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8巻
8-3
◆ ◆ ◆
モニカちゃんと再会し、ステラと知り合った翌日。俺は冒険者装備に着替えていた。
「ヒビキ様、準備はよろしいですか」
同じく冒険者装備に身を包んだクロードに尋ねられ、俺はコクリと頷く。
「うん、ばっちり! いつでもいいよ。皆も大丈夫?」
この場には屋敷の住人全員が揃っていた。俺の質問に皆が問題ない旨を返してくれる。
「承知しました。ではシア、我々を南の森へ送ってくれ」
「キュウッ!」
シアの首輪に下げられた『ポータルストーン』が輝き、王都バスティオンの南にある森へと転移する。視界が一瞬で切り替わり、俺達は森の中に立っていた。
エマリアさんやシアが所持しているダンジョン攻略報酬『ポータルストーン』は、石一つにつき一カ所、転移先を指定することができ、仲間の『ポータルストーン』同士で転移先を共有することが可能だ。
シアは普段、リリアンとヴェネくんとともにテラダイナスへ転移しているが、これは俺の親友、大樹の『ポータルストーン』の転移座標であり、シアの転移座標は特に決まっていなかった。
今回は予めエマリアさんに頼んでシアを森へ連れ出し、この森の中に座標を設定してもらっていたのである。
何のためにと問われれば、誰に知られることなくこっそり森に入るためだ。
非力な鑑定士の少女、ヒビカに変装している身としては、冒険者装備の俺や獣人のクロードの姿を見られるわけにはいかないので仕方がない。
で、なぜこっそり森まで来たかというと……。
「では、現在のヒビキ様の戦闘能力の確認をしましょう」
……そういうわけである。
【技能スキル『鑑定レベル7』を行使します】
【 名 前 】真名部響生
【 性 別 】女
【 年 齢 】17
【 種 族 】現人神
【 状 態 】健康
【 職 業 】鑑定士(仮)(レベル45)
【 レベル 】52
【 H P 】611/611
【 M P 】392/392
【 S P 】1187/1187
【物理攻撃力】291
【物理防御力】219(+120)
【魔法攻撃力】276
【魔法防御力】176(+60)
【 俊敏性 】514
【 知 力 】599
【 精神力 】968
【 運 】65
【固有スキル】『識者の眼(オリジン)』
【技能スキル】『鑑定レベル7』『翻訳レベル2』『魔導書レベル2』『宝箱レベル9』『契約レベル3』『医学書レベル2』『暗号解読レベル2』『精霊弓術レベル2』『魔法解析レベル4』『罠感知レベル8』『気配察知レベル8』『瞬脚レベル7』『流脚レベル6』『体幹制御レベル7』『剣技レベル1』『世界地図レベル4』『複製転写レベル5』『救済措置レベル3』『自動書記レベル5』『聖獣召喚レベル1』『辞書レベル4』
【魔法スキル】『生活魔法レベル7』『火魔法レベル2』『風魔法レベル1』
【 称 号 】『医療従事者』
改めて、これが今の俺のステータスだ。
以前、ローウェルで確認したステータスから特に変化はない。地上に戻ってから一度も戦う機会がなかったのだから、当然と言えば当然だろう。
一部のスキルレベルは上がっているけど、数値的にはテラダイナスを訪れる前とほとんど違いはないはずだ。
しかし、性別が女性化し、種族もヒト種から現人神になって、サポちゃんは『ステータスサポート』から理神の聖獣『アインス・フェアシュテイン』へと変貌している。それがどれくらい影響を与えるものかは不明だが、大きな変化であることも事実だ。
そのため、本人を含めて誰も、今の俺の戦闘能力を正確に把握できていなかった。邪神に命を狙われ、もしかすると日本のクラスメイトを助けるためにクリューヌ王国と戦う可能性もある中で、自分の戦力を把握できていないのは致命的だ。
その危険性はクロードも感じていたため、王都の生活に慣れてきた今、早いうちに確認しておこうという話になった。
技能スキル『自動書記』で空中に俺のステータスを書き出し、皆に見てもらう。
「へぇ、これがヒビキのステータス。私と同じ『精霊弓術』が使えるのね。ふふんっ、先輩として教えてあげてもいいわよ」
エマリアさんが自慢げに告げた。俺は「ぜひ」と首肯する。
「グローイングボウが完成したらお願いします」
主神様からもらった俺のメイン武器、神弓『グローイングボウ』は屋敷の庭で樹木の姿になって現在も成長中だ。熟成期間がいつ終わるのか俺にも分からない。
「あれ? でも、ヒビキさんって固有スキル『識者の眼』の命中補正で弓は百発百中じゃありませんでしたっけ? 何を教えてもらうんですか?」
「あ、うん……そうかな」
「えええっ!? 何よそれ、ズルくない!?」
ユーリが気付いてはいけないことに気付いてしまった。おかげでエマリアさんから不満の声が上がってしまう。
「『精霊弓術』は魔法の矢を撃てることが一番の強みだから、そっちについて教えてほしいな。俺、光の矢と火の矢は撃てるんだけど、風の矢はまだ出せたことないんだよね」
「風の矢は私の得意分野よ。任せてちょうだい!」
エマリアさんは笑顔でそう言った。機嫌が直って何よりである。
……出せたことないというか、光の矢の使い勝手が良すぎて風の矢を使う機会がなかったんだよね。でも、不可視の風の矢も便利そうだから『グローイングボウ』が戻ったら試してみたいな。
そんな感じで手持ちのスキルを一つずつ確認していった。
まずは魔法スキルからである。生活魔法は問題ないとして、火魔法や風魔法の具合を確かめた。
「前と違いはなさそうだけど、相変わらず魔法はしょぼいにゃねぇ」
俺が出した『ファイヤボール』の小さな火球を見て、ヴェネくんの口からそんな感想が零れる。
「うーん、もうそこはしょうがないかなって思ってる」
魔法とは神が人間に与えた小さな奇跡だ。そして俺の中にはそんな奇跡を否定し、物理法則などを定義する理神こと姉さんが眠っている。おそらくその影響だろう。
要するに、俺と魔法はとても相性が悪いのである。『精霊弓術』も魔法の矢こそ撃てるけど、威力はほどほどだし。
俺が苦笑を浮かべると、リリアンがパッと手を挙げた。
「お兄ちゃん、任せて! 魔法はわたしが頑張るの。パトリシアさんに、いっぱい教えてもらってるから、大丈夫なの」
「分かった。魔法はリリアンにお願いするね」
「うんっ!」
リリアンは満面の笑みを浮かべて首肯した。リリアンは王都に来てから毎日のようにテラダイナスに行って、パトリシアさんに魔法の修業を付けてもらっている。具体的にどんな指導を受けているのかは聞いていないけど、ヴェネくん曰く『いい感じ』らしい。
「お兄ちゃんもクロさんも、わたしが守るの!」
「リリアンちゃん、私は守ってくれないの?」
胸の前で両手をギュッと握りしめるリリアンを温かく見守っていたユーリが尋ねると、リリアンはハッとして慌て出した。うーん、とっても既視感のある光景……ユーリが楽しそうだ。
「あわわわっ! ユーリちゃんも守るの!」
「えっと、私は守ってもらえないのかしら……?」
「あわわわわっ!? もちろんエマリアさんも守るの!」
「ヴェネとシアが入ってないにゃ、リリアンちゃん。仲間はずれにゃ~」
「キュウ……」
「ち、ちがうの! みんな! みんな、わたしが守ってみせるの!」
「……皆さん、揶揄いすぎですよ」
クロードが窘めるまで、皆はピョンピョン跳ねて慌てるリリアンを可笑しそうに見守っていた。
ほっこりした気持ちで魔法スキルの確認を終えた俺だったが……すぐに地獄を見ることになる。
「ふむ。『瞬脚』、『流脚』、『体幹制御』、どれも問題なさそうですね」
「それは、よかったけど……クロード、もう少し手加減して」
「ははは」
抑揚なく笑わないでほしい。まずは女性化による身体能力の違いを確認するべく『瞬脚』『流脚』『体幹制御』のスキルの使い勝手を確認することになった。
その方法とは、森の中でクロードと鬼ごっこである。
「あはははっ! お待ちください、ヒビキ様!」
「怖い怖い! クロード、笑顔で追い掛けてこないで!」
「あはははっ! 別に王都にいる間、狼の姿で過ごさねばならず鬱憤が溜まっているとかではありませんので大丈夫です! さあ、ここから一気に詰めますよ! お覚悟を!」
「だああああっ! 『瞬脚』『流脚』『体幹制御』フルパワアアアアアッ!」
……というやり取りがありました。何度か逃走・捕縛・解放・逃走を繰り返し、ようやくクロードから及第点をもらえた時にはもうくったくたである。
「最初は動きに若干の違和感がありましたがすぐに修正できたようですね」
肩で息をしながら地面に腰を下ろす俺とは対照的に、全く疲れた様子のないクロードが冷静に俺の状態を分析していた。
「女性化で少し体格が変わった影響だと思う。まあ、がむしゃらにやったら慣れたけど」
「ええ、そうでしょうとも。何事も全力でやればすぐに慣れるものです」
納得顔でうんうんと頷くクロードが今だけはちょっと憎らしい。いきなり全速力鬼ごっこをやらされるこっちの身にもなってほしいものだ。
「『気配察知』スキルの方は如何でしたか」
「そっちは普段通りの感覚だったよ……背後から迫るクロードの気配に何度怖気が走ったことか」
「ヒビキ様、怖気と言われると少々傷付きます」
クロードは耳を垂らしてしょげた顔になった。
「だったら笑顔で追い掛けてこないでよ。すごく怖かったんだからね」
「いやあ、久しぶりにヒビキ様の訓練ができるかと思ったら気合いが入ってしまいまして。きちんと訓練ができたのは、北のダンジョンの攻略を始めた頃以来ですから」
北のダンジョン第十階層のボス戦で邪神の聖獣イヴェルの転移罠にはまって以降、ダンジョン攻略を優先して訓練は二の次になっていたことを思い出す。
同時に、クロードのステータスに『デスマーチ・コマンダー』という鬼教官的称号があることも。
「……ほどほどに頼むね」
「お任せください! では、次は『剣技』スキルの確認をしましょう。楽しみですね!」
「ほ、ほどほどだよ? 分かってる、クロード?」
「もちろんです。さあ、始めましょう、ヒビキ様!」
クロードは俺に剣を手渡すと、満面の笑みを浮かべて愛槍『マグネティカ』を構え出した。
誰か助けて! 俺は周囲を見回した。
リリアンはヴェネくん、シアと一緒に真剣に魔法の訓練中、ユーリは昼食を準備中。エマリアさんにいたってはお昼ご飯を狩ってくるとか言ってこの場に姿がなかった。
ヴェネくんに言ってもきっと止めてくれないよねぇ……。
「……ほどほどで頼むね、クロード」
「はい! ヒビキ様がダンジョンに入って割とすぐに覚えたにもかかわらずスキルレベルが全く上がっていない『剣技』を、今日この場でレベルアップさせてみせますとも。お任せください!」
「全然分かってない!」
今日は現状の俺の戦闘力を確認することが目的だったはずなのに、いつの間にかクロードの中で趣旨が変わってしまっていた。
本人が言っていた通り王都の生活が窮屈で、ストレスを発散させたい気持ちが前に出てしまっているのかもしれない。
付き合わされるこっちはたまったものではない、と言いたいところだけど、そもそも王都にいる原因が俺にあるから強くも言えない。
ああ、もう! やるしかないじゃないか! サポちゃん、ヘルプ!
『サポちゃんより報告。技能スキル『剣技』に身を委ね、剣の扱いに慣れてください。ヒビキ様には最低限の近接戦闘能力が必要です。サポちゃんより以上』
全力サポートで動きを補正してくれてもいいんだけど……。
『サポちゃんより報告。支援しないこと。これこそが今ヒビキ様にして差し上げられる最大の支援です。強くなりましょう、ヒビキ様。サポちゃんより以上』
分かりました、分かったよ! やってやりますよ、こんちくしょう!
俺は剣を構えるとクロードの前へ飛び出すのだった。
「隙だらけですよ、ヒビキ様!」
「あだあああっ!」
女の子の頭に槍を叩きつけるとは、訓練時のクロードは本当に鬼である……。
◆ ◆ ◆
「如何でしょう、ヒビキ様。『剣技』のスキルレベルは上がりましたか」
「はぁ、はぁ……うーん、ダメみたい」
「そんな馬鹿な!」
鑑定結果を伝えた俺に、クロードは目を見開いて声を荒らげた。
あれからしばらく近接戦の訓練を続けたが、それで『剣技』のスキルレベルが上がることはなかった。変わらずレベル1のままだ。
「うーむ、あれだけ斬り結んでも効果がないとは。そうなるともっと負荷を掛けて」
「もう勘弁してぇ……」
大の字になって地面に寝転がりながら弱音を吐く。もう本当にくったくたなんです。
サポちゃんの助言に従ってスキルに身を委ねながらクロードへ何度も剣を振り回してみたものの、正直あまり強くなった実感はなかった。結果がそれを示している。
元々クロードのスキルを『技能貸借』と『複製転写』を使ってコピーしたものだからだろうか、魔法スキル同様、俺と『剣技』はあまり相性がよくないのかもしれない。俺、非戦闘職だしね。
「みなさーん、お昼ごはんができましたよーっ!」
ユーリの声が周囲に響く。体を起こして顔を向けると、ユーリとエマリアさんが昼食の準備をしているところだった。いつの間にかエマリアさんも帰ってきていたらしい。
「もうそんな時間か。クロード、訓練は一旦終わりにしてお昼にしよう」
「承知しました。ヒビキ様、お手を」
クロードに手を引かれて起き上がると、俺達はユーリの下へ歩き出した。
「お兄ちゃん、訓練はうまくいってる?」
「ぼちぼちかなぁ? 訓練っていうか、本当は戦闘力の把握が目的だったんだけど……リリアンは何をしていたの」
ユーリが作ってくれたスープの鍋を囲んで皆で昼食を取る。俺は隣に座るリリアンに尋ねた。彼女はどんな訓練をしていたのだろうか。
「わたしはね、ちっちゃい魔法の練習をしてたの」
「ちっちゃい魔法?」
「要はどこまで魔法の出力を落とせるかの練習にゃ。リリアンちゃんは魔力が大きい分、精密な魔力制御にまだ難があるからにゃ。パワーよりコントロールを優先してるにゃ」
リリアンの隣でパンをかじっていたヴェネくんが教えてくれた。
「へぇ、上手くいってる?」
「頑張ってるけどまだまだにゃ。ご主人さまの『ファイヤボール』ほど小さくはできてないにゃ」
「わたしもお兄ちゃんみたいなちっちゃい『ファイヤボール』を作ってみせるの!」
「そ、そっかぁ、頑張ってねリリアン」
「うん!」
やる気いっぱいの笑顔が頼もしい半面、ちょっと悲しい俺です……。
「エマリアさん、このスープに入っている鳥の肉美味しいよ。狩ってきてくれてありがとう」
「そう? よかったわ」
悲しみを乗り越え、リリアンの反対側に腰掛けるエマリアさんに声を掛けた。ユーリが作ってくれたスープには、ついさっきエマリアさんが狩りで手に入れた野鳥の肉が入っているのだ。
「冬だからかしら。思ったより森に動物が見当たらなくて少し焦っちゃったわ。冬ごもり前のまるまる太ったクマくらいはいると思ったんだけど」
「あはは。そんなに大きいのがいたら食べきれないよ」
「今は『宝箱』があるから肉も保存しておけるし、毛皮で防寒具を作ったら暖かそうじゃない。手に入れていたらヒビキ用に仕立ててあげたんだけどな」
冗談めかして微笑むエマリアさんに、俺もクスリと笑った。
「ヒビキさん、午後からは何の訓練をするんですか?」
「え? うーん……」
ちょうど鍋を挟んで対面に腰掛けていたユーリに尋ねられ、俺は少し考える。
体を動かす『瞬脚』に『流脚』、『体幹制御』は確認したし、スキルレベルは上がらなかったけど『剣技』も問題なかった。魔法は相変わらずの弱小っぷりだったけど、以前との違いは特にないとヴェネくんからお墨付きをもらっている。
他は『鑑定』とか『世界地図』とか『医学書』とか、直接戦闘に関係ないスキルだ。でも、こっちは普段からよく使っているからもう大体把握していて問題ない。あとは……あっ!
「まだ地上に戻ってから『聖獣召喚』スキルを試してなかったね」
「そうにゃ! ヴェネのためのスキルにゃ!」
俺の言葉にハッとした顔でヴェネくんが声を上げた。期待に輝く双眸が俺を見つめる。
「それじゃあ、食後はヴェネくんの『聖獣召喚』を確認してみようか」
「うにゃあ! 地上に戻ったからにはヴェネのカンペキな姿を見せつけてやるのにゃ!」
「ヴェネちゃん、重い」
リリアンの肩に乗って拳を突き上げるヴェネくんはやる気に満ちあふれていた。
そして――。
「なぜなのだあああああああああああああああああああああああ!」
真の姿を取り戻したヴェネくんは、ダンジョンの時と同じく魔法が使えないままだった。
技能スキル『聖獣召喚』はおよそ五分間という制限付きで、神々に仕える聖獣の一体を召喚するスキルだ。初めて使用した時は、本来の姿と能力を取り戻したヴェネくんが召喚された。
シルバーエメラルドウルフにやられそうだった俺とリリアンを助けるべく、雷の魔法を放つ姿はとても雄々しくて格好良かったことを覚えている。
しかし、ダンジョン下層に入ってからというもの、『聖獣召喚』でヴェネくんを本来の姿に戻すところまではできるのだが、なぜか魔法を使うことはできなくなっていた。
「うーん、これって理由分かる? サポちゃん」
「サポちゃんより報告。原因はヴェネ様と魔神様の繋がりが断たれているためです。サポちゃんより以上」
皆にも聞かせるためか、ふっとサポちゃんが姿を現した。
「どういうことだ! 理神様の聖獣よ!」
「サポちゃんより報告。私達聖獣が地上で力を行使するには主である神の許可が必要です。強大な聖獣の力を無闇にまき散らさないための処置です。サポちゃんより以上」
「そっか。ダンジョンでは下層に行くほど主神様の声が届かなくなっていたから、魔神様も……」
「サポちゃんより報告。回答は是。魔神様の目が届かなくなったことにより、ヴェネ様は権能の使用許可を得られなくなりました。『聖獣召喚』によって毎度許可はリセットされるため、魔神様との繋がりを維持できない場では、ヴェネ様は本領を発揮することができません。サポちゃんより以上」
「そうだったんだ。ヴェネくん、知らなかったの?」
「ぬおおおおおっ! 地上に降りるなど今回が初めてゆえ全く知らなかったあああああああ!」
両前足で頭を抱えながら、ヴェネくんは地面にのたうち回った。
「あれ? じゃあ、なんで地上に戻ったのに今もヴェネくんは魔法が使えないの?」
「はっ! そうだ、おかしいぞ! どういうことなのだ!」
俺の指摘に正気を取り戻したヴェネくんが、睨み付けるように鋭い眼光をサポちゃんへ向けた。
サポちゃんは冷静な瞳でヴェネくんを見つめ、そっと視線を逸らす。
「サポちゃんより報告。ヒビキ様のせいです。サポちゃんより以上」
「なんだとおおおおおっ!? どういうことなのだ我が主よ!」
「ええええええっ!? 俺は知らないよ!? どういうことなのサポちゃん!」
「サポちゃんより報告。ツェーンの『誤認誘導』およびコーディの『方向音痴』による影響と思われます。サポちゃんより以上」
理神こと姉さんの聖獣ツェーン・ローガとフュンフ・コーディは、復活した際に邪神から身を守るためのスキルを俺に与えてくれた。それが神域から俺を見つけられなくする『誤認誘導』と、聖獣が俺の下へ辿り着けなくする『方向音痴』だ。これが邪神とイヴェルの目から俺達を守ってくれている。
そして、その影響が『聖獣召喚』によって本来の力を取り戻すはずのヴェネくんの妨げになってしまったらしい。これらのスキルが魔神様とヴェネくんの繋がりを断ち、ダンジョン下層にいるのと同じ効果を生んでいるようだ。
「ということは……主のそばにいる限り、我は本領を発揮できないということではないか!?」
「ご、ごめんねヴェネくん」
「でも体は大きいし、いざという時の移動手段にはなるんじゃない?」
ショックを受けるヴェネくんと気まずい雰囲気の俺を励ますように、エマリアさんが告げた。しかし、ヴェネくんはお気に召さないようで歯を食いしばっている。
「ぐぬぬぬっ! 大いなる魔神様に仕えし我が馬扱いとは……」
「大丈夫なのヴェネちゃん。むむむ、土魔法『土人形』獅子の型!」
リリアンがどーんと魔法を使うと、地面から獅子を象った土製のゴーレムが姿を現した。
「おおっ、そういえばリリアンはこんな魔法も使えたんだっけ」
「うん! だから無理してヴェネちゃんに乗らなくても大丈夫なの。えっへん!」
「ぬおおおおおおっ! 我の存在意義が奪われていくううううううう!」
「ええっ!? 何がダメなの!?」
再び両前足で頭を抱えて転げ回るヴェネくん。良いことをしたつもりのリリアンは困惑した。
「おのれえええええっ! こんなゴーレムがあるからあああああああ! ――あっ」
錯乱気味にリリアンのゴーレムに襲い掛かったヴェネくんだが、制限時間の五分が経ったようでポンッと元の可愛い白ネコヴェネくんに戻ってしまう。勢いのまま獅子の背中に弾かれ、リリアンがうまいことキャッチする。
「えっと、ごめんね、ヴェネちゃん」
「ううう、リリアンちゃんはホントは何も悪くないにゃあ……」
「……スキル一つでここまでよく騒げるものねぇ」
呆れたように呟くエマリアさんに俺達は苦笑を浮かべるしかないのであった。
モニカちゃんと再会し、ステラと知り合った翌日。俺は冒険者装備に着替えていた。
「ヒビキ様、準備はよろしいですか」
同じく冒険者装備に身を包んだクロードに尋ねられ、俺はコクリと頷く。
「うん、ばっちり! いつでもいいよ。皆も大丈夫?」
この場には屋敷の住人全員が揃っていた。俺の質問に皆が問題ない旨を返してくれる。
「承知しました。ではシア、我々を南の森へ送ってくれ」
「キュウッ!」
シアの首輪に下げられた『ポータルストーン』が輝き、王都バスティオンの南にある森へと転移する。視界が一瞬で切り替わり、俺達は森の中に立っていた。
エマリアさんやシアが所持しているダンジョン攻略報酬『ポータルストーン』は、石一つにつき一カ所、転移先を指定することができ、仲間の『ポータルストーン』同士で転移先を共有することが可能だ。
シアは普段、リリアンとヴェネくんとともにテラダイナスへ転移しているが、これは俺の親友、大樹の『ポータルストーン』の転移座標であり、シアの転移座標は特に決まっていなかった。
今回は予めエマリアさんに頼んでシアを森へ連れ出し、この森の中に座標を設定してもらっていたのである。
何のためにと問われれば、誰に知られることなくこっそり森に入るためだ。
非力な鑑定士の少女、ヒビカに変装している身としては、冒険者装備の俺や獣人のクロードの姿を見られるわけにはいかないので仕方がない。
で、なぜこっそり森まで来たかというと……。
「では、現在のヒビキ様の戦闘能力の確認をしましょう」
……そういうわけである。
【技能スキル『鑑定レベル7』を行使します】
【 名 前 】真名部響生
【 性 別 】女
【 年 齢 】17
【 種 族 】現人神
【 状 態 】健康
【 職 業 】鑑定士(仮)(レベル45)
【 レベル 】52
【 H P 】611/611
【 M P 】392/392
【 S P 】1187/1187
【物理攻撃力】291
【物理防御力】219(+120)
【魔法攻撃力】276
【魔法防御力】176(+60)
【 俊敏性 】514
【 知 力 】599
【 精神力 】968
【 運 】65
【固有スキル】『識者の眼(オリジン)』
【技能スキル】『鑑定レベル7』『翻訳レベル2』『魔導書レベル2』『宝箱レベル9』『契約レベル3』『医学書レベル2』『暗号解読レベル2』『精霊弓術レベル2』『魔法解析レベル4』『罠感知レベル8』『気配察知レベル8』『瞬脚レベル7』『流脚レベル6』『体幹制御レベル7』『剣技レベル1』『世界地図レベル4』『複製転写レベル5』『救済措置レベル3』『自動書記レベル5』『聖獣召喚レベル1』『辞書レベル4』
【魔法スキル】『生活魔法レベル7』『火魔法レベル2』『風魔法レベル1』
【 称 号 】『医療従事者』
改めて、これが今の俺のステータスだ。
以前、ローウェルで確認したステータスから特に変化はない。地上に戻ってから一度も戦う機会がなかったのだから、当然と言えば当然だろう。
一部のスキルレベルは上がっているけど、数値的にはテラダイナスを訪れる前とほとんど違いはないはずだ。
しかし、性別が女性化し、種族もヒト種から現人神になって、サポちゃんは『ステータスサポート』から理神の聖獣『アインス・フェアシュテイン』へと変貌している。それがどれくらい影響を与えるものかは不明だが、大きな変化であることも事実だ。
そのため、本人を含めて誰も、今の俺の戦闘能力を正確に把握できていなかった。邪神に命を狙われ、もしかすると日本のクラスメイトを助けるためにクリューヌ王国と戦う可能性もある中で、自分の戦力を把握できていないのは致命的だ。
その危険性はクロードも感じていたため、王都の生活に慣れてきた今、早いうちに確認しておこうという話になった。
技能スキル『自動書記』で空中に俺のステータスを書き出し、皆に見てもらう。
「へぇ、これがヒビキのステータス。私と同じ『精霊弓術』が使えるのね。ふふんっ、先輩として教えてあげてもいいわよ」
エマリアさんが自慢げに告げた。俺は「ぜひ」と首肯する。
「グローイングボウが完成したらお願いします」
主神様からもらった俺のメイン武器、神弓『グローイングボウ』は屋敷の庭で樹木の姿になって現在も成長中だ。熟成期間がいつ終わるのか俺にも分からない。
「あれ? でも、ヒビキさんって固有スキル『識者の眼』の命中補正で弓は百発百中じゃありませんでしたっけ? 何を教えてもらうんですか?」
「あ、うん……そうかな」
「えええっ!? 何よそれ、ズルくない!?」
ユーリが気付いてはいけないことに気付いてしまった。おかげでエマリアさんから不満の声が上がってしまう。
「『精霊弓術』は魔法の矢を撃てることが一番の強みだから、そっちについて教えてほしいな。俺、光の矢と火の矢は撃てるんだけど、風の矢はまだ出せたことないんだよね」
「風の矢は私の得意分野よ。任せてちょうだい!」
エマリアさんは笑顔でそう言った。機嫌が直って何よりである。
……出せたことないというか、光の矢の使い勝手が良すぎて風の矢を使う機会がなかったんだよね。でも、不可視の風の矢も便利そうだから『グローイングボウ』が戻ったら試してみたいな。
そんな感じで手持ちのスキルを一つずつ確認していった。
まずは魔法スキルからである。生活魔法は問題ないとして、火魔法や風魔法の具合を確かめた。
「前と違いはなさそうだけど、相変わらず魔法はしょぼいにゃねぇ」
俺が出した『ファイヤボール』の小さな火球を見て、ヴェネくんの口からそんな感想が零れる。
「うーん、もうそこはしょうがないかなって思ってる」
魔法とは神が人間に与えた小さな奇跡だ。そして俺の中にはそんな奇跡を否定し、物理法則などを定義する理神こと姉さんが眠っている。おそらくその影響だろう。
要するに、俺と魔法はとても相性が悪いのである。『精霊弓術』も魔法の矢こそ撃てるけど、威力はほどほどだし。
俺が苦笑を浮かべると、リリアンがパッと手を挙げた。
「お兄ちゃん、任せて! 魔法はわたしが頑張るの。パトリシアさんに、いっぱい教えてもらってるから、大丈夫なの」
「分かった。魔法はリリアンにお願いするね」
「うんっ!」
リリアンは満面の笑みを浮かべて首肯した。リリアンは王都に来てから毎日のようにテラダイナスに行って、パトリシアさんに魔法の修業を付けてもらっている。具体的にどんな指導を受けているのかは聞いていないけど、ヴェネくん曰く『いい感じ』らしい。
「お兄ちゃんもクロさんも、わたしが守るの!」
「リリアンちゃん、私は守ってくれないの?」
胸の前で両手をギュッと握りしめるリリアンを温かく見守っていたユーリが尋ねると、リリアンはハッとして慌て出した。うーん、とっても既視感のある光景……ユーリが楽しそうだ。
「あわわわっ! ユーリちゃんも守るの!」
「えっと、私は守ってもらえないのかしら……?」
「あわわわわっ!? もちろんエマリアさんも守るの!」
「ヴェネとシアが入ってないにゃ、リリアンちゃん。仲間はずれにゃ~」
「キュウ……」
「ち、ちがうの! みんな! みんな、わたしが守ってみせるの!」
「……皆さん、揶揄いすぎですよ」
クロードが窘めるまで、皆はピョンピョン跳ねて慌てるリリアンを可笑しそうに見守っていた。
ほっこりした気持ちで魔法スキルの確認を終えた俺だったが……すぐに地獄を見ることになる。
「ふむ。『瞬脚』、『流脚』、『体幹制御』、どれも問題なさそうですね」
「それは、よかったけど……クロード、もう少し手加減して」
「ははは」
抑揚なく笑わないでほしい。まずは女性化による身体能力の違いを確認するべく『瞬脚』『流脚』『体幹制御』のスキルの使い勝手を確認することになった。
その方法とは、森の中でクロードと鬼ごっこである。
「あはははっ! お待ちください、ヒビキ様!」
「怖い怖い! クロード、笑顔で追い掛けてこないで!」
「あはははっ! 別に王都にいる間、狼の姿で過ごさねばならず鬱憤が溜まっているとかではありませんので大丈夫です! さあ、ここから一気に詰めますよ! お覚悟を!」
「だああああっ! 『瞬脚』『流脚』『体幹制御』フルパワアアアアアッ!」
……というやり取りがありました。何度か逃走・捕縛・解放・逃走を繰り返し、ようやくクロードから及第点をもらえた時にはもうくったくたである。
「最初は動きに若干の違和感がありましたがすぐに修正できたようですね」
肩で息をしながら地面に腰を下ろす俺とは対照的に、全く疲れた様子のないクロードが冷静に俺の状態を分析していた。
「女性化で少し体格が変わった影響だと思う。まあ、がむしゃらにやったら慣れたけど」
「ええ、そうでしょうとも。何事も全力でやればすぐに慣れるものです」
納得顔でうんうんと頷くクロードが今だけはちょっと憎らしい。いきなり全速力鬼ごっこをやらされるこっちの身にもなってほしいものだ。
「『気配察知』スキルの方は如何でしたか」
「そっちは普段通りの感覚だったよ……背後から迫るクロードの気配に何度怖気が走ったことか」
「ヒビキ様、怖気と言われると少々傷付きます」
クロードは耳を垂らしてしょげた顔になった。
「だったら笑顔で追い掛けてこないでよ。すごく怖かったんだからね」
「いやあ、久しぶりにヒビキ様の訓練ができるかと思ったら気合いが入ってしまいまして。きちんと訓練ができたのは、北のダンジョンの攻略を始めた頃以来ですから」
北のダンジョン第十階層のボス戦で邪神の聖獣イヴェルの転移罠にはまって以降、ダンジョン攻略を優先して訓練は二の次になっていたことを思い出す。
同時に、クロードのステータスに『デスマーチ・コマンダー』という鬼教官的称号があることも。
「……ほどほどに頼むね」
「お任せください! では、次は『剣技』スキルの確認をしましょう。楽しみですね!」
「ほ、ほどほどだよ? 分かってる、クロード?」
「もちろんです。さあ、始めましょう、ヒビキ様!」
クロードは俺に剣を手渡すと、満面の笑みを浮かべて愛槍『マグネティカ』を構え出した。
誰か助けて! 俺は周囲を見回した。
リリアンはヴェネくん、シアと一緒に真剣に魔法の訓練中、ユーリは昼食を準備中。エマリアさんにいたってはお昼ご飯を狩ってくるとか言ってこの場に姿がなかった。
ヴェネくんに言ってもきっと止めてくれないよねぇ……。
「……ほどほどで頼むね、クロード」
「はい! ヒビキ様がダンジョンに入って割とすぐに覚えたにもかかわらずスキルレベルが全く上がっていない『剣技』を、今日この場でレベルアップさせてみせますとも。お任せください!」
「全然分かってない!」
今日は現状の俺の戦闘力を確認することが目的だったはずなのに、いつの間にかクロードの中で趣旨が変わってしまっていた。
本人が言っていた通り王都の生活が窮屈で、ストレスを発散させたい気持ちが前に出てしまっているのかもしれない。
付き合わされるこっちはたまったものではない、と言いたいところだけど、そもそも王都にいる原因が俺にあるから強くも言えない。
ああ、もう! やるしかないじゃないか! サポちゃん、ヘルプ!
『サポちゃんより報告。技能スキル『剣技』に身を委ね、剣の扱いに慣れてください。ヒビキ様には最低限の近接戦闘能力が必要です。サポちゃんより以上』
全力サポートで動きを補正してくれてもいいんだけど……。
『サポちゃんより報告。支援しないこと。これこそが今ヒビキ様にして差し上げられる最大の支援です。強くなりましょう、ヒビキ様。サポちゃんより以上』
分かりました、分かったよ! やってやりますよ、こんちくしょう!
俺は剣を構えるとクロードの前へ飛び出すのだった。
「隙だらけですよ、ヒビキ様!」
「あだあああっ!」
女の子の頭に槍を叩きつけるとは、訓練時のクロードは本当に鬼である……。
◆ ◆ ◆
「如何でしょう、ヒビキ様。『剣技』のスキルレベルは上がりましたか」
「はぁ、はぁ……うーん、ダメみたい」
「そんな馬鹿な!」
鑑定結果を伝えた俺に、クロードは目を見開いて声を荒らげた。
あれからしばらく近接戦の訓練を続けたが、それで『剣技』のスキルレベルが上がることはなかった。変わらずレベル1のままだ。
「うーむ、あれだけ斬り結んでも効果がないとは。そうなるともっと負荷を掛けて」
「もう勘弁してぇ……」
大の字になって地面に寝転がりながら弱音を吐く。もう本当にくったくたなんです。
サポちゃんの助言に従ってスキルに身を委ねながらクロードへ何度も剣を振り回してみたものの、正直あまり強くなった実感はなかった。結果がそれを示している。
元々クロードのスキルを『技能貸借』と『複製転写』を使ってコピーしたものだからだろうか、魔法スキル同様、俺と『剣技』はあまり相性がよくないのかもしれない。俺、非戦闘職だしね。
「みなさーん、お昼ごはんができましたよーっ!」
ユーリの声が周囲に響く。体を起こして顔を向けると、ユーリとエマリアさんが昼食の準備をしているところだった。いつの間にかエマリアさんも帰ってきていたらしい。
「もうそんな時間か。クロード、訓練は一旦終わりにしてお昼にしよう」
「承知しました。ヒビキ様、お手を」
クロードに手を引かれて起き上がると、俺達はユーリの下へ歩き出した。
「お兄ちゃん、訓練はうまくいってる?」
「ぼちぼちかなぁ? 訓練っていうか、本当は戦闘力の把握が目的だったんだけど……リリアンは何をしていたの」
ユーリが作ってくれたスープの鍋を囲んで皆で昼食を取る。俺は隣に座るリリアンに尋ねた。彼女はどんな訓練をしていたのだろうか。
「わたしはね、ちっちゃい魔法の練習をしてたの」
「ちっちゃい魔法?」
「要はどこまで魔法の出力を落とせるかの練習にゃ。リリアンちゃんは魔力が大きい分、精密な魔力制御にまだ難があるからにゃ。パワーよりコントロールを優先してるにゃ」
リリアンの隣でパンをかじっていたヴェネくんが教えてくれた。
「へぇ、上手くいってる?」
「頑張ってるけどまだまだにゃ。ご主人さまの『ファイヤボール』ほど小さくはできてないにゃ」
「わたしもお兄ちゃんみたいなちっちゃい『ファイヤボール』を作ってみせるの!」
「そ、そっかぁ、頑張ってねリリアン」
「うん!」
やる気いっぱいの笑顔が頼もしい半面、ちょっと悲しい俺です……。
「エマリアさん、このスープに入っている鳥の肉美味しいよ。狩ってきてくれてありがとう」
「そう? よかったわ」
悲しみを乗り越え、リリアンの反対側に腰掛けるエマリアさんに声を掛けた。ユーリが作ってくれたスープには、ついさっきエマリアさんが狩りで手に入れた野鳥の肉が入っているのだ。
「冬だからかしら。思ったより森に動物が見当たらなくて少し焦っちゃったわ。冬ごもり前のまるまる太ったクマくらいはいると思ったんだけど」
「あはは。そんなに大きいのがいたら食べきれないよ」
「今は『宝箱』があるから肉も保存しておけるし、毛皮で防寒具を作ったら暖かそうじゃない。手に入れていたらヒビキ用に仕立ててあげたんだけどな」
冗談めかして微笑むエマリアさんに、俺もクスリと笑った。
「ヒビキさん、午後からは何の訓練をするんですか?」
「え? うーん……」
ちょうど鍋を挟んで対面に腰掛けていたユーリに尋ねられ、俺は少し考える。
体を動かす『瞬脚』に『流脚』、『体幹制御』は確認したし、スキルレベルは上がらなかったけど『剣技』も問題なかった。魔法は相変わらずの弱小っぷりだったけど、以前との違いは特にないとヴェネくんからお墨付きをもらっている。
他は『鑑定』とか『世界地図』とか『医学書』とか、直接戦闘に関係ないスキルだ。でも、こっちは普段からよく使っているからもう大体把握していて問題ない。あとは……あっ!
「まだ地上に戻ってから『聖獣召喚』スキルを試してなかったね」
「そうにゃ! ヴェネのためのスキルにゃ!」
俺の言葉にハッとした顔でヴェネくんが声を上げた。期待に輝く双眸が俺を見つめる。
「それじゃあ、食後はヴェネくんの『聖獣召喚』を確認してみようか」
「うにゃあ! 地上に戻ったからにはヴェネのカンペキな姿を見せつけてやるのにゃ!」
「ヴェネちゃん、重い」
リリアンの肩に乗って拳を突き上げるヴェネくんはやる気に満ちあふれていた。
そして――。
「なぜなのだあああああああああああああああああああああああ!」
真の姿を取り戻したヴェネくんは、ダンジョンの時と同じく魔法が使えないままだった。
技能スキル『聖獣召喚』はおよそ五分間という制限付きで、神々に仕える聖獣の一体を召喚するスキルだ。初めて使用した時は、本来の姿と能力を取り戻したヴェネくんが召喚された。
シルバーエメラルドウルフにやられそうだった俺とリリアンを助けるべく、雷の魔法を放つ姿はとても雄々しくて格好良かったことを覚えている。
しかし、ダンジョン下層に入ってからというもの、『聖獣召喚』でヴェネくんを本来の姿に戻すところまではできるのだが、なぜか魔法を使うことはできなくなっていた。
「うーん、これって理由分かる? サポちゃん」
「サポちゃんより報告。原因はヴェネ様と魔神様の繋がりが断たれているためです。サポちゃんより以上」
皆にも聞かせるためか、ふっとサポちゃんが姿を現した。
「どういうことだ! 理神様の聖獣よ!」
「サポちゃんより報告。私達聖獣が地上で力を行使するには主である神の許可が必要です。強大な聖獣の力を無闇にまき散らさないための処置です。サポちゃんより以上」
「そっか。ダンジョンでは下層に行くほど主神様の声が届かなくなっていたから、魔神様も……」
「サポちゃんより報告。回答は是。魔神様の目が届かなくなったことにより、ヴェネ様は権能の使用許可を得られなくなりました。『聖獣召喚』によって毎度許可はリセットされるため、魔神様との繋がりを維持できない場では、ヴェネ様は本領を発揮することができません。サポちゃんより以上」
「そうだったんだ。ヴェネくん、知らなかったの?」
「ぬおおおおおっ! 地上に降りるなど今回が初めてゆえ全く知らなかったあああああああ!」
両前足で頭を抱えながら、ヴェネくんは地面にのたうち回った。
「あれ? じゃあ、なんで地上に戻ったのに今もヴェネくんは魔法が使えないの?」
「はっ! そうだ、おかしいぞ! どういうことなのだ!」
俺の指摘に正気を取り戻したヴェネくんが、睨み付けるように鋭い眼光をサポちゃんへ向けた。
サポちゃんは冷静な瞳でヴェネくんを見つめ、そっと視線を逸らす。
「サポちゃんより報告。ヒビキ様のせいです。サポちゃんより以上」
「なんだとおおおおおっ!? どういうことなのだ我が主よ!」
「ええええええっ!? 俺は知らないよ!? どういうことなのサポちゃん!」
「サポちゃんより報告。ツェーンの『誤認誘導』およびコーディの『方向音痴』による影響と思われます。サポちゃんより以上」
理神こと姉さんの聖獣ツェーン・ローガとフュンフ・コーディは、復活した際に邪神から身を守るためのスキルを俺に与えてくれた。それが神域から俺を見つけられなくする『誤認誘導』と、聖獣が俺の下へ辿り着けなくする『方向音痴』だ。これが邪神とイヴェルの目から俺達を守ってくれている。
そして、その影響が『聖獣召喚』によって本来の力を取り戻すはずのヴェネくんの妨げになってしまったらしい。これらのスキルが魔神様とヴェネくんの繋がりを断ち、ダンジョン下層にいるのと同じ効果を生んでいるようだ。
「ということは……主のそばにいる限り、我は本領を発揮できないということではないか!?」
「ご、ごめんねヴェネくん」
「でも体は大きいし、いざという時の移動手段にはなるんじゃない?」
ショックを受けるヴェネくんと気まずい雰囲気の俺を励ますように、エマリアさんが告げた。しかし、ヴェネくんはお気に召さないようで歯を食いしばっている。
「ぐぬぬぬっ! 大いなる魔神様に仕えし我が馬扱いとは……」
「大丈夫なのヴェネちゃん。むむむ、土魔法『土人形』獅子の型!」
リリアンがどーんと魔法を使うと、地面から獅子を象った土製のゴーレムが姿を現した。
「おおっ、そういえばリリアンはこんな魔法も使えたんだっけ」
「うん! だから無理してヴェネちゃんに乗らなくても大丈夫なの。えっへん!」
「ぬおおおおおおっ! 我の存在意義が奪われていくううううううう!」
「ええっ!? 何がダメなの!?」
再び両前足で頭を抱えて転げ回るヴェネくん。良いことをしたつもりのリリアンは困惑した。
「おのれえええええっ! こんなゴーレムがあるからあああああああ! ――あっ」
錯乱気味にリリアンのゴーレムに襲い掛かったヴェネくんだが、制限時間の五分が経ったようでポンッと元の可愛い白ネコヴェネくんに戻ってしまう。勢いのまま獅子の背中に弾かれ、リリアンがうまいことキャッチする。
「えっと、ごめんね、ヴェネちゃん」
「ううう、リリアンちゃんはホントは何も悪くないにゃあ……」
「……スキル一つでここまでよく騒げるものねぇ」
呆れたように呟くエマリアさんに俺達は苦笑を浮かべるしかないのであった。
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