劇薬

柘榴

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第12話 終劇Ⅱ

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 車で向かった神社本殿には、真理亜の安否を案じた村人たちが押し寄せていた。その目的は、真理亜の無事を神に祈るためのようだ。多くの村人たちが膝を着き、本殿の前で祈りを捧げている。
 異様な光景だが、この人が集まっているこの状況は好都合。
 変わり果てた真理亜の姿、そして私の復讐の集大成を飾るのには、十分な観客たちだ。
「皆様、御安心ください! 真理亜様は、無事に生還致しました!」
 民衆に対し、私は大声で呼びかける。
「真理亜様は神社本殿内でお待ちです!」
 私の言葉に、村人たちは気が狂ったかのような勢いで神社本殿内に押しかける。
 皆、真理亜の美しく、可憐な姿を再び目にすることに心躍らせているのだろう。
 その期待感が、村人たちを駆り立てる。

 だが、村人たちが目にするのは過去の美しく、可憐な真理亜ではない。
 私が『加工』し、醜く這いずり回る『芋虫』と化した真理亜だ。

 村人たちが本殿に足を踏み入れるころには、真理亜は既に本殿の中心に横たわっていた。
 最早、自立すらできない彼女を、私が事前に本殿へ運び込んでいたのだ。

 そんな変わり果てた真理亜の姿を目にし、村人たちは阿鼻叫喚。
 その様子を、私は傍から見物する。
「真理亜様……なんという」
「なんと……可哀想に……」
 大衆の中、見世物にされる真理亜はずっと俯きながら涙を流していた。
 自分を崇めていたはずの村人たちの目が、今や哀れな身体になった自分への同情の目に変わっていることに耐えられなかったのだろう。その瞳に光は無い。
見物を十分に満喫し、私は真理亜が晒されている本殿の中心に向かう。
 私が静止すると、村人たちも同時に静止する。
「皆様、お集まりいただきありがとうございます。本日は、この御池 真理亜様の容体について、担当医師である私、火村 秋乃からお話がございます。まず、皆さま真理亜様の姿を見て大変驚かれたことでしょう。しかし、ご安心ください。これは、彼女の命を救うため、最善の処置を尽くした結果……彼女は無事に一命をとりとめました」
 しかし、真理亜の生還を喜ぶ者はいなかった。失ったものが多すぎるからだ。
 『両手足』『子宮』『孕んだ子供』……全てを、私がこの手で奪ったからだ。
「皆様も知っての通り、昨晩、真理亜様は食事の最中に突然苦しみだし、倒れられました。そこで私が診断したところ、真理亜様の子宮部に悪性腫瘍が発生しており、もう既に手遅れの状態でした。つまり、全摘出以外の方法が無かったという事です」
 私の言葉に、本殿内は騒然とする。
「しかし、その……手足は何故切断する必要があった!? 腫瘍があったのは子宮だけなのだろう!?」
 村人の一人が、車椅子の上の『達磨』と化した真理亜を指差し、怒鳴り散らす。
 真理亜は最早、『肉の塊』同然だった。視線すら定まっていない。
「ええ、しかし……手足を切除しなければ、圧倒的に不足するものがあったのです。それは血液。彼女は極めて稀有な血液型でして、生前に御池先生が診療所に常備しておいた輸血パックでは到底足りなかった。だから、苦肉の策として……手足を切断し、真理亜様自身の身体面積を減らし、それに必要な血液量も減らす手段を選びました」
 村人たちが一斉に唾を飲み込んだ気がした。そうまでして、目の前の少女を惨たらしく生かす必要があったのかと、皆がそう思っているに違いない。
 そう考えさせられるほど、目の前の光景は残酷だった。
「しかし……皆様、思い出しませんか? 子宮に発生した悪性腫瘍、それによる子宮の全摘出……十年前の……奇病騒ぎ」
 その瞬間、村人たちの表情が一瞬で凍り付いた。
 過去の忌まわしい悲劇、多くの女性が生殖機能、もしくは命を奪われたあの奇病の記憶が、皆の頭に過ったに違いない。
 その時、群れの中から男に一人が私に近寄り、怒りに任せて胸倉を掴み上げる。
「う、嘘に決まっている! この女は、奇病を建前に真理亜様に復讐を……」
「復讐? なぜ、移住してきたばかりの私が真理亜様に復讐など? それとも、なにか真理亜様には私に復讐されるような心当たりでもあるのでしょうか?」
 男の指摘を、私は一蹴する。
 よく見れば、その男は私を強姦した男のうちの一人だった。だからこそ、私の目的が強姦の指示を下した真理亜への復讐だという事も勘付いたのだろう。
 しかし、表向きでは私は階段で足を踏み外した事で流産したことになっている。私が真理亜に恨みを持つことなど、真理亜と強姦の実行犯以外が知ることは無いのだ。
「だが、証拠はあるのか! あんたの処置が、正当だったと証明する術は!」
「そう言われてしまえば、証明はできません。一刻を争う状況下でしたので、真理亜様のカルテも手術記録も作成していませんし、切除部分も既に廃棄済み。それに、これらの処置・手術は全て私一人が行った事。真理亜様の奇病の存在を証明できるとすれば……それは、執刀医である私の言葉だけですから」
「そんなもの、信用できるか!」
 男に続き、村人たちも私に怒号や暴言を投げかける。
 当然だ、こんなことは通常の医療機関ではあり得ない。奇病の証拠はないが、助けるために子宮と孕んだ子供、両手足を切除したなど、到底納得できる事では無い。
 だが、これでいい。村人たちの反応も想定内。それを踏まえて、真理亜の過去……全てを明かし、奪う。それが私の復讐だ。
「ですが……おかしいですね。十年前の御池先生の言葉は信用して、今の私の言葉は信用しないのですか? 十年前、御池先生も今の私と同じよう、公的に奇病の存在を示す手段を持っていなかったようですが……今の私と、同じように」
 騒めく村人たちの中に沈黙が訪れる。この村の人間は皆、今まで何の疑いも無く奇病の存在を信じ、認めて来た。
 何故なら、それは信頼のある村唯一の医者・御池先生の言葉だったからだ。誰も疑い、証拠を求めることなど無かった。何故なら、それが既にこの村においての常識に達していたから。
 だから、この村の者は誰も知らなかった。知ろうともしなかった。
御池先生が、奇病の存在を公的に証明する術を持たないことに。
誰も、奇病の存在を証明することができないことを。
「御池先生は長年、この村のために身を粉にして働いてくれた方だ! お前のような余所者とは違う! その方の言う事を疑うなど……」
「そう、誰も疑おうとしなかった。あの御池先生が言うのだから間違えなく奇病は『存在した』と。そして、御池先生の処置が『正当だった』に決まっている。そう思い込んでいた。だから、騙された」
 村人たちの中に動揺が広がり始める。
 閉鎖的な空間、たった一人の医師、御池先生の厚い信頼……それらの条件が全ての不都合を隠してしまったのだ。
「信じられないというなら診療所で当時のカルテ、資料、文献……探してみてください。私が知る限り、御池先生の言葉以外に奇病の存在を示すものはありませんでしたから。つまり、今の私をペテン師だと定義するのなら……御池先生も、私と同じペテン師と定義されます」
 最早、車椅子に乗せられた『真理亜の形をした肉の達磨』などに、誰も興味など示していなかった。
 村人たちの関心は、奇病が存在するのか、しないのか。それだけに向けられていた。
「馬鹿な、仮にそうだったとしても、体調を悪くした女性がいたのは確かだった! それに、御池先生が村中を騙し、奇病をでっちあげる理由は何だ!?」
「診療所には『劇薬指定の薬品』が多く残されていました。それを村の女性の食事のみに混ぜれば、体調不良を誘発できる。そうして体調不良を起こした女性たちを御池先生が一人で処置・手術すれば……存在しない奇病を生み出す事も出来る。そして、奇病をでっちあげ、それを神聖な巫女が払う。そして、唯一子を成す機能を持つ『聖母』の誕生……そういう筋書きの中で、一番得をしたのは誰でしょうか。間違いなくこの実の孫である御池 真理亜様でしょう。邪を払い、村を守った神聖な巫女として、村の英雄となった」
 祭りの日、公民館で振舞われる料理の中、女性に出される料理のみに劇薬を混ぜ、体調不良を誘発させる。診療所に残された劇薬はそのための代物だったのだ。
 しかし御池先生は急死した。その使用したであろう劇薬の廃棄を実行する前に。
「これは推測ですが、真理亜様という信仰の対象を作り上げ、御池先生……御池 冬至は弱まっていた御池家全体の力を再び高めるはずだった。しかし、御池 冬至は急死。『聖母・真理亜様』と言う信仰の対象を作り上げたまではいいが、そこから計画は進まず、真理亜様と言う存在だけが独り歩きし始めた」
現状の御池家内でも真理亜の信仰が根強く続いていた事から推測すると、御池家の人間ですら真理亜を心から崇め、真実に気付いている様子は無かった。
恐らくこれは御池 冬至の独断で行われたことだろう。
最終的には御池家全体に計画を伝えるはずだったのだろうが、その前に本人は急死し、残されたのは実の孫であり、この村の信仰の対象となった『真理亜様』。
「真理亜様、あなたの七日七晩の祈りなどただの演出。御池先生は元々、存在しない病をでっちあげ、あなたの祈りが終わる頃にその病をでっちあげることをやめた、ただそれだけの事なのです。元々存在しない病をどう払うというのでしょうか」
「ぁ……違う……あ、ぁ……」 
 どうやら私の話は真理亜にも聞こえていたようで、彼女は何度も首を横に振る。
 自分には神聖な力など宿っておらず、ただ祖父に利用されていただけ。その事実を否定しようと、何度も何度も首を横に振る。
「御池 冬至及び御池 真理亜は一族の力を高めるため、村人たちの犠牲と引き換えに奇病をでっちあげ、それを払う筋書きから偽装の英雄を作り上げた。あなた方、村人の絶大な信用を利用し、騙していた!」
「いやぁ、違う違う違う……嫌ぁ!」
 私の言葉を真理亜は否定し続ける。
 だが、そんな真理亜に村人たちから注がれる視線に信仰の色は無かった。
 ただ、異形のモノに対して注がれる……畏怖と軽蔑の視線。
「幼い彼女は自身には神聖な力があると信じ込まされ、権力闘争のための道具として実の祖父に利用されるはずだった。しかし、今の彼女はあなた方の信じる真理亜様ではありません。邪を払う神聖な力も無ければ、子を産む力もない。それどころか、自立もできず、一人で生きていく力すらない。そんな彼女を、あなた方は崇め続けるのですか?」
 私は車椅子を蹴り飛ばし、真理亜を床に叩きつける。
 真理亜は自立する事すらできない。『聖母』と称された彼女は、今や普通の人間にすら劣る。
「今の私の話は、あくまで仮説。奇病と同じように、その仮説を証明する術を私は持ちません。信じるか信じないか、今後、どのように私たち二人を扱うかも、あなた方次第です」

 彼女の心を満たし続けていた『多くの人間からの多大な敬愛・信用』。
 それを真理亜から根こそぎ奪いとる……それが私の復讐。

 真理亜の身体と同時に、私は真理亜の心すら奪い取り、そして容赦なく破壊したのだ。

 私は村人たちに言いたいことだけ言い残すと足早に真理亜を連れて撤退する。復讐は終えた。今後の筋書きは村人たちが決めてくれるだろう。私はそれに従うつもりだった。
 思い残すことなど、もうないのだから。
 本殿を去るとき、真理亜を引き留めようとする者はいなかった。皆、突き付けられた疑惑に困惑しているだけだった。
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