最強の職業は勇者でも賢者でもなく鑑定士(仮)らしいですよ?

あてきち

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3巻

3-1

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 ユーティリスティナ大陸の東端に位置するハバラスティア王国。
 王都の東門に程近い冒険者向けの厩舎きゅうしゃに、一台のほろ馬車が駐車していた。

「こっちの荷物は積み終わったぞ、そっちはどうだ?」

 荷台から軽快な足取りで降り立ったのは、さっぱりとした短い黒髪の長身の少年。
 金属製の軽鎧けいがいまとう姿は如何いかにも冒険者らしいが、目鼻立ちのはっきりしている王都の住民とは少し異なる容貌をしていた。要するに、彼らよりりの浅い顔立ちなのだ。

「こっちも終わったところ。補修も終わったからこれで馬車はいつでも出せるわ」

 工具を片付けながら返答したのは、深紅のローブを着た小柄な少女。
 目つきは鋭く態度はでかいが、文句なしの美少女である。ウェーブの掛かった赤い髪に付着したほこりをサッと払うと、少年の方に顔を向けた。

「二人は? まだ帰って来てないの?」
「んー、……お、うわさをすればってやつだな」

 少年の指差す方へ少女が振り返ると、こちらへ近づく二つの人影が目に映る。

「ただいま、頼まれていた魔法薬の材料買ってきたよ」
「おかえり、ありがとね」
「ふふふ、どういたしまして」

 優しい笑みを浮かべながら赤髪少女と言葉をわすのは、胸まで濡羽ぬれば色の髪を伸ばしたしとやかな美少女。子供っぽ――スレンダーな赤髪少女とは対称的に、大変女性らしい。
 所謂いわゆる『ボンキュッボン』という奴だ。体形に合う金属鎧が見つからず、泣く泣く革鎧に甘んじているのは……まあ、余談である。
 ついでに言えば、少年の不純な視線がついつい彼女の豊かな双丘に吸い寄せられてしまうのも余談だ。……思春期なのだ、仕方がない。

「ギルドに出立の連絡をしてきたぞ。せっかく来たんだからひとつくらい依頼を受けてくれ、と頼まれたが……きっちりしっかりきっぱり、断ってきた」

 黒髪少女と一緒に馬車に戻って来たのは、唯一大人の男だった。同じ短髪でも『普通顔』の少年とは違い、爽やかな印象の美丈夫びじょうふである。
 スーツの上から上品な狐色のコートを羽織はおる姿は、とても冒険者に見えない。実際は立派な冒険者……なのだが、彼は今回ギルドの依頼を一切受けなかった。

「さすがっす、先生。その容赦ようしゃのなさにはれします。俺には真似できない」
「当然だ。俺達はそんなことのために冒険者になったわけじゃないからな」
「最初から先生に、ギルドの対応を任せるべきだったわね。そうすれば、たった三ヶ月でBランクに昇格なんていう、悪目立ちをすることもなかっただろうし」
「身分証と旅の資金、あとはギルドを利用して情報が欲しかっただけですもんね。まさか受付嬢の泣き落としに負けて、アンデッド討伐依頼ばかり受けることになるとは思ってもみませんでした。おかげで『死者殺し』なんていう、恥ずかしい通り名まで付けられちゃって……」

 美少女二人が少年に冷たい眼差しを向けた。

「そ、それは俺も悪かったと思ってる……すいません」

 この件で謝るのはもう何度目か。その都度、少年は真摯しんしに謝罪する。
 ……しょうがない、実際に彼女達の言う通りなのだから。
 彼らは大陸西端のクリューヌ王国から、東端のハバラスティア王国へと旅をしていた。
 当時、西方諸国ではなぜかアンデッドが至る所で発見され、ギルドはその対処に追われていた。
 光魔法や聖属性のスキルでもなければ奴らの相手は難しく、解決の糸口がなかなか見つからなかったのだ。
 そこに現れたのが、百体以上のゾンビの群れをたった四人で討伐した冒険者パーティー、のちの『死者殺し』なのである。
 そりゃあ、軽い色仕掛けと泣き落としで依頼を受けてもらえるのだ。日々荒くれ者を相手にしているきもわったギルドの受付嬢が見逃すわけもなく、ましてその情報を他のギルドに伝えないはずもなかった。

「そろそろ許してやれ。実際、あのアンデッドどもは旅の邪魔にもなっていたんだ。邪魔を排除して金が入ったと思えばいい。通り名なんてそのうちみんな忘れるさ。もうアンデッドはいないんだからな」

 先生と呼ばれた男の言う通り、数週間前に彼らがアンデッド達を量産していた魔物『ダークサイドリッチ』を討伐したことで、この事件は鎮静化していた。
 受付嬢の色仕掛けはともかく、ギルドの見る目はやはり正しかったということだろう。
 だが、少女達はどこまでも舌鋒ぜっぽう鋭かった。

「分かってるわよ、そんなこと」
「そうですよ、先生。私達はただ、彼のシュンとした顔を見て面白がっているだけです」
「何それひどくね!? とても苦楽を共にしてきた仲間に対する仕打ちとは思えないのですけど!」
「ちょっと揶揄からかってるだけじゃない。ホント、心のせまい男ね」
「いや、それをお前がやられたら武力をもって報復しに来るよね!?」
「私を揶揄って笑い者にしようっていうの? いい度胸じゃない、ケンカなら買うわよ?」
「ごめんなさい、非売品です! だから許して!」

 無駄のない、スムーズな重心移動による『土下座』が披露ひろうされた。少年にプライドはない……プライドよりも、命の方が大切に決まっている。選択肢などありはしなかった。

「ふん、分かればいいのよ」

 赤髪少女は満足げに鼻を鳴らすと、きびすを返して幌馬車の荷台へと姿を消した。もう一人の少女も続く。

「じゃあ、私達も馬車に乗りますね。今日の御者係ぎょしゃがかり、よろしくお願いします」
「今さら道に迷ったりしないようにしっかり頼むぞ。あと、一分一秒でも早く目的地へ、ローウェルの街へ行くのだ。そこであいつが待っているかもしれないんだからな! 俺を!」

 先ほどの冷静な様子とは打って変わり、男は喜色に富んだ、希望に満ちあふれた表情を見せていた。

「……ソウデスネ」

 少年は感情のない声で返答したが、男は特に気にした様子もなく馬車に乗り込んでいく。
 男は別に返答を期待していたわけではない。全ては彼の中で自己完結しているのだ。
 馬の待つ馬車の前方へ回り込んだ少年は、軽やかなステップで御者台に飛び乗る。

「よいしょっと……ん?」

 御者台には、小さな先客がいた。

「なんだシアじゃないか、こっちに乗ってたのか?」
「キュキュ~」

 赤い首輪をはめたホーンラビットの子供、シア。
 旅の途中で拾った傷だらけの彼女(シアはメスである)を治療したところ、随分と懐き、一緒に旅を続ける仲間となった。
 つのがある以外、真っ白な子ウサギと変わらない。そんな存在が可愛くないはずもなく、女性陣からはマスコット的扱いを受けている。
 その中でもシアは、最初に出会ったこの少年に一番懐いていた。

「別に俺に付き合わなくてもいいんだぞ?」
「キューキュー」

 ゆっくりと首を左右に振ると、シアは短い脚を必死に動かして、少年の肩の上まで登った。
 そのたぐいまれな愛らしさに、少年の心がほっと和む。

「別に止めはしないけど、落っこちるなよ?」
「キュキュウッ!」

 肩の上で体を起こすと、シアは『任せなさい!』と言わんばかりに、前足で小さな胸を叩いた。

「くっ、和ませ上手め……お?」

 少年がシアの首輪に指を伸ばす。

「ダメだぞシア、首輪の金具が緩んでるじゃないか。これは本来の姿を隠すための、大切な魔法道具なんだからな。お前が本当は『クリスタルホーンラビット』だなんて知れたら、どんな業突ごうつく張りが現れるか分かったもんじゃない。気を付けてくれよ?」
「キュキュ~」
「よし、オッケー。さてと――」

 ズボンのポケットから取り出した地図を広げ、少年は方角を確かめた。

風帝ふうていの夢のお告げは、『失せものは東の最果てにある』だったか。さてさて、本当にいるのかね、あいつは」

 答えを知る者はここにはいない。答えを得る方法は先へ進む以外にないのだ。

「ま、なるようにしかならないよな。それじゃあ、ローウェルにあいつ――俺の親友、真名部まなべ響生ひびきがいると信じて、行ってみますか!」

 方角は東。少年が手綱を引く。
 馬のいななきとともに、馬車は一路ローウェルに向けて走り出した。


       ◆ ◆ ◆


「ここはダンジョンの町だぞ! こんな幼気いたいけな子供ばかりを連れて、何をさせるつもりだ! まさか、魔物のおとりにしようというのではないだろうな!?」
「……貴様、私の忠誠心を愚弄ぐろうするつもりか?」
「――っ! ク、クロード!?」

 いきなり剣呑けんのんな雰囲気で、失礼します……なぜこうなった?


 俺の名前は真名部響生。日本人の高校生。年齢は十六……いや、もう十七歳だ。
 この異世界に来て既に四ヶ月。いつの間にか誕生日も過ぎていた。
 夏休み前日の朝、教室の扉を開けた俺は、気が付くと異世界にいた。
 中世ヨーロッパを思わせる街並みに、日本とは比較にならないほど豊かな自然。
『魔物』と呼ばれる異形いぎょうの生物が跋扈ばっこし、騎士や魔導士だけでなく、勇者や賢者、魔王……それどころか、本当に神様まで存在する奇天烈きてれつな世界だ。
 神の一人『主神様』によれば、クラスメイトも一緒に召喚されたらしい。
 けど、なぜか俺だけみんなと別の地に召喚されたようで、まだ再会できていない。そのせいもあって、誰が何のために俺達を召喚したのかは一切不明だ。
 魔法やスキル、レベルやステータスまで存在するこの世界で、俺は『冒険者』という便利屋みたいな仕事をしながら、元の世界への帰還方法を探していた。
 そして今向かっているのが、魔物が蔓延はびこる迷宮『ダンジョン』だ。
 ダンジョンを攻略した先にある迷宮都市のひとつ、地底都市『テラダイナス』。
 そこに住まう、在位五百年以上の神選職『賢者』なら、何か知っているかもしれない。
 この世界の人達とも別れたくないので、元の世界と往復できる方法が分かるのが理想……なんて都合のいい願望を抱いてみたりして。願うだけならいいよね?
 とにかく、そんな理由で俺はローウェルの北にあるダンジョンを目指してここ、通称『北の町』にやってきたわけだが……。
 なぜか門衛さんに、ぶっ飛んだ誤解をされているわけであります……だからなんでだ!
 あまりにも突拍子もない「魔物の囮」発言に俺は呆然とした。
 そんな俺に忠誠を誓う騎士にして誇り高き獣人種、黒狼族のクロードは、今にも爆発しそうなオーラを発して門衛さんをにらんでいる。
 門衛さんは門衛さんで、それを敵意と捉えたらしく、雰囲気がどんどん険悪になっていった。
 ……ち、違います! あなたのぶっ飛びすぎの発想についていけなかっただけですから!
 いやいやいや、内心で突っ込んでる場合じゃない。誤解をかなくては!

『サポちゃんより報告。マジで戦う五秒前――をお知らせします。サポちゃんより以上』

 サポちゃん、時報みたいに言わないでええええ! やばい! 考えてる場合じゃない!
 さっと鑑定してみたら門衛さん、レベル45もあった。
 なぜそんな高レベルで門衛!? いや、だからか!?
 放っておいたら『クロード対バルス兄貴』の二の舞だ! い、急げ! 急いであれを――。
 俺は即座にポケットからある物を取り出し、クロードを押しのけて門衛さんに差し出した。

「俺達は冒険者です!」
「――うお!? 坊主、危ねえから今は下がってろ……って、冒険者?」

 俺が差し出したのは、身分証明書『ギルドカード』だった。もう、最初からこれを出せば済む話だったのに、クロードも門衛さんもなぜそうしないのか。

「……Cランク冒険者? じゅ、十七……歳、だと? いや、でもギルドカードは本物……」

 この世界の男性の平均身長は約百八十センチ。百六十六センチの俺は、彼らには十二、三歳くらいの子供に見えている……ってのはいい加減分かっているんだが、やっぱり地味に傷つく。
 その後、門衛さんは大層バツが悪そうにクロードに謝罪をしてくれたので、どうにか何事もなく町に入ることができた。まあ、クロードはしばらく不機嫌だったけど……。

「それにしても、町に入るだけなのに面倒事が起きるなんて、ご主人さまらしいにゃ~」
「ヴェネちゃん、お兄ちゃんは悪くないよ?」

 御者台に座る俺とクロードの後ろから顔を出したのは、リリアンとヴェネくんだ。
 ふわりとしたブラウンの髪が可愛らしい少女、リリアン。十歳。神選職『賢者』だ。
 リリアンの肩に乗っているのが白ネコのヴェネくん。俺とリリアンの魔法の先生であり、十一人いる神の一人『魔神様』に仕える聖獣だった。
 本来は真っ白で巨大なトラのような姿をしているが、今はただのしゃべるネコと化している。
 俺のスキル『聖獣召喚』を使えば一時的に本来の姿に戻れるけど、森ひとつを容易たやすく破壊できる力を持つので、余程のことがない限り使わない。
 ついでに言えば、リリアンの魔力を危険なまでに強化する固有スキル『神域の暴流』の管理も彼の仕事だ。というか、そのために魔神様がヴェネくんを降臨させてくれたんだけどね。

「もう、他人事ひとごとじゃないんだけどなぁ……」
「にゃはは~、人の不幸はみつの味、厄介事やっかいごとは肉の味なのにゃ~」
「……ごたえがあって、旨味うまみたっぷり?」

 クスクスと背後で笑うヴェネくんとリリアンの声を聞きながら、俺はため息をつくのであった。
 既に太陽は沈み、星空が広がっている。
 移動の疲れもあるので、今日は宿屋で一泊して、明朝ダンジョンへ向かう予定だ。
 町に入ってすぐ右手の、デビィ商会直営の厩舎に馬車を預け、向かいの宿屋にチェックイン。
 夕食はなかなか美味おいしかったけど、ターニャさんがいる『微笑の女神亭』の味の方が好みかな? ヴェネくんなんかは、ウマウマ言いながらたいらげていた。
 夕食を終えるとすぐに部屋に戻り、最早日課となった『バブルウォッシュ』で全員の体を洗う。
 冒険者しか客のいない宿屋には、風呂のような高価な設備は用意されていなかった。『バブルウォッシュ』にはリフレッシュ効果もあるから別にいいけど。
 あとはベッドに入って寝るだけ……なので、眠る前にみんなで雑談をしていた。

「そういえば、今日の門衛さんは何だったんだろうね? いくらクロード以外は子供に見えていたからって、ちょっと勘違いが過ぎるというか……」
「バルスほどじゃないにゃ、大したことないにゃ」
「ヴェネちゃん、バルスおじちゃんを基準にするのは、よくないと思うの」

 そこで、クロードが重々しく口を開いた。

「……おそらく、ヒビキ様がいらっしゃったからでしょうね」
「俺がいたから?」
「ここ数ヶ月、一緒にいて分かりました。程度は様々ですが、ヒビキ様は大人に好かれやすいようです。バルス殿などまさにその典型で……おそらく今回の門衛も、ヒビキ様を守ろうとするあまり、過剰に反応してしまったのでしょうね」

 ……何それ初耳。俺、そんなに好かれやすいかな? みんなが優しいだけだと思うけど。

「えっと、じゃあクロードもそういうのを感じているの?」
「……私はヒビキ様をとこしえにお守りしますよ? ですが、それはあくまで『忠誠心』です。それは『真正主従契約ロイヤリティー』によって、主神様が証明してくださっております!」

 そう言い放つと、クロードは自身の右手に刻まれた『真正主従契約』の霊紋を見せつけた。
 俺の右手にも同じものが刻まれている。主の信頼と、従者の忠誠を証明する不思議な印だ。
 ……そういえばシルバーダイヤモンドウルフと戦った時、こいつの力で傷ついたクロードを引き寄せたことがあったっけ。もしかして、主従関係を証明するだけじゃないのかも。

「クロード、このロイヤ――」
「邪念に満ちたバルス殿の思考と、私の忠誠心が同じもののはずがない、はずがない、はずが――」

 クロードはぶつぶつと呟きながら、自分の右手をじっと見つめていた。

「も、もう寝ようか……」

 触れてはいけないような気がしたので、クロードはそのまま放置して眠ることにした。
 明日はダンジョン……クロードからもバルス兄貴からも危険なところだと注意されたけど、初めて訪れる場所ってのは、それだけでワクワクする。
 そしてダンジョンを攻略した先には、賢者の住む地底都市『テラダイナス』がある。
 まだ見ぬ新天地に思いをせていた俺は、いつの間にか意識を失っていた……ぐぅ。


       ◆ ◆ ◆


 ヒビキ達が寝静まった深夜。北の町は静寂に包まれ、ほとんどの建物から光が消えた。
 そんな中、町の北端にある『冒険者ギルドローウェル支部』出張所だけは明かりがともっていた。
 安全に管理するため、ダンジョンの入り口には冒険者ギルドが建てられている。
 なので、ダンジョンの入退場には必ず冒険者ギルドを通過する必要があった。
 日の光から隔絶されるダンジョンでは時間の感覚が狂いやすく、外へ出てみれば真夜中だったなどということもしばしば。
 いつ怪我人が運び込まれるか分からないので、受付カウンターを無人にはできなかった。

「あ~、面倒くせえ~。夜勤なんて眠いし、暇だし、やりたくねえな~」

 気怠けだるげな態度で、受付の椅子の背もたれに寄りかかる男性職員。

「こっちに派遣されてもう三週間。出張手当がもらえるから飛びついたけど、やることといったら夜勤ばっかり。早くローウェルに帰りてえなあ~」

 電話もネットもないこの世界では、発見されて二年のダンジョンなどまだまだ知名度が低い。
 訪れる冒険者も少ないため、彼は暇で仕方がなかった。
 だが、今夜はいつもと違った。

「あの~、ちょっといいですか?」

 こんな時間に冒険者が――それも、美少女の冒険者が現れたのである。
 肩まで伸びたつややかな黒髪。水晶のように神秘的な紫の瞳。冒険者らしからぬ大変美しい少女が、入り口の扉から顔を出していた。

(ちょっと! 今夜は楽しい夜になるんじゃないの!? 暇こいてられないんじゃねえの!?)

 さっきまでのダラケ具合はどこへやら。シュッと立ち上がった男性職員は颯爽さっそうと駆け寄り、キラリと輝く決め顔(あくまで本人談)を披露した。

「やあいらっしゃい。こんな時間にどんな用だい、お嬢さん?」
「ダンジョンに入りたいんで、ここを通りたいんですけど」
「ダンジョンへ? いやあ、悪いけど夜は帰還だけで、入場受付はやってないんだ。よかったら中に入ってお茶でもどう? 朝になったらダンジョンに入れるから、それまで付き合うよ?」

 朝まで一緒に付き合って、その後、寝不足の状態でダンジョンへ行かせるつもりだろうか? ローウェル支部に帰ったら懲罰ちょうばつ必須の事案である。
 だがルール自体は彼の言葉の通りで、この時間にダンジョンへ入る受付は行っていなかった。

「えー、別に通してくれるだけでいいですよ?」
「ダメダメ、ダンジョンに入るなら受付はしてもらわないと。君の命に関わる問題だからね。それに単独でのダンジョン攻略は、冒険者ギルドとしてはお勧めできないよ。前衛、中衛、後衛は揃っていた方が安全さ」

 ダンジョンは仕切られた通路の集合体。
 四方八方に逃走経路が存在する森などと違い、挟み撃ちされれば逃げ道がない。
 単独でダンジョンに入りそんな場面に遭遇すれば、たちまち命を落としてしまう。
 そのため、冒険者ギルドでは三人以上での攻略を推奨していた。
 時間外というだけでなく、単独での無謀な行動。受付を断るには十分な理由だ。
 あとは彼女を口説くどいて退屈な夜勤を楽しいひと時にするだけ――などと甘いことを考えている職員を嘲笑あざわらうかのように、少女は平然と返答した。

「大丈夫よ。私、ちゃんと連れがいるから」
「へ? そんな奴どこに――」
「ほら、ここよ?」

 ずっと顔だけを出していた少女が、扉をゆっくり全開させると――。

「……へ?」

 翡翠ひすいの魔石を頭部に飾る獰猛どうもうな狼の鼻先が、男性職員の鼻頭にちょこんと触れた。


       ◆ ◆ ◆
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