最強の職業は勇者でも賢者でもなく鑑定士(仮)らしいですよ?

あてきち

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2巻

2-2

 と、とりあえず調理を再開だ。
 クロードに起こしてもらった火に鍋をかけ、切ってもらった鶏肉と野菜をいためる。今日はクロード仕様の食材をそのまま使う。味にムラができるのもご愛嬌あいきょうってことで。
 ある意味アウトドアの醍醐味だいごみだよね! ここ一週間ずっとアウトドアランチだけど……。
 炒め終わったら鍋に水を入れ、スープのもとを混ぜてよく煮込む。
 その間にもうひとつのフライパンで小麦粉を炒める。げ付かないよう慎重にやらないと。

「ヒビキ様、小麦粉など炒めて何を作るのですか?」

 クロードが心底不思議そうにフライパンの中を覗き込む。そんなクロードを俺はきつくにらんだ。

「クロード、毛が入るから覗き込まない!」
「ひっ! は、はひ、失礼しました!」

 料理に毛が入るなど言語道断! 日本人の衛生観念をめるな!

「小麦粉を混ぜるととろみが出て美味おいしいんだ」
「とろみ、ですか?」

 小麦粉が薄くきつね色になった頃に、濡れ布巾ふきんでフライパンを冷ます。ある程度温度が下がると、俺はカバンの中からこの料理のメイン調味料を取り出した。
 クロードはヒクヒクと鼻をひくつかせながら、それを興味深そうに見つめた。

「随分香ばしいというか、鼻腔びこうをくすぐるというか、何やら食欲を刺激する香りですね。初めて嗅ぐ匂いです。一体それは何ですか? ヒビキ様」

 俺が取り出したのは瓶詰びんづめの黄色い調味料だ。それをフライパンの中に入れてよく混ぜ合わせてから、鍋の煮汁を少し加えてよく溶かし、鍋へと放り込んだ。
 しっかり混ぜて、とろみがつくまで軽く煮込めば――。

「カレーの完成だ!」
「『カレー』、ですか? やはり初めて見ますね。ですが……大変美味しそうな匂いです」

 いやー、大変だった。何が大変って、この世界にはカレーがなかったんだもの。びっくりだよ!
 この世界の食文化には、地球と似たところと違うところがある。
 例えば紅茶はあるがコーヒーはない。クッキーはあるけどチョコレートはない。パンはあれども米はなしってね。
 香辛料や調味料も結構いい品揃えなんだけど、醤油しょうゆやマヨネーズはなかった。あと卵の生食禁止って言われたよ。
 そして残念なことにカレーが存在しなかった。だから自分で作ることにした。食にうるさい日本人は、異世界だからといって妥協などできないのである!
 幸い俺には『鑑定』スキルがあった。片っ端から調味料を鑑定し、カレーのスパイスになりそうな物を探してどうにか完成させたのが、今回の調味料だ。

「本当はライスにかけたいところだけど、残念ながら米はないからね。ナンでも作ろう」

 ま、ドライイーストもベーキングパウダーもないから『なんちゃってナン』だけどね。

「リリアーン、ヴェネくーん、お昼ごはんが出来たよー!」
「はーい!」
「分かったにゃ!」

 ところで、なぜ俺が昼食の準備をしているかというと、実はカレーが食べたかったという以外にも、ちゃんとした目的があったりする。
 それは、魔法スキル『生活魔法』の習得だ。
 ヴェネくんによると、魔法スキルを習得するためには、各属性精霊に自分の魔力を献上しなければならないらしい。
 例えば『水魔法』を習得したかったら、川や湖など水の精霊が多くむ場所で、魔力循環の要領で魔力を放出し精霊に献上する。彼らがその魔力に満足すると、魔神様との間を仲介してスキルを習得させてくれるそうだ。
 聞くだけならば簡単だが、そう易々とはいかない。大抵は何十回、何百回と魔力を献上し続けてようやく習得可能となるからだ。
 でもそれも仕方がない。魔力はMPや魔法攻撃力の元となる。これを一度に大量に失えば、魔法攻撃力の低下やMP回復の遅延といった弊害へいがいが生じる。危機管理上の問題もあり、普通は無理のない範囲で魔力を献上するため、それなりに時間が掛かるのだ。
 思い返せば魔法訓練初日、俺はヴェネくんにこう説明を受けた。


「――では早速、魔法のお勉強を始めるにゃ!」
「よろしく、ヴェネくん!」
「よろしくね、ヴェネちゃん」
「まずはそこからにゃ! 魔法のお勉強中は、ヴェネのことを敬意を持って師匠と呼ぶにゃ!」
「「はい、師匠!」」
「よろしいにゃ! ではまずは魔法の初歩の初歩、魔法とは何かから教えるにゃ」
「その前に師匠! 俺は魔法スキルを持っていないけど、魔法を使えるんですか?」
「使えないにゃ! 魔法スキルがなきゃ魔法は使えないにゃ。あと、非戦闘職である鑑定士のご主人さまは、魔法の才能が期待できないから、攻撃魔法は絶望的にゃ!」
「えええええええええええええ!?」

 この時、俺はガクリと項垂うなだれて両手両足を地面につけた。魔法、使えないのか――と。

「で、でも! 攻撃魔法以外なら可能性はあるにゃ……『生活魔法』とか!」
「……生活魔法?」

『生活魔法』というのは日常生活の手助けとなる魔法だ。火を起こしたり、水を生成したり、土でかまどを作ったり。洗濯や掃除なんかもできるので、世の主婦ならばぜひ習得したい魔法である。
 戦闘に関しては、おそらく俺はパーティーの中で一番役立たずだ。だから生活面くらいはみんなの役に立ちたかった。
 生活魔法の習得方法は、家事をしながら大気に向けて魔力を少しずつ放出し続けること。
 例えば俺が調理をしながら魔力を放出すると、火のそばにいる火の精霊や、沸いたお湯のそばにいる水の精霊が、放出された魔力を集めていくらしい。
 攻撃魔法と違って生活魔法はそれほど威力がない。なので多種多様な精霊に魔力を献上する必要はあるものの、個々の精霊に献上する魔力の量はそれほどでもない。
 つまり普通の魔法に比べ、生活魔法は割と習得難度が低いのだ。
 この一週間、あらゆる家事を俺が率先して行った。食事の用意や宿の部屋の掃除に洗濯。ほつれた服の手直しなんかもやったっけ。
 しかし残念なことに、今のところまだ習得はできていない。さっき『鑑定』でステータスを確認したけど、魔法スキル欄には何も表示されていなかったから……。


「お兄ちゃん、食べないの?」
「――え? ああ、うん。食べるよ」

 考え事をしてついついほうけてしまった。リリアンに心配されるなんてダメだな、俺。

「美味しいね、お兄ちゃん」
「気に入ってもらえて嬉しいよ、リリアン」

 リリアンはナンをカレーにひたすと大きく口を開けてパクリと頬張った。初めて食べるカレーがお気に召したようで何よりだ。小さい子が美味しそうに食事をする姿は大変和む。

「美味しいにゃ、美味しいにゃ!」
「ええ、本当に美味です。いくらでも入りそうですよ」

 ヴェネくんとクロードも気に入ってくれたらしい。さすがは本場インド人にも愛される日本の国民食。ヒト種だけでなく聖獣や獣人にも大好評……あれ?

「……その……本当に美味しい?」
「美味しいにゃ!」
「はい、ヒビキ様。私も気に入りました」

 目を細めて嬉しそうにカレーを食べるネコ科とイヌ科の二人……タマネギ、大丈夫なの!?
 日本ではイヌやネコにタマネギを与えてはいけないと言われている。ネギ属の成分が赤血球を破壊し、場合によっては死んでしまうからだ。
 慌てて技能スキル『医学書』で二人を診察したが、二人の健康状態に異常は見られなかった。
 この世界のタマネギに該当成分が入っていないのか、それともこっちの世界では日本の常識は当てはまらないだけなのか……とりあえず、二人はこれからもカレーを食べても大丈夫らしい。
 まあ、問題ないならそれでいいんだけどさ……クロードとヴェネくんからワンコ、ニャンコ成分がひとつ消えてしまったようで、少しだけ寂しいと思ったことは――内緒だ。


『サポちゃんより報告。技能スキル『世界地図』の行使を推奨すいしょうします。サポちゃんより以上』

「――ん?」

『スキルサポート』ことサポちゃんからスキル行使の提案が……?
 サポちゃんは俺が持つ固有スキル『チュートリアル』に付属されているサポートシステムだ。俺の知らないスキルの情報を教えてくれたり、必要な時にスキルの行使をすすめてくれたりする。
 で、固有スキル『チュートリアル』とは、この世界を管理する十一人の神様の長、序列第一位『神々の頂点 主神』様が俺に与えてくれたスキルだ。
 この世界に来て以来、よく分からないが主神様は何かと俺に目を掛けてくれる。この世界で初めて出来た友達のエマリアさんや、クロード達との出会いもおそらく主神様による導きだ。
『チュートリアル』はこの世界で生き残るための知識や手段を運命レベルで支援してくれるという、なんともありがたいスキルなのだ……が、今このスキルはオフライン――使用不能となっている。
 なぜなら今主神様は……えーと、ご臨終りんじゅう中? だからだ。
『神域の暴流』という魔神様のスキルを内緒でリリアンに与えたらしく、そのことで魔神様から大分きついお仕置きを受けたようだ。そして主神様の断末魔の叫びが聞こえたかと思うと、それ以来交信が途絶えてしまった。
 し、死んではいないよね……? 『アイアンメイデン』がどうのって言ってたけど……。


『サポちゃんより報告。技能スキル『世界地図』の行使を推奨します。サポちゃんより以上』

 おっと、今は考えてる場合じゃないみたいだ。とりあえず言われた通りやってみるか……。


【技能スキル『世界地図レベル2』を行使します】

 頭の中に地図が表示された。視界に映る光景通りに、俺の後ろは林、正面は平原が広がっている。
 地図の中心には俺を示す青点、その周囲に仲間――クロード達を示す緑点が三つ表示されていた。
 それ以外に赤点がひとつ。まだ離れているけどこちらに近づいているようだ。
 ……赤点は、魔物だ!
 カチッとな! このスキルにはカーソル機能が備わっているので、点をクリックすれば対象の名前とレベルを把握できるのだ。


【赤点:ワイルドラッシュボア(レベル12)】


「どうかなさいましたか? ヒビキ様――む?」
「クロード! ワイルドラッシュボアって魔物がこっちに――」
「承知いたしました」

 レベル12の魔物なんて、ホーンラビットにさえ手こずるレベル4の俺に対処できるわけがない。
 すぐにクロードに声を掛けると、彼は既に魔物の接近に気づいていたようで、槍を手に魔物の方へ足を向けていた。

「ブモオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」

 ワイルドラッシュボアが地響きを立てながら突進してくる。
『鑑定』によると、奴は鼻が良く、標的を見つけると突進する習性があるらしい。
 姿は日本のイノシシとよく似ているがひと回り大きい。あと、牙がやたらデカイ。
 ……食性も日本のイノシシと変わらないのに、どうして俺達を標的扱いするかな! イノシシって確か、きのことかどんぐりとか基本草食な生き物のはずなのに!
 心の中のツッコミもむなしく、奴はすぐそこまで迫っていた。
 俺はリリアンとヴェネくんの前に移動して魔物から隠す。意味はないかもしれないけど、最悪クロードが取り逃がした時に備えて、二人が直撃を受けないようにした。
 か弱いリリアンが直撃なんて受けたら即死する可能性だって十分ありえる……お、俺もかな?

「そんなに気を張らなくても大丈夫にゃよ? ご主人さま」

 迫る魔物に緊張する俺、おびえて震えるリリアンを他所に、ヴェネくんは動じることなく、カレーを食べながらクロードの背中を見つめていた。

「――腐っても元勇者。ちょっとレベルが下がったくらい、なんてことないのにゃ」

 クロードはどっしりと構え、左腕をワイルドラッシュボアに向けて伸ばすと、右手の槍を軽く引いた。左手で照準を合わせているようだ。
 ゾクリと背筋に冷たいものが走る。クロードから殺気が放たれ――俺の喉が、ゴクリと鳴った。

「『槍技』の妙技――『一点突き』!」
「ブモ!? ――ボオオオオオオオオオオオオオ!?」

 何が起きたのか分からなかった。一瞬、クロードの右腕が消えたと思ったら、ワイルドラッシュボアの脳天にクロードの槍が突き立てられ、奴の頭蓋ずがいが――ぜた。
 頭部を失った奴が生きているはずもなく、攻撃の衝撃で吹き飛ばされ平原にごろりと転がった。
 周囲に血の匂いが広がる。クロードとヴェネくんは平然としているが、戦闘経験ほぼゼロの俺とリリアンは、あまりの生々しさにちょっと戻しそうになった。
 とりあえず再び『世界地図』で周囲を確認すると、もう魔物はいないようだ。

「お怪我はございませんか? ヒビキ様」
「――うん。クロードのおかげでみんな無事だよ、ありがとう。今、『妙技』を使ったの?」

 妙技というのは『剣技』や『槍技』などの所謂いわゆる戦闘スキルに備わっている必殺技のようなもの。魔法がMPを消費して発動するように、妙技はSPを消費して発動させる。

「はい。一撃で仕留めた方がよいかと思いまして……ただ、思いのほかやりすぎましたね」

 妙技『一点突き』はその名の通り、力を一点に集中させ破壊力を高める技だ。
 クロードは倒れ伏すワイルドラッシュボアを見つめた。頭部を失いダラダラと血を流し、平原に横たわっている。槍で突いて頭が爆発するとか、怖すぎる!

「早めに処理をした方がよいでしょう。リリアン、周囲の匂いを遮断する魔法は?」
「『魔導書』に『吸臭の水球オーダーカット』が登録されていたから習得済みにゃ」
「では魔物の血の臭いを遮断してくれ、リリアン」
「……あ、はい、なの。水魔法『吸臭の水球』」

 以前エマリアさんが使って『魔導書』に登録された魔法だ。もう習得済みだったのか。
『魔導書』の魔法はスキルレベルに関係なく習得できるようだ。すごいな、リリアン。
 魔物の頭上に発生した水球が臭いを吸い取りどんどん黒ずんでいく。気がつくとさっきまで漂っていた血の臭いがきれいさっぱり消えていた。
 ホッと安堵あんどの息を吐く。ようやく気分の悪さから解放された……と思ったが、なぜか眼前の狼は獰猛どうもうな笑みを浮かべ、俺を奈落ならくに突き落とした。

「ではヒビキ様。せっかくですので、魔物の解体を覚えましょうか?」
「――え?」
「さあ、参りましょう」
「ま、待って! 今俺昼食を取ったばかりで……」
「リリアンの魔法が消えれば再び血の臭いが溢れ出します。臭いに誘われてまた魔物が現れたら危険です。早々に処理してしまわなければ」

 クロードは俺の手を引きズカズカと魔物へ向けて歩き出した。それはそれは楽しそうな表情で、さっき昼食の具材をカットしていた時とはまるで正反対だ。
 仕返し!? これは包丁のスキルレベル0と言った仕返しなの!?
 結局、貴重な昼休憩を魔物の解体で使い切ることとなった。慣れない作業で疲れた俺は、生々しい光景と感触のせいで、とてもではないが残りの昼食を食べることはできなかった……。
 残ったカレーとナンは……ヴェネくんが食べ尽くしたようだ。おかしいな、おかわりができるように八人前作ったはずなんだけど……。

「もうちょっとイケるにゃよ?」

 神に仕える聖獣の胃袋は神級か!? 体の大きさと合ってないよね?
 あ、解体に夢中で、残してあったクロードの分もヴェネくんに平らげられたようだ。
 カレーが無くなったと知ったクロードはしばらく開いた口を閉じられないでいた。そんなに気に入ったの?


       ◆ ◆ ◆


「ではヒビキ様、装備の確認から始めましょう」
「うん、分かった」

 昼食を終え、魔物の解体を終えた俺はクロード指導の下、林の中で戦闘訓練を開始した。まずは防具、それから武器の点検を行う。

「防具は戦闘時における最終防衛ラインです。必ず確認してください」
「了解です!」

 俺の防具は革製の胸当てと篭手こてすね当てだ。あと、クロード達の装備を整えた際に革製の指抜きグローブともも当ても追加した。グローブは武器を使うために、腿当てはクロードに提案されたからだ。
 俺みたいな非戦闘職は、いざという時逃げられるように機動力となる脚をしっかり守った方がいいそうだ。それには納得だ。動けない弱者なんて、殺されるしかないもんなぁ。

「傷なし、繋ぎ目のほつれも見当たらない。結び目も大丈夫だね。クロード、問題ないよ!」

 ゆっくり頷いたクロードは、ちらりと俺の武器に視線を移した。

「では次を」
「武器だね!」

 俺の武器――弓矢とダガーだ。
 クロード達と出会う前、戦闘に詳しくない俺はロングソードとダガーを装備していた。しかし、俺が接近戦に向いていないと判断したクロードが弓を勧めたのだ。

「騎士である私が前衛、賢者であるリリアンは後衛を担います。となると、ヒビキ様には中衛を担当していただくのがよろしいかと。直接敵と接するロングソードよりも、ある程度射程のある弓の方が扱いやすいでしょう」

 ――ということらしい。正直、剣を振るうのには抵抗があったのでクロードの意見を受け入れた。

「まずは弓だね。……弓幹ゆがらに傷や割れはない。弦は……しっかり張ってあるし、結び目にほつれもない。次は矢だ。やじり、矢柄、それに矢羽にも問題はないね。曲がりもないし大丈夫そうだ」

 もちろんダガーも確認した。刃こぼれは見当たらない。

「武器も問題ないよ」

 俺が言うと、クロードは嬉しそうに俺を見ながらうんうんと頷いた。

「装備確認は合格です。一週間前はどうしようかと思いましたが、よくできましたね」

 これには苦笑するしかない。戦いなんてしたことのなかった俺は、装備の扱い方について何も知らなかった。
「では、装備の確認を」と初めてクロードから言われた時、俺は「装備ならしてるよ?」と返してたっぷり説教された。
「ヒビキ様は危機意識が低すぎます!」と、こってり絞られたっけ。
 危機意識か……そういえば親友の大樹たいきや幼馴染の亜麻音あまねにもよく言われたっけな。
 俺の装備に対する管理意識の低さを知ったクロードは、それ以来厳しい目でチェックするようになった。俺の騎士は、俺を守るためなら俺にも容赦ようしゃしないらしい……。

「では……始め! 五番!」

 装備点検も終わり、弓の訓練が開始された。
 俺は定位置につき、三十メートルほど離れた位置にある一から十番の的がられた木に目掛けて、クロードの合図に従って矢を射るのだ。
 素早く弓を引く。放った矢は木のみきに貼られた『五番』と書かれた紙に命中した。

「次! 二番!」

 こちらも命中。今日は調子がいいぞ!

「九番! 三番!」

 言われるまま次の目標に矢を射る。だが、九番の的は外してしまった。

「十番!」

 九番を外し、動揺してしまったのか十番も矢を当てることができなかった。

「五本中、命中は三本ですね。一週間前が命中ゼロ本だったことを考えれば、十分な進歩ですよ」
「なかなか全部命中させるのは難しいなぁ」
「言っても始まらないことです。さ、矢を回収してもう一度やりますよ」
「はい!」

 今のところ命中率は平均して三割程度。半分の十五メートルの距離からだと六割。確実に当てたかったら十メートルくらい近づかないと難しい。

「短弓の方が扱いやすいって話だけど、それでも簡単にはいかないね」

 俺が今持っている弓は『短弓』と呼ばれる。
 以前、エマリアさんが使っていた弓は『長弓』といって俺の短弓よりも射程が長く威力も強い。その代わりに扱いが難しく、飛距離や命中精度は射手の練度に大きく左右される。
 対する短弓は射程も短く威力も弱い。一方で、長弓よりも扱いやすく速射・連射がしやすいというメリットがある。中衛を担当する俺には短弓がちょうどよかった。
 最初の訓練を終えると次は動きながら矢を射る。
 戦闘を想定するならこの技量が重要なのだが、こっちの成績は更に悪い。体幹がぶれてなかなか上手く射ることができないのだ。

「こちらは早々ものになる技術ではありません。気長に、しかし確実に身につけていきましょう」
「はい!」

 ここ一週間とにかくこれの繰り返しだ。いろいろな場面に合わせられるように、しゃがんで矢を射たり、後ろに跳びながら弓を引いたりと、体勢を変えながら何度も矢を放つ。
 おかげで体中筋肉痛になるし、鏃や矢羽で指を切ったりと『医学書』に頼る場面に事欠かなかった。
 そのうえ『医学書』があるからと、クロードは訓練の手を休めてくれないのだ。まるでスパルタ教師のように、怪我することも経験だと言わんばかりの指導だ。
 俺の騎士は、俺を護るためならば俺を痛めつけることもいとわないらしい……スパルタワンコめ!
 日暮れまで徹底的に訓練を重ねた俺達は、街に戻ると宿の食堂で夕食を取った。
 本当は夕食も俺が作りたいところだけど、自前のキッチンがないとさすがに難しい。ま、俺達が泊まる宿『微笑の女神亭』の食堂の料理はなかなか美味しいから、無理して作る必要もないけどね。
 それに――。

「ふふ、これはおまけよ」
「わぁ、ありがとう、ターニャさん」

 美人すぎる宿の受付嬢兼食堂の給仕係、ターニャさんが時々おまけしてくれるからね!
 今日の夕食はチキンステーキだったけど、なんともう一枚皿に載っていた。おまけっていうか、もうここまでくるとおかわりだよね……? でも、ありがたくいただきま――。

「ご主人さまだけずるいにゃ! ヴェネにも分けるにゃ!」

 ――せん。うちには食いしん坊がいるので、俺にはおまけ程度しかお腹に入らないようです。
 美味しい夕食をいただきながら、これからのことをみんなと相談した。

「そろそろギルドに行って依頼を受けない?」

 実はそろそろ資金繰りが厳しくなりそうなのだ。
 以前エマリアさんと一緒に手に入れたクリスタルホーンラビットのつのの報酬も、日々の生活費や奴隷だったクロード達の購入費、装備代などでかなり使ってしまった。一日二日でどうにかなるわけではないけど、できればそろそろ収入が欲しいところだ。

「そうにゃね、リリアンちゃんも十分魔法を覚えたし、そろそろ簡単な仕事くらいいいんじゃないかにゃ?」
「わたしも、やってみたい……」

 確かにリリアンはこの一週間でかなりの魔法を習得した。午後になると毎日、風の轟音ごうおんや火の熱量、弾ける水の冷気などを背後から感じた。
 固有スキル『神域の暴流』による魔力の暴走も、ヴェネくんの管理下でしっかり抑えられている。魔法を覚え、リリアンにも少し自信がついたように見える。


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