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7巻
7-3
「ゴホ、ゴホ! ア、アマネちゃん。あなた、代わりの死体って、まさか……」
「一応言っておくけど、誰も殺してないから……作ったのよ、死体の人形を」
亜麻音には俺の『複製転写』に似たスキル『贋作』というものがあるらしい。このスキルを使って、本物によく似た偽物を生み出すことができるのだとか。
「アタシの職業は魔導錬金術師。『贋作』スキルでアタシ達を模した人形を作って、焼き払われた死体を装ったのよ。洗脳は恭子がやったわ」
「私の職業は古代聖騎士といって、精霊魔法が使えます。闇の精霊を召喚し、追手の記憶を書き換えることで私達の死を偽装しました」
古代聖騎士って、バルス兄貴の聖騎士とはまた違う職業なんだろうか……と、微妙な現実逃避はそれくらいにしておこう。仕方なかったとはいえ、なかなかハードな対処法だ。
二人の黒い笑みも相まって、ちょっと返答に困ってしまう……のだが、突然テーブルを叩く大きな音が会議室に響き渡った。
「おい、お前ら、ダンジョンで聞いていた職業と違うじゃねえか!」
バルス兄貴の怒声に思わず身を竦めてしまう。ちょっと、あんな風に怒るバルス兄貴は初めて見たかもしれない。鋭い眼光で大樹達を睨みつける姿は、クロードと言い合う時とも何かが違う。
「えっと、すまん、バルスさん。俺らの職業って希少職ばかりでさ、周りにバレると面倒だったから基本的に隠してたんだ」
再びテーブルが強く叩かれた。怒気を含んだその音に、対象外の俺でさえ身を震わせてしまう。
ちらりと周囲を見渡すと、驚いているのは大樹達だけでジュエルさんやパトリシアさん、クロードも普段通りだ。まるで怒っているのが当たり前とでも言わんばかり……そこで俺は、ダンジョンに入ったばかりの頃を思い出し、バルス兄貴が何に怒っているのかを理解した。
「つまりお前らは、今の今まで俺達のことを信用していなかったってわけだ」
「いや、別にそういうわけじゃ……」
「そういうことになるんだよ!」
バルス兄貴に怒られる大樹達を見つめながら、俺はかつての自分の失敗を思い出していた。
当時の固有スキル『識者の眼』は主神様の支援ありきの力で、神々の力が届きにくくなるダンジョンとは大変相性が悪かった。全体的に能力が減衰したために、主武器である弓の命中率も下がってしまったのだ。俺は、仲間に一切相談しないまま、『識者の眼』の看破能力を代償にして命中補正の強化を行った。
その結果、俺はダンジョンの罠を見破れず危うく死にそうになった。
あの時、事前にみんなに相談していればあんなことにはならなかった。命中率が下がったとはいえ矢が当たらないわけではない。パーティー全体でカバーすれば問題ない話で、むしろ罠を見破る力を失った方が問題だと指摘されたのだ。
パーティー内で隠し事をしてはいけない。その言葉は今も俺の心に深く刻み込まれている。
「いいか、タイキ。世の中には信頼できない相手とパーティーを組む時が確かにある。そんな時は遠慮なく隠せ。だがな、それは要するに『お前のことは信じていない』ってのと同じなんだ。余程のことがない限り、まして一緒にダンジョンを攻略しようって相手に変に情報を隠すな。むしろバレた後で揉めたり、関係が拗れたりすることも少なくないんだからな」
「……はい。次から気を付けます」
「お前らもだぞ!」
「そうね。アタシも配慮が足りなかったわ。ごめんなさい」
「ご迷惑をお掛けしました。以後、気を付けます」
「まあ、今回ばかりはこちらに非があることは認めざるを得ない。すまなかったな、みんな」
亜麻音、恭子ちゃん、候兄ちゃんが順々に謝っていく。
「おい優男。俺の方を見て言えよ」
「バルス様、もうそのくらいで」
ジュエルさんに宥められて、バルス兄貴もどうにか落ち着きを取り戻した。それにしても、候兄ちゃんとバルス兄貴は仲がいいのか悪いのか。行動は結構シンクロしてるんだけどなぁ。
「それで、タイキの職業って何なんだ?」
そういえば俺、まだ大樹達の職業って聞いてないや。亜麻音が魔導錬金術師で、恭子ちゃんが古代聖騎士、じゃあ、大樹と候兄ちゃんは……。
「えっと…………しゃっす」
「聞こえん。はっきりしゃべれ!」
「ゆ、勇者っす!」
「は? ……勇者?」
俺を含めて全員がしばし固まってしまった。勇者って、神選職の『勇者』だよね?
またしても危ないところだった。もう少しで紅茶を飲むところ――あ、エマリアさんが。
「ゲホ、ゲホ! タ、タイキ君、勇者ってあの、神選職の……?」
「俺、風帝の勇者っす。響生の居場所も、風帝が夢でお告げをしてくれたから分かって……」
風帝というのは、四人の勇者に加護を与える火・水・地・風を司る四帝精霊の一角だ。ちなみにクロードに加護を与えているのは『地』を司る地帝様。
「じゃあ、時々聞こえていたあの偉そうな声は……どうしよう、あんたとか言っちゃった」
どこか青褪めた顔のエマリアさんだったが、どうにか深呼吸をすると、気分を落ち着けるべくティーカップを口元に寄せた。
そしてようやく動き出したバルス兄貴が、神妙な面持ちで大樹の肩をポンと叩く。
「……すまん、タイキ。余程のことだったな。その、なんだ……周りには隠しとけ」
「あー、はい。了解です」
「となると、ハワタリ様の職業が気になるところですわね」
「あ、ジュエルさん、待っ――」
「俺か? 俺は賢者だ」
「キュフ、キュフン! 鼻にお茶が入って痛い。賢者って神選職の賢者!? あなたが!?」
止めたけど遅かった。ここまで来たらある意味予想通り。候兄ちゃんは神選職『賢者』だった。
そして案の定、エマリアさんは紅茶を噴いた。というか、鼻に入って咽せたらしい……南無。
ちなみに、出会って半年経って俺はようやくジュエルさんの職業を知った。彼女は魔導士の上級職『大魔導士』らしい。賢者には劣るが魔法のスペシャリストということだ。
まあ、バルス兄貴を一瞬で氷漬けにできるくらいだし、普通の魔導士ではないと思ってたけど。
話は戻ってクリューヌ王国についてだが、大樹達の調べによると先程のジュエルさんの発言を裏付けるように、やはり周辺国との間で取引は減少傾向にあるそうだ。
レシィリアラ王女が『簒奪者』の称号をどうやって取得したかは不明だが、王国には国王と王妃、そして第一王女とそれ以外にも王族が何人もいるはずなのに、大樹達は彼らを目にしていない。
情報をまとめればまとめるほどクリューヌ王国が意味不明で恐ろしくなる。そしてあの国には、俺達以外のクラスメイトがまだ残っているんだ。彼らは大丈夫だろうか。
そのうえ驚くべきことに、クリューヌに残った彼らの中にも勇者と賢者がいるのだとか。
「勇者は羽鳥結城で、賢者は一ノ瀬晴香だな」
「あの二人が?」
羽鳥結城君。クラスの中心的存在で、モデル風のイケメン。お祖父さんがドイツ人で、西欧風の甘いマスクが女子に人気だ。学校の成績もよく、テニス部のエースでもある。
正義感が強く、学校行事でも率先してクラスを引っ張ってくれるリーダータイプだが、自分の意見を押し付けるきらいがあり、俺はちょっと苦手だったりする。
一ノ瀬晴香さんは今時珍しい、眼鏡&三つ編みの正統派学級委員長だ。立候補ではなく推薦で委員長になったことから分かる通り、あまり自己主張をしないタイプ。
学級委員長としての仕事を見る限り、責任感があり気配りもできる優しい人だと思う。夏の期末試験の成績は確か学年一位。それ以前も上位五位以内をキープしている秀才である。
二人とも、なるべくしてなった職業という印象だろうか?
だが、大樹の意見は違うようだ。
「一ノ瀬はともかく、羽鳥が勇者ってのは困りものだぞ。あいつ、王女の言いなりだからなぁ」
羽鳥君はすっかり王女に入れ込んでしまったようで、彼女の行動に全く疑問を感じていない様子らしい。逆に一ノ瀬さんは大樹達と協力関係を結んでおり、今も向こうで王女の監視をしてくれているそうだ。
「となると、向こうで一ノ瀬さんは一人で頑張ってるってこと? 心配だな」
「ああ、俺も心配なんだよ。そういうことだから、この後俺達はクリューヌに戻るつもりだ」
「な、なんだってえええええええええええええええええええええ!?」
再会した途端のUターン宣言に、絶叫が木霊した……候兄ちゃんの絶叫が。
「せっかく響生と再会したばかりなのに、どうしてとんぼ返りしないといけないんだ!」
「いやー、俺も会って早々別れ話なんてしたくないけどさ、あんなこと聞かされるとなぁ」
「大樹、何かあったの?」
「……ここに転移する直前にダンジョンマスターが言ってたんだよ。ついさっき、クリューヌ王国のダンジョンが攻略されたって」
クリューヌ王国のダンジョンが攻略された。状況的に考えれば――。
「本命は羽鳥達のパーティーだと思う。だが……」
言い淀む大樹。その視線はパトリシアさんへ向けられている。彼女は首を左右に振った。
「知っての通り、ダンジョンマスターに認められてここへ転移したのはあなた達だけよ」
地底都市テラダイナスに入るには、ダンジョンを攻略した上でダンジョンマスターの心理検査に合格する必要がある。ダンジョンを攻略したにも拘らず転移できなかったということは……。
「サポちゃん、何か知ってる?」
何もない空間に向けて問い掛ける俺に大樹達は首を傾げるが、数秒後、そこから涼やかな声とともに、紫色の髪をした人形のような美少女が姿を現した。
「サポちゃんより報告。ダンジョンマスターの判定は『害意あり』です。サポちゃんより以上」
「ダンジョンマスター……じゃなかった。確か、アインス・フェアシュテインだっけ?」
「サポちゃんより報告。どうぞサポちゃんとお呼びください。サポちゃんより以上」
「ま、まあ、おいおいな」
彼女のことは再会時に紹介したが、大樹はまだ慣れないらしい。一瞬サポちゃんをダンジョンマスターと見間違えたようだ。まあ、二人の見た目に違いなんてないわけだし、仕方ないか。
普段サポちゃんは俺の中で待機している。今までの『ステータスサポート』と同じ扱いだ。長時間の実体化は、本来の力を取り戻した今のサポちゃんでもそれなりに消耗するらしく、必要な時だけ姿を見せるんだとか。
「それでサポちゃん、『害意あり』ってどういうこと?」
「サポちゃんより報告。以下はダンジョンマスターからの同期情報です。攻略されたのはクリューヌ王国南東にある『第十二ダンジョン』。攻略者は六名。うち一名から明確なテラダイナスに対する『悪意』を検出。また、六名中四名の精神状態が正常に把握できませんでした。一名のみ重度の『緊張』と『困惑』の心理パターンを確認できましたが、テラダイナスへの悪意等はないようで合格判定を受けています。しかし、パーティーによるダンジョン攻略のため、総合判断としては『害意あり』、つまり不合格と認定されました。これにより、全ての攻略者はダンジョン入り口まで強制転移させられています。サポちゃんより以上」
パーティーで攻略すると総合的に判断されるのか。となると、一人でも敵対者がいると、他の全員が合格してもテラダイナスへは入れない可能性も考えられる。仲間選びがなかなか大変そうだ。
まあ、その辺の思考は置いといて。
「精神状態を把握できないってどういうことなのかな?」
「サポちゃんより報告。原因不明。現在調査中です。サポちゃんより以上」
「ダンジョンマスター達にも分からないの?」
「サポちゃんより報告。これはダンジョンマスターにとっても初めての事案となります。例えば、隷属魔法によって強制的に奴隷に落とされていたとしても、精神に干渉する魔法で操られていたとしても、人間の心には何かしらの反応があります。しかし、今回はその反応そのものを検出することができませんでした。何らかの手段で心理検査を遮断するフィルターを展開されていた可能性がありますが、具体的な手段については不明。推測の域を出ません。サポちゃんより以上」
「要するに何も分からないってことだな」
大樹がそう言うと、サポちゃんはコクリと頷く。
「サポちゃんより報告。回答は是。サポちゃんより以上」
「先生、分かったろ。向こうで何か起きてるっぽい。あの攻略者達が羽鳥のパーティーだっていうなら、きっと唯一の正常者は一ノ瀬だ。確か隷属、洗脳への対策はしてあったよな?」
「……ああ。いざという時に身を護るための魔法道具はいくつか渡してある。その中に精神干渉に対する備えも用意してあったはずだが……何か、想定外の事態が発生している可能性があるな」
候兄ちゃんの表情が険しくなる。亜麻音達も同様に眉をひそめていた。
「確か最後に一ノ瀬さんからもらった通信で、王女も一緒にダンジョンに入るとか言ってたわね。となると、状況的にテラダイナスに悪意を持ってるのは、王女?」
「でも亜麻音ちゃん。ここって、世間的には都市伝説みたいな場所だよ。そんなものに一国の王女が害意を持つってどういう状況なのかな?」
亜麻音も恭子ちゃんも情報が少なすぎて上手く考えがまとまらないようだ。斯くいう俺も何が何やらさっぱり分からないわけだけど。
「な、先生。俺達は一度クリューヌ王国へ戻った方がいい。状況を確認する必要がある」
「俺からもお願い、候兄ちゃん。クラスのみんなが心配だ」
「ううう……響生に頼まれては、断りたくても断れん。分かった。だが、ぐぬぬぬぬ」
かなり渋々ながらも、候兄ちゃんはクリューヌ帰還を承諾してくれた。
本当は俺も一緒に行きたいくらいだが、俺には姉さんの聖獣捜しという使命がある。姉さんが言うには、異世界召喚には十一人の神々のうち誰かが関わっている可能性が高いそうだ。それに対抗するなら『理神』である姉さんの助力はきっと必要になる。
聖獣復活は俺にしかできない役目だ。クラスのみんなは大樹達に任せるしかない。
その後もお互いの情報の摺り合わせは滞りなく進み、気が付けば日暮れの時間となっていた。サポちゃんはまた俺の中に戻っている。
「さて、今日はもうこのくらいにしておきましょうか」
パトリシアさんの言葉で会議はお開きとなり、この後はみんなで夕食をとることとなった。
ちなみに今後の俺達の予定だが、大樹達のダンジョン攻略の疲れが取れ次第、全員で地上に帰還する予定だ。
その後は、バルス兄貴とジュエルさんはギルドの仕事があるからローウェルに残るとして、大樹達はクリューヌ帰還の旅に、俺達は聖獣捜しの旅に出る。
とはいえ、聖獣の居場所については本当に手掛かり一つないから、どこからどう捜していいものやら。
地上に戻ってもなかなか苦労しそうだなぁ……。
「ちょっといいかしら?」
今後のことを考えながら会議室を後にしようとしていた俺達を、エマリアさんが呼び止めた。
「実は、ずっと気になっていたことがあるんだけど……」
「まあ、何かしら?」
心当たりがないのか、パトリシアさんはキョトンとした顔で首を傾げる。俺も思い浮かばず不思議そうにしてみせると、エマリアさんの視線がこちらへ向けられた。
「えっと、何かな、エマリアさん?」
「……ヒビキ。あなた、女性になった話は聞いたけど、どうして服装まで女物を着ているの?」
(((うわ、言っちゃった)))
俺の精神に心の刃がクリティカルヒットした。みんなの声にならない哀れみの気持ちも伝わってくる。
ええ、そうです。あえて服装については触れてこなかったが、今の俺の服装は白のワンピース。パトリシアさんのお屋敷では姉さんスタイルで過ごすという約束は、今もきっちりしっかり生きているわけで……みんな何となく察してあえて言及しないでくれていた件に、エマリアさんはばっさり切り込んできたのである。
……エマリアさんは肝心なところで空気が読めない。うっかりしていたよ。彼女は出会った時から天然のディスりっ子なのである……男のプライドが重傷です。がはっ!
「まさか、体だけでなく心まで女になってしまっていたなんて! 私はどうすれば!?」
「違うから! 全然違うから!」
「あら、よく似合っているわよ、ヒビキ君」
「だからパトリシアさん! それ、嬉しくないんだってば!」
もうやだこれ! サポちゃん、ヘルプ! 早く元に戻してえええええええええ!
『サポちゃんより報告。要請を受諾。対応を開始します。サポちゃんより以上』
よろしくお願いします! とりあえず、エマリアさんの誤解はきっちりしっかり解いておいた。
……なんか、今日の会議で一番疲れたよ。
◆ ◆ ◆
その日の夜。俺の寝室にとある人物が訪ねてきた。
「就寝前だというのにすまない」
「昼間も話す機会なんてありませんでしたし、俺は全然構いませんよ」
やってきたのはエマリアさんの弟のラクリシアさんだ。スラッとした長身で、金の髪とスカイブルーの瞳が大変美しい。性別の違いか面立ちはそこまでエマリアさんと似ていないが、とびっきりのイケメンであることに違いはない……周りのキャラが濃すぎて全く目立ってないけど。超イケメンなのに。
「だが、深夜に女性の寝室を訪ねるなど」
「俺、心は歴とした男なんで」
おっと、何? 彼も俺の心をスパッと一刀両断するためにでも来たのかな? 姉弟でもそんなところは似てほしくないんですけど。
「それで、わざわざ部屋まで来て話だなんて、一体何の御用ですか?」
もうここはさっさと話を進めてしまうのがいいだろう。寝室のテーブルセットへ案内し、早速話を聞くことにした。
「そ、そうだな。その、君は、姉さんと、その、仲がいいのだろう?」
「具体的にどれくらいとか聞かれると困りますけど、俺とエマリアさんは友達ですよ。といっても、ほんの数日一緒にいただけの間柄ですが」
「いや、それでも、姉さんが君を慕っているのは見ていれば分かる……君が女でなければ嫉妬の炎に全身を焼き払われていたかもしれない」
「あははは。俺は男だって言ってるんですけど、耳に届いていないんですかね?」
「そんな君に教えてほしいんだ。ど、どうやったら姉さんに好かれるんだろうか!」
「え? それが来訪の目的なんですか?」
「そうだ。どうも俺は姉さんから距離を置かれているみたいで、なかなか他の姉弟のような仲睦まじい関係になれないんだ。一体何がいけないんだろうか」
テーブルを挟んだ向こうで、ラクリシアさんは目に見えて落ち込んでいた。エマリアさんに再会してから今に至るまでの間の、二人の関係についてちょっと思い返してみよう。
確か、第五聖殿で再会して間もなく。バルス兄貴にぶつかって倒れたエマリアさんは――。
『姉さん、大丈夫かい? 俺が肩を貸そうか?』
『いたた。ありがと、でもいらないわ』
『エマリアさん、大丈夫? 手を貸そうか?』
『ヒビキ。そうね、ちょっとお願いしようかしら』
『姉さん!? 今俺肩貸すって言ったよね!?』
その後、ラクリシアさんを紹介する段になって――。
『エマリアさん、その人は……』
『……紹介したくはないけど紹介するわ。……一応、弟のラクリシアよ』
『姉さん、一応って何だい? 一応も何も、俺は正真正銘姉さんの実弟だよ!?』
……どうしよう。めっちゃ扱いがぞんざいだった。俺が知ってるエマリアさんじゃない。
「あの、何かエマリアさんを怒らせるようなことでもしたんですか?」
「そ、そんなはずは、ないと思うのだが……」
うーん。姉弟で気安いから遠慮がないだけなんだろうか。見た感じラクリシアさんは外見以外普通に見えるんだけど……どうしよう、アドバイスとか言われても何を言ったらいいのやら。
女の人って、何をすると喜んでくれるんだろう?
「えーと……花でもプレゼントするっていうのはどうですか?」
「花? そんなものを贈ってどうするんだ? 花なんて姉さんの美しさの前には霞んでしまうからプレゼントには相応しくないと思うのだが」
おっと。ラクリシアさんが俺の普通枠から外れ出したぞ。
「でも女性って、花をプレゼントされると嬉しいって聞きますし、今の発言からすると一度も贈ったことはないんですよね?」
「言われてみればそうだな。花などよりも、美しい姉さんを飾り立てる宝石や胸元パックリドレスを贈ってばかりだった。そうか、代わり映えのしないプレゼントに飽きられていたのかもしれない」
……とりあえず、ラクリシアさんは俺の普通枠から完全にさよならしました。何、胸元パックリドレスって。そりゃあ、そんなの贈られたら嫌だよ。普通にセクハラだよ。弟でも許さないよ。
「えっと、やっぱりしばらくプレゼントはやめた方が……」
「ありがとう。これから何をすべきか分かった。さすがは姉さんに慕われるだけのことはある」
「え、あ、ちょっと待って」
「では、いつまでもレディーの部屋に留まるわけにもいかないのでそろそろ失礼するよ」
「そうじゃなくて、というかレディーじゃないし!」
「姉さん、今、あなたに相応しい花を贈ります!」
「俺の話聞いて!?」
ラクリシアさんは俺の声など耳に届いてないかのように、ダッと立ち上がるとガッと走り出して俺の部屋からあっという間に出て行ってしまった。
「……ああもう、行っちゃったよ……エマリアさん、大丈夫かなぁ」
翌日以降、何を思ったのか道端で摘んだ花を手当たり次第にエマリアさんにプレゼントするラクリシアさんの姿が、たびたび目撃されるようになった。
だが、エマリアさんがそれを受け取ったという情報はいまだ一件も届いていない。
……えっと、お、俺のせいじゃないからね!
「最近、ラクリシアがメチャクチャ鬱陶しいんだけど、急に何なのかしらあれ」
不機嫌そうに愚痴を言うエマリアさんを前に、俺は口をつぐむのだった。
「一応言っておくけど、誰も殺してないから……作ったのよ、死体の人形を」
亜麻音には俺の『複製転写』に似たスキル『贋作』というものがあるらしい。このスキルを使って、本物によく似た偽物を生み出すことができるのだとか。
「アタシの職業は魔導錬金術師。『贋作』スキルでアタシ達を模した人形を作って、焼き払われた死体を装ったのよ。洗脳は恭子がやったわ」
「私の職業は古代聖騎士といって、精霊魔法が使えます。闇の精霊を召喚し、追手の記憶を書き換えることで私達の死を偽装しました」
古代聖騎士って、バルス兄貴の聖騎士とはまた違う職業なんだろうか……と、微妙な現実逃避はそれくらいにしておこう。仕方なかったとはいえ、なかなかハードな対処法だ。
二人の黒い笑みも相まって、ちょっと返答に困ってしまう……のだが、突然テーブルを叩く大きな音が会議室に響き渡った。
「おい、お前ら、ダンジョンで聞いていた職業と違うじゃねえか!」
バルス兄貴の怒声に思わず身を竦めてしまう。ちょっと、あんな風に怒るバルス兄貴は初めて見たかもしれない。鋭い眼光で大樹達を睨みつける姿は、クロードと言い合う時とも何かが違う。
「えっと、すまん、バルスさん。俺らの職業って希少職ばかりでさ、周りにバレると面倒だったから基本的に隠してたんだ」
再びテーブルが強く叩かれた。怒気を含んだその音に、対象外の俺でさえ身を震わせてしまう。
ちらりと周囲を見渡すと、驚いているのは大樹達だけでジュエルさんやパトリシアさん、クロードも普段通りだ。まるで怒っているのが当たり前とでも言わんばかり……そこで俺は、ダンジョンに入ったばかりの頃を思い出し、バルス兄貴が何に怒っているのかを理解した。
「つまりお前らは、今の今まで俺達のことを信用していなかったってわけだ」
「いや、別にそういうわけじゃ……」
「そういうことになるんだよ!」
バルス兄貴に怒られる大樹達を見つめながら、俺はかつての自分の失敗を思い出していた。
当時の固有スキル『識者の眼』は主神様の支援ありきの力で、神々の力が届きにくくなるダンジョンとは大変相性が悪かった。全体的に能力が減衰したために、主武器である弓の命中率も下がってしまったのだ。俺は、仲間に一切相談しないまま、『識者の眼』の看破能力を代償にして命中補正の強化を行った。
その結果、俺はダンジョンの罠を見破れず危うく死にそうになった。
あの時、事前にみんなに相談していればあんなことにはならなかった。命中率が下がったとはいえ矢が当たらないわけではない。パーティー全体でカバーすれば問題ない話で、むしろ罠を見破る力を失った方が問題だと指摘されたのだ。
パーティー内で隠し事をしてはいけない。その言葉は今も俺の心に深く刻み込まれている。
「いいか、タイキ。世の中には信頼できない相手とパーティーを組む時が確かにある。そんな時は遠慮なく隠せ。だがな、それは要するに『お前のことは信じていない』ってのと同じなんだ。余程のことがない限り、まして一緒にダンジョンを攻略しようって相手に変に情報を隠すな。むしろバレた後で揉めたり、関係が拗れたりすることも少なくないんだからな」
「……はい。次から気を付けます」
「お前らもだぞ!」
「そうね。アタシも配慮が足りなかったわ。ごめんなさい」
「ご迷惑をお掛けしました。以後、気を付けます」
「まあ、今回ばかりはこちらに非があることは認めざるを得ない。すまなかったな、みんな」
亜麻音、恭子ちゃん、候兄ちゃんが順々に謝っていく。
「おい優男。俺の方を見て言えよ」
「バルス様、もうそのくらいで」
ジュエルさんに宥められて、バルス兄貴もどうにか落ち着きを取り戻した。それにしても、候兄ちゃんとバルス兄貴は仲がいいのか悪いのか。行動は結構シンクロしてるんだけどなぁ。
「それで、タイキの職業って何なんだ?」
そういえば俺、まだ大樹達の職業って聞いてないや。亜麻音が魔導錬金術師で、恭子ちゃんが古代聖騎士、じゃあ、大樹と候兄ちゃんは……。
「えっと…………しゃっす」
「聞こえん。はっきりしゃべれ!」
「ゆ、勇者っす!」
「は? ……勇者?」
俺を含めて全員がしばし固まってしまった。勇者って、神選職の『勇者』だよね?
またしても危ないところだった。もう少しで紅茶を飲むところ――あ、エマリアさんが。
「ゲホ、ゲホ! タ、タイキ君、勇者ってあの、神選職の……?」
「俺、風帝の勇者っす。響生の居場所も、風帝が夢でお告げをしてくれたから分かって……」
風帝というのは、四人の勇者に加護を与える火・水・地・風を司る四帝精霊の一角だ。ちなみにクロードに加護を与えているのは『地』を司る地帝様。
「じゃあ、時々聞こえていたあの偉そうな声は……どうしよう、あんたとか言っちゃった」
どこか青褪めた顔のエマリアさんだったが、どうにか深呼吸をすると、気分を落ち着けるべくティーカップを口元に寄せた。
そしてようやく動き出したバルス兄貴が、神妙な面持ちで大樹の肩をポンと叩く。
「……すまん、タイキ。余程のことだったな。その、なんだ……周りには隠しとけ」
「あー、はい。了解です」
「となると、ハワタリ様の職業が気になるところですわね」
「あ、ジュエルさん、待っ――」
「俺か? 俺は賢者だ」
「キュフ、キュフン! 鼻にお茶が入って痛い。賢者って神選職の賢者!? あなたが!?」
止めたけど遅かった。ここまで来たらある意味予想通り。候兄ちゃんは神選職『賢者』だった。
そして案の定、エマリアさんは紅茶を噴いた。というか、鼻に入って咽せたらしい……南無。
ちなみに、出会って半年経って俺はようやくジュエルさんの職業を知った。彼女は魔導士の上級職『大魔導士』らしい。賢者には劣るが魔法のスペシャリストということだ。
まあ、バルス兄貴を一瞬で氷漬けにできるくらいだし、普通の魔導士ではないと思ってたけど。
話は戻ってクリューヌ王国についてだが、大樹達の調べによると先程のジュエルさんの発言を裏付けるように、やはり周辺国との間で取引は減少傾向にあるそうだ。
レシィリアラ王女が『簒奪者』の称号をどうやって取得したかは不明だが、王国には国王と王妃、そして第一王女とそれ以外にも王族が何人もいるはずなのに、大樹達は彼らを目にしていない。
情報をまとめればまとめるほどクリューヌ王国が意味不明で恐ろしくなる。そしてあの国には、俺達以外のクラスメイトがまだ残っているんだ。彼らは大丈夫だろうか。
そのうえ驚くべきことに、クリューヌに残った彼らの中にも勇者と賢者がいるのだとか。
「勇者は羽鳥結城で、賢者は一ノ瀬晴香だな」
「あの二人が?」
羽鳥結城君。クラスの中心的存在で、モデル風のイケメン。お祖父さんがドイツ人で、西欧風の甘いマスクが女子に人気だ。学校の成績もよく、テニス部のエースでもある。
正義感が強く、学校行事でも率先してクラスを引っ張ってくれるリーダータイプだが、自分の意見を押し付けるきらいがあり、俺はちょっと苦手だったりする。
一ノ瀬晴香さんは今時珍しい、眼鏡&三つ編みの正統派学級委員長だ。立候補ではなく推薦で委員長になったことから分かる通り、あまり自己主張をしないタイプ。
学級委員長としての仕事を見る限り、責任感があり気配りもできる優しい人だと思う。夏の期末試験の成績は確か学年一位。それ以前も上位五位以内をキープしている秀才である。
二人とも、なるべくしてなった職業という印象だろうか?
だが、大樹の意見は違うようだ。
「一ノ瀬はともかく、羽鳥が勇者ってのは困りものだぞ。あいつ、王女の言いなりだからなぁ」
羽鳥君はすっかり王女に入れ込んでしまったようで、彼女の行動に全く疑問を感じていない様子らしい。逆に一ノ瀬さんは大樹達と協力関係を結んでおり、今も向こうで王女の監視をしてくれているそうだ。
「となると、向こうで一ノ瀬さんは一人で頑張ってるってこと? 心配だな」
「ああ、俺も心配なんだよ。そういうことだから、この後俺達はクリューヌに戻るつもりだ」
「な、なんだってえええええええええええええええええええええ!?」
再会した途端のUターン宣言に、絶叫が木霊した……候兄ちゃんの絶叫が。
「せっかく響生と再会したばかりなのに、どうしてとんぼ返りしないといけないんだ!」
「いやー、俺も会って早々別れ話なんてしたくないけどさ、あんなこと聞かされるとなぁ」
「大樹、何かあったの?」
「……ここに転移する直前にダンジョンマスターが言ってたんだよ。ついさっき、クリューヌ王国のダンジョンが攻略されたって」
クリューヌ王国のダンジョンが攻略された。状況的に考えれば――。
「本命は羽鳥達のパーティーだと思う。だが……」
言い淀む大樹。その視線はパトリシアさんへ向けられている。彼女は首を左右に振った。
「知っての通り、ダンジョンマスターに認められてここへ転移したのはあなた達だけよ」
地底都市テラダイナスに入るには、ダンジョンを攻略した上でダンジョンマスターの心理検査に合格する必要がある。ダンジョンを攻略したにも拘らず転移できなかったということは……。
「サポちゃん、何か知ってる?」
何もない空間に向けて問い掛ける俺に大樹達は首を傾げるが、数秒後、そこから涼やかな声とともに、紫色の髪をした人形のような美少女が姿を現した。
「サポちゃんより報告。ダンジョンマスターの判定は『害意あり』です。サポちゃんより以上」
「ダンジョンマスター……じゃなかった。確か、アインス・フェアシュテインだっけ?」
「サポちゃんより報告。どうぞサポちゃんとお呼びください。サポちゃんより以上」
「ま、まあ、おいおいな」
彼女のことは再会時に紹介したが、大樹はまだ慣れないらしい。一瞬サポちゃんをダンジョンマスターと見間違えたようだ。まあ、二人の見た目に違いなんてないわけだし、仕方ないか。
普段サポちゃんは俺の中で待機している。今までの『ステータスサポート』と同じ扱いだ。長時間の実体化は、本来の力を取り戻した今のサポちゃんでもそれなりに消耗するらしく、必要な時だけ姿を見せるんだとか。
「それでサポちゃん、『害意あり』ってどういうこと?」
「サポちゃんより報告。以下はダンジョンマスターからの同期情報です。攻略されたのはクリューヌ王国南東にある『第十二ダンジョン』。攻略者は六名。うち一名から明確なテラダイナスに対する『悪意』を検出。また、六名中四名の精神状態が正常に把握できませんでした。一名のみ重度の『緊張』と『困惑』の心理パターンを確認できましたが、テラダイナスへの悪意等はないようで合格判定を受けています。しかし、パーティーによるダンジョン攻略のため、総合判断としては『害意あり』、つまり不合格と認定されました。これにより、全ての攻略者はダンジョン入り口まで強制転移させられています。サポちゃんより以上」
パーティーで攻略すると総合的に判断されるのか。となると、一人でも敵対者がいると、他の全員が合格してもテラダイナスへは入れない可能性も考えられる。仲間選びがなかなか大変そうだ。
まあ、その辺の思考は置いといて。
「精神状態を把握できないってどういうことなのかな?」
「サポちゃんより報告。原因不明。現在調査中です。サポちゃんより以上」
「ダンジョンマスター達にも分からないの?」
「サポちゃんより報告。これはダンジョンマスターにとっても初めての事案となります。例えば、隷属魔法によって強制的に奴隷に落とされていたとしても、精神に干渉する魔法で操られていたとしても、人間の心には何かしらの反応があります。しかし、今回はその反応そのものを検出することができませんでした。何らかの手段で心理検査を遮断するフィルターを展開されていた可能性がありますが、具体的な手段については不明。推測の域を出ません。サポちゃんより以上」
「要するに何も分からないってことだな」
大樹がそう言うと、サポちゃんはコクリと頷く。
「サポちゃんより報告。回答は是。サポちゃんより以上」
「先生、分かったろ。向こうで何か起きてるっぽい。あの攻略者達が羽鳥のパーティーだっていうなら、きっと唯一の正常者は一ノ瀬だ。確か隷属、洗脳への対策はしてあったよな?」
「……ああ。いざという時に身を護るための魔法道具はいくつか渡してある。その中に精神干渉に対する備えも用意してあったはずだが……何か、想定外の事態が発生している可能性があるな」
候兄ちゃんの表情が険しくなる。亜麻音達も同様に眉をひそめていた。
「確か最後に一ノ瀬さんからもらった通信で、王女も一緒にダンジョンに入るとか言ってたわね。となると、状況的にテラダイナスに悪意を持ってるのは、王女?」
「でも亜麻音ちゃん。ここって、世間的には都市伝説みたいな場所だよ。そんなものに一国の王女が害意を持つってどういう状況なのかな?」
亜麻音も恭子ちゃんも情報が少なすぎて上手く考えがまとまらないようだ。斯くいう俺も何が何やらさっぱり分からないわけだけど。
「な、先生。俺達は一度クリューヌ王国へ戻った方がいい。状況を確認する必要がある」
「俺からもお願い、候兄ちゃん。クラスのみんなが心配だ」
「ううう……響生に頼まれては、断りたくても断れん。分かった。だが、ぐぬぬぬぬ」
かなり渋々ながらも、候兄ちゃんはクリューヌ帰還を承諾してくれた。
本当は俺も一緒に行きたいくらいだが、俺には姉さんの聖獣捜しという使命がある。姉さんが言うには、異世界召喚には十一人の神々のうち誰かが関わっている可能性が高いそうだ。それに対抗するなら『理神』である姉さんの助力はきっと必要になる。
聖獣復活は俺にしかできない役目だ。クラスのみんなは大樹達に任せるしかない。
その後もお互いの情報の摺り合わせは滞りなく進み、気が付けば日暮れの時間となっていた。サポちゃんはまた俺の中に戻っている。
「さて、今日はもうこのくらいにしておきましょうか」
パトリシアさんの言葉で会議はお開きとなり、この後はみんなで夕食をとることとなった。
ちなみに今後の俺達の予定だが、大樹達のダンジョン攻略の疲れが取れ次第、全員で地上に帰還する予定だ。
その後は、バルス兄貴とジュエルさんはギルドの仕事があるからローウェルに残るとして、大樹達はクリューヌ帰還の旅に、俺達は聖獣捜しの旅に出る。
とはいえ、聖獣の居場所については本当に手掛かり一つないから、どこからどう捜していいものやら。
地上に戻ってもなかなか苦労しそうだなぁ……。
「ちょっといいかしら?」
今後のことを考えながら会議室を後にしようとしていた俺達を、エマリアさんが呼び止めた。
「実は、ずっと気になっていたことがあるんだけど……」
「まあ、何かしら?」
心当たりがないのか、パトリシアさんはキョトンとした顔で首を傾げる。俺も思い浮かばず不思議そうにしてみせると、エマリアさんの視線がこちらへ向けられた。
「えっと、何かな、エマリアさん?」
「……ヒビキ。あなた、女性になった話は聞いたけど、どうして服装まで女物を着ているの?」
(((うわ、言っちゃった)))
俺の精神に心の刃がクリティカルヒットした。みんなの声にならない哀れみの気持ちも伝わってくる。
ええ、そうです。あえて服装については触れてこなかったが、今の俺の服装は白のワンピース。パトリシアさんのお屋敷では姉さんスタイルで過ごすという約束は、今もきっちりしっかり生きているわけで……みんな何となく察してあえて言及しないでくれていた件に、エマリアさんはばっさり切り込んできたのである。
……エマリアさんは肝心なところで空気が読めない。うっかりしていたよ。彼女は出会った時から天然のディスりっ子なのである……男のプライドが重傷です。がはっ!
「まさか、体だけでなく心まで女になってしまっていたなんて! 私はどうすれば!?」
「違うから! 全然違うから!」
「あら、よく似合っているわよ、ヒビキ君」
「だからパトリシアさん! それ、嬉しくないんだってば!」
もうやだこれ! サポちゃん、ヘルプ! 早く元に戻してえええええええええ!
『サポちゃんより報告。要請を受諾。対応を開始します。サポちゃんより以上』
よろしくお願いします! とりあえず、エマリアさんの誤解はきっちりしっかり解いておいた。
……なんか、今日の会議で一番疲れたよ。
◆ ◆ ◆
その日の夜。俺の寝室にとある人物が訪ねてきた。
「就寝前だというのにすまない」
「昼間も話す機会なんてありませんでしたし、俺は全然構いませんよ」
やってきたのはエマリアさんの弟のラクリシアさんだ。スラッとした長身で、金の髪とスカイブルーの瞳が大変美しい。性別の違いか面立ちはそこまでエマリアさんと似ていないが、とびっきりのイケメンであることに違いはない……周りのキャラが濃すぎて全く目立ってないけど。超イケメンなのに。
「だが、深夜に女性の寝室を訪ねるなど」
「俺、心は歴とした男なんで」
おっと、何? 彼も俺の心をスパッと一刀両断するためにでも来たのかな? 姉弟でもそんなところは似てほしくないんですけど。
「それで、わざわざ部屋まで来て話だなんて、一体何の御用ですか?」
もうここはさっさと話を進めてしまうのがいいだろう。寝室のテーブルセットへ案内し、早速話を聞くことにした。
「そ、そうだな。その、君は、姉さんと、その、仲がいいのだろう?」
「具体的にどれくらいとか聞かれると困りますけど、俺とエマリアさんは友達ですよ。といっても、ほんの数日一緒にいただけの間柄ですが」
「いや、それでも、姉さんが君を慕っているのは見ていれば分かる……君が女でなければ嫉妬の炎に全身を焼き払われていたかもしれない」
「あははは。俺は男だって言ってるんですけど、耳に届いていないんですかね?」
「そんな君に教えてほしいんだ。ど、どうやったら姉さんに好かれるんだろうか!」
「え? それが来訪の目的なんですか?」
「そうだ。どうも俺は姉さんから距離を置かれているみたいで、なかなか他の姉弟のような仲睦まじい関係になれないんだ。一体何がいけないんだろうか」
テーブルを挟んだ向こうで、ラクリシアさんは目に見えて落ち込んでいた。エマリアさんに再会してから今に至るまでの間の、二人の関係についてちょっと思い返してみよう。
確か、第五聖殿で再会して間もなく。バルス兄貴にぶつかって倒れたエマリアさんは――。
『姉さん、大丈夫かい? 俺が肩を貸そうか?』
『いたた。ありがと、でもいらないわ』
『エマリアさん、大丈夫? 手を貸そうか?』
『ヒビキ。そうね、ちょっとお願いしようかしら』
『姉さん!? 今俺肩貸すって言ったよね!?』
その後、ラクリシアさんを紹介する段になって――。
『エマリアさん、その人は……』
『……紹介したくはないけど紹介するわ。……一応、弟のラクリシアよ』
『姉さん、一応って何だい? 一応も何も、俺は正真正銘姉さんの実弟だよ!?』
……どうしよう。めっちゃ扱いがぞんざいだった。俺が知ってるエマリアさんじゃない。
「あの、何かエマリアさんを怒らせるようなことでもしたんですか?」
「そ、そんなはずは、ないと思うのだが……」
うーん。姉弟で気安いから遠慮がないだけなんだろうか。見た感じラクリシアさんは外見以外普通に見えるんだけど……どうしよう、アドバイスとか言われても何を言ったらいいのやら。
女の人って、何をすると喜んでくれるんだろう?
「えーと……花でもプレゼントするっていうのはどうですか?」
「花? そんなものを贈ってどうするんだ? 花なんて姉さんの美しさの前には霞んでしまうからプレゼントには相応しくないと思うのだが」
おっと。ラクリシアさんが俺の普通枠から外れ出したぞ。
「でも女性って、花をプレゼントされると嬉しいって聞きますし、今の発言からすると一度も贈ったことはないんですよね?」
「言われてみればそうだな。花などよりも、美しい姉さんを飾り立てる宝石や胸元パックリドレスを贈ってばかりだった。そうか、代わり映えのしないプレゼントに飽きられていたのかもしれない」
……とりあえず、ラクリシアさんは俺の普通枠から完全にさよならしました。何、胸元パックリドレスって。そりゃあ、そんなの贈られたら嫌だよ。普通にセクハラだよ。弟でも許さないよ。
「えっと、やっぱりしばらくプレゼントはやめた方が……」
「ありがとう。これから何をすべきか分かった。さすがは姉さんに慕われるだけのことはある」
「え、あ、ちょっと待って」
「では、いつまでもレディーの部屋に留まるわけにもいかないのでそろそろ失礼するよ」
「そうじゃなくて、というかレディーじゃないし!」
「姉さん、今、あなたに相応しい花を贈ります!」
「俺の話聞いて!?」
ラクリシアさんは俺の声など耳に届いてないかのように、ダッと立ち上がるとガッと走り出して俺の部屋からあっという間に出て行ってしまった。
「……ああもう、行っちゃったよ……エマリアさん、大丈夫かなぁ」
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