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2巻
2-14
「ターニャさん、俺が見てみるよ。故障原因くらいは分かるかもしれないよ」
「ヒビキ君が? そっか、君って鑑定士だっけ? ぜひお願い!」
「分かった、やってみるよ」
【技能スキル『鑑定レベル5』を行使します】
【 名 前 】魔法道具『魔導洗濯機』
【 状 態 】故障
【 備 考 】販売元:バウマイ商会。稼働期間5年8ヶ月。
良品質な魔導洗濯機だが、動力魔法陣に破損あり。動力魔法陣は背面にある。
洗濯機の背面を開けて屈んで中を覗くと、魔法陣の描かれた鉄板が確かに内蔵されていた。しかし、魔法陣のおよそ三分の一が消失している。きっと原因はこれだな。
では、早速新スキルを試してみよう。頼むぞ『魔法解析』!
新スキル『魔法解析』は、俺の中で数少ない希少ランクCの、普通の鑑定士が習得するスキルだ!
俺が視認する魔法の詳細を『鑑定』以上に詳しく知ることができる。ダンジョンでの魔法罠の解除や、魔法道具の解析などで有効活用されているらしい。
【技能スキル『魔法解析レベル1』を行使します】
…………
【解析完了。魔法陣は経年劣化により破損。復元予想図を解析します】
…………
【解析完了。復元予想図を表示します】
【魔法陣を復元させる場合は、魔力を込めながら魔法陣を描写してください】
頭の中にかなり複雑な魔法陣が浮かんだ。万華鏡の幾何学模様に複雑怪奇な文字列が加わったような感じ? これを手書きするとか無理だろう。値段が高いわけだよね、魔法道具って。
しかし、俺にはこれに対処する方法がある。さあ頑張れ、新スキル『自動書記』!
【技能スキル『自動書記レベル1』を行使します】
新スキル『自動書記』は道具を使わずに文字や絵を書き込むことができるスキルだ。
レベル1の段階だと、書き込む対象に手を触れていなければならないので、鉄板に触れてスキルを発動させる。
『魔法解析』で浮かんだ魔法陣を思い浮かべる。魔力循環の要領で書き込まれる文字や線に、俺の魔力を込めると、魔法陣は淡い光を灯し始めた。どうやら上手くいっているようだ。
書くのも大変だけど頭に浮かぶ魔法陣を維持し続けるのもなかなか大変だ。書き込む速度はあまり速くないので、意識を集中させて魔法陣が完成する瞬間を待つ。
そして三十分くらいしてようやく、全ての魔法陣の書き込みが完了した。
完成した瞬間、魔法陣はパッと大きく発光してすぐに消えた。魔法陣はぼんやりとした仄かな光を灯している。
見た目は完璧だと思う。さて結果はどうかな?
【技能スキル『鑑定レベル5』を行使します】
【 名 前 】魔法道具『魔導洗濯機』
【 状 態 】良好
【 備 考 】販売元:バウマイ商会。稼働期間5年8ヶ月。良品質な魔導洗濯機。修繕済み。
新たにあと5年は問題無く使用できそうだ。
大きく息を吐き、俺は魔導洗濯機の背面を閉じた。無理な姿勢だったからか少し首が痛いや。
汗を拭い、俺は静かに待っていてくれたターニャさんに笑顔で告げた。
「直ったよ、魔導洗濯機」
「直ったの!?」
ターニャさんは驚いて魔導洗濯機を起動させた。井戸に繋がっていた管から水を吸い上げ、中の洗濯槽が回転を始める。どうやら問題なく動くようだ。
「信じられない。本当に修理できてる……」
「一応もう大丈夫だと思うけど、なんだったら専門業者にちゃんと診てもらっても――」
「ありがとう、ヒビキ君!」
ターニャさんが俺の両手を掴み、ぶんぶんと上下に振る。余程嬉しいのか、大はしゃぎで俺に感謝の気持ちを告げた。
「お礼、期待しててね! 私、割と本気で頑張っちゃうから!」
帰り際、俺にウインクしてそう告げるターニャさんに苦笑する。食事を作るのはターニャさんではないだろうに。でも気持ちは嬉しいので、明日の朝食は期待しちゃおうかな?
「はい! 明日の朝食、とっても美味しいのを期待してますね! じゃ!」
「――え?」
去り際、なぜかターニャさんはポカンとした顔で俺を見送っていたけど、俺は自室へと戻った。
「……お礼、デートのつもりだったんだけどな」
残念そうに呟くターニャさんの一言は、残念ながら俺の耳には入らなかった……ちっ!
◆ ◆ ◆
ドタンッ! バッタン! バサバサッ!
「――――――あああああああ!」
二階にある俺達の部屋へ続く階段で、何やら騒がしい音が聞こえた。ついでに叫び声も。
家具でもひっくり返しているのだろうか? 模様替えか大掃除でもしているのかな?
部屋の前に着くとリリアン達が帰って来ていた。なぜか扉の前に突っ立っている。
なぜ部屋に入らないのか不思議に思いながら近づくと、リリアンとヴェネくんが振り返った。
「おかえり、リリアン、ヴェネくん。……あれ? クロードは?」
俺が帰ってきたら真っ先に出迎えるクロードがそこにいなかった。
「ただいま、お兄ちゃん。お兄ちゃんも、お帰りなさい」
「お帰りにゃ、ご主人さま。一体どこに行っていたのにゃ?」
「ただいま。ちょっと用事があって出てたんだ。部屋を空けてごめんね」
「全くだにゃ。せめて書き置きくらい残しておいてくれれば……」
「――?」
リリアンの肩に乗るヴェネくんは、何やら呆れた様子で肩をすくめた。どうしたのかな?
「お兄ちゃん、これ……」
「え? 俺にお土産を買ってきてくれたの? 開けていい?」
リリアンは顔を赤らめてコクリと頷いた。リリアンが俺にくれたのは、綺麗な紙袋に包まれた二つの品だ。どちらからも、とてもいい匂いがする……この香りはもしかして?
「わあ! 紅茶とアップルパイだ! ありがとう、リリアン」
「紅茶がわたしで、アップルパイは、クロさんなの」
茶葉の香りはダージリンに似ている。ストレートに向いている紅茶だ。俺はストレートティーが一番好きなんだ。リリアンは俺の紅茶の好みを知っていたのかな?
聞いてみれば、以前デビィ商会で飲ませてもらった美味しい紅茶を販売している紅茶専門店のものらしい。デスマーチのせいで買いに行く時間がなくて諦めていたんだった。
それにこのアップルパイ、とても新鮮なリンゴの香りがする。この紅茶とよく合いそうだ。
「気に入って、くれた?」
「もちろんだよ! とても嬉しいよ。ありがとう――で、クロードは?」
さっきからいつまで経ってもクロードが現れない。お礼を言いたいのに、彼はどこへ……?
「クロさんは、お出掛けしたの」
「――? お出掛け? 一人で?」
「ま、一度部屋に入れば分かるのにゃ……」
未だ呆れ顔のヴェネくんに言われるまま部屋に入ると――。
「……何、これ?」
俺達の部屋がメチャクチャに荒らされていた。ベッドはひっくり返り、マットも散乱。備え付けのタンスは全開で、中身が部屋中に散らばっている。戸締まりしたはずの窓も開いていた。
「……まさか泥棒が!? クロードは出掛けたって、泥棒を追いかけて!?」
なんてことだ、俺がちょっと目を離してしまった隙に泥棒が入るなんて……。だが、俺のそんな推測は全くの的外れだった。
「ご主人さま、全然違うのにゃ」
「違うの? じゃあ、一体誰が……」
「クロさん、なの」
「……へ?」
「クロさんが、したの……」
「えーと……どういう意味?」
「だ・か・ら! 部屋中を荒らしたのはクロードにゃ! 部屋に戻ったらご主人さまがいないもんだから、クロードの奴が錯乱して部屋をメチャクチャにしたのにゃ! クロードは窓からご主人さまを探しに行ってしまったのにゃ! アホにゃ!」
何やってんの、クロードオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!?
「ご主人さまを探してマットの下、ベッドの下、タンスの中にゴミ箱の中まで顔を突っ込んでたにゃ。部屋にいないと分かると、攫われたのかもって言って飛び出していったのにゃ。呼び止める暇も隙もなかったにゃ」
「何やってんの、ホントに……」
『世界地図』で探してみると、クロードは街中を物凄い速度で駆け回っていた。俺達ではとても追いつけそうにないし、止められそうもない。
「どうしようもないから、諦めて戻ってくるまで放置するしかないにゃ」
街の人達に迷惑を掛けないといいんだけど……どうしようもないなぁ。何かやらかしていたら一緒に謝りに行くしかないか。
「……とりあえず、部屋を片付けようか」
「はい、なの……」
一時間ほどしてようやく部屋の片づけを終えた俺達は、ちょっと休憩、ティーブレイクすることにした。
早速リリアン達が買ってきてくれた紅茶とアップルパイをいただく。本当はクロードが帰って来てからにしたかったけど、体を動かしたらお腹が空いた。
原因の半分はクロードなので、ここは事後報告にしても問題ないだろう。お先にいただいちゃうね、クロード。
宿の厨房から紅茶セットを借りてお土産の紅茶を淹れる。生活魔法があるので水を用意するのも湯を沸かすのも簡単だ。
カフェインの多い紅茶だけど、ヴェネくんはこれも大丈夫らしい。
これでヴェネくんから一体いくつニャンコ成分がなくなったことやら……ううん、残念。
「――ああ、やっぱりあの店の紅茶は絶品だね。香りも最高だよ」
「ん、美味しい、の」
「このアップルパイも最高にゃ~。リンゴの果汁が口いっぱいに広がって~」
紅茶を楽しむ俺とリリアン。ヴェネくんはアップルパイに夢中だ。……紅茶も飲んでね?
「もぐもぐ……このアップルパイ、凄く美味しい」
予想通りこの紅茶とフルーツは相性がいい。ひとくち食べただけで幸せな気持ちになる……。
おかげでちょっと優雅なティータイム気分だ。リリアンに感謝だな。
初めて会った時は随分不安そうな顔をしていたけど、今はこんなに笑顔が素敵な少女になった。
そういえば、最近ステータスを確認していなかったな。今、どうなってるんだろ?
【技能スキル『鑑定レベル5』を行使します】
【 名 前 】リリアン・ルージュ
【 性 別 】女
【 年 齢 】10
【 種 族 】ヒト種
【 状 態 】健康
【 職 業 】賢者(レベル1)
【 レベル 】2
【 H P 】56/56
【 M P 】800/800
【 S P 】41/41
【物理攻撃力】18
【物理防御力】11
【魔法攻撃力】233(神域の暴流70パーセント封印中)
【魔法防御力】73
【 俊敏性 】22
【 知 力 】67
【 精神力 】49
【 運 】50
【固有スキル】『神域の暴流』
【技能スキル】なし
【魔法スキル】『火魔法レベル1』『水魔法レベル1』『風魔法レベル2』
『土魔法レベル2』『植物魔法レベル1』『雷魔法レベル1』
『光魔法レベル1』『闇魔法レベル1』『支援魔法レベル2』
【 称 号 】『神の試練を受けし者』『救われし者』『聖獣の弟子』『デスマーチを耐えし者』
『頑張り屋』『妹属性』『○○の盾』『賢者の卵』
「リリアンが賢者になってる!」
「もぐもぐ……え?」
「ホントにゃ? ご主人さま! リリアンちゃんがとうとうレベルアップをしたにゃね!?」
「でも、どうして? 成人するまでレベルアップも職業を得ることもできないんじゃ……」
「正確には違うにゃ。リリアンちゃんのステータスがレベル1の成長限界に達すれば、自然とレベルアップをするのにゃ。普通はそれが成人するまでなかなかできないから、そう思われているのにゃ。きっと『神域の暴流』があったからにゃね。レベル2になれば自然と相応しい職、つまりリリアンちゃんの場合は『賢者』を得ることができるにゃ」
「やったね、リリアン!」
「――? うん、ありがとう、お兄ちゃん」
『自動書記』でヴェネくんにリリアンのステータスを確認してもらう。いくつかの魔法スキルがレベルアップしたようで喜んでいた。
あれ? そういえば確か……。
「『魔導書』もレベル2にレベルアップしてたんだった」
「にゃに!? 本当にゃか、ご主人さま! だったら発動して魔法の知識を更新してほしいにゃ」
言われるがまま『魔導書』を行使すると、ヴェネくんから淡い光が溢れ出した。
「来た! 来たにゃああ! 新しい魔法の知識がたくさん追加されたにゃ! おお、この知識を使えばご主人さまにも少しくらい魔法スキルを習得させられるかもしれないにゃ~」
「ぜひお願いします、師匠!」
夢の攻撃魔法が手に入る!? ぜひとも習得させてください!
「ま、追い追いやってくにゃ~」
楽しみだなぁ、どんな攻撃魔法を教えてもらえるんだろう? ……ぬか喜びじゃないよね?
クロードが帰ってきたのはそれから一時間後のことだった。
「ヒビギザバァ! よがっだでず~!」
「クロード!? 待って! グチョグチョ! グチョベタだから!」
バルス兄貴並みにおいおいと泣くクロードに、心配掛けたことを謝りつつもしっかり説教した。
いくら心配したからって、早とちりして部屋を散らかしたりするのは看過できない。
でも今までの経験からして、早々には直らないだろうし、俺自身も気を付けないと。
泣きつくクロードの鼻水と涙のせいでもうベログチョだ。
今日は『バブルウォッシュ』に頼りっぱなしの一日だったなぁ……。
とりあえずお説教を終えた俺はクロードにアップルパイのお礼を告げ、残りをみんなで美味しくいただくと、夕食を食べに出掛けることにした。
さて、何がいいかな? ヴェネくんは魚料理がいいと言うんだけど――。
「わたしは、シチューが、いいな」
稀に見るリリアンからのリクエストだ。今夜はみんなでシチューを食べるとしますかね!
◆ ◆ ◆
「行ってきます、お兄ちゃん」
「行ってらっしゃい、リリアン。クロード、ヴェネくん、リリアンを頼むね」
「任せるにゃ!」
「承知いたしました。ヒビキ様も……」
「分かってるよ。宿からは出ないから安心して」
わたしの名前はリリアン・ルージュ。今日はヒビキお兄ちゃんを宿屋に残してお出掛けです。
「それで、リリアンはどこに買い物に行くつもりなのだ?」
「えっと、あっちの、お店に……」
今日はわたしがクロさんにお願いしてのお買い物。宿を出たところでクロさんに目的地を聞かれたけど、詳しい道順は分かりません。とりあえず方向を指差してみました。
「西通りか? あちらは高級品や嗜好品を扱う商店が並ぶ通りだぞ? 何を買いたいのだ?」
「リリアンちゃんは紅茶を買いたいのにゃ」
「お兄ちゃん、紅茶が好きだって、言ってたの。プレゼント、しようと思って……」
わたしはお兄ちゃんにお礼がしたかったんです。「ありがとう」っていつもお礼を言ってるけど、言葉だけじゃなくて、何か形あるものでお礼がしたいと思いました。
……わたしには怖い力がありました。
小さい頃から、わたしが泣くと風が吹いたり、地面が揺れたり、竈が突然火を噴いたり……そのせいでお父さんからも、お母さんからも怖い目で睨まれてきました。
お兄ちゃんやお姉ちゃん、弟や妹にも嫌われて、口を利いてさえもらえない毎日でした。名前も呼んでもらえず「おい」とか「お前」って呼ばれていました。
とても怖かったし、寂しかった……。
奴隷になったのは一年くらい前です。日照りのせいで畑が不作になり、村の子供の何人かを奴隷として売ることになったんです。お父さんとお母さんは、迷わずわたしを選びました。
誰も引き留めてくれませんでしたが、分かり切っていたことなので涙は出ませんでした。
でも、とても悲しかった。わたしは、みんなの家族ではなかったんです……。
でも、今は違います! わたしに『お兄ちゃん』ができました。
お兄ちゃんは、わたしが人ごみではぐれそうになったら手を繋いでくれます。
お兄ちゃんは、わたしがごはんを食べると「美味しい?」って聞いてくれます。
お兄ちゃんは、わたしが眠れない日はお話をしながら一緒に寝てくれます。
お兄ちゃんは――私を「リリアン」ってを呼んで、笑ってくれます。
わたしには、ヒビキお兄ちゃんが――『家族』です。もちろんクロさんとヴェネちゃんも。
クロさんはお父さんで、ヴェネちゃんは弟かな? でも、みんなには恥ずかしいので内緒です。
わたしはお兄ちゃんにたくさん「ありがとう」を伝えたい。
お兄ちゃんはわたしを奴隷から解放してくれました。怖い力を抑える方法を教えてくれました。
ずっと、一緒にいたいって言ってくれました……。
きっとお兄ちゃんは奴隷から解放してくれたのは神様で、怖い力を抑えてくれたのはヴェネちゃんだって言うと思います。でも、始まりはお兄ちゃんです。
お兄ちゃんがそう願ったから、わたしは助けてもらえました。だからお兄ちゃんのおかげです。
わたしはお兄ちゃんにお礼がしたい。少しでもこの気持ちを受け取ってほしいと思いました。
「それはいい! ヒビキ様への贈り物か。私もしよう!」
「あの、クロさん。紅茶は、わたしが……」
わたしはしゃべるのが苦手です。お父さんやお母さんはわたしがしゃべろうとすると、怖い目を向けて「うるさい!」と怒鳴りました……。
ずっとそんな生活をしていたわたしは、いつの間にか言葉が詰まるようになっていました。
本当はこんな話し方、お兄ちゃんやクロさんに怯えているみたいで、嫌いです。
「クロード、紅茶はリリアンちゃんが贈るにゃよ。クロードは別の物を考えるにゃ」
「むむ、確かにそうですね。ではわたしはリリアンの紅茶に合うお菓子でも……いいか? リリアン」
「……うん、その方が、お兄ちゃん、喜んでくれ、そう」
「ご主人さまは紅茶を飲みながらお菓子を食べるの好きだもんにゃ~」
「では早速紅茶の店に行きましょう。さ、行くぞ、リリアン」
「……うん!」
みんなはわたしの話を聞いてくれるし、わたしの答えを待ってくれます。いつかきちんとしゃべれるようになりたいです。
クロさんに手を引かれ、西通りの紅茶屋さんに行きました。
「いらっしゃいませ」
西通りの紅茶屋さんの扉を開けるとベルが鳴り、正面のカウンターにいたお店の人に挨拶されました。灰色の髪の、眼鏡を掛けた優しそうなおじいさんです。
「いらっしゃいませ。どのような品をお求めですか?」
「あ、あの、お兄ちゃんに……紅茶を……」
やっぱり初めての人との会話は難しいです。いつもより、言葉が詰まってしまいます。おじいさんは何も悪くないのに、つい俯いてしまいました。
でも、おじいさんはお父さんみたいに嫌そうな顔はせず、優しく聞いてくれます。
「紅茶ですね? どのようなお味の紅茶をお探しですか?」
「あ、味……? お兄ちゃん、どんなのが、好き、なんだろ……?」
紅茶って味が違うの? よく見ると、おじいさんの後ろには大きな棚があって、そこにたくさんの瓶詰めされた紅茶が並んでいました。
ひとつひとつ味が違うみたいです。でも、どれを選んだら……?
「ヒビキ様のお好きな味か……。どの紅茶もいつも美味しそうに飲まれるのでお聞きしていないな」
クロさんも知らないみたいです。ヴェネちゃんは……あ、わたしのフードの中で寝てる……。
「お嬢さんのお兄さんは、いつも紅茶にミルクやレモンを入れていますか?」
「――え? い、入れるけど、あんまり……入れない……」
おじいさんに質問されたのでつい答えました。……うん、お兄ちゃんは大体何も入れない。
「そうですか。では、お兄さんはどんなお菓子がお好きですか?」
「……お菓子?」
おじいさんはニコリと微笑むとまた新しい質問をしました。えっと、確か――。
「この前は、スコーンて、お菓子を食べ、て……ジャムをいっぱい載せてて……。あと、タルトってお菓子も好きで、乾燥させた、果物も甘くて、美味しいって、言ってたと……」
何度も詰まったけど、わたし、ちゃんと言えたと思います。
ちらりと目をやると、おじいさんは私に優しく微笑んで、棚から紅茶の瓶を一個取り、カウンターの上に置きました。
「お嬢さんのお兄さんは果物のお菓子が好きみたいですね。それならばこの紅茶がよろしいかと。ストレートで飲むのに適した香りの良い紅茶です。クセが少ないので果物系のお菓子との相性も抜群ですよ。如何ですか?」
「ヒビキ君が? そっか、君って鑑定士だっけ? ぜひお願い!」
「分かった、やってみるよ」
【技能スキル『鑑定レベル5』を行使します】
【 名 前 】魔法道具『魔導洗濯機』
【 状 態 】故障
【 備 考 】販売元:バウマイ商会。稼働期間5年8ヶ月。
良品質な魔導洗濯機だが、動力魔法陣に破損あり。動力魔法陣は背面にある。
洗濯機の背面を開けて屈んで中を覗くと、魔法陣の描かれた鉄板が確かに内蔵されていた。しかし、魔法陣のおよそ三分の一が消失している。きっと原因はこれだな。
では、早速新スキルを試してみよう。頼むぞ『魔法解析』!
新スキル『魔法解析』は、俺の中で数少ない希少ランクCの、普通の鑑定士が習得するスキルだ!
俺が視認する魔法の詳細を『鑑定』以上に詳しく知ることができる。ダンジョンでの魔法罠の解除や、魔法道具の解析などで有効活用されているらしい。
【技能スキル『魔法解析レベル1』を行使します】
…………
【解析完了。魔法陣は経年劣化により破損。復元予想図を解析します】
…………
【解析完了。復元予想図を表示します】
【魔法陣を復元させる場合は、魔力を込めながら魔法陣を描写してください】
頭の中にかなり複雑な魔法陣が浮かんだ。万華鏡の幾何学模様に複雑怪奇な文字列が加わったような感じ? これを手書きするとか無理だろう。値段が高いわけだよね、魔法道具って。
しかし、俺にはこれに対処する方法がある。さあ頑張れ、新スキル『自動書記』!
【技能スキル『自動書記レベル1』を行使します】
新スキル『自動書記』は道具を使わずに文字や絵を書き込むことができるスキルだ。
レベル1の段階だと、書き込む対象に手を触れていなければならないので、鉄板に触れてスキルを発動させる。
『魔法解析』で浮かんだ魔法陣を思い浮かべる。魔力循環の要領で書き込まれる文字や線に、俺の魔力を込めると、魔法陣は淡い光を灯し始めた。どうやら上手くいっているようだ。
書くのも大変だけど頭に浮かぶ魔法陣を維持し続けるのもなかなか大変だ。書き込む速度はあまり速くないので、意識を集中させて魔法陣が完成する瞬間を待つ。
そして三十分くらいしてようやく、全ての魔法陣の書き込みが完了した。
完成した瞬間、魔法陣はパッと大きく発光してすぐに消えた。魔法陣はぼんやりとした仄かな光を灯している。
見た目は完璧だと思う。さて結果はどうかな?
【技能スキル『鑑定レベル5』を行使します】
【 名 前 】魔法道具『魔導洗濯機』
【 状 態 】良好
【 備 考 】販売元:バウマイ商会。稼働期間5年8ヶ月。良品質な魔導洗濯機。修繕済み。
新たにあと5年は問題無く使用できそうだ。
大きく息を吐き、俺は魔導洗濯機の背面を閉じた。無理な姿勢だったからか少し首が痛いや。
汗を拭い、俺は静かに待っていてくれたターニャさんに笑顔で告げた。
「直ったよ、魔導洗濯機」
「直ったの!?」
ターニャさんは驚いて魔導洗濯機を起動させた。井戸に繋がっていた管から水を吸い上げ、中の洗濯槽が回転を始める。どうやら問題なく動くようだ。
「信じられない。本当に修理できてる……」
「一応もう大丈夫だと思うけど、なんだったら専門業者にちゃんと診てもらっても――」
「ありがとう、ヒビキ君!」
ターニャさんが俺の両手を掴み、ぶんぶんと上下に振る。余程嬉しいのか、大はしゃぎで俺に感謝の気持ちを告げた。
「お礼、期待しててね! 私、割と本気で頑張っちゃうから!」
帰り際、俺にウインクしてそう告げるターニャさんに苦笑する。食事を作るのはターニャさんではないだろうに。でも気持ちは嬉しいので、明日の朝食は期待しちゃおうかな?
「はい! 明日の朝食、とっても美味しいのを期待してますね! じゃ!」
「――え?」
去り際、なぜかターニャさんはポカンとした顔で俺を見送っていたけど、俺は自室へと戻った。
「……お礼、デートのつもりだったんだけどな」
残念そうに呟くターニャさんの一言は、残念ながら俺の耳には入らなかった……ちっ!
◆ ◆ ◆
ドタンッ! バッタン! バサバサッ!
「――――――あああああああ!」
二階にある俺達の部屋へ続く階段で、何やら騒がしい音が聞こえた。ついでに叫び声も。
家具でもひっくり返しているのだろうか? 模様替えか大掃除でもしているのかな?
部屋の前に着くとリリアン達が帰って来ていた。なぜか扉の前に突っ立っている。
なぜ部屋に入らないのか不思議に思いながら近づくと、リリアンとヴェネくんが振り返った。
「おかえり、リリアン、ヴェネくん。……あれ? クロードは?」
俺が帰ってきたら真っ先に出迎えるクロードがそこにいなかった。
「ただいま、お兄ちゃん。お兄ちゃんも、お帰りなさい」
「お帰りにゃ、ご主人さま。一体どこに行っていたのにゃ?」
「ただいま。ちょっと用事があって出てたんだ。部屋を空けてごめんね」
「全くだにゃ。せめて書き置きくらい残しておいてくれれば……」
「――?」
リリアンの肩に乗るヴェネくんは、何やら呆れた様子で肩をすくめた。どうしたのかな?
「お兄ちゃん、これ……」
「え? 俺にお土産を買ってきてくれたの? 開けていい?」
リリアンは顔を赤らめてコクリと頷いた。リリアンが俺にくれたのは、綺麗な紙袋に包まれた二つの品だ。どちらからも、とてもいい匂いがする……この香りはもしかして?
「わあ! 紅茶とアップルパイだ! ありがとう、リリアン」
「紅茶がわたしで、アップルパイは、クロさんなの」
茶葉の香りはダージリンに似ている。ストレートに向いている紅茶だ。俺はストレートティーが一番好きなんだ。リリアンは俺の紅茶の好みを知っていたのかな?
聞いてみれば、以前デビィ商会で飲ませてもらった美味しい紅茶を販売している紅茶専門店のものらしい。デスマーチのせいで買いに行く時間がなくて諦めていたんだった。
それにこのアップルパイ、とても新鮮なリンゴの香りがする。この紅茶とよく合いそうだ。
「気に入って、くれた?」
「もちろんだよ! とても嬉しいよ。ありがとう――で、クロードは?」
さっきからいつまで経ってもクロードが現れない。お礼を言いたいのに、彼はどこへ……?
「クロさんは、お出掛けしたの」
「――? お出掛け? 一人で?」
「ま、一度部屋に入れば分かるのにゃ……」
未だ呆れ顔のヴェネくんに言われるまま部屋に入ると――。
「……何、これ?」
俺達の部屋がメチャクチャに荒らされていた。ベッドはひっくり返り、マットも散乱。備え付けのタンスは全開で、中身が部屋中に散らばっている。戸締まりしたはずの窓も開いていた。
「……まさか泥棒が!? クロードは出掛けたって、泥棒を追いかけて!?」
なんてことだ、俺がちょっと目を離してしまった隙に泥棒が入るなんて……。だが、俺のそんな推測は全くの的外れだった。
「ご主人さま、全然違うのにゃ」
「違うの? じゃあ、一体誰が……」
「クロさん、なの」
「……へ?」
「クロさんが、したの……」
「えーと……どういう意味?」
「だ・か・ら! 部屋中を荒らしたのはクロードにゃ! 部屋に戻ったらご主人さまがいないもんだから、クロードの奴が錯乱して部屋をメチャクチャにしたのにゃ! クロードは窓からご主人さまを探しに行ってしまったのにゃ! アホにゃ!」
何やってんの、クロードオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!?
「ご主人さまを探してマットの下、ベッドの下、タンスの中にゴミ箱の中まで顔を突っ込んでたにゃ。部屋にいないと分かると、攫われたのかもって言って飛び出していったのにゃ。呼び止める暇も隙もなかったにゃ」
「何やってんの、ホントに……」
『世界地図』で探してみると、クロードは街中を物凄い速度で駆け回っていた。俺達ではとても追いつけそうにないし、止められそうもない。
「どうしようもないから、諦めて戻ってくるまで放置するしかないにゃ」
街の人達に迷惑を掛けないといいんだけど……どうしようもないなぁ。何かやらかしていたら一緒に謝りに行くしかないか。
「……とりあえず、部屋を片付けようか」
「はい、なの……」
一時間ほどしてようやく部屋の片づけを終えた俺達は、ちょっと休憩、ティーブレイクすることにした。
早速リリアン達が買ってきてくれた紅茶とアップルパイをいただく。本当はクロードが帰って来てからにしたかったけど、体を動かしたらお腹が空いた。
原因の半分はクロードなので、ここは事後報告にしても問題ないだろう。お先にいただいちゃうね、クロード。
宿の厨房から紅茶セットを借りてお土産の紅茶を淹れる。生活魔法があるので水を用意するのも湯を沸かすのも簡単だ。
カフェインの多い紅茶だけど、ヴェネくんはこれも大丈夫らしい。
これでヴェネくんから一体いくつニャンコ成分がなくなったことやら……ううん、残念。
「――ああ、やっぱりあの店の紅茶は絶品だね。香りも最高だよ」
「ん、美味しい、の」
「このアップルパイも最高にゃ~。リンゴの果汁が口いっぱいに広がって~」
紅茶を楽しむ俺とリリアン。ヴェネくんはアップルパイに夢中だ。……紅茶も飲んでね?
「もぐもぐ……このアップルパイ、凄く美味しい」
予想通りこの紅茶とフルーツは相性がいい。ひとくち食べただけで幸せな気持ちになる……。
おかげでちょっと優雅なティータイム気分だ。リリアンに感謝だな。
初めて会った時は随分不安そうな顔をしていたけど、今はこんなに笑顔が素敵な少女になった。
そういえば、最近ステータスを確認していなかったな。今、どうなってるんだろ?
【技能スキル『鑑定レベル5』を行使します】
【 名 前 】リリアン・ルージュ
【 性 別 】女
【 年 齢 】10
【 種 族 】ヒト種
【 状 態 】健康
【 職 業 】賢者(レベル1)
【 レベル 】2
【 H P 】56/56
【 M P 】800/800
【 S P 】41/41
【物理攻撃力】18
【物理防御力】11
【魔法攻撃力】233(神域の暴流70パーセント封印中)
【魔法防御力】73
【 俊敏性 】22
【 知 力 】67
【 精神力 】49
【 運 】50
【固有スキル】『神域の暴流』
【技能スキル】なし
【魔法スキル】『火魔法レベル1』『水魔法レベル1』『風魔法レベル2』
『土魔法レベル2』『植物魔法レベル1』『雷魔法レベル1』
『光魔法レベル1』『闇魔法レベル1』『支援魔法レベル2』
【 称 号 】『神の試練を受けし者』『救われし者』『聖獣の弟子』『デスマーチを耐えし者』
『頑張り屋』『妹属性』『○○の盾』『賢者の卵』
「リリアンが賢者になってる!」
「もぐもぐ……え?」
「ホントにゃ? ご主人さま! リリアンちゃんがとうとうレベルアップをしたにゃね!?」
「でも、どうして? 成人するまでレベルアップも職業を得ることもできないんじゃ……」
「正確には違うにゃ。リリアンちゃんのステータスがレベル1の成長限界に達すれば、自然とレベルアップをするのにゃ。普通はそれが成人するまでなかなかできないから、そう思われているのにゃ。きっと『神域の暴流』があったからにゃね。レベル2になれば自然と相応しい職、つまりリリアンちゃんの場合は『賢者』を得ることができるにゃ」
「やったね、リリアン!」
「――? うん、ありがとう、お兄ちゃん」
『自動書記』でヴェネくんにリリアンのステータスを確認してもらう。いくつかの魔法スキルがレベルアップしたようで喜んでいた。
あれ? そういえば確か……。
「『魔導書』もレベル2にレベルアップしてたんだった」
「にゃに!? 本当にゃか、ご主人さま! だったら発動して魔法の知識を更新してほしいにゃ」
言われるがまま『魔導書』を行使すると、ヴェネくんから淡い光が溢れ出した。
「来た! 来たにゃああ! 新しい魔法の知識がたくさん追加されたにゃ! おお、この知識を使えばご主人さまにも少しくらい魔法スキルを習得させられるかもしれないにゃ~」
「ぜひお願いします、師匠!」
夢の攻撃魔法が手に入る!? ぜひとも習得させてください!
「ま、追い追いやってくにゃ~」
楽しみだなぁ、どんな攻撃魔法を教えてもらえるんだろう? ……ぬか喜びじゃないよね?
クロードが帰ってきたのはそれから一時間後のことだった。
「ヒビギザバァ! よがっだでず~!」
「クロード!? 待って! グチョグチョ! グチョベタだから!」
バルス兄貴並みにおいおいと泣くクロードに、心配掛けたことを謝りつつもしっかり説教した。
いくら心配したからって、早とちりして部屋を散らかしたりするのは看過できない。
でも今までの経験からして、早々には直らないだろうし、俺自身も気を付けないと。
泣きつくクロードの鼻水と涙のせいでもうベログチョだ。
今日は『バブルウォッシュ』に頼りっぱなしの一日だったなぁ……。
とりあえずお説教を終えた俺はクロードにアップルパイのお礼を告げ、残りをみんなで美味しくいただくと、夕食を食べに出掛けることにした。
さて、何がいいかな? ヴェネくんは魚料理がいいと言うんだけど――。
「わたしは、シチューが、いいな」
稀に見るリリアンからのリクエストだ。今夜はみんなでシチューを食べるとしますかね!
◆ ◆ ◆
「行ってきます、お兄ちゃん」
「行ってらっしゃい、リリアン。クロード、ヴェネくん、リリアンを頼むね」
「任せるにゃ!」
「承知いたしました。ヒビキ様も……」
「分かってるよ。宿からは出ないから安心して」
わたしの名前はリリアン・ルージュ。今日はヒビキお兄ちゃんを宿屋に残してお出掛けです。
「それで、リリアンはどこに買い物に行くつもりなのだ?」
「えっと、あっちの、お店に……」
今日はわたしがクロさんにお願いしてのお買い物。宿を出たところでクロさんに目的地を聞かれたけど、詳しい道順は分かりません。とりあえず方向を指差してみました。
「西通りか? あちらは高級品や嗜好品を扱う商店が並ぶ通りだぞ? 何を買いたいのだ?」
「リリアンちゃんは紅茶を買いたいのにゃ」
「お兄ちゃん、紅茶が好きだって、言ってたの。プレゼント、しようと思って……」
わたしはお兄ちゃんにお礼がしたかったんです。「ありがとう」っていつもお礼を言ってるけど、言葉だけじゃなくて、何か形あるものでお礼がしたいと思いました。
……わたしには怖い力がありました。
小さい頃から、わたしが泣くと風が吹いたり、地面が揺れたり、竈が突然火を噴いたり……そのせいでお父さんからも、お母さんからも怖い目で睨まれてきました。
お兄ちゃんやお姉ちゃん、弟や妹にも嫌われて、口を利いてさえもらえない毎日でした。名前も呼んでもらえず「おい」とか「お前」って呼ばれていました。
とても怖かったし、寂しかった……。
奴隷になったのは一年くらい前です。日照りのせいで畑が不作になり、村の子供の何人かを奴隷として売ることになったんです。お父さんとお母さんは、迷わずわたしを選びました。
誰も引き留めてくれませんでしたが、分かり切っていたことなので涙は出ませんでした。
でも、とても悲しかった。わたしは、みんなの家族ではなかったんです……。
でも、今は違います! わたしに『お兄ちゃん』ができました。
お兄ちゃんは、わたしが人ごみではぐれそうになったら手を繋いでくれます。
お兄ちゃんは、わたしがごはんを食べると「美味しい?」って聞いてくれます。
お兄ちゃんは、わたしが眠れない日はお話をしながら一緒に寝てくれます。
お兄ちゃんは――私を「リリアン」ってを呼んで、笑ってくれます。
わたしには、ヒビキお兄ちゃんが――『家族』です。もちろんクロさんとヴェネちゃんも。
クロさんはお父さんで、ヴェネちゃんは弟かな? でも、みんなには恥ずかしいので内緒です。
わたしはお兄ちゃんにたくさん「ありがとう」を伝えたい。
お兄ちゃんはわたしを奴隷から解放してくれました。怖い力を抑える方法を教えてくれました。
ずっと、一緒にいたいって言ってくれました……。
きっとお兄ちゃんは奴隷から解放してくれたのは神様で、怖い力を抑えてくれたのはヴェネちゃんだって言うと思います。でも、始まりはお兄ちゃんです。
お兄ちゃんがそう願ったから、わたしは助けてもらえました。だからお兄ちゃんのおかげです。
わたしはお兄ちゃんにお礼がしたい。少しでもこの気持ちを受け取ってほしいと思いました。
「それはいい! ヒビキ様への贈り物か。私もしよう!」
「あの、クロさん。紅茶は、わたしが……」
わたしはしゃべるのが苦手です。お父さんやお母さんはわたしがしゃべろうとすると、怖い目を向けて「うるさい!」と怒鳴りました……。
ずっとそんな生活をしていたわたしは、いつの間にか言葉が詰まるようになっていました。
本当はこんな話し方、お兄ちゃんやクロさんに怯えているみたいで、嫌いです。
「クロード、紅茶はリリアンちゃんが贈るにゃよ。クロードは別の物を考えるにゃ」
「むむ、確かにそうですね。ではわたしはリリアンの紅茶に合うお菓子でも……いいか? リリアン」
「……うん、その方が、お兄ちゃん、喜んでくれ、そう」
「ご主人さまは紅茶を飲みながらお菓子を食べるの好きだもんにゃ~」
「では早速紅茶の店に行きましょう。さ、行くぞ、リリアン」
「……うん!」
みんなはわたしの話を聞いてくれるし、わたしの答えを待ってくれます。いつかきちんとしゃべれるようになりたいです。
クロさんに手を引かれ、西通りの紅茶屋さんに行きました。
「いらっしゃいませ」
西通りの紅茶屋さんの扉を開けるとベルが鳴り、正面のカウンターにいたお店の人に挨拶されました。灰色の髪の、眼鏡を掛けた優しそうなおじいさんです。
「いらっしゃいませ。どのような品をお求めですか?」
「あ、あの、お兄ちゃんに……紅茶を……」
やっぱり初めての人との会話は難しいです。いつもより、言葉が詰まってしまいます。おじいさんは何も悪くないのに、つい俯いてしまいました。
でも、おじいさんはお父さんみたいに嫌そうな顔はせず、優しく聞いてくれます。
「紅茶ですね? どのようなお味の紅茶をお探しですか?」
「あ、味……? お兄ちゃん、どんなのが、好き、なんだろ……?」
紅茶って味が違うの? よく見ると、おじいさんの後ろには大きな棚があって、そこにたくさんの瓶詰めされた紅茶が並んでいました。
ひとつひとつ味が違うみたいです。でも、どれを選んだら……?
「ヒビキ様のお好きな味か……。どの紅茶もいつも美味しそうに飲まれるのでお聞きしていないな」
クロさんも知らないみたいです。ヴェネちゃんは……あ、わたしのフードの中で寝てる……。
「お嬢さんのお兄さんは、いつも紅茶にミルクやレモンを入れていますか?」
「――え? い、入れるけど、あんまり……入れない……」
おじいさんに質問されたのでつい答えました。……うん、お兄ちゃんは大体何も入れない。
「そうですか。では、お兄さんはどんなお菓子がお好きですか?」
「……お菓子?」
おじいさんはニコリと微笑むとまた新しい質問をしました。えっと、確か――。
「この前は、スコーンて、お菓子を食べ、て……ジャムをいっぱい載せてて……。あと、タルトってお菓子も好きで、乾燥させた、果物も甘くて、美味しいって、言ってたと……」
何度も詰まったけど、わたし、ちゃんと言えたと思います。
ちらりと目をやると、おじいさんは私に優しく微笑んで、棚から紅茶の瓶を一個取り、カウンターの上に置きました。
「お嬢さんのお兄さんは果物のお菓子が好きみたいですね。それならばこの紅茶がよろしいかと。ストレートで飲むのに適した香りの良い紅茶です。クセが少ないので果物系のお菓子との相性も抜群ですよ。如何ですか?」
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