最強の職業は勇者でも賢者でもなく鑑定士(仮)らしいですよ?

あてきち

文字の大きさ
152 / 153
アニメ化記念番外編

可愛いお客を出迎えて【ターニャ視点】

時系列は小説2巻。
アニメ4話で、クロードに『バブルウォッシュ』をかけた後日のお話。



★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★


 私の名前はターニャ。ローウェルの宿『微笑の女神亭』で受付嬢をしているわ。
 もっとも、受付だけが仕事というわけではなくて、併設の食堂で給仕をしたり、掃除や洗濯をしたりと、日によってやることは様々。今こうして受付カウンターで帳簿を広げ、仕入れの書類と一つずつ突き合わせているのも、大切な仕事のひとつなの。

 ここは叔父様が切り盛りしている宿だから、自然と手伝うことも多くなるのよね。
 最後の数字を指でなぞり、書類と帳簿の数字がぴたりと一致しているのを確かめると、私は小さく息を吐いてから背を反らせた。ああ、背骨が伸びる感覚が気持ちいい。

「うーん、計算ミスはないみたいでよかったわぁ」

 銅貨一枚のずれでも叔父様は大慌てしてしまう人だもの。宿代を受け取る機会の多い私としても、この手の確認は気が抜けない。背伸びの余韻を残したまま、胸の内に溜まっていた緊張がゆるやかにほどけていくのを感じていた。

 そのとき、チリンと軽やかな音が鳴った。
 玄関扉に取り付けられたベルの音だ。反射的に顔を上げる。

「ただいま、ターニャさん」

「お帰りなさい、ヒビキ君」

 扉をくぐって入ってきたのは、最近この宿を定宿にしはじめた冒険者の少年、ヒビキ君だった。
 ぱっと見はどう見ても十二歳くらいにしか見えないのだけど、本人いわく本当は十六歳なのだとか。頭では分かっているつもりでも、あの見た目で子ども扱いを我慢するのは少し難しい。

 彼はもともと、この宿に滞在していたエマリアの紹介でやってきた子だ。彼女の使っていた部屋を引き継ぐ形になったけれど、今は一人部屋から三人部屋へ移っている。というのも、彼に仲間ができたからだ。

 ヒビキ君に声をかけたあと、私はその背後に立つ人達へ視線を移した。

「リリアンちゃんとクロードさんもお帰りなさい」

「ただいまなの!」

「只今戻りました」

 元気よく手を振るのは、本物の十歳の少女であるリリアンちゃん。その隣で背筋を正し、丁寧に一礼するのは狼の獣人であるクロードさんだ。見た目はまったく似ていないのに、並んで立っていると不思議と親子のように見えるのだから不思議ね。

「にゃあっ!」

 和やかな空気に浸っていたところへ、鋭く割り込むような鳴き声が響いた。リリアンちゃんの肩に乗っていた子猫、ヴェネちゃんだ。まるで自分を忘れるなと言わんばかりの調子で、ぴんと背を反らしてこちらを見ている。思わず口元が緩んだ。

「ふふふ。ヴェネちゃんもお帰りなさい」

「にゃあん」

 声をかけると、満足したように小さく鳴き、胸を張る。その仕草が妙に人間じみていて、つい見入ってしまうほど可愛らしい。
 ヒビキ君の周りは、本当に賑やかで可愛い子ばかり。見ていると、ついあれこれ構いたくなってしまうのよね。

「夕食の時間はもう少し先だから、ちょっと待っててね。あら、ヒビキ君、大丈夫?」

 そう言いかけて、ようやく違和感に気づいた。ヒビキ君の顔色が、ほんのわずかだけど冴えない。怪我をしている様子はないけれど、笑顔の端がわずかに引きつっているようにも見える。
 私の問いに、ヒビキ君は困ったように眉尻を下げ、頬をかいた。

「クロードに冒険者の訓練をつけてもらって、少し疲れてるのかも。でも大丈夫です」

 言いながら、ぱっと表情を切り替えるように笑みを浮かべる。
 ああ、なるほど。女性に心配されるのは気恥ずかしい、そういう年頃なのね。見た目はああでも、やっぱり男の子だわ。そう思ったら、つい少しからかいたくなってしまった。

 私はカウンターに肘をつき、腕を内側へ寄せるようにして体を傾ける。胸元が自然と強調される角度を、意識的に選んだ。

「いつもお疲れ様。頑張ったヒビキ君には、今日の夕食を一品おまけしてあげるわね」

 これでも、自分のプロポーションにはそれなりに自信があるのよ。
 さあ、くらいなさい。微笑の女神亭の看板娘、ターニャの悩殺ポーズを!

「わあっ、ありがとうございます、ターニャさん! 楽しみにしてますね」

「……ええ、任せておいて」

 けれど返ってきたのは、まっすぐな感謝の言葉だけだった。不意に間が空いてしまう。

 視線が逸れることも、戸惑う気配すらない。
 ただ純粋に、おかずが増えることを喜んでいる顔。

 まあ、分かっていたことだけど。思春期の男の子なら、少しくらい何か反応があってもいいと思うのだけれど、この子はそういうところがまったくないのよね。距離を詰めても、まるで気にした様子がない。

 本当に十六歳なのかしら。鑑定士の職業を持っていると聞いているし、成人しているはずではあるのだけど。

 それにしても、年齢の問題というより、そもそも異性として見られていないような気がしてならない。そう思うと、じわりと自信が揺らぐのを感じてしまう。
 そのとき、コホンと控えめな咳払いが入った。クロードさんだ。

「ターニャ殿、我が主の前です。もう少し慎んでいただきたい」

「あら、ごめんなさい」

 視線を逸らしたままの声音に、わずかな硬さが混じっている気がする。体毛に覆われた顔では表情は読み取りづらいけれど、どことなく赤くなっているような気配があった。

 種族が違うせいでつい忘れてしまうけれど、クロードさんはれっきとした成人男性だ。ジュエルのような半獣人種なら見かけることもあるけれど、顔立ちまで獣そのものという真なる獣人種は、彼が初めてだ。

 頭では分かっているのに、どうしても距離感を取り違えてしまう。
 どう見ても子どもにしか見えないヒビキ君だから、あんなふうにからかっているだけで、宿の男性客に同じことをするつもりはない。私は身持ちの軽い女じゃないんだから。

 ヒト種も半獣人も、そしてクロードさんのような獣人とも子をもうけられる以上、彼もまたれっきとした異性の一人だ。女性として、気を付けなければならない。
 そう思いながらクロードさんを見上げて、ふと違和感に気づいた。

「そういえば、最近のクロードさんは随分と身綺麗ね。湯屋にでも通っているの?」

 気のせいではないと思う。初めて会った頃と比べて、全身の毛艶が明らかによくなっている。黒い毛並みが光を受けてやわらかく艶を返していて、思わず手を伸ばしたくなるほどだ。さすがにそれはぐっと堪えたけれど。

 残念ながら微笑の女神亭にはお風呂がない。ローウェルには公共の湯屋があるから、私も定期的にそこを利用している。だからクロードさんもそうしているのだと思っていたのだけど。

「最近、生活魔法『バブルウォッシュ』を習得したんだ。それでクロードを洗浄してるんだよ」

 ヒビキ君が、少し誇らしげにそう教えてくれた。

「生活魔法を? ようやく使えるようになったのね。おめでとう、ヒビキ君」

 声をかけると、彼は嬉しそうに笑みを浮かべる。

 彼が生活魔法を習得するために努力していたことは知っている。何せ、自主的にこの宿の掃除を手伝ってくれていたのだから。彼なりに目的があったとはいえ、こちらとしても仕事が減って助かっていたのは事実で、そのお礼に時々夕食のおかずを一品増やしてあげたりしていた。決して可愛いから贔屓していたわけではないのよ。

 その努力が、ようやく形になったということね。そう思うと、素直に嬉しくなる。
 改めてクロードさんへ視線を戻す。女性の髪ほど長さはないから分かりにくいけれど、全身の黒い毛並みが、内側から光を含んでいるように見えた。

 綺麗だわ。もし私の髪がこれくらい艶を持ったら、どんな感じになるのかしら。
 指先で自分の髪をそっとすくい、光にかざすようにして眺める。

「クロードさんの毛並み、素敵ね。私も体験してみたいわ」

 つい口に出してしまうと、クロードさんが落ち着いた声で応じた。

「汚れが落ちるだけでなく、とても爽快な気分になりますから、おすすめですよ」

「爽快な気分? ちょっと想像できないわね」

 首を傾げると、ヒビキ君がすぐに言葉を重ねた。

「だったら今やってみる? すぐにできますよ」

「あら、そう? じゃあ、お願いしようかしら」

 軽い調子で返事をしてしまい、そのままカウンターの内側から出てヒビキ君の前へと立つ。彼がまっすぐこちらに腕を伸ばしたのを見て、ほんの一瞬だけ背筋が伸びた。

「それじゃあ、いきます。生活魔法『バブルウォッシュ』!」

 放たれた魔法の泡が、ふわりと広がりながらこちらへ押し寄せてくる。きめ細やかな泡が逃げ場なく全身を包み込み、そのまま肌へと触れた瞬間、はっきりと分かった。
 体の奥にこびりついていたものが、根こそぎ剥がされていく。

 湯屋に通っていても落としきれなかった、目に見えないほど細かな汚れまで、余すことなく洗い流されていくのが分かる。肌の上をなぞる泡の感触が、ただの洗浄とは違う、どこか内側まで届くような刺激を伴っていた。

 初めて味わうその感覚に、思わず息が漏れる。

「ああっ、あああああああああんっ!」

 クロードさんが言っていた爽快感とは、このことだったのね。細やかな泡が全身を撫でていくたびに、ぞくりとした感覚が駆け抜けていく。

 やがて泡はゆっくりとほどけるように消え、空気の中へ溶けていった。残されたのは、湯屋を出た直後のような火照りと、妙に軽くなった体。胸の奥に溜まっていた空気が押し出されるように、私は小さく息を吐いた。

「とっても、よかったわ……」

「わあっ、ターニャさんとってもきれいなの」

「うん。髪も肌もツヤツヤだね。上手くできてよかった」

「……おみゃあら、あれ見て出てくる感想がそれなのにゃ?」

 今、知らない声が混じった気がしたけれど、気のせいでしょう。ヒビキ君とリリアンちゃんは、すっかり洗浄された私を見て素直に褒めてくれている。

「タ、ターニャ殿、もう少し慎みをですね……」

「クロードも初めてのときはこんなものだったけど?」

「ヒビキ様!?」

 クロードさんの言葉に、ようやく頭が冷えてくる。指摘されて初めて、自分の様子を客観的に思い出した。

 ……うん、少しやりすぎたかもしれない。

 頬に熱が集まっていくのを感じる。今の私はきっと、みっともないくらい赤くなっているのだろう。それでも、さっきの感覚を思い出すと、完全に否定しきれないのが困りものだ。

「こらあああああああっ! 俺の宿でお前ら何をやっとるんだ!」

「えええっ! ごめんなさーい!?」

 案の定、奥から飛び出してきた叔父様に、私達は揃って叱りつけられることになった。
 反省、反省……でも、機会があればあと一回くらいは体験してみたいかも。

 なんてね♪






★★★ あとがき ★★★


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
どちらかというと、アニメ寄りな性格のターニャさんになっちゃいました。


TVアニメ鑑定士(仮)はTOKYO MXおよびBS朝日にて毎週土曜夜、好評放送中です。
Prime Video・U-NEXT・Huluなどでも配信中。

dアニメストア・ABEMAでは1週間早く先行配信を実施中です。
詳細はアニメ公式サイト(https://kanteishikari-anime.com/)をご確認ください。

最終話まで楽しんでいただければ幸いです。

◆◆◆

アニメだけじゃない!
鑑定士(仮)がゲームになっちゃいました!

サンソフト
『GAME 最強の職業は勇者でも賢者でもなく鑑定士(仮)らしいですよ?~地下迷宮と謎の少女~』

ゲーム公式サイト:https://sunsoft.games/kanteishikari-game/top

シンプルな操作性で奥深い戦いが楽しめる爽快アリーナシューターゲーム!
いわゆる『ヴァンサバ系』とよばれる、全方位型シューティングです。
メインキャラがフルボイスで話してくれます。

買い切り型のコンソールゲームです。
Nintendo Switch、Switch2、PS4、PS5、Steamに対応。

現在、期間限定で10%オフキャンペーンを実施中!


ぜひ遊んでみてくださいね!
感想 1,024

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな

七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」 「そうそう」  茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。  無理だと思うけど。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

婚約破棄された翌日、兄が王太子を廃嫡させました

由香
ファンタジー
婚約破棄の場で「悪役令嬢」と断罪された伯爵令嬢エミリア。 彼女は何も言わずにその場を去った。 ――それが、王太子の終わりだった。 翌日、王国を揺るがす不正が次々と暴かれる。 裏で糸を引いていたのは、エミリアの兄。 王国最強の権力者であり、妹至上主義の男だった。 「妹を泣かせた代償は、すべて払ってもらう」 ざまぁは、静かに、そして確実に進んでいく。

後日譚追加【完結】冤罪で追放された俺、真実の魔法で無実を証明したら手のひら返しの嵐!! でももう遅い、王都ごと見捨てて自由に生きます

なみゆき
ファンタジー
魔王を討ったはずの俺は、冤罪で追放された。 功績は奪われ、婚約は破棄され、裏切り者の烙印を押された。 信じてくれる者は、誰一人いない——そう思っていた。 だが、辺境で出会った古代魔導と、ただ一人俺を信じてくれた彼女が、すべてを変えた。 婚礼と処刑が重なるその日、真実をつきつけ、俺は、王都に“ざまぁ”を叩きつける。 ……でも、もう復讐には興味がない。 俺が欲しかったのは、名誉でも地位でもなく、信じてくれる人だった。 これは、ざまぁの果てに静かな勝利を選んだ、元英雄の物語。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!