最強の職業は勇者でも賢者でもなく鑑定士(仮)らしいですよ?

あてきち

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5巻

5-2

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 ――ピシリ。

「――?」

 今、何かが軋んきしだような音が聞こえた。ガラスにひびが入る音に似ていた気がするけど、周囲を見回してもそれらしいものは見当たらない。なんだろう?

「……まあ、いいか。今はとりあえず――」

『宝箱』から手鏡を取り出して牢屋の鍵穴を映し出す。俺はそれをじっと見つめた。そして、倒れた兵士の腰にある何本もの鍵と、鍵穴の形とを見比べてみる。


【固有スキル『識者の眼(オリジン)』が対応する鍵を識別します】

『識者の眼』が二秒で牢屋の鍵を見つけた。しかし盗難防止のためか、兵士の鍵は彼の腰にしっかり固定されている。ま、問題ないんだけど。


【技能スキル『複製転写レベル4』を行使します】

 スキルで複製した鍵を使って、ついに牢の扉を開けることに成功した。

「よし、これでみんなを探しに行ける!」

 作戦を考えてくれたサポちゃんに礼を告げ、牢屋の外に出ると、クルリと回れ右をした。
 牢屋の中には、信じられないといった顔で俺を見つめる二人がいる。

「俺は仲間を助けに行きますけど、二人はどうしますか? ここに残りますか?」

 俺が尋ねると、ガレリオさんとワイザさんは目を丸くして見つめ合うのだった。


       ◆ ◆ ◆


 私、クロード・アバラスは孤児こじだった。
 両親の記憶はないが、幼子が生き延びたのだから誰かしら育ててくれたのだろう。
 しかしいつの間にか、私は一人になっていた……。名前は、なかった。
 そこはボロボロの教会のような廃墟はいきょで、そばには誰も見当たらない。
 まず考えたのは、お腹がいたということ。
 だが、それにこたえてくれる者はおらず、何をどうすればよいのか分からなかった。
 待っていても腹がふくれないと理解したのはいつだったか。
 廃墟の外へ出たが食べ物があるわけもなく、私はただあたりをふらふら歩くだけだった。
 ユーティリスティナ大陸中央部の北方に位置する獣人の国、ビストロニア王国の貧民街。そこが私のいた場所だった。
 そこには自分以外にも孤児がいたが、彼らが私を助けてくれることはなかった。
 何もかもあきらめ、うつろな目で死を待つ者達。自分だけは生き残るのだとギラギラした目を浮かべて街中を徘徊はいかいする者もいる。
 そんな者達ばかりだから、誰かに手を差し伸べられるなどという奇跡は起きなかった。
 初めて食べた虫の味は、最低だった。
 ここまで私を育ててくれた者は、私を置いて出て行ってしまったのか、それともどこかで野垂のたれ死んでしまったのだろうか。
 街中を歩き回り残飯や虫を探す毎日。一体何日街を彷徨さまよっていたのか。
 日暮れには廃墟に戻り、朝になれば街を彷徨う。得られる食料は微々びびたるもので、日に日に体がせ細っていくのを幼いながらも感じていた。
 夜、一人で眠り、朝、一人で目覚める。そんな毎日が続くと、なぜか体が震えた。
 今は夏。太陽が大地を照り付け、寒さを覚える季節ではない。だが震えが止まらなかった。
 暑いはずなのに寒々しく、昼間だというのに世界が真っ暗になったような気がする。
 時折、夢を見た。
 誰かが私を抱き上げ、優しい言葉をかける。何と言ったのかまでは分からなかった。
 時折、外でこんな光景を見た。

「おい、トマス。トマス……トマスってば!」
「――うん? おお、ジャルヤじゃないか。久しぶりだな!」

 嬉しそうな顔をして互いに駆け寄る二人。
『とます』と『じゃるや』とは、一体どういう意味だろうか――私は首をかしげた。
 同時に、またしても体が震えた。寒くて、寒くて……空腹よりもつらかった。
 限界を感じたのは、それから二週間くらい経った頃だと思う。
 もう足元もおぼつかず、眩暈めまいから視界が揺れた。壁にもたれかかり空を見上げる。自分の虚ろな心とは裏腹に、夏の空は澄み渡る濃い青色をしていた……。
 いつの間にか、自分は死を待つ者達と同じようになっていた。残飯をあさり、中身がスカスカの虫を食べる毎日に、疲れてしまったのかもしれない。
 もう、諦めてしまおうか……そう思い、脱力した瞬間、鼻先に覚えのあるいい匂いが漂ってきた。
 それは、記憶の奥底に眠っていたパンの匂いだった。
 もう一度、パンを、食べたい……ただそれだけのために、体がまだ動いた。ふらつきながらも立ち上がり、匂いのする方へ歩く。
 そしてそこで、私は不思議な人間を見つけた。
 全身毛むくじゃらな自分達とは全く容姿の異なる人間。長い白金の髪。耳は細長く、貧民街の大人よりも華奢きゃしゃで……その瞳は、先ほど見た夏空のような青色をしていた。
 その姿に見惚みとれしばし呆然としたが、すぐに気を取り直す。食べたいなら奪わなければならない。
 耳の長い女は道に迷ったのか、あたりをキョロキョロと見回して困った表情を浮かべていた。
 この二週間で、お願いしても、誰も食べ物を分けてくれないことは学んだ。
 あの懐かしい、恋しいパンを得るためには、彼女から奪い取るしかないのだ。
 だから私は、なりふりかまわず彼女にきばを立て襲い掛かった。

「ぐるるるる! ガアアアアアアアアア!」
「――っ!? きゃっ!」

 突然現れた私に驚いた彼女は咄嗟とっさに右腕を突き出し、私はその細腕に全力でみついた。
 苦痛の表情を浮かべる彼女に対し、情け容赦ようしゃなくあごの力を強める。だが、口の中いっぱいに広がる鉄臭い味に、私は思わず顎の力を抜いてしまった。
 残飯も虫も耐えられたのに、血の味には耐えられなかった。げえげえ言いながらき込んだ私はもう何もかも我慢できなくなり、唐突に泣いてしまった。

「もうやだ……もうやだあああああああああああああああああ!」

 目の前に襲った相手がいることも忘れ、ただひたすらに泣いた。
 もう嫌だった。耐えられなかった。空腹も、残飯や虫の味も、助けてくれない人達も、死を受け入れている人達も。そして何より――。

「あらあら、どうしたの? 大丈夫?」

 泣きじゃくる私を、誰かがひょいと抱き上げた。なんと私が襲った女性だった。
 私に噛みつかれたというのに、彼女は優しく俺に尋ねる。

「やだ……やだ……もうやだ……」
「……なーに? 何が嫌なの?」

 私は彼女の右肩に顎を乗せる体勢で、背中を優しく叩かれた。まるで母親にあやされるように。

「ひとりはやだああああああああああああああ!」

 誰かいたはずなのだ。誰かがそばにいたはずなのだ。朝も夜も、私は一人ではなかったはずなのに……気が付いたらひとりぼっちだった。
 本当は夜、一人で眠るのは怖くて仕方がなかった。朝、目が覚めて一人なのは心細かった。
『とます』『じゃるや』と言っていた二人も……なぜかうらやましかった。

「そう、一人で頑張がんばったのね。えらい子ね……」

 ずっと泣いている私を、彼女は嫌な顔ひとつ見せずに抱き続けた。


 ……気が付くと私はふかふかの温かい布の中で目を覚ました。廃墟の冷たく硬い床ではない。訳も分からず混乱し、布にくるまったままあたりを見回す。

「おはよう、気分はどう? どこもつらくはない?」

 先ほどの女性が椅子に座っていた。彼女は今も優しげな瞳をこちらに向けている。
 だが、急に怖くなった。以前、貧民街で同じように食べ物を得るために誰かを襲った者が、失敗し反撃され殺されてしまうのを見た。
 ガタガタと体が震えた。こ、殺される!? ……だが、そうはならなかった。
 抱き上げられた私は、彼女と反対の席に座らされた。目の前にはパンと白湯さゆがある。

「パンとスープを用意したのだけど、食べられそう?」

 鼻先をひくつかせながら、視線は彼女と料理を何度も往復する――腹の虫が鳴いた。

「ふふ、どうぞ召し上がれ」

 私はパンにかじりついた……パンの味がした。何の前触れもなく涙が零れる。

「あらあら、美味おいしくなかった?」
「ちが……ちが……けど……パン……だ」
「そうね、パンね」

 微笑む彼女の姿に何か気恥ずかしくなり、私は泣きながら黙って全てをたいらげた。

「あなたの名前はなんというのかしら?」

 食事を終え、ようやく落ち着いた私に彼女が尋ねた。

「……なまえって、なに?」

 私が首を傾げて尋ね返すと、彼女は一瞬目を見開き、眉尻を下げつつも笑みを保つ。

「そうね、あなた、一人だったのだものね……名前というのはあなたを指す言葉よ」
「おれを……さす? ほうちょうで?」
「こ、怖いこと言うわね。違うわ。どこかで見てないかしら? 誰かが誰かを呼んでいるところ」
「うー? ……とます? じゃるや?」
「ええ、それよ。人にはそれぞれ名前があって、誰かを呼ぶ時はその名で呼ぶの」
「じゃあ、おまえは?」
「私の名前はアナスタシアよ」
「ふーん? じゃあ、おれは?」
「うーん、あなたが知らないなら、私にも分からないわね」
「……そう」

 なぜか寒くなった気がした。自然と視線が下を向く。今は夏なのに、寒いはずがないのに……。

「だから、今決めましょうか、あなたの名前を」
「えっ!?」
「名前がないと、あなたを呼ぶのに不便だもの」
「でも、そんなのあっても……だれもよばない。おれ、ひとりだし……」
「あら? 私が呼ぶわよ、あなたの名前。それに、一人にするつもりもないわよ?」
「えっ!?」
「名前は何にしましょうか? そうね……クロードなんてどうかしら? 格好いいと思わない?」
「く、くろーど?」
「私の故郷の古代語で、『いとし子』という意味もある素敵な名前よ。どうかしら?」
「くろーど……おれ、くろーど?」
「気に入ってくれたのなら、そう名乗ってくれると嬉しいわ」
「……おれ、くろーどで、いい?」
「ええ、はじめまして、クロード。私はアナスタシアよ」

 彼女……アナスタシアはニコリと微笑む。

「お、おれ……くろーど。は、はじめまして、あなすたしあ。……噛んでごめんなさい」

 私が名乗ると、アナスタシアは笑みを深め、私の頭をそっと撫でた。顎先が震え、再び瞳に涙が溜まり始めるが、どうにか全力でこらえる。
 ……寒気が消えた。震えも止まった。
 今は夏。雲さえなく、空は澄み渡る濃い青色――アナスタシアの瞳の色をしていた。

「すごく……あつい……」

 今は夏なのだと、ようやく実感した。


 ザブンッ! という水音とともに、私は咳き込んだ。水が口と鼻に入ったようだ。

「ガハッ! ……ハァ、ハァ」

 閉じていた瞼が開き、視界がはっきりしてくる。ここは……どこだ?

「目が覚めたか? 不法入国者の分際で居眠りとは、いいご身分だな」

 視線を上げると、如何いかにも不機嫌そうに眉根を寄せた金髪の男が、今にも射殺いころしそうな赤い瞳で私を睨みつけていた。確か……ガーベルと呼ばれていたな。

「グルルルルルルル!」

 敵意以外感じられないその瞳に、私は思わずうなり声を上げた。
 問答無用で私達を捕らえ、ヒビキ様を牢屋に放り込んだ無礼者だ。大人しくなどできるか!
 くそ、どうしてかは分からないが、突然弱体化さえしていなければこんな奴、きにしてやるものを……なぜスキルが使えないのだ。

「ふん、威勢が……いいな!」
「――っ!? ガフッ!」

 眉間みけんのしわをさらに深くしたガーベルが、右手に持っていた剣で私の左側頭部を強く打ち据えた。奴の剣が鞘に収まっていなければ、それで私の命は終わっていただろう。
 一瞬、意識が飛びそうになったがどうにか堪え、再び唸り声を上げる。それしかできない。なぜなら、今の私は四肢ししを拘束され、猿轡さるぐつわをはめられているのだから。

「……どこまでも不快だな、駄犬が」

 唸り声を上げつつ、私は周囲の状況を確認した。
 この場にいる敵はガーベルと、奴の部下と思われる騎士が二名。
 石造りの壁と天井。周囲の音は聞こえない……地下室だろうか。私の四肢は金属製の頑丈がんじょうな椅子に縛り付けられ、身動きが取れなかった。猿轡のせいで口を利くことすらできない。
 ……左腕と右足が折れているな。奴らに抵抗した際に負傷したようだ。
 口の中も鉄臭い。口内を切ったか……おかげで見たくもない夢を見させられた。
 あんな夢、今さら見たところで意味などないのに。私があの女を、アナスタシアを懐かしんでいるとでもいうのか……いや、そんなはずはない。
 きっと不快な思いをさせられたせいで、不快な記憶が呼び起こされてしまっただけだ……。
 思考にふけっていると、近くでシャッと金属の擦れる音が聞こえた。ガーベルが鞘から剣を抜いたようだ。キラリと光る切っ先が私へと向けられた。
 反抗するように、私は三度目の唸り声を上げる。

「さて、今一度問おう。お前達地上の人間は、どうやって、そして何の目的でこのテラダイナスに侵入してきたのだ……どうせ、ろくな理由ではないのだろうがな。答えろ!」

 鬼気迫るとは、こういう顔のことを言うのだろう。均整の取れた相貌が、怒りに任せて大いにゆがんでいる。
 だが、私には質問に答えるすべがない。私の口には猿轡がつけられているのだからな。

「……そうか、答える気はないのだな……では、答える気になるようにしてやろう」

 顔を真っ赤にして怒気をあらわにするガーベルが、剣を振り下ろした。
 ……この男は私に答えさせるつもりなど、はなからないのだ……ヒビキさ――。


       ◆ ◆ ◆


「ふむ、ようやく自由になったわい。礼を言うぞい、小僧」
「俺の名前はヒビキ・マナベだってば。そろそろ覚えてよ、ガレリオさん」
「ふんっ! 小僧など小僧で十分じゃわい!」

 ガレリオさんは両手の手首を振りながら、ぷいっと顔をらした。牢屋を出られたせいか、随分と強気な態度だ。現金なものである。

「グギャギャギャッ!」
「何? ワイザさん」
「……手錠を外してくれてありがとうじゃと」
「ああ、どういたしまして」
「ギャギャギャ~」

 ワイザさんはニタリと笑った。……嬉しそうだけど、笑顔がちょっと怖いのはご愛敬あいきょう
 結局、ガレリオさんとワイザさんは俺に同行するそうだ。
 実際のところ、それ以外に選択肢がないのも事実だ。開放された扉と倒れた兵士、そしていなくなった囚人……俺が兵士なら、絶対に残っている囚人を激しく問い詰めるだろう。
 今までの兵士の対応を見る限り、何をされるか分かったものではない。ガレリオさん達もそれを十分に理解していたようだが……。

「もう、テラダイナスにはおれんかもしれんのぉ」

 牢番の詰所の中を漁りながら、ガレリオさんはポツリと呟いた。
 拷問ごうもんの危険性があったとはいえ、容疑を掛けられて拘束されている俺達が脱獄だつごくしたという事実は変わらない。最悪、この都市から脱出しなければならないのだ。

「グギギッ、ギシュシュシュッ!」
「むう、そうじゃの、とりあえずここを脱出したら市長に嘆願たんがんしてみるしかないかの。それでダメならマリンベルかエランスカイか……最悪、地上に逃げるとするかのぉ」

 諦めたようにため息をつくガレリオさんの肩を、ワイザさんが優しく叩いていた。
 ……どちらかと言うと、地上に出て大変なのはワイザさんだと思うけど、優しいなゴブリンって。

「ガレリオさん、騎士達に捕まったのに市長が助けてくれるんですか?」
「市長はガーベルと違って公正な人じゃから、少なくとも話はきちんと聞いてくれるはずじゃぞ」
「よかった、まだテラダイナスに残れる可能性はあるんですね。じゃあ、連れ去られた仲間を救出したらここを出て、市長に助けをうってことでいいですか?」

 二人は俺の言葉に首肯しゅこうした。

「まあ、それしかないの……じゃがどうやって仲間を探すんじゃ? 女達は女用の牢じゃろうが、獣人の方はさっぱりじゃぞい? 詰所の中に聖殿の地図もないようじゃしなぁ」
「うーん、当てが外れたなぁ」

 てっきり詰所の中に施設の地図があるかと思ったんだけど、ないらしい。それに奪われた装備や荷物もないようだ。

「それに丸腰で歩き回るのは危険じゃ。兵士に出会ったら終わりじゃぞ」
「ああ、武器に関しては大丈夫ですよ」
「何? 武器なぞどこにある? 兵士から剣を一本拝借はいしゃくできるが、儂もワイザも剣は苦手じゃ。お前さんが扱え……るわけなさそうじゃの。一体どこに……て、ああ、分かったわい」

 怪訝けげんそうな顔を見せるガレリオさんだったが、俺の手のひらの『宝箱』を見て勝手に納得した。

「いろいろありますけど、どんなのがいいですか?」
おのつい、棍棒なんかでもいいの。斬ったり刺したりは苦手じゃわい」

『宝箱』からの長い槌を取り出してガレリオさんに、近接戦闘が苦手なワイザさんにはクロスボウを渡した。


 これらの武器はダンジョンのオートマチックメイル達の装備を回収したものだ。俺には扱えない武器ばかりだったけど、回収しておいてよかったよ。
 ちなみに俺の武器もワイザさんと同じくクロスボウだ。スキル、魔法が使えず、レベル1状態の俺に、接近戦なんてできるわけがない。照準しょうじゅんなら『識者の眼』で補正できるしね。
 ガレリオさんが槌を振って使い勝手を確かめる。
 さすがは小柄ながらも筋骨隆々。軽々と槌を振っていた。地上ならともかく、テラダイナスでは俺、ガレリオさんには勝てないだろうなぁ。

「ふむ、これなら問題なくやれそうじゃわい。あとはお前さんの仲間の居場所じゃな」
「せめて地図でもあれば……どうやって探そう」
「しらみつぶしというわけにもいくまい。聖殿は広い。武器があるとはいえ、戦わずに済むにこしたことはないからの」

 うーん、やっぱりこれしか手掛かりはないのか……俺は通路の床をじっと見つめた。
 そこには、俺だけに見える無数の足跡が映っていた。
 肉眼では判別できないかすかな足跡を『識者の眼』が認識し、識別しているのだ。

「でも、数が多すぎる。それに、いつ誰が歩いた跡かどうかまでは分からないし……」
「どうしたんじゃ?」
「ゲゲ?」
「ううん、何でもないです……とりあえず足跡を手掛かりにそれらしい場所を――っ!?」

 上階へ繋がる階段から足音が響いた。かなり急いでいるみたいだ。
 まさかもう気づかれたのか!? 俺達は武器を構えたが、降りてきたのは――。

「ヒビキさん!」
「ユーリ!? リリアンにヴェネくんも! 無事だったの!?」
「お兄ちゃん!」
「にゃにゃあああ!」

 俺は思わずみんなの元へ駆け寄り、リリアンとヴェネくんと抱き合った。

「よかった、どこも怪我けがはないみたいだね」
「はい、ちょっと怖かったですけどすぐに出してもらえて」
「出してもらえた? 一体誰が……」
「私が許可しました」
「あなたは……」

 階段から降りてきたのはエルフの女性だった。
 一本に三つ編みにされた白金の髪に、アクアマリンのように透き通った青い瞳。優しげな風貌ふうぼうと眼鏡の組み合わせのせいか、とても理知的な印象を受ける。黒のような紫のような、しとやかなシルエットのドレスローブがまた、その印象に拍車を掛けていた。
 エマリアさんとは系統は違うが、エルフって本当に美人が多い……あれ?
 俺は首を傾げた……この人、どこかで見たことがあるような……どこだろう?

「あなたがユーリさん達の仲間ね。私の名はパトリシア・サージェス。この地底都市テラダイナスの市長を務め……て……」

 俺はハッとした。この人が俺達の探していた人物『三界の賢者』の一人、パトリシア・サージェスさん。市長でもあったとは。

「ユーリ達を助けてくれてありがとうございます、パトリシアさん。……パトリシアさん?」

 パトリシアさんは、なぜか俺を見つめたまま固まっていた……なんだ?

「あの、パトリシアさん?」
「――っ! い、いえ、何でもないのよ……あなたの名前は?」

 パトリシアさんはようやく我に返ったようだ。笑みを浮かべて俺の名を尋ねた。

「俺の名前はヒビキ・マナベって言います」
「ヒビキ・マナベというの……そう、よね。そんなわけないわよね。よろしくね、ヒビキ君」
「よろしくお願いします」

 ……なんだろう。パトリシアさんの笑顔が、なんだか少し寂しそうに見える。
 不思議に思う俺だったが、そんな思考はすぐに吹き飛んだ。なぜなら――。

「パトリシア様! 見つけたであり、きゃああああああああ!?」
「ぐはああああああああああああああ!?」
「パトリシアさん!?」

 階段の奥から快活な声が聞こえたと思った瞬間、振り返ったパトリシアさんの胸元に何かが突撃してきた。おそらく階段でつまずいてしまったのだろう。勢いよく飛び込んできたせいで、パトリシアさんと声の主は通路をゴロゴロと転がっていった。

「ぐ、ぐえええええええっ!」

 パトリシアさんの口から、淑女しゅくじょの品性が問われかねないうめき声が……これは鳩尾みぞおちに入ったね。

「ぐう、危うく死ぬところだったであります! 少々硬いけどクッションがあってよか――きゃあああああああ! パトリシア様!?」

 パトリシアさんの上に乗っかっていた女性が悲鳴を上げた。クッションて……。
 橙色の髪とウサギの耳が特徴的な可愛い女の子。ウサギの半獣人種かな?

「クレアンナ……あなた、よくも……」
「ち、違うであります! 確かに硬かったけど、ちょっとくらいは弾力がって、いやああああ!」
「な・に・が、硬かったって言うのよ! 論点はそこじゃないでしょ!」
「痛い! 痛いであります、パトリシア様!?」

 怒りの形相ぎょうそうでクレアンナさんのこめかみを、両拳ではさむようにグリグリと回すパトリシアさん。きっちり中指の第二関節を突き出しているあたり、彼女の怒り具合が分かるというものだ。

「えーと、ユーリ、とりあえず今までの経緯けいいを教えてくれる?」

 お仕置きが終わるまでしばらく掛かりそうだったので、ユーリ達から事情を聞くことにした。

「え? あ、はい。私達が目を覚ますと牢の中にいたんです。女性兵士がいたので出してくれるようお願いしたんですが聞き入れてもらえず。そこにパトリシア様がいらっしゃって牢から出してくれました。事情を聞かれましたが私達もよく分かっていなかったので、とりあえずヒビキさん達と合流しようという話になって……あれ? そういえばクロードさんは?」

 ユーリはここでようやくクロードの不在に気が付いた。周囲をキョロキョロと見回すが、もちろんここにクロードはいない。

「それが、クロードはガーベルって人に連れていかれてしまったんだ」

 俺が答えると同時にクレアンナさんの悲鳴がやんだ。パトリシアさんがお仕置きを中断したのだ。

「ク、クロードですって? ガーベルに連れていかれた?」
「はい。だから俺達は牢を脱出して、クロードを探しにいくところだったんですけど……」

 パトリシアさんの顔色が変わった。


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