最強の職業は勇者でも賢者でもなく鑑定士(仮)らしいですよ?

あてきち

文字の大きさ
10 / 152
1巻

1-10

 何!? どうしたの!? みんなどうしちゃったの!?
 すると、ガバッと誰かが覆い被さってきた。

「ヒビキ様! ジェイドを助けてくれてありがとうございます!」

 ジュエルさんだった。彼女も涙を流している。
 ああそうか。みんなジェイドさんが治ったことを喜んでるのか。
 緊張しすぎて分からなかったな。うん、やっと納得。
 ジュエルさんにニッコリ微笑み返したんだけど、俺はそこで緊張の糸が切れ、意識を手放してしまった。
 おやすみなさい……ぐぅ。


       ◆ ◆ ◆


 俺の日課は、放課後にカフェに寄ることだ。そして趣味の紅茶を飲む。
 少しくらいなら自分でもれられるけど、やっぱり本職にはかなわない。だから今日も行くのだ、カフェ山原やまはらへ。

「こんにちは、おじさん」
「やあ、いらっしゃい、響生君」

 ここは俺の家の隣にある喫茶店、カフェ山原だ。放課後、家に帰った俺は週五でここに通っている。いろんなカフェに行ってみたけど、ここの紅茶が一番好みだ。

「今日は何にする?」
「もちろん、亜麻音ブレンドで!」
「……あんたも好きよね、そのブレンド紅茶」
「あれ? 亜麻音、今日は店の手伝いなの?」

 おじさんに紅茶の注文をすると、厨房から幼馴染の山原亜麻音が姿を見せた。カフェのエプロンを纏った彼女は、今日は店の手伝いらしい。

「母さんが調子悪いみたいだから、代わりにね。父さん、響生と恭子のブレンドはアタシが淹れるから、あっちのお客の相手してきてよ」
「ああ、分かったよ。ゆっくりしていってくれ、響生君」

 おじさんは優しく微笑むと奥のテーブルのお客さんの方へ行ってしまった。

「というか、恭子ちゃんも来てるの?」
「隣にいますよ、真名部君」

 言われて振り返ると、そこには亜麻音の親友の豊月とよつき恭子ちゃんがいた。

「あれ? 恭子ちゃん、いつからいたの?」
「真名部君が来るよりも前からここにいましたよ? 見えなかったんですか?」
「ごめん、気が付かなかったよ」
「響生はうちに来ると、自分が紅茶を飲むことしか考えていないのよ」
「ふふ、そうみたいですね。でも次は気づいてくださいね」
「うん、分かった」
「はい、亜麻音ブレンドよ」
「ありがとう」

 亜麻音ブレンドはおじさんこと亜麻音のお父さん、つまりこのカフェの店主が亜麻音の生誕を記念して作った特製ブレンド紅茶だ。ブレンドの配合はもちろん企業秘密。
 亜麻音にとって嬉しいのか恥ずかしいのか知らないけど、亜麻音ブレンドはこのカフェで、紅茶の売上第一位の座をこの十六年間守り続けている。つまりとても美味しい紅茶なのだ。

「やっぱり美味しいなぁ、亜麻音は」
「ちょっと、そこはブレンドって付けなさいよ」
「本当に美味しいですよね、亜麻音ちゃんは」
「もう完全にわざとでしょ! 二人してアタシで遊ばない!」

 イタッ! 俺だけお盆で叩かれた。紅茶を褒めただけなのに、なんで!?

「ごめん、でも本当に美味しいよね」
「そうだろう、そうだろう。うちの亜麻音は絶品なんだよ、響生君。おじさんは、響生君なら息子になってくれても……ガハアアッ!」

 おじさんが話に加わった途端、亜麻音がカウンターを飛び越えておじさんの腹に掌底しょうていを食らわせた。ああいうこともできるんだ、亜麻音。怖いな!

「変なこと言わないでよね! アタシも響生もそんな気は一切ないんだから!」
「亜麻音、そんな気って?」
「知らなくていい!」

 ギロリと睨む亜麻音に俺は聞き返すことができなかった。恭子ちゃんも笑顔で「気にしなくていい」と言っていた。どういう意味なんだろう? というか、亜麻音ブレンドと息子にどんな関係が?

「真名部君、また何かとんでもない勘違いをしてそうですね……」
「仕方ないわよ、それが響生なんだから。『響生クオリティー』よ。どうしようもないわ」
「何その単語、初耳だよ!?」
「今付けたのよ。いい? 響生。あんたはすぐに変な勘違いをするんだから、よくよく考えてから行動しなさい。あと言動にも十分注意すること! あんたの言い回しは時々危なっかしいから。それで何度も危険な目に遭っているんだからいい加減気を付けなさいよ」
「え? 危険な目って?」
「その辺に気が付かないのも『響生クオリティー』なのね、亜麻音ちゃん」
「その通りよ。響生、あんたが気が付いていないだけなのよ。もっと周りを見て、正しい判断ができるようになりなさい。いつまでも誰かが助けてくれるとは限らないんだから。分かった?」

 俺が知らない間に? 一体いつのことだろう? うーん、考えても分からない。

「分かったの?」
「!? はい!」

 とりあえずしっかり返事はしたけど、よく分からないな。でも気を付けろと言われたんだから、十分気を付けないと。……何に気を付ければいいのか分からないけど。


       ◆ ◆ ◆


 パチッと目が覚めた。天井が見える。ベッドに寝てるのかな? 何でだ?
 さっきまで久々に日本のことを夢に見た。夢の中でも亜麻音ブレンドを飲めたのはよかった。でも亜麻音に説教されている時の夢でなくてもいいのにな。
 もうこの世界に来て一ヶ月以上か。みんな元気にしてるかな? 神様が言うにはみんな大丈夫らしいけど、夢に見るってことは、俺も心のどこかでまだ心配してるのかな。


【職業レベルが上がりました。レベル2→レベル5】
【技能スキル『鑑定』のレベルが上がりました。レベル2→レベル3】
【技能スキル『契約』のレベルが上がりました。レベル1→レベル2】
【技能スキル『翻訳』のレベルが上がりました。レベル1→レベル2】
【『契約』より派生スキル『救済措置レベル1』を習得しました】
【『翻訳』より派生スキル『暗号解読レベル1』を習得しました】


 ……はっ!? 起きたらいろいろレベルが上がったようだ。
『鑑定』とか、レベル1とレベル2の違いも確認しないうちにレベル3になっちゃったなぁ。どう違ったんだろう?


『サポちゃんより報告。レベル2は『鑑定』の成功率上昇の効果。レベル3は対象の【状態】を確認可能になります。サポちゃんより以上』


 へえ、そうなんだ。【状態】って何だろう? 後で誰かを鑑定してみようかな。

「あらあら、目が覚めましたの?」

 聞き覚えのある声がして首を回すと、ジュエルさんが椅子に座っていた。

「えーと、おはようございます?」
「ええ、おはようございます、ヒビキ様。体に異常はございませんか?」

 特に異常は感じられなかったので、起き上がってベッドの上に座った。

「はい、何ともないです。ここはどこですか? 俺はどれくらい寝ていたんですか?」
「ギルドの医務室です。あれからまだ一時間ほどしか経っておりませんわ」
「そうなんですか。何だかご迷惑をお掛けしました。もう大丈夫なんで、そろそろホンホン草の採取に行きますね」
「ふふふ、ヒビキ様は勤勉ですわね。でも少しだけお時間をくださいませ。お話がございますわ」

 ジュエルさんはいつになく真剣な面持ちで俺に向かい合った。

「まずはお礼を。ジェイドを助けてくださって本当にありがとうございますわ」

 ジュエルさんは座ったまま深々と俺にお辞儀をした。どうしたの、急に?

「えーと、ジュエルさん?」
「ジェイドは私の弟ですの」
「姉弟!? でも、ジェイドさんはヒト種で、ジュエルさんは……」
「半獣人種ですわ。異母姉弟ですの」

 そうだったのか。本当に助けることができてよかった。

「治療が上手くいってよかったです。それもこれも、ジュエルさん達がMPを分けてくれたからですよ。お礼なんて気にしないでください」
「いいえ、そもそもヒビキ様が治療手段を持っていたからこそですもの。どうか私の感謝の気持ちを受け取ってくださいませ。後日改めて、弟と一緒にお礼をさせていただきますわ」
「気にしなくてもいいのに。死にそうな人がいたら助けるのは当たり前だよ?」
「ふふ、そのお心遣いも嬉しいですわ。助けられたら感謝したくなるのも当たり前でございましょう? お気になさらないでくださいませ」
「それもそうですね。分かりました。受け取ります」

 ジュエルさんの気持ちに何だか嬉しくなって、俺はにっこりと笑った。
 ……あれ? ジュエルさんが「まあっ」と言って頬を赤く染めている。なぜか目も逸らされてしまった。どうしたんだろう?

「……は! 何でもございませんわ。ゴホンッ! お礼はこのくらいにして本題に入らせていただきますわ。ヒビキ様、今回の件はギルド内で緘口令かんこうれいを敷かせていただきましたわ」
「カンコウレイ? ……て、何ですか?」
「今回のヒビキ様の治療の件を、目撃者全員に他言無用としてもらいましたの」

 ……何でそんなことを? 俺が疑問に思っているのを察したようで、ジュエルさんは続けた。

「エマリア様が仰られた通りですわね……。いいですか、ヒビキ様。ヒビキ様が使った魔法『ハイパーキュア』や『パーフェクトヒール』は、大陸中で探しても数人しか使い手のいない最上級魔法なのですよ?」
「そうなんですか?」
「解毒なら『キュア』、回復なら『ヒール』や『ハイヒール』を使える者はたくさんいますわ。ですがヒビキ様が使ったのは、いかなる毒でも解毒するという『ハイパーキュア』と、死んでさえいなければ必ず助けられるという『パーフェクトヒール』です。そんな魔法の使い手はそうそういませんわ。『聖騎士』のバルス様でさえ『パーフェクトヒール』に劣る『エクストラヒール』までしか使えませんのよ?」

 えーと、結構やばい? 『医学書』、君、想像以上にやり手だったのね。

「俺、なんかおとがめみたいなのがあったりするんですか?」
「とんでもございませんわ。お礼こそすれ咎めるはずがありません。ただ、この話が広がるとおそらくヒビキ様は身動きが取れなくなると思われるので、緘口令を敷きましたの」

 ……どういうこと?

「先程も申し上げた通り、先の魔法の使い手は非常に希少ですわ。話が広まれば使い手を欲しがるやからが必ず現れます。助けを求める者ならともかく、あなたを使って金儲けを考える者や無理矢理さらって奴隷どれいにしようとする者も出るでしょう。それほどに今のヒビキ様は希少な存在なのです」
「ま、マジですか……?」

 流石に奴隷になるなんて嫌だ。……というか、この世界には奴隷がいるんだ。

「嘘は申しませんわ。ですからあの時ギルドにいた者達全員に口止めしました。幸い、あの時ギルドにいた者の中に不埒者ふらちものはいませんでしたわ。おそらくある程度は抑えられるでしょう」

 ジュエルさんが気を利かせてくれて本当によかった。安堵のため息をついた俺だったけど、ジュエルさんはこう付け加えた。

「とは言っても、ジェイドはあの大怪我で街に運ばれギルドに来ました。そのジェイドが五体満足で回復しているのですから、誰かが最上級魔法で治したことは一目瞭然いちもくりょうぜんですわ。でも、それがヒビキ様だとは広まらないはずですから、決してご自分が治したとは言わないようお気を付けくださいませ」
「分かりました! 絶対に言いません!」
「ふふふ、そこまで緊張しなくても大丈夫ですわ。さっき言ったことさえ注意していただければ、特に問題は起こらないでしょうから」

 俺の緊張が伝わったんだろうな。優しく微笑み励ましてくれるジュエルさんはすごく可愛い。

「でも、ヒビキ様にはできればどこかのパーティーに入ることをお勧めしますわ」
「パーティーに?」
「ヒビキ様は鑑定士、非戦闘職ですわ。もしもの時、戦力としては心許こころもとないですもの。誰か他に戦闘職の仲間がいれば心強いですわ。ジェイドの『銀の御旗』はどうです? あれでBランクのパーティーですもの。いい護衛になりますわ」

 パーティーか。確かに考えなくもないけど……。

「折角だけど遠慮します。ちょっと目的があるのでそっちを優先させたいんです。いつまで掛かるか分からないし、パーティーに迷惑は掛けられないんで。でも確かに仲間というか護衛というか、必要なのは分かるんですけどね」

 俺の職業は戦闘向きじゃないから、確かにジュエルさんが言う通り戦闘職の仲間がいてくれると助かる。あと、回復手段としてMPの多い仲間がいてくれれば『医学書』を使うのも楽になるし。

「では奴隷にするしかないかも、ですわね……」

 ど、どれいですと!?

「ジュエルさん、俺を、奴隷に、するんです、か?」

 護衛がいないなら、さっさと奴隷になるしかないってこと……?

「何を仰っていますの、ヒビキ様! 奴隷を購入して護衛にする、という意味ですわ。どんな勘違いをしてらっしゃいますの!?」

 なんだ、奴隷を買うか。びっくりした。

「奴隷が護衛になるんですか?」
「戦闘奴隷もおりますので大丈夫ですわ。今のヒビキ様なら資金も潤沢じゅんたくですから、いい奴隷を買えると思いますわよ?」

 奴隷か。人をお金で買うのには抵抗があるけど、この世界で生きていくためには仕方がないことなのかな……? 

「分かりました、少し考えてみます」
「ええ、そうしてくださいませ。それでは失礼しますわ」

 そう言ってジュエルさんは医務室を出ていこうとした。

「あ! ジュエルさんちょっと待って」

 サポちゃん、確かジュエルさん達にもらったMP、まだ残ってたよね。返せるかな?


『サポちゃんより報告。『契約』はすでに実行されているためMPの返却は不可。契約通り治療対象者の治療にのみ使用できます。残存MPは『ヒール』2回分に相当。サポちゃんより以上』


 ふんふん、了解。ありがとう、サポちゃん!

「どうしましたの、ヒビキ様?」
「えっと、ジェイドさんに伝えてください。まだみんなからもらったMPが、ヒール二回分残ってるんです。契約でジェイドさんにしか使えないから、必要があれば言ってくださいって」
「まあ、かさがさねありがとうございますわ。ジェイドに必ず伝えます」

 ジュエルさんは嬉しそうに医務室を後にした。
 あ……そういえば、ジェイドさんは医務室で寝てなくていいんだろうか?


       ◆ ◆ ◆


 わた……いや、俺の目の前に、牢屋越しに立つ男は、不快な笑みを浮かべてこちらを見下ろしていた。ふざけた奴だ。そのけがれた瞳で俺やこの子を見るんじゃない!

「グルルルルルルルルルルル、ガアアアアア!」
「ひ、ひいいいいいいい!」

 私……ではなく、俺が咆哮を上げると、そいつは一瞬で青白い顔になって尻餅をついた。
 たかだかスキルレベル1の『威嚇いかく』でそれほどまでにひるむとは。こいつは相当にレベルの低い男らしい。

「おひょひょひょひょ、いかがですかな? お客様。黒狼族の獣人種という条件で、お客様が好きにできる者といいますと、あの者でございますが? ほほほほ、きが良いですねぇ。お買い得ですぞ?」
「グルルルルルルルルルルルルッ!」
「ひいいいいい!? い、いらん! こんな反抗的な奴、我が家に置いておけるか!」
「おやおや? そうでございますか。それは残念でございますなぁ」
「に、二度とこんな商会に来るものか! 帰る!」

 誤魔化しにしか聞こえなかったが、あの優男はそそくさと逃げ帰った。

「くふふふふ、ご利用ありがとうございました。……ふぅ、やっと帰りましたか」

 客相手にずっとニコニコとしていた男はサッと真顔になった。

「全く金運の香りがしませんでしたねぇ。わざわざ私を呼びつけておいて結局何一つ買わずに帰るとは。全く、時間も金も無駄にしました。すみませんねぇ、奴隷とはいえあなた達にも迷惑を掛けてしまいました。ほほほほ」
「ヒッ! ク、クロさん」

 そばに座っていた少女が、微笑み掛ける男の姿におびえ、片肘をついて寝転がる俺にしがみついた。

「大丈夫だ。……お前は後ろにいろ」
「で、でも……」
「後ろにいなさい」
「……はい」

 少女は申し訳なさそうに俺の陰に隠れた。俺は男を睨みつける。

「おひょひょひょひょ、嫌われてしまいましたねぇ。酷く扱ってはいないつもりなんですが」
「奴隷商などになつく奴隷がいるものか。さっさとこの場を去れ! グルルルルル!」
「くふふふふ、奴隷に指図されるいわれはないですねぇ」

 俺が唸り声を上げても奴には効果がなく、ニコニコと俺と少女を見つめていた。

「もう用は済んだはずだ!」
「ええ、ええ、そうですねぇ。先程は金運無臭の、いやむしろ悪臭のする男の相手をしたので、鼻がもげそうでしてね。それに引き換え、お前達からはほんの少しかぐわしい香りがするのですよ。クンクン。ハア、いい香りです」
「か、嗅ぐな! この変態が!」

 くっ! 後ろで少女も震えている。早くこの男を遠ざけなければ!

「ほほほほ、お前達からは私にお金を運ぶ金運の香りが漂っています。……だが、お前達自身からではないようですね? これは、残り香? いや、それとも、誰かの香りがお前達と繋がっているのでしょうか? 遠く離れているというのに、これほどの香りを出すとは。早くお会いしてみたいですねぇ。お前達は知らないのですか?」

 こいつは何を言っているんだ? 意味が分からん。

「おひょひょひょひょ、どうやらお前達にも分からないようですねぇ。仕方ありません。その日が来るのを心待ちにしておくとしましょう。お前達の主になる方かもしれませんねぇ。楽しみです」

 奴隷商の男は俺達にニコリと笑い去っていった。

「一体、何だというんだ……」
「ク、クロさん。また、誰か来る、の?」

 隠れていた少女がおずおずと問い掛けてきた。余程さっきの客が嫌だったらしい。
 奴隷商が少女とセットだと言った時の、客のよこしまな瞳には吐き気がした。
『威嚇』で奴を屈服させられて本当によかった。このような幼い少女に手を出そうとする奴を、誰が主にするものか!

「……知らん。お前が心配する必要はない。何が来ても追っ払ってやる」
「う、うん……」
「疲れただろう。今日はもう眠りなさい」
「うん……。おやすみなさい、クロさん」
「……ああ、おやすみ。……リリアン」

 俺のしっぽにくるまれて少女、リリアンは眠りについた。
 誰が来たって同じだ。俺達のような奴隷を欲しがる奴の心なんてみんな腐っている。
 全て威嚇し、威圧して追い払う。それだけだ。
 ……誰かが救ってくれるわけなどないのだ。これまで誰も、救ってはくれなかったのだから。
 少女が眠ったことを確認して俺も目を閉じた。
 せめて、寝ている間だけでも幸せな夢が見られればいいのに、結局俺が見たのは悪夢だった。


       ◆ ◆ ◆


 ジェイドさんの治療騒動から一週間が経過した。
 ギルドや街の中で時々視線を感じることはあるけど、特に騒がれたりはしなかった。
 本当に口止めしてくれたジュエルさんには感謝だ。
 そういえば、未だにジェイドさんには会えていない。ジュエルさんに聞いたら、怪我が治ったらすぐにダンジョンに戻ってしまったんだとか。
 ディエリス毒については本人も毒を受けた覚えがなかったらしい。目下調査中とのことだけど、そんな状態でダンジョンに行って大丈夫なんだろうか?


【技能スキル『辞書レベル2』を行使します】

『ダンジョン』

 世界に多数存在している摩訶まか不思議な地下迷宮。神が人間に試練を与えるために造ったとも、魔王が何かの呪術のために造ったともいわれているが詳細は不明。
 ダンジョンには魔物が蔓延はびこり危険ランクD以上とされているが、珍しい宝石や魔法道具などが見つかることや、高値で取引される魔物の素材を得やすいことから、攻略を目指す冒険者が多い。


 まあ、ダンジョンなんて俺には関係ないから、別に気にする必要はないか。
 俺の周りは概ね平穏だ。特に問題なし。だがしかし、俺自身に問題があった。

「ジュエルさん、依頼完了しました」
「まあ、ヒビキ様。なかなか大変でしたわね」
「はい、まさか依頼達成に一週間も掛かるなんて」

 現在俺は冒険者ギルドの受付カウンターにホンホン草十五本を提出していた。そう、一週間前に受けた依頼『ホンホン草の採取』がやっと完了したのだ。

「やはりヒビキ様お一人ではなかなか難しそうですわね」
「うう、やってみて大変さが身にみました」
「Fランクの冒険者でも、戦闘職であれば一日で完了できる依頼なのですが」

 ぐふっ! 俺の精神にクリティカルヒット!
 一週間前、医務室を出た俺は、さっそくホンホン草を求めて街の外に出た。
 ジュエルさんに聞いたら、エマリアさんと抜けた東の森付近に生えているらしく、特に不安を感じず森に向かった。
 一度通った森なのだから、『世界地図』で魔物に注意しながらやれば大丈夫と思ったんだが、それが甘かった。
 ちなみに『世界地図』はレベル2になったことで、地形が表示されるようになった。これで森や街道、草原に街などを地図上で把握できる。
 そう、俺は『世界地図』を過信していたのだ。
 まあ、簡単に説明すると『世界地図』は地図を見ていなければ脅威を発見できないわけで、薬草探しに夢中だった俺は、魔物の接近に全然気が付かなかった。
 現れたのは懐かしきホーンラビットだ。俺が最初に遭遇した魔物であり、初めて倒した魔物でもある。楽勝だと思って剣を抜いたんだが、現実はそんなに甘くなかった。
 よく考えてみれば、初めての時は突進してきた奴をギリギリで避けて、リュックに角が絡まっているうちに蹴り飛ばして倒しただけ。何ともお粗末な勝利で、戦いとは言えなかった。
 ホーンラビットは勢いよく俺に突進してはUターンを繰り返し、俺を角で刺し殺そうとした。俺は避けることに精一杯でとても反撃する余裕はなかった。
 結局その日はなんとか奴から逃れることができたが、薬草の方は成果無しとなった。
 それから一週間、俺は何度も森の入り口に行っては『世界地図』で注意しつつ、薬草探しに奔走ほんそうした。
 しかし目をつけられたのか、すぐに魔物が近寄って来るので一日に数本しか採取できず、十五本のホンホン草を得るまで一週間も掛かってしまったのだ。

「こちらが報酬の銀貨一枚ですわ」
「はい、ありがとうございます……」
「やはりパーティーを組むか、奴隷を購入されるかした方がよろしいと思いますわ」
感想 1,024

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな

七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」 「そうそう」  茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。  無理だと思うけど。

転生したら世界一の御曹司だった〜巨乳エルフメイド10人と美少女騎士に溺愛されています〜

まさき
ファンタジー
異世界転生した最強の金持ち嫡男、 専属エルフメイドと美少女騎士に囲まれて至福のハーレム生活   現代日本で「地味だが実は超大富豪」という特殊な人生を送っていた青年は、ある日事故で命を落とす。   しかし目を覚ますと、そこは魔法と様々な種族が存在する異世界だった。   彼は大陸一の富を誇る名門貴族―― ヴァン・バレンティン家の嫡男カイルとして転生していたのだ。   カイルに与えられたのは ・世界一とも言える圧倒的な財力 ・財力に比例して増大する規格外の魔力   そして何より彼を驚かせたのは――   彼に仕える十人の専属メイド全員が、巨乳美少女だったことである。   献身的なエルフのメイド長リリア。 護衛騎士でありながら隙あらば誘惑してくる女騎士シルヴィア。   さらに個性豊かな巨乳メイドたち。   カイルは持ち前の財力で彼女たちの願いを叶え、最高級の装備や生活を与えていく。   すると彼女たちの忠誠心と愛情はどんどん加速していき――   「カイル様……今日は私が、お世話をさせてください」   領地を狙う貴族を金と魔力で圧倒し、 時にはメイドたちの愛が暴走して甘すぎる時間に巻き込まれながらも、   最強の御曹司カイルは 世界一幸せなハーレムを築いていく。 最後までお読みいただきありがとうございました。よろしければ応援をお願いいたします。

【完結】魔王を倒してスキルを失ったら「用済み」と国を追放された勇者、数年後に里帰りしてみると既に祖国が滅んでいた

きなこもちこ
ファンタジー
🌟某小説投稿サイトにて月間3位(異ファン)獲得しました! 「勇者カナタよ、お前はもう用済みだ。この国から追放する」 魔王討伐後一年振りに目を覚ますと、突然王にそう告げられた。 魔王を倒したことで、俺は「勇者」のスキルを失っていた。 信頼していたパーティメンバーには蔑まれ、二度と国の土を踏まないように察知魔法までかけられた。 悔しさをバネに隣国で再起すること十数年……俺は結婚して妻子を持ち、大臣にまで昇り詰めた。 かつてのパーティメンバー達に「スキルが無くても幸せになった姿」を見せるため、里帰りした俺は……祖国の惨状を目にすることになる。 ※ハピエン・善人しか書いたことのない作者が、「追放」をテーマにして実験的に書いてみた作品です。普段の作風とは異なります。 ※小説家になろう、カクヨムさんで同一名義にて掲載予定です

後日譚追加【完結】冤罪で追放された俺、真実の魔法で無実を証明したら手のひら返しの嵐!! でももう遅い、王都ごと見捨てて自由に生きます

なみゆき
ファンタジー
魔王を討ったはずの俺は、冤罪で追放された。 功績は奪われ、婚約は破棄され、裏切り者の烙印を押された。 信じてくれる者は、誰一人いない——そう思っていた。 だが、辺境で出会った古代魔導と、ただ一人俺を信じてくれた彼女が、すべてを変えた。 婚礼と処刑が重なるその日、真実をつきつけ、俺は、王都に“ざまぁ”を叩きつける。 ……でも、もう復讐には興味がない。 俺が欲しかったのは、名誉でも地位でもなく、信じてくれる人だった。 これは、ざまぁの果てに静かな勝利を選んだ、元英雄の物語。

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。