言え、熟読しなければいけないのは当然だろう。
ある程度、マニュアルを読み、必要な事項だけをピックアップする。
卵を孵す方法はわかった。
どうやらある一定量の魔力を込めることで、それを糧として生まれてくるみたいなのだが……
「これ、案外弄ることがあるかも」
これは贅沢なただの暇つぶしなのだ、普通とは違うことをしても良いだろう。
と言う訳で、コビーは卵を氷水の中にぶっこんだ。
頭がおかしいように見えるか? 実際、こんなことを暇つぶしにしようとしてる時点で、多少なりとも狂っているのは事実だろう。
「(妖精ってのは、スライムを石化した状態の卵から生まれたものなんだろう? スライムってのは、生息してる環境で姿が変わるもの)」
毒沼地帯では、毒を吐くポイズンスライム。
泥が多い場所では、泥のような身体のマッドスライム。
雷が多い場所では、雷耐性持ちのスパークスライム。
……もともとが魔力から生まれた純粋な魔力生物、その変異性は他の魔物(いわゆる、魔力を宿した生物達?)よりも、ずば抜けて高い。
妖精がスライムと一緒なら、同じようになるのかもしれない。
氷水の中に入れたら、氷の耐性を得ることが出来るかもしれない。
そして属性。
魔法には【火】、【水】、【風】、【土】の4つの基本属性。そして【光】と【闇】の2つの二大属性がある。さらに4つの基本属性を組み合わせることで、【雷(火+風)】、【氷(水+風)】、【木(水+土)】、【金(火+土)】の4つの複合属性が出来上がるのだが、今回試すのは複合属性の【氷】。
複合属性のどれかにしようと思っていて、【氷】にしたのは【雷】だとうるさそうで、【木】と【土】は動きがノロそうだ。
「毒沼で毒を得るなら、氷水で【氷】が手に入る、はず……かな?」
まぁ、失敗しても構いはしない。
ダメでもともと、ただの暇つぶしなのだから。
上手くいけばハッピー、そうじゃなくても試せたのでうっれしいーみたいな?
「さぁ、ふ化を始めようか」
ふ化に必要なのは、魔力。それも割と多めの。
まぁ、コビーの魔力量ならば問題ない程度ではあったため、コビーは気にせず、魔力を卵へ送っていく。
☆
‐‐‐‐すでに10分が過ぎた。
「なっがい……」
魔力量的にはなんの問題はない。問題ないのだが、とかく長い。
マニュアルに書いてあるであろう量はとっくの昔に注入しきってるはずなのだが、卵に孵る気配はない。マニュアルだと、この辺りで普通だったらヒビが入ってるところなのだが。
「マニュアルが間違ってる? それとも氷水の中に入れたから?」
どちらとも言えない。
これが初めてであり、勝手にアレンジを加えたのはコビーの独断。
‐‐‐‐さらに10分。
「もう、限界」
既に魔力枯渇も限界に近付いている。
どれだけ入れなければならないんだ、と諦めて、コビーは魔力の注入を止めた。
「……ぼったく、られたか?」
少なくはない金額を渡したので、これでは困るのだが。
「ヤメだ、ヤメ。考えても仕方ない、返品は出来ないだろうが、半額……その半額くらいは取り戻せれば----」
----パキッ!
「……?」
不審な音を感じたので、振り返るとようやく待ち望んだ成果が訪れた。
妖精の卵に、ヒビが入り始めたのだ。
「待ってましたっ、待ってましたっ! ってか、もうちょっと早く来てくれないのかな、これ?!」
慌てて魔力を----いや、魔力を入れるのを止めた途端、妖精の卵が孵る予兆のヒビが入り始めたのを見ると、もしかすると魔力は入れない方が良いのかもしれない。
試しに魔力を入れてみるとその魔力をさらに得ようとヒビを直し始め、止めると再びヒビが入り始めたのである。
「‐‐‐‐なんだよ、こいつ。どれだけ魔力が欲しいんだよ、こりゃあ孵った後の魔力もだいぶの量を持ってかれそうだ」
そうして待っているうちに、卵のヒビがどんどんと大きくなっていく。
----パキッ!
----パキパキッ!
----ピキッ!
"ピキャッ!"
そうして卵から孵ったのは、4枚の羽根を持つ50cmくらいの小さな女の子。
背中から生える綺麗な裏表でデザインの違う羽根だけでなく、普通の女の子でないことを証明するのは他にも色々とあった。
体表が水色っぽいこともそうだが、頭から生える龍を思わせる角、腕にある氷の結晶など、明らかに普通の人間ではない。
「これが……妖精?」
ちょんちょん、と触ると嫌がった様子でちょっぴり下がるも、それでも興味深そうにコビーの指をちょんちょんと触っている。
ほんの少し体温は低いようだが、それでもちゃんと"生きている"。
"キャゥ! キャウキャウ!"
「まだ言葉は喋れないのか、人型の妖精は喋れるって書いてたけど」
マニュアルによると、生まれてくる妖精は主に3種類。
単獣型。鳥や狼など獣を思わせる姿をした妖精。鳥の翼と亀の甲羅など複数の獣の性質を持っているモノもいるみたいだが、とにかく獣の特徴を持つモノ。
不定型。スライムを思わせる、形が不安定の妖精。環境的な影響を諸に受ける代わりに、その代わりにどんな場所であろうとも潜り込める潜入向けの妖精。
そして、人型。人の姿を模しており、背中から羽根があるのが特徴。羽根の数によってランクがあるらしく、2枚の下級から4枚の中級、6枚の上級とランクが上がるらしいが、どうやらこの妖精は4枚の中級みたいである。
"チャウ! チャウチャウ!"
「……あぁ、はいはい。悪かったよ。ちゃんと相手するから」
"チャウ!"
当然だ、とでも言いたげである。
コビーは適当に相槌を打っていた。
「とりあえず、お前の名前でも決めておかないとな」
"キャウ?"
「名前だよ、名前。これから一緒に暮らすんだから、とりあえず名前は決めといた方が良いだろう?」
"キャウ? チャウチャウチャウ!"
「……嬉しいで、あってるんだよな?」
"キャウッ!"
……コビーは、名づけにあまり自信がない。
アルブレンド国に居た際、妹姫に頼まれてペットの犬に名前を付けて大反対を食らった覚えがあるくらい。そもそも犬に対して、犬の好物だったからと"ギューニク"と付ける彼のセンスがどうかしてたんだが。
「……アイス、とか? 氷水に漬けたし」
"ノーチャウ!"
「ダメ、か。じゃあ、カキゴオリとか?」
"ダメチャウ!"
「これも、ダメみたいだな。なら、ギューニク----」
"チャウ! チャウチャウ!"
----どうやら、不評らしい。
どうしたら良いか。コビーは迷っていた。
"チャウっ!"
うーん、と頭を悩ませていると、コビーの目の前でギューニク……失礼、妖精が部屋をとことこ、いや、背中の羽根でぱたぱたと動いて、部屋にあるカップを手に取る。
カップの中には後で飲もうと思って汲んであった、カフェオレが入ってあった。
「……カフェ、オレ?」
"……! ウンウン!"
「マジで? マジでカフェオレが良いの?」
力強く肯定の意思を示す、妖精カフェオレ。
「飲み物の名前が良いだなんて、珍しいなぁ。おい」
まぁ、暇つぶしだし良いか。
コビーはそういう形の元、この妖精の名前を【カフェオレ】という名前にしたのであった。
……いや、ほんとう。
なんでカフェオレなんだよ、と名付けた本人は未だに半信半疑だった。
☆
「じゃあ、カフェオレ。とりあえず……出来ることを見せてくれないか?」
"オー!"
「……一応、言っておくが肯定で良いんだよな?」
コビーに妖精の言葉は分からない。
ただなんとなく、そう言っているような感じがするという、そういうあやふやな所で居るわけだが。
「ちょっと待てよ。今、魔法で的を作るから」
コビーはそう言って、呪文を唱え始める。
「"雷雲よ、高き的となりて我が前に現れよ"」
呪文を唱え終わると共に、彼の目の前に1mくらいの、ちょっぴり小さめの、ビリビリという音と共に形成されている雷で出来た的が現れる。
1mを高いとみるか、低いとみるかは人それぞれだが、呪文に意味はない。ただ単にイメージを強く意識するために行っていることである。
初心者ならば確かにきちんと唱えなければならないが、コビーの実力ならば神々の名前を詠唱に用いる特殊な術(神を称える文章にて神のご機嫌をとって、威力を強める特殊な形式)以外なら、先ほどのようなモノでも十分に魔法として機能するくらいの実力がある。
「さぁ、カフェオレ。この的に対して、お前の得意な魔法で一発当ててくれ」
"チャウ?"
「なんでも良い、とりあえず出来ることを見ないと話しにならない」
"チャウウ!"
了解、と言ったかどうかは分からないが、カフェオレは雷で出来た的の前に立っていた。
そして、ゆっくりと瞳を閉じる。瞳を閉じると共に、彼女の目の前に小さな氷の塊が出来ていた。
「やっぱり、氷を使うか。まぁ、そうなるようにしたのだけど」
"チャウー!"
氷の大きさは彼女の身体の大きさと比べてもあまり大きくなく、多分だが5cmくらいだろう。
そんな小さな氷は彼女の手の中で徐々に錬成され、氷の中心に白い光が収束していく。
……なんか、すごそうである。普通の氷魔法なら、氷を作って終わっているはずなのだから。
「(……なんかすごいの出来ちゃった気がしなくもないなぁ。ただの暇つぶし程度なんだけれども)」
"キュィー!"
カフェオレの魔法で作る氷に驚いている中、彼女はその氷の球体を雷で出来た的にぶつかる。
ぶつかると同時に、雷で出来た的がすーっ、とまるで霧のように消えていく。
……。
……。
「----終わり、か?」
どうやら、そうみたいである。
コビーはいつまで経っても起きず、がっかりしていた。
氷の中心に光が収束していくのだから、他になにが起こるのかと期待していたからだが。
"……キュッ?"
がっかりしていると、カフェオレがおどおどとした様子でこちらを見上げていた。
「……?」
どうしてそんな様子でこちらを見ているんだろう? コビーはその理由についてすぐに頭に浮かんで、まずいことをしてしまったと思って、カフェオレの頭を指でやさしく撫でる。
なでなでっ~、なでなでっ~。
"~~~~っ"
「悪かったよ、ちょっとばかり期待していたからこんなものかと思ってしまっただけなんだ。別に怒っても、見捨ててもしないから、安心して」
言われたとおりに、魔法を作って放った。上手く出来たと思っていたら、命じた人は浮かない顔をしている。
そりゃ、彼女も心配になりますわな。うん。
「----さぁ、ご褒美だ。魔力をあげよう」
"……!"
コビーがそう言って、手を差し出して魔力を放出する。
すると、カフェオレは嬉しそうな様子で、その魔力をちゅーちゅーっと飲み始める。
なんだか、可愛らしい。
「----買った分の価値は十分にあったな」
コビーの顔はどこか笑みが浮かんでいて、それを見てカフェオレも嬉しそうに微笑んでいた。
----この時、コビーは的の選択を間違った。
もしもこの時、魔法として用いているのが雷という不定形の物体を選んでいなければ、あるいは木や金属などの物体を用いていれば、コビーもカフェオレの強さを理解できた。
彼女の異質さも、その時に理解できていた。
だが、選択は直されない。
文章のように書きなおせるわけではない上に、時間を巻き戻せる神がかり的な力もないからだ。
結局、コビーは知らないままであった。
☆
「あなた、アルブレンド・コビーで間違いないわね?」
次の日、コビーはとある女に絡まれていた。
厚化粧で、金髪セミロングの美少女。
学園指定の黒いセーラー服の上に血のように赤いドレスを無理やり身にまとい、明らかに規律違反と思われる豪華な金色のネックレスやら銀の腕輪やらを見せびらかすように。
藍色の瞳と、胸元を押し上げんばかりの大きな乳房が特徴の、気が強そうなその美少女は、コビーの前に堂々と立っていた。
いや、大きな胸を強調するように凛と立ちながら、コビーと言うよりかは、その隣の妖精のカフェオレに目線を向けていた。
「早速で悪いけど、あなたの妖精。
私に譲ってもらえないかしら? 拒否権はないわよ、だって高貴で、ゴージャスで、エレガントな、こうやって頼んでるのだから」
無茶苦茶、威圧的にそうのたまった。
代表とやらから貰ったマニュアルと一緒に、自分が住まわせて貰っている寮に帰ってきたわけなのだが----
「ふむふむ、なるほどなるほど」
とりあえず、コビーはマニュアルの熟読から始めた。
普段はマニュアル熟読するタイプではないが、今回は命を扱うもの。
暇つぶしとは言え、熟読しなければいけないのは当然だろう。
ある程度、マニュアルを読み、必要な事項だけをピックアップする。
卵を孵す方法はわかった。
どうやらある一定量の魔力を込めることで、それを糧として生まれてくるみたいなのだが……
「これ、案外弄ることがあるかも」
これは贅沢なただの暇つぶしなのだ、普通とは違うことをしても良いだろう。
と言う訳で、コビーは卵を氷水の中にぶっこんだ。
頭がおかしいように見えるか? 実際、こんなことを暇つぶしにしようとしてる時点で、多少なりとも狂っているのは事実だろう。
「(妖精ってのは、スライムを石化した状態の卵から生まれたものなんだろう? スライムってのは、生息してる環境で姿が変わるもの)」
毒沼地帯では、毒を吐くポイズンスライム。
泥が多い場所では、泥のような身体のマッドスライム。
雷が多い場所では、雷耐性持ちのスパークスライム。
……もともとが魔力から生まれた純粋な魔力生物、その変異性は他の魔物(いわゆる、魔力を宿した生物達?)よりも、ずば抜けて高い。
妖精がスライムと一緒なら、同じようになるのかもしれない。
氷水の中に入れたら、氷の耐性を得ることが出来るかもしれない。
そして属性。
魔法には【火】、【水】、【風】、【土】の4つの基本属性。そして【光】と【闇】の2つの二大属性がある。さらに4つの基本属性を組み合わせることで、【雷(火+風)】、【氷(水+風)】、【木(水+土)】、【金(火+土)】の4つの複合属性が出来上がるのだが、今回試すのは複合属性の【氷】。
複合属性のどれかにしようと思っていて、【氷】にしたのは【雷】だとうるさそうで、【木】と【土】は動きがノロそうだ。
「毒沼で毒を得るなら、氷水で【氷】が手に入る、はず……かな?」
まぁ、失敗しても構いはしない。
ダメでもともと、ただの暇つぶしなのだから。
上手くいけばハッピー、そうじゃなくても試せたのでうっれしいーみたいな?
「さぁ、ふ化を始めようか」
ふ化に必要なのは、魔力。それも割と多めの。
まぁ、コビーの魔力量ならば問題ない程度ではあったため、コビーは気にせず、魔力を卵へ送っていく。
☆
‐‐‐‐すでに10分が過ぎた。
「なっがい……」
魔力量的にはなんの問題はない。問題ないのだが、とかく長い。
マニュアルに書いてあるであろう量はとっくの昔に注入しきってるはずなのだが、卵に孵る気配はない。マニュアルだと、この辺りで普通だったらヒビが入ってるところなのだが。
「マニュアルが間違ってる? それとも氷水の中に入れたから?」
どちらとも言えない。
これが初めてであり、勝手にアレンジを加えたのはコビーの独断。
‐‐‐‐さらに10分。
「もう、限界」
既に魔力枯渇も限界に近付いている。
どれだけ入れなければならないんだ、と諦めて、コビーは魔力の注入を止めた。
「……ぼったく、られたか?」
少なくはない金額を渡したので、これでは困るのだが。
「ヤメだ、ヤメ。考えても仕方ない、返品は出来ないだろうが、半額……その半額くらいは取り戻せれば----」
----パキッ!
「……?」
不審な音を感じたので、振り返るとようやく待ち望んだ成果が訪れた。
妖精の卵に、ヒビが入り始めたのだ。
「待ってましたっ、待ってましたっ! ってか、もうちょっと早く来てくれないのかな、これ?!」
慌てて魔力を----いや、魔力を入れるのを止めた途端、妖精の卵が孵る予兆のヒビが入り始めたのを見ると、もしかすると魔力は入れない方が良いのかもしれない。
試しに魔力を入れてみるとその魔力をさらに得ようとヒビを直し始め、止めると再びヒビが入り始めたのである。
「‐‐‐‐なんだよ、こいつ。どれだけ魔力が欲しいんだよ、こりゃあ孵った後の魔力もだいぶの量を持ってかれそうだ」
そうして待っているうちに、卵のヒビがどんどんと大きくなっていく。
----パキッ!
----パキパキッ!
----ピキッ!
"ピキャッ!"
そうして卵から孵ったのは、4枚の羽根を持つ50cmくらいの小さな女の子。
背中から生える綺麗な裏表でデザインの違う羽根だけでなく、普通の女の子でないことを証明するのは他にも色々とあった。
体表が水色っぽいこともそうだが、頭から生える龍を思わせる角、腕にある氷の結晶など、明らかに普通の人間ではない。
「これが……妖精?」
ちょんちょん、と触ると嫌がった様子でちょっぴり下がるも、それでも興味深そうにコビーの指をちょんちょんと触っている。
ほんの少し体温は低いようだが、それでもちゃんと"生きている"。
"キャゥ! キャウキャウ!"
「まだ言葉は喋れないのか、人型の妖精は喋れるって書いてたけど」
マニュアルによると、生まれてくる妖精は主に3種類。
単獣型。鳥や狼など獣を思わせる姿をした妖精。鳥の翼と亀の甲羅など複数の獣の性質を持っているモノもいるみたいだが、とにかく獣の特徴を持つモノ。
不定型。スライムを思わせる、形が不安定の妖精。環境的な影響を諸に受ける代わりに、その代わりにどんな場所であろうとも潜り込める潜入向けの妖精。
そして、人型。人の姿を模しており、背中から羽根があるのが特徴。羽根の数によってランクがあるらしく、2枚の下級から4枚の中級、6枚の上級とランクが上がるらしいが、どうやらこの妖精は4枚の中級みたいである。
"チャウ! チャウチャウ!"
「……あぁ、はいはい。悪かったよ。ちゃんと相手するから」
"チャウ!"
当然だ、とでも言いたげである。
コビーは適当に相槌を打っていた。
「とりあえず、お前の名前でも決めておかないとな」
"キャウ?"
「名前だよ、名前。これから一緒に暮らすんだから、とりあえず名前は決めといた方が良いだろう?」
"キャウ? チャウチャウチャウ!"
「……嬉しいで、あってるんだよな?」
"キャウッ!"
……コビーは、名づけにあまり自信がない。
アルブレンド国に居た際、妹姫に頼まれてペットの犬に名前を付けて大反対を食らった覚えがあるくらい。そもそも犬に対して、犬の好物だったからと"ギューニク"と付ける彼のセンスがどうかしてたんだが。
「……アイス、とか? 氷水に漬けたし」
"ノーチャウ!"
「ダメ、か。じゃあ、カキゴオリとか?」
"ダメチャウ!"
「これも、ダメみたいだな。なら、ギューニク----」
"チャウ! チャウチャウ!"
----どうやら、不評らしい。
どうしたら良いか。コビーは迷っていた。
"チャウっ!"
うーん、と頭を悩ませていると、コビーの目の前でギューニク……失礼、妖精が部屋をとことこ、いや、背中の羽根でぱたぱたと動いて、部屋にあるカップを手に取る。
カップの中には後で飲もうと思って汲んであった、カフェオレが入ってあった。
「……カフェ、オレ?」
"……! ウンウン!"
「マジで? マジでカフェオレが良いの?」
力強く肯定の意思を示す、妖精カフェオレ。
「飲み物の名前が良いだなんて、珍しいなぁ。おい」
まぁ、暇つぶしだし良いか。
コビーはそういう形の元、この妖精の名前を【カフェオレ】という名前にしたのであった。
……いや、ほんとう。
なんでカフェオレなんだよ、と名付けた本人は未だに半信半疑だった。
☆
「じゃあ、カフェオレ。とりあえず……出来ることを見せてくれないか?」
"オー!"
「……一応、言っておくが肯定で良いんだよな?」
コビーに妖精の言葉は分からない。
ただなんとなく、そう言っているような感じがするという、そういうあやふやな所で居るわけだが。
「ちょっと待てよ。今、魔法で的を作るから」
コビーはそう言って、呪文を唱え始める。
「"雷雲よ、高き的となりて我が前に現れよ"」
呪文を唱え終わると共に、彼の目の前に1mくらいの、ちょっぴり小さめの、ビリビリという音と共に形成されている雷で出来た的が現れる。
1mを高いとみるか、低いとみるかは人それぞれだが、呪文に意味はない。ただ単にイメージを強く意識するために行っていることである。
初心者ならば確かにきちんと唱えなければならないが、コビーの実力ならば神々の名前を詠唱に用いる特殊な術(神を称える文章にて神のご機嫌をとって、威力を強める特殊な形式)以外なら、先ほどのようなモノでも十分に魔法として機能するくらいの実力がある。
「さぁ、カフェオレ。この的に対して、お前の得意な魔法で一発当ててくれ」
"チャウ?"
「なんでも良い、とりあえず出来ることを見ないと話しにならない」
"チャウウ!"
了解、と言ったかどうかは分からないが、カフェオレは雷で出来た的の前に立っていた。
そして、ゆっくりと瞳を閉じる。瞳を閉じると共に、彼女の目の前に小さな氷の塊が出来ていた。
「やっぱり、氷を使うか。まぁ、そうなるようにしたのだけど」
"チャウー!"
氷の大きさは彼女の身体の大きさと比べてもあまり大きくなく、多分だが5cmくらいだろう。
そんな小さな氷は彼女の手の中で徐々に錬成され、氷の中心に白い光が収束していく。
……なんか、すごそうである。普通の氷魔法なら、氷を作って終わっているはずなのだから。
「(……なんかすごいの出来ちゃった気がしなくもないなぁ。ただの暇つぶし程度なんだけれども)」
"キュィー!"
カフェオレの魔法で作る氷に驚いている中、彼女はその氷の球体を雷で出来た的にぶつかる。
ぶつかると同時に、雷で出来た的がすーっ、とまるで霧のように消えていく。
……。
……。
「----終わり、か?」
どうやら、そうみたいである。
コビーはいつまで経っても起きず、がっかりしていた。
氷の中心に光が収束していくのだから、他になにが起こるのかと期待していたからだが。
"……キュッ?"
がっかりしていると、カフェオレがおどおどとした様子でこちらを見上げていた。
「……?」
どうしてそんな様子でこちらを見ているんだろう? コビーはその理由についてすぐに頭に浮かんで、まずいことをしてしまったと思って、カフェオレの頭を指でやさしく撫でる。
なでなでっ~、なでなでっ~。
"~~~~っ"
「悪かったよ、ちょっとばかり期待していたからこんなものかと思ってしまっただけなんだ。別に怒っても、見捨ててもしないから、安心して」
言われたとおりに、魔法を作って放った。上手く出来たと思っていたら、命じた人は浮かない顔をしている。
そりゃ、彼女も心配になりますわな。うん。
「----さぁ、ご褒美だ。魔力をあげよう」
"……!"
コビーがそう言って、手を差し出して魔力を放出する。
すると、カフェオレは嬉しそうな様子で、その魔力をちゅーちゅーっと飲み始める。
なんだか、可愛らしい。
「----買った分の価値は十分にあったな」
コビーの顔はどこか笑みが浮かんでいて、それを見てカフェオレも嬉しそうに微笑んでいた。
----この時、コビーは的の選択を間違った。
もしもこの時、魔法として用いているのが雷という不定形の物体を選んでいなければ、あるいは木や金属などの物体を用いていれば、コビーもカフェオレの強さを理解できた。
彼女の異質さも、その時に理解できていた。
だが、選択は直されない。
文章のように書きなおせるわけではない上に、時間を巻き戻せる神がかり的な力もないからだ。
結局、コビーは知らないままであった。
☆
「あなた、アルブレンド・コビーで間違いないわね?」
次の日、コビーはとある女に絡まれていた。
厚化粧で、金髪セミロングの美少女。
学園指定の黒いセーラー服の上に血のように赤いドレスを無理やり身にまとい、明らかに規律違反と思われる豪華な金色のネックレスやら銀の腕輪やらを見せびらかすように。
藍色の瞳と、胸元を押し上げんばかりの大きな乳房が特徴の、気が強そうなその美少女は、コビーの前に堂々と立っていた。
いや、大きな胸を強調するように凛と立ちながら、コビーと言うよりかは、その隣の妖精のカフェオレに目線を向けていた。
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