奴隷紋の勇者の成り上がり ～女神を隷属せし勇者～

序章

3.ユース

「おい早く言ってみろよ！女を差し出すので僕を痛くするのをやめて下さい、てな！」

 「あはは！そうだよ早く諦めろよ！」

 人間の1人が僕の真似なのか、身体を気持ち悪くくねらせて甲高い声で叫び、もう1人がその真似を見て笑う。
 
 ー もう、やめてくれ……

 そして実際もう僕は限界だった。
 この数分間に何度死にたいと思っただろうか、もう数えるだけの思考力も残っていない。 
 涙と鼻水が溢れ出していて、失禁していないのが不思議なくらいだ。
 
 「あんた、その気持ち悪い格好にあってるよ。流石元から気持ち悪いやつは違うね」

 ーーー だが、それでも僕はそんな内心を覆い隠してそう目の前の男を嘲笑った。

 「っ！くそがっ！」

 そしてそれだけで挑発され慣れていない人間はあっさりと怒りに我を忘れ、僕に暴力を振るい始める。

 「がっ！」

 目の前の人間の練度は決して高くはない。
 元々落ちこぼれとして堕ちてきたのがこの場所にいる人間なのだから当たり前だ。
 だけどそんな人間の蹴りでも今の僕には致命的な威力を誇っていた。
 一撃ごとに敏感になった痛覚が刺激され、僕は涙と唾液を漏らしながら悶える。
 
 ー 痛い痛い痛い！

 誰よりも痛みに慣れている、そう自分に言い聞かせようとするが思考が痛みに支配されてそんな余裕さえも消えてゆく。
 
 「はっ、」

 だが、僕はそんな極限の状態でありながら笑みを浮かべた。
 本当に死にそうで痛くて、どうしようもなくて辛い。
 しかしこうして僕が人間を挑発している間彼らの注意は僕に注がれ、男と少女からは意識が削がれる。
 
 「くそっ！こいつ笑いやがって！」

 そしてもう１つ僕には狙いがあった。
 ぴかぴかと周りに対して無差別に眩い光を放ち続ける僕の奴隷紋は酷く目立つ。
 数分の間も光を放ち続けていればそれは明らかにこの場にいる全員の目に入るだろう。

 「何の騒ぎだ貴様ら！」

 そして等々僕の待ち望んだ時がきた。
 さらに僕を人間が蹴ろうときた時、よく通る声で凛とした女性の声がその場に響き、その場の空気が固まる。
 
 ー やっときたか……

 そして人間も獣人も関係なく固まる中、僕は1人笑みを浮かべた。



 ◇◆◇



 「おい、何をしている！」

 その場にやってきたのはピンク色の髪をした1人の少女だった。
 彼女の名前はユース・アスパレト。
 顔立ちは気の強さを伺わせながらも非常に整っている。
 けれど周りと比べても明らかに彼女は若い。
 だが彼女はこの場にいる人間の中で一番身分と実力の高い人間だった。
 
 この場所の奴隷の管理の全権を預けられていることが示している。

 「そ、それは……」

 そしてそんなユースの言葉に今まで僕に暴力を働いたいた人間が言い淀む。
 
 「大方また過剰な罰を働いていたのか……」
 
 だが全ても言うまでのなくユースはこの場で何が起きていたのかを悟っていた。
 それから倒れている僕、男と順に見て、

 「っ！」

 「ひぃっ！」

 そして少女を目にした時、怒りを顔に浮かべ人間の1人を全力で殴った。

 「貴様！こいつに手を出そうとしたな！」

 「す、すいません！」

 少女が一瞬助けてくれたとでも思ったのかユースを呆然と見つめる。
 
 だが、これは間違いだった。
 
 今回僕はユースをおびき寄せたが、だが彼女は僕らの味方ではない。
 正直個人的には一番気にくわない人間だと言ってもいいだろう。
 ただ熱心な教徒で穢らわしいとされている獣人を抱くことが許せないだけ。
 だが今回はその潔癖な性格に助けられたことに僕は安堵の息をついた。
 おそらく、あとで僕らは騒ぎを起こした罰として奴隷紋で痛みを与えらるだろう。
 そして彼女の持っている権限で通常の職員よりも酷い痛みを与えらるだろうが、ユースは巫山戯て痛みを長引かせはしない。
まぁ、僕はこれだけの騒ぎを起こしたからには長引かせられるかもしれないが、それでも勇者としての力を持つ限り、僕が殺されることはない。

 「はぁ、」
 
 そしてそこまで考え、ようやくこの騒ぎが終わると僕は溜息をついた。
 これであの人間達も僕を目の敵にするだろうし、あの2人に危害が及ぶことはない。

 「騒ぎを起こしたのは勇者か……」

 僕を見つめ、そう吐き捨てたユースを見て僕はそう確信する。
 彼女の目には怒りを発散できないことに対する憤りが浮かんでいたが、僕を殺すことはあるまい。
 僕は一安心して気をぬく。

 「だったらこいつに責任を取らせよう」

 「なっ！」

 ーーー だから僕はそう苛立ちとともに吐き捨て、獣人の男を切り捨てたユースに反応することができなかった。