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ハードボイルドは、銃を使いこなす。ただし、当たらない

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 ――――酒場のバーには、クールな男が良く似合う。

 ここは冒険者と呼ばれる、夢とロマンを追い求める者達が集う酒場。またの名をギルド。
 ダンジョンと呼ばれる、一獲千金を狙えるも死ぬリスクも高い場所をも冒険する冒険者のガラは正直言って悪く、当然、喧騒は多く、がやがやとした雰囲気や酔っ払い共の愚痴は聞いていて耳障りだ。
 だが、俺――――この、【伊坂ダン】はあくまでもクールに、そうダンディーに、酒場に似合う男としての振る舞いを行う。

「マスター、俺に"いつもの"をくれ」

「はいよっ」

 そう言ってマスターは俺の大好物、コップに入った水を俺の前に置く。俺はそれをぐいっと飲み干して――――

「――――って、ちげぇよっ!? どこの世界にクールに、水をがぶ飲みしてる男が居るんだよ!?」

 危ない、危ない。危うく雰囲気のまま、続ける所だった。

「マスターっ! 俺が"いつもの"って頼んだら、酒に決まってんだろう?」

「お前が"いつもの"を飲むと、一口飲んで吐いてゲロで店が汚れるに決まってんだろう?」

 「だいたいなぁ……」と、マスターはグラスを拭く手を止めて、俺の方をじっと見つめる。
 正直、禿げた40代のおっさんに弛緩される趣味はないんだがな。

「お前、金持ってんのか? ツケはないが、お前のゲロを掃除する料金を合わせると、かなり迷惑かけられてるんだが、こっちは。いつも1杯しか頼まないくせによ」

「しょ、しょうがないじゃないか! 金がないんだ、こっちには!」

 俺はそう言いながら、腰のホルスターに入っている拳銃――――"こっちの世界"では珍しい、単発式拳銃を手に取って、マスターに見せつける。

「俺のこの単発式拳銃《ファイアーアルフレッド》、こういった銃は高価なんだから仕方がないだろう」


 ここは地球ではない。異世界、そう、剣と魔法のファンタジー世界と言う奴だ。
 俺は農業用トラックトラクターにはねられ……そうになって、避けて牛糞を踏んで、ストレスで自殺した。
 だって、ヤだろ? 学校に入るや否や、あだ名が《ギャフンくん》だぜ? 牛糞だから、ギャフンくん、なんだって?
 高校2年生でそのあだ名を永遠に語り継がれるならばと考えると……生きる気力がなくなった。ので、自殺した、と言う訳だ。
 死んだ際に神様に会ったのだが、「まさか、そんな事で死ぬとは思ってなかった」と言われてしまった。そのおかげで詫びスキルを貰って、転生させて貰ったのだが……。

 その際に貰ったのが、異世界言語スキル、いわゆる言語を通じるためのスキルと、3つのスキル。

・《吸収》…対象となる物体を自らに取り込むスキル
・《放出》…対象となる物体を放出するスキル
・《再装填》…対象となる物体を銃弾として作り直すスキル

 俺が手に入れたのは以上の、3つのスキル――――銃のスキルである。
 そう、銃! Gun! 男のロマン!
 ファンタジー世界に転生するとなると剣とか、弓とかあると思うが、俺はどうしても銃が欲しかったのだ。こだわりとか、誇りだと言われればそうなるのだけど。
 けれどこの世界には残念ながら銃を使う文化は流行っておらず――――あるとしても、ダンジョンで時折用途不明の物体として見つかる程度。
 この《ファイアーアルフレッド》も、偶然売られていたモノだが、それなりの大金を要求されてしまった。

 そして転生して1年……冒険者としてのランクも低いけれども、それなりに満足した生活を送らせて貰えている。まだまだお金は欲しいのだが。

「まぁ、お客さんの銃自慢は聞き飽きた。聞き飽きた。
 だがしかし、問題はお客さんが"銃を当ててるところ"を見てないところだ」

「ぎくっ……! そっ、そんなこと、ない、です、よ?」

「ほぅ……そんなに言うなら、ここからあのコップに当てられるか? なーに、壊してもらって構わないぞ。
 どうせ廃棄する予定だった奴だしな、お前の話が本当なら当てられるだろ?」

 マスターがそう言って俺に撃つように指定したのは、木で出来たコップ。
 置かれた場所はカウンターの一番奥、距離はおよそ20mほど、という所だろうか? この《ファイアーアルフレッド》の有効射程距離ならば、余裕で狙い撃てる範囲内である。
 マスターもその辺が分かっての配置、なんだろう。

「ふっ、バカにされたままじゃあ、俺の沽券に係わるからな。
 ――――分かった、狙い撃とうじゃないか」

 俺はそう言ってコップに向かって、銃を――――押し付けて、引き金を引く。
 銃から放たれた弾丸はコップの下に当たり、そのままコップはこてんっと倒れた。

「――――ふっ、容易かったな」

「いやいやっ! コップに押し付けたゼロ距離なら、誰でも当たるだろうっ!
 ――――相変わらず、ダン。お前の射撃スキルは下手すぎないか?」

 マスターは呆れてるが、俺の射撃スキルはどうだって良い。
 大切なのは銃がカッコいい、それだけなんだから。

「はぁ、まぁ良い。それよりお前、噂だと大金が必要なんだよな?」

 マスターの言う通り、俺は今、金を必要としている。
 具体的には――――宿代である。そろそろ追い出されそうなんだよなぁ……うん。

「なにか良い依頼があるのか、マスター。
 ちなみに俺の得意分野は、銃を使った、狩猟以外だからな」

 狩猟はどうも苦手だ。
 いや、当たらないんじゃないだよ? ただ、狙った所から、ほんのちょーーーーっと手振れが起きるだけである。

「……わざわざ、銃を使った、を強調する事なのか?
 まぁ、安心しろ。ちゃんと狩猟じゃない、お前の得意分野だ」

「報酬は? いかほどだ?」


「金貨100枚相当だ」


 金貨100枚?! 金貨って、日本基準で言うと1枚1万円だよ?!
 それが100枚ってことは、100万円!

「やっ、やるやるっ! やりますやります、やりまぁぁぁぁすっっっ!」




 ……ふっ、少々取り乱してしまった。額が額だけに、少々取り乱してしまった。
 いけない、いけない。少し落ち着こう。
 クールに、大人びた男に、ダンディに。
 俺が思う、"銃が似合う男"像を崩してはいけない。そう、ハードボイルドに。

 とりあえず、俺はこの街有数の名家、スティルレッド家の元へとやって来た。
 スティルレッド家は郵送業で財を成した名家、いわゆる貴族金持ちであり、今回の依頼主である。
 依頼内容は、一人娘の治療。一か月前から高熱にうなされていて、なにより、右腕が石化されている謎の病に侵されていて、それの治療が今回の依頼である。
 ――――まぁ、お嬢さんを助けるのは、俺の望むハードボイルドらしい人生だから良いのだが。

 それに、"俺の銃スキルなら病気の治療は簡単だ"。

 なにより一番良いのは、報酬金が高い事だ。
 金貨100枚、1回の依頼で100万円を貰えるのは嬉しい限りだ。
 100万あれば、まだあのダンディーな宿屋を利用出来る。ツケもまとめて払える、良い機会だ。

「……君がマスターの紹介にあった、娘を治してくれる医者かい?
 確か、イサカ・ダンくんだっけ? どう見ても、骨董品の銃好きの若者にしか見えないが」

 家を尋ねると、迎えてくれたのは40代のナイスミドルなおじさん。頭のシルクハットがカッコいい、茶のトレンチコートが似合う白ひげの男だった。
 にしても銃が骨董品、ね。確かにダンジョンで宝箱に出てくる程度で、剣や槍、弓などと違って伝説に語られる話なんてないし、ただただ《銃》という武器があるとだけ一部の人に伝わってるくらいだ。
 まったく、こんな素晴らしい武器を知らない人がこんなにも居るだなんて、勿体無い事だ。

「はい、マスターの紹介から来ました、伊坂ダンです。医者……ではありませんが、あなたの娘の治療を行いに来た者です。任せてください、治療に関しちゃあ俺はまさしく、銀の弾丸特効薬並みですよ?」

「……銀の? まぁ、自信があるということか。
 そうか、そう、なのか。そう言ってくれるなら、頼もしいな。それならばまずは娘と会って貰えるかな、病気を見て貰いたい」

 そう言ってナイスミドル――――【スティルレッド・アルフレッド】さんの案内に従って、家の中へと案内される。
 調度品の1つ1つがアルフレッドさんらしいダンディーな趣味で、見ているだけでクールだぜ。特にあの絵画とか、それから壺とか。1つ、金貨何枚だろう?

「さぁ、着いたよ」

 彼が部屋の扉を開けると、中に居たのは肥大化した豚……いや、そう見える妙齢のご婦人だった。
 アルフレッドさんの言っていた通り、全身から発熱しているみたいで、その上で右腕がごつごつとした石と化していた。

「娘の【マリア】だ。見ての通りの大食漢でねぇ、多分なにか変なモノでも食ったというのがうちの主治医からの報告だ。
 ……この娘の病気、本当に治せるのかい?」

「……えぇ、むろん大丈夫です」

 あの肥満を何とかして欲しいと言うのだったら、また話は別だったが、"病気を治す程度"ならば話は別だ。


 ダンディーな男は、レディーに対しての気遣いを忘れてはならない。
 俺は彼女に恥をかかせないよう、クールに、石化した手に触れる。

「(――――発動、【吸収】)」

 俺がスキルを発動すると共に、彼女の石化が徐々に薄れていく。その代わりに、俺の身体が徐々に石化して行く。

 この【吸収】というスキルは、触れているモノを吸収するスキル。その対象は勿論、病気の基となるウイルスにも通用する。
 代償と言うか、当然というか、俺のスキルで吸い取ったモノは俺自身の身体へと吸収されるが、構わない。

 他の人のために、自分の身体を犠牲にする。
 なんともクールで、ハードボイルドだろ?

 石化が治まった後、残りのウイルスも全て身体の中に取り込む。

「(……くそっ、高熱って38度くらいかと思ったけど、あちぃ……。
 流石、異世界。高熱も異世界仕様ってか)」

 まぁ、異世界仕様の高熱って訳が分からんが、ハードボイルドっぽいので、よしっ!

「(全部、吸い取れたな。
 よしっ、【再装填】)」

 全てを吸い取った後、俺は全てのウイルスを1発の弾丸へと錬成する。
 【放出】でも良いんだが、こんな場所でもう一度放出すれば確実に再感染間違いなしだ。
 そういう面から見ても、この【再装填】――――吸収したモノを弾丸へと錬成するスキルが役立つ。

 まったく、銃スキルは最高だぜっ!


「……ありがとうっ! 娘を助けてくれて、ほんとぉぉぉにありがとう!」

 【再装填】した銃弾を取り出して、治療を終えた事を告げると、アルフレッドさんはそれはもう嬉しそうな様子で何度も頭を下げてくれる。
 涙目で、鼻水まで垂らして――――ありがたいことだぜ。

「よしてくださいよ、アルフレッドさん。俺は依頼を果たしただけ。
 そう、ただそれだけです」

 無用に感謝させてはならない。
 そう。あくまでも当然と言った様子で対処する、それがクールなハードボイルド的な対応って奴だぜ。

「――――それでも感謝させてほしい、これで娘も無事、結婚式を迎えられる」

 ……この肥満、治さなくて良かったのか?
 いや、人それぞれだしな。趣味は。

「そうだ、報酬だったね」

「(キタァァァァァァァッ!)」

 さてさて、本題の報酬、タぁぁぁぁイムぅぅぅぅぅぅ!
 金貨100枚、総じて100万円!

 宿屋のツケを払うには十分、俺のナイスなダンディリズム的なモノを買い揃えるのにも当然!
 ――――さぁさぁ、カモン! カモン!

「――――入りたまえ」

 パチンと、こりゃまたカッコいい指パッチンの合図でアルフレッドさんは扉の外の人を呼ぶ。
 金貨100枚で貴族、そりゃそうだ。自分で持って来るよりかは運ばせた方が良いに決まってる。

 ふふっ、待たせるな。
 流石は貴族、そういった演出もおてのもの、って事ですか。

 部屋に入って来たのは、これまたクールなメイドさんだった。
 頭に可愛らしい黒耳と、男心がくすぐられる黒いマント。
 可愛らしい小柄な彼女は、キョロリキョロリと怯えたように伺いながら、部屋の中へと入って来る。


「紹介しよう、ヴァンパイア族の【プラト】。
 君の報酬として用意した、金貨100枚"相当"の奴隷だ」


 ニコリと笑うアルフレッドさんの手には、彼女のごつごつしい首輪から流れる黒い鎖が握られていた。


 俺はこの日、野宿となった。
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